第3話 幼馴染の流した噂
空き教室で、四人の少女たちが横並びで正座をしている。
俺が指示したんじゃない。彼女達が自らそうした。
たぶん引け目があるせいだろう。俺の視線から逃れるように四人とも目を逸らしていた。
「聞いたよ、噂」
びくりと四人揃って肩を震わせる。
「強姦魔ってだけでも酷いのに、他はお前らが流したんだってな。……なんで、そんなことしたんだよ」
「み、みーちゃん。違うの、話を聞いて」
「ああ、聞くよ。言い訳があるなら言ってみろよ……!」
梓にこんな態度で接したのは初めてかもしれない
彼女も震えている。だけど、懺悔するように。怯えながらも彼女は、俺がいなかった三日間の話を口にした。
◆
我妻瑞貴にまつわる噂は学校中に瞬く間に広がった。
内容は「女子生徒に告白したが振られ、その腹いせに性的暴行に及んだ」というもの。
あからさまな犯罪行為だが、停学などは申し付けられなかった。件の女子生徒が逃げ切ったことで実害は出ておらず、また証拠となるモノがなく女子生徒の証言だけでは明確な罰則は与えられなかったためだ。
しかし悪評を覆すには至らず、今や瑞貴は生徒達から犯罪者として扱われている。
「みーちゃん、どうして……」
音無梓にとって我妻瑞貴は大切な幼馴染だ。
いえは隣同士で、幼稚園から高校までずっと一緒にいた。
梓は少年マンガやゲームが好きだったため、女子の友人よりも瑞貴と過ごすこと方が多かったし、なにより彼といる時間が純粋に楽しかった。
たぶん、ほのかな想いもあっただろう。
なのに他の女性に告白し、しかも強姦しようとまでした。信じられないし、信じたくない。だけど雑音はひどく多い。
『我妻のやつ、女子生徒を襲ったんだって』
『うわー、最低』
『犯罪者じゃん』
『振られたからって……キモっ』
信じようとする心を塗りつぶすように悪評が流れてくる。
悪意は瑞貴だけでなく、周囲にも向けられた。当然ながらその急先鋒は、常にいっしょにいた梓だ。
『音無さんってさぁ、あの変態クソ野郎の幼馴染なんでしょ?』
『うわー、最悪』
『あんなのといっしょにいたんだしぃ、音無さんも中身似たようなもんじゃない?』
梓を攻撃する者は女子生徒が多かった。
おそらく性格がよく容姿に優れ、男子生徒の人気の高い梓に対する嫉妬も多分に含まれていた。それが瑞貴の失態によって表に出てしまったのだ。
「ねえねえ、音無さん。あんたの幼馴染、強姦魔なんだって? 最悪ぅ」
しかもそれを直接ぶつけてくる者まで出てきた。
梓の心はストレスから限界に来ていた。
だから無遠慮で、嘲笑する前提での質問に対して叫ぶように答えた。
「みーちゃんは、そんなことする人じゃない!」
そうだ、瑞貴と梓は幼馴染だ。
誰が彼を疑っても、自分が彼を信じなくてどうする。
「えー、でもさぁ」
「無理あるよねぇ」
「襲われたって被害者自身が言ってるじゃん」
梓の発言をへらへら笑いながら否定してくる。
少女は思う。今、大切な幼馴染のためにできることってなんだろう。
彼は絶対何もやってない。なら、悪意ある噂を払拭しないと。
一度定着した噂は中々洗い流せない。それを為すには、彼が強姦魔ではないと証明する必要がある。
でもどうやって?
被害者だという女性とは今も「彼に襲われた」と言っているらしい。
梓は決して頭がよくない。勉強も普通に苦手だ。それでも必死になって考える。考えて考えて、追い詰められた彼女は天啓を得た。
「違うの、みーちゃんはやってないの! だって、そもそも噂の発端がおかしい!」
梓は教室中どころか廊下まで届くような大きな声で宣言した。
「襲う必要なんてない! だって…………別に襲わなくても私がいるしぃ⁉」
そして彼女は弾けた。
うん。追い詰められて得る天啓って、だいたいが苦し紛れのトンチキ発言である。
「………………は?」
「えっ? えっ」
「なに、なにを」
クラスメイトが動揺している。
これはチャンス。梓は彼の無実を証明するために畳みかける。
「そう! だからね、みーちゃんが女子を襲う必要なんてないの⁉ というか襲う暇がない的な⁉ 事件当日だって朝からバニーガールの腋見せポーズでぬちょぬちゃオーイェイハハーンしてきたしぃ⁉ ぶっちゃけ空っぽだったから襲ったって出ないもんゼッタイうん間違いない!」
元気で明るい無邪気な美少女の全力シモネタに教室がざわつく。
だが侮るなかれ。音無梓は瑞貴のエロ本を入念にチェックしている。
彼が腋フェチでバニーガール大好き、逆バニーは解釈違いであることは既に把握済みなのだ。
「ま、まじかよ」
「いやでも、確かにあいつバニー好きだし。それを知ってるってことは……」
一番強く反応を見せたのは瑞貴の男友達だ。
彼らも、瑞貴の性癖を理解していたのだろう。だからこそ梓の突飛な発言に一定の根拠を見出してしまう。あいつならそういう格好での行為を求めてもおかしくない、と。
男子生徒のうち一人は、発言が事実なのかを確認しようと勇気を出して問いかけてきた。
「あ、あの。音無さん……?」
「なっ、なにかな⁉」
「それって本当なの? 我妻と、してるっていう……」
「本当だよ⁉ もうずっこんばっこんだけど⁉」
なお、思春期乙女な梓ちゃんはこれまでの言動を普通に恥ずかしがっている。
そのためだいぶテンションがおかしくなっていた。
「それって、恋人ってこと?」
「うんそう! だからー、そもそもね? 女子生徒に告白したっていう状況設定自体が無理筋なの!」
光明を見つけた梓はうんうんとなんども頷く。
これなら……と思ったのに、こちらに妙な嫉妬を向けてきた女子生徒が因縁をつけてくる。
「でもぉ、二人が付き合ってたなんて話聞いたことないけど?」
「そりゃあ、周りには言ってなかったし」
「えー、ほんとぉ? じゃあいつから付き合ってたの少なくとも、高校でも中学でもそんな噂ちっともなかったじゃん。態度にも全然変化ないし」
ぐっ、と言葉に詰まってしまう。
そうだ、この女子生徒は中高いっしょだった。普段の様子も知っている。
ならどうすれば。
「しょ、小学校? うん、小学校の頃から恋人同士! だからねー、変化はなくて当然なんだよねー」
梓はこれだ! と思った。
絶対にこれじゃなかった。
「え、じゃああの、我妻とヤッてたのって……」
「もちろん小学生の頃から! ほら、私たち家隣同士だしー? 小学生の時点で遊びの感覚でそういう関係になって、それがずーッと続いてるの。ね? 今さら他の人に告白して振られて襲うなんて、あるわけないでしょ! みーちゃんが一番好きな騎乗位からの汗だくックスだっていつでも出来るのに! 朝でも夜でも家でも学校でも道端でも、おはようからおやすみまでおっけーな私だよ⁉ もう乾く間もない勢いだから、強姦なんてする暇はありませんなのですでござる!」
「お、おう……」
迫力に押されて教室内に「これ、ほんとに襲ったって勘違いでは?」という雰囲気が流れ始めている。
今までは瑞貴を責める論調がほぼ十割だったのに、それが揺らいだ。
梓は勝利を確信した。
これで少しは瑞貴に対する悪評も和らぐだろうと。
実際はもっと評価低くなってる定期。
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