第16話 起こりそうなごたごた
今日一日はかかるだろう、ということで、ワローズはツキ達にこの屋敷に泊まるように言った。
休む場所を提供してもらえたのは、素直にありがたい。野宿するよりは、屋根のある場所でゆっくり眠れる方が身体も楽だ。
それに、ワローズの近くにいる方が、情報も早く手に入るというもの。
すぐ確認して来る、とワローズは出掛けて行った。
「はぁ……」
緊張が解け、ツキはぐったりとソファに沈み込む。フウも似たようなもの。
トーリィは窓から庭を眺め、ハナちゃんは出されたクッキーを完食した。
「泊まるといい、なんて言い方をしてたが……しっかり結界を張って行ったぞ、あの魔法使い」
「え、結界って……私達が逃げられないようにってこと?」
「ダイヤの真偽はともかく、ツキをまだ手元に残しておきたいんだろう。もしくは、ワローズと同じように、ツキが王子の子ではないかと勘付いた
結界という魔法は、使いようによっては見えない牢獄だ。外へ出られないようにできる。だが同時に、外からの侵入者を阻むことができるのだ。
「ツキはハナちゃんがまもるよ」
「そうよね。結界より、ハナちゃんの方がずっと頼りになるわ。……ツキ?」
ツキはワローズが出掛けてから、ずっと黙っている。
「ツキ、大丈夫?」
「え? あ、うん……。ちょっと意外な展開になったから、今は頭の中が混乱しちゃって」
風の実を捜しに来たのに、父親が見付かるなんて夢にも思わなかった。
いや、どちらもまだ未確定の話。可能性が高い、というだけだ。
それでも、父親の存在を言われると、やはり心が騒ぐ。どんな人だったんだろう、とは何度も考えたことだ。
「お母さんがお父さんのことを誰にも話さなかったのは……こういうことだったから、なのかな」
これまでネマジ達から聞いた話に、嘘やごまかしがないのなら。
ワローズの話と照らし合わせれば、十中八九ツキの父親はラクモだろう。
イナサという村の名前、その村を訪れた年。ツキと似ているのが本当なら、黒髪。イナサの村の医者キュラスが話してくれた旅人も、黒髪らしい。身に付けている物が悪くなかった、という話も、王家の人間であれば当然だろう。
これで、左手に刀傷があるなら、少なくともイナサの村を訪れた旅人=ラクモという図式は完全に成立する。
「そうかもね。一介の村人が王子と過ごした、なんてことを話したところで、村の人達が信じるとも思えないけど」
「図太い女なら、城へ乗り込むだろうな。王子の子を産んだとなれば、自分は妃になれると思い込んで。もっとも、そうしたところで今日の俺達みたいに、門前払いがいいところだろう。最悪だと、面倒な女ということで消されることもある」
「ええっ、そんなことを王家の人達がするの? ひどいじゃない」
トーリィの言葉に、フウが憤慨する。
「王家でなくても、貴族などの富裕層ではそう珍しい話じゃない。後ろ盾一つない村の女を消すくらい、そういう奴らは何のちゅうちょもなくやるんだ」
フールが何を考えて父である男の身分を黙っていたのか、それは誰にもわからない。
ただ、彼女が城へ乗り込むことをしなかったおかげで、ツキはこうして生きていられるのだろう。
「ワローズさん、ぼくをラクモ様の子だって、宣言するつもりなのかな」
「いくら王家付きの魔法使いでも、いきなりそこまではしないだろう。ラクモの味方と言っていたが、それを信じるなら本人に確認か承認を得てからするんじゃないか? 真意がどうであれ、王家の裏事情に何がどう絡んでいるかによって、ツキの利用する方向が決まってくる」
「ツキを利用するっ? どうしてツキが利用されなきゃいけないの」
「聞いた話だと、この国の法律では妃がいないと王位を継げないそうだ。だから、今のラクモは王になれない。それが、ツキという子どもがいるということで、実は妻帯者だったということにすれば、すぐにでも王位を継承できる。妃について公表しなかったのは事情があって、とか何とかいくらでもごまかせるだろう」
あの宝石店の店主から聞いた話では、法律のせいでラクモが正式に王位を継げる状態になれない。もし王に万一のことがあれば、第二夫人だが実質正妃のリージアが王代行となって執政を行う。つまり、彼女が最高権力者になるのだ。
さらに、リージアにはトレアという娘がいる。ラクモとは腹違いの妹だ。彼女が先に婿を取り、リージアが年齢などを理由に引退をすれば、王座はそのままトレアへと引き継がれてしまう。ラクモには妃がいない、という理由で。
しかし、ツキの登場で事態は変わる。
「正妃の子であるラクモが王になれば、さらにその子どもであるツキが次期国王になりうる。妃うんぬんはともかく、正統継承者だからな。第二夫人の子どもよりは、継承順位が上になるんじゃないか? ツキは十五歳で、国によっては大人と認められる年齢だ。すぐに色々な所から、縁談の話が持ち込まれるだろうな」
「ツキに縁談って……」
トーリィの最後の言葉に、フウが少しむっとなる。
「ツキはラクモ様が王様になるための、切り札ってこと?」
