第2話 冤罪


 ある日、俺は同学年の女子生徒から告白された。

 一応はクラスメイトだ。去年も同じクラスで、文化祭で少し話したかな、程度の相手だった。

 

「あの、我妻君。好きです、付き合ってください!」

「あー、ごめん。今はそういうの興味がなくて」


 別段親しくもないので、普通に断わって終わりのつもりだった。

 けれどその翌日、いつものように梓や雪乃と登校して教室にいくと、俺はクラスメイトからものすごく冷たい視線を向けられた。


「うわ……」

「なに普通のツラして学校来てんだよ」

「最悪……」

「クズ野郎」

「犯罪者が」


 謂れのない誹謗中傷に俺は困惑してしまう。

 けれどクラスの中でも正義感の強い男子、サッカー部のイケメンくんがずいと前に出てきた。

 その顔にはあからさまな軽蔑と怒りが滲んでいた。


「おい、我妻。聞いたぞ」

「な、何がだよ?」

「とぼけんな! お前が女子をレ○プしようとしたって、もうみんな知ってるんだからな⁉」


 ……彼らが言うには、俺はとある女子生徒に告白したが振られた。

 それに激昂して、性的暴行を加えようとその女子に襲い掛かったのだという。


「はぁ⁉ そんなことしていない」

「そんな、酷いよ我妻君!」


 声を上げたのは、あの時告白してきた女子だった。


「私が、ごめんなさいっていったら。ムリヤリ犯そうとしてきて……。私、怖かったぁ」

「ホント最悪だな。そんなことしておいて知らないふりするなんて」


 サッカー部のイケメンくんの陰に隠れて、女子は泣いている。

 ……違う。一瞬だが見てしまった。あの子の口が見にくく歪むのを。

 やられた、これが報復ってわけかよ。


「そうだ! 謝れよクソ野郎!」

「さいってー、この犯罪者」

「つか学校くんなよ!」


 反論しようにも立て続けに浴びせられる罵倒。


「ちょ、ちょっと待って! みんな落ち着いてよ⁉」


 梓がそう言って割って入るも勢いは止まらない。

 そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた教師に俺は連行された。

 結果だけ言えば三日間の停学を言い渡された。

 警察沙汰にならなかったのは、トラブルを隠蔽したい教師の思惑と、暴行の証拠が女子生徒本人の証言しかなく、にも拘らず彼女には傷も衣服の乱れもなかったことが大きい。

 それでも女子の主張が通ったのは、俺に罪を押し付けた方が簡単に事態を収束できると判断したからだろう。


「みーちゃん、その」


 帰り際、梓が何かを言おうとしたが俺は応えなかった。

 この状況だ、親しいところを見せると周りから何を言われるか分かったもんじゃない。

 帰宅後、事情を聞いた両親の反応は正反対だった。 

 母は泣き俺にビンタをして「なんてことをしたんだ、この恥知らず!」と𠮟りつけた。

 父は「うっそマジヤバじゃーん。でも俺ってぇ、無理矢理系よりイチャラブ派なんだよねー。それはそれとして、みっくん。今度風俗いく? 青い精力は発散させないとねー。だいじょぶだいじょぶ、みっくん大人っぽいから十八歳以上に見えるって」と笑った。

 母は父にドロップキックをかました。


「兄さん……」

「ごめん。雪乃、もう寝るから」


 たぶん、俺は自分で思っている以上に疲れていた。

 まともに返答もせず部屋に戻り、暗い部屋でベッド一人泣いた。

 スマホにはいくつもメッセージが送られてきている。友達だと思っていた筈の相手からの罵倒がほとんどだ。

 煩わしくなって電源を落とし、布団を頭からかぶる。

 結局三日の間、トイレなど必要最低限以外では部屋から出ずに過ごした。

 食事はちゃんと部屋の前に届けられた。全部、雪乃のお手製だった。きっと母さんは作ってくれなかったに違いない。





 そうして停学開け、億劫だったが俺は登校した。

 梓も雪乃もいない通学路なんてどれくらいぶりだろう。でも仕方ない。ただ歩いているだけで、周囲の生徒が俺を指さしヒソヒソと何かを言ってくる。

 男子の中にはニヤニヤと笑っている者もいた。


『ねえ、見て』

『あいつが……』

『みずきちってさぁ、実は藤崎るなちーのことが一番ラブらしいよ?』

『女を食いものにするクソ野郎』

『死ねよ』

『人は見かけによらないよねぇ』


 うるさい、黙れ。

 無視して歩くが、聞こえてきた言葉に俺の心は更に軋む。


『いわれてみると変態っぽい顔してるもんなぁ』

『でも本当にやってるの?』

『マジだって。俺、音無さんに直接聞いたし』


 梓の名前が、なんでそこで出てくる?


『音無さんって、あれの幼馴染なんだろ?』

『だからさ、軽く女に手を出すような奴ってのは間違いない』

『ド腐れ変態野郎が、どの面下げて学校に来てんだ』


 ああ、そっか。

 この三日間で噂は学園中に蔓延した。

 そして梓は、噂を肯定する側だったのか。

 陰口では揺らがなかった心が冷えていくのを自覚した。




 ◆




「あ……」


 廊下でタイミング悪く結愛と鉢合わせた。

 けれど普段なら快活な彼女からは挨拶もない。気まずそうに目を背けて、すぐに去ってしまった。

 多少気落ちしながらも教室に向かう。自分の席についてからも俺は注目され、変わらずヒソヒソと陰口を言われている。


「おい、我妻! お前、本当に最低なクソ野郎だな⁉」


 またも口火を切ったのは、サッカー部のイケメンくんだ。

 軽蔑や怒りを越えて、憎しみに近い感情を直接ぶつけてる。


「なんでこんなクズが……!」


 サカイケは次々に罵倒の言葉をぶつけてくる。

 不愉快で辛かった。

 けれど幸か不幸か、その罵倒のおかげで学校に流れている噂の全貌を掴むことができた。


(ああ、そうかよ。梓も、雪乃も。るなちーも、結愛も。お前らのせいなのかよ……!)


 理解してしまった。

 俺の悪評は、強姦未遂だけではなかった。その他の悪評に関しては、俺と親しいはずの四人が率先して流していたのだ。

 心の中がぐちゃぐちゃになっている。

 どうして、こうなった。

だけど知ってしまったからには彼女達を追求しない訳にはいかない。

 俺はがたんっ、と勢いよく席を立ち教室の中心で声を張る。


「梓、るなちー、結愛。話があるから来てくれ。もちろん雪乃も呼ぶ」


 教室がものすごいざわめきに包まれる。

 俺は授業をサボり、四人を空き教室に呼び出した。

 もう自分の感情が自分でもよくわからなかった。



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