「可能性の一つ、という話だ。ワローズはラクモの味方と話していたが、逆に実は対立しているかも知れない。そうだったとすれば、ツキはランカ王の隠し子だ、と言い出すこともありそうだな」
ワローズの言葉を信用するなら、ツキはラクモの若い時に似ている。ということは、王に似ている、ということでもある。兄弟なら似ていても当然、と言われるだろう。
「今度は王様の隠し子? ぼくの人生って、波瀾万丈だね」
自分の境遇に、ツキは苦笑いする。
「落ち着いてる場合? トーリィ、王様の隠し子だってことにして、ツキをどう利用する気?」
「ツキを自分の方へ取り入れて、有無を言わさず妃となる娘をあてがう。それでさっさとツキを王に仕立て上げる、とかな」
「そこでも縁談が出て来るの?」
「そんなことされても、ぼくに王様のやる仕事なんてわからないよ」
「そこが狙いだ。ツキの無知さを利用して、リージアやワローズが自分達のいいように国を動かす。要するに、ツキは
「ひっどーい!」
フウはテーブルを叩いて立ち上がる。
「フウ。言っておくが、どこの国でもありがちな仮定の話だからな」
「だけど、それが現実になるかも知れないんでしょ。そんなの、許せないわ。ツキを何だと思ってるのかしら」
「飛んで火に入る……じゃないか?」
「トーリィ、フウをあおらないでよ。フウ、落ち着いて。ぼくのお父さんが誰でも、ぼくは王家に入る気なんて全然ないんだから」
「ツキにその気がなくても、それを向こうが許してくれるかだ」
金や権力が絡めば、人はいくらでも冷酷になれる。ツキの気持ちを考えてくれる人など、そこにはいない。
「ツキ、張ってある結界、破れないの? こんな所に泊まったら、何をされるかわかんないわよ」
「王家に仕えるくらいの人だから、ぼくの力じゃきっと無理だよ。それにさ、ぼく達は風の実を捜しに来たんだよ。ワローズさんが話をつけてくれれば、トーリィに風の実が戻るかも知れないじゃないか」
ツキ達の目的は、あくまでも風の実。それを放ってここから逃げる訳にはいかない。ようやくここまで来たのに。
「だからぁ、その話っていうのが、ツキを王家のごたごたに巻き込むためのものかも知れないでしょ。のんびり待ってたら、私達はともかく、ツキがどうなるか」
「ねぇ、こっそり持ってっちゃダメ?」
それまでおとなしく話を聞いていたハナちゃんが、ふいにそんなことを言い出す。
「トーリィのものでしょ。みんなこわい目にあうなら、こっそり持ってっちゃっても、おこらなくない?」
「んー、そうしたいけどね。それだと、ぼく達が泥棒みたいだよ」
「あら、トーリィの物なんだからいいじゃない。私はハナちゃんの意見に賛成だわ」
「ちょっと、フウまで……」
「少し暗くなったら、飛んで行けばいいわ。あ、私達が話したことで、ワローズさんがお城に結界を張ってるかもね。じゃあ、そこはハナちゃんに解いてもらえばいいわ」
さっきツキが無理と言ったし、風の実が戻るまではトーリィにも難しいはず。だったら、そこは
「ちょっと待って、フウ。ハナちゃんまで巻き込むの?」
「あら、一緒に来た時点で、しっかり巻き込まれてるじゃない。今更だわ」
「……フウ、何だかすごく過激になってない?」
「トーリィの風の実さえ取り返せば、ツキがこの街にいる必要はなくなるでしょ。イナサの村の話はしたけど、モザの村についてははっきり話してないもの。ツキがどこにいるか、すぐにわかることはないわ」
「それはそうだけど……でも、やっぱり盗むのはよくないよ。それに、もしそのダイヤがトーリィの風の実じゃなかったらどうするのさ。誰の物かわからないけどとりあえず持ち出して、本物のトーリィの風の実を捜しながら、そっちの方の持ち主も捜すの? トーリィやハナちゃんは平気だろうけど、捜し回る間に今度はぼく達の具合が悪くなるよ」
普段はすぐに言いくるめられてしまうツキも、たまにこうしてフウを黙らせてしまう。正論だけに、悔しいがフウは言い返せない。
「とにかく、今はワローズさんが戻るのを待とうよ。風の実の方はともかく、王家の方はそんなすぐに動くとは思えないし」
「ツキ、のんびり構えていたら、お前に危険が及ぶかも知れないんだぞ。いいのか?」
「だけど、いきなり殺されることはないんじゃないかなぁ。今夜に限れば、ここにいた方がぼくは安全だってことになるよ」
リージア派の暗殺者が来る……かも知れない。だが、ここにいれば、そう簡単には入れないだろう。
暗殺者が魔法使いで、ワローズの結界を外から破れば。その時には、ハナちゃんとトーリィが気付くはず。ツキにも多少の気配は感じ取れるだろう。
無防備な野宿より、今はここの方が安全だ。
「心配してくれてありがとう、フウ。トーリィとハナちゃんも。ぼくは大丈夫だから」
「ツキに変なことしたら、まるめちゃうから」
緑の糸巻き攻撃のことを言っているのだろう。ハナちゃんがツキのそばを離れない限り、おかしな仕掛けをされることはなさそうだ。
「ありがとう、ハナちゃん」
そうこうするうち、空はゆっくりとオレンジ色に染まりつつあった。
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