第15話 城の魔法使い

 移動した先は、ワローズの自宅だった。

 花竜かりゅうおさリョウの城とは比べるべくもないが、ツキやフウが見たことのない大きな屋敷で、これまでの街で訪れたどの魔法使いよりも立派な住まいだ。

 王家付き、というのもあながち嘘ではなさそうである。

 広い応接間に通され、ツキやフウは立派なソファに緊張しながら座った。花柄の上品そうなカップにお茶が注がれ、バターをたっぷり使ったのであろうクッキーが添えられている。

 遠慮しないで食べているのは、ハナちゃんだけだ。もし何かおかしな物でも入っていたらどうするんだ、という警戒より、食べ過ぎないかの方が心配になる。

「きみ達はモザの村から来た、と言っていたね」

 テーブルを挟んで向かい側に座ったワローズが、話を始める。

「はい、そうです」

「申し訳ないが、モザの村を私は知らない。どの辺りにある村かな?」

「この街よりずっと北の……小さな村です」

 モザの村は、白翼はくよく人の村。あまり人間に知られることがない場所だ。

 現在は隠れ住んでいる訳ではないが、フウ達の先祖は「人間が来られない場所へ」ということで、ローバーの山頂付近に村を作った、と聞く。

 どこまで知らしめていいものかわからず、ツキは当たりさわりのない言い方をしておいた。少なくとも嘘ではないから、おどおどすることもない。

 目の前の魔法使いがいきなりモザの村を侵略するとは思えないが、相手の意図がわからない以上、聞かれたこと以上の話はしないに限る。

「そうか。ツキ、きみのご両親は健在かね?」

「え?」

 これは身辺調査だろうか。予想もしなかった質問に、ツキは言葉に詰まる。

「あの……母はぼくが生まれてすぐに亡くなってます」

 相手の思惑がわからず、それでもツキは正直に答えた。

「わざわざ場所を変えてする話が、家庭環境の聞き込みか?」

 いらっとしたように、トーリィが口を挟む。

「まぁ、そう尖らないでくれないか。私は彼に興味があってね。で、お父上は?」

 トーリィの牽制けんせいも気にせず、ワローズは質問を続ける。

「父のことはわかりません。誰も知らないそうです」

 イナサの村の医者キュラスにそれらしき人の話は聞いたが、確実ではない。

 ワローズの目的が見えないので、ツキは質問に答えるのが少し怖くなってくる。

「では、誰がきみを育ててくれたのかね?」

「養父……です」

 うまい言い方がわからなかったが、この言葉で合っているだろうか。

 ネマジは寝食を共にしているが、ツキの親類縁者ではない。フウの両親や村の人達も、ツキが小さい時から面倒を見てくれている。

 言うなら、村全体で育ててもらい、ネマジに関して言えば「ツキの保護責任者」だろうか。

 ずっと一つ屋根の下に暮らしていて、そんな冷たい言い方は失礼かも知れない。父でも祖父でも通りそうな年齢ではあるが、ここで一番通りやすい表現を使うとしたら、やはり養父あたりがいいと思われた。

「何をなさっている方かね」

「ワローズさん、どうしてツキにそこまで聞くんですか。何が目的なの。小さな村にいる人間なんて、だいたい畑仕事をしてるものよ。何をしているかなんて、改めて聞かれることはしてないわ」

 今度はフウが口を挟んだ。

「失礼なのは承知の上だよ。だが、単に畑仕事をしているだけの人ではない、と思ってね」

「そりゃ、村は一つの集団だもの。鍛冶や医者をやっている人だっているわ」

「私はツキの袖口に、防御の紋様が刺繍されているのが気になってね」

「え? あ、これですか? 防御?」

 確かに、ツキの服の右袖口には、文字とも模様とも取れる刺繍が赤い糸でされている。

 だが、ツキの持っている服には全てあるので、これまで気にしたこともなかった。他の人の服にはない、という点にも気付いていない。

「その大きさだと、そんなにしっかりした防御にはならないだろう。だが、多少のケガくらいは緩和される。もちろん、普通の人にはできないものだ。刺繍くらいならできるが、そこに力を込めるとなると……魔法使いの力が必要になる」

 そのことを見越し、ワローズはあえて「何をしている人か」と尋ねたのだ。

 ツキの言う「養父」がしたものではないとしても、少なくとも村には魔法使いがいることになる。

「昔、魔法使いをしていたって聞きました。大きな街で活躍していたけど、色々といやになって、やめたって。あの、この紋様って……例えばぼくが魔法を失敗したとしても、守ってくれるんですか?」

「その時使った魔法や、その防御をかけた術者の力にもよるね。だが、何もないよりはずっといい。では、きみも魔法使いということか」

「……はい。まだ見習いレベルですが」

 言われてみれば、思い当たることがある。

 一人で魔法を練習するようになって、色々と失敗した。だが、失敗したらケガをするかも知れないから気を引き締めてやれ、と言われた魔法を失敗しても、そう大事には至っていない。聞いていたより軽く済んだ、ということは何度もある。

 わざと大袈裟に注意していたのかな、とその時は思ったが、ネマジはツキの失敗をしっかり予想し、防御策をとっていてくれたのだ。

「きみの養父というその魔法使いは、何という名前かね?」

「ネマジです」

 ツキの答えに、ワローズは目を見開いた。

「まさか……タクサの国で彼の右に出る者はいないと言われた、あのネマジか」

 あの、と言われ、ツキもフウも首をかしげる。

「え、あの……どこの国にいたかは聞かされてません。大きな街にいたってことは話してましたけど」

 タクサは、ここイゲツの隣国だ。国の中で一番の腕、ということはネマジは相当にすごい魔法使いということ。

 一緒に暮らしてきたツキや、よく知っているおじさん、という意識しかないフウにすれば「え、あの人が?」という感覚でしかないのだが……。ワローズの驚き方を見ると、そうらしい。

「突然街から消えた、という噂は聞いていたが……。そうか、彼に育てられたから、ツキの言葉遣いはちゃんとしているのだね」

「そう……ですか?」

 ほめられているようだが、ツキはピンとこない。自分にとっては、これが普通だから。

「彼は言葉遣いにうるさかった、と聞く。街でツキくらいの歳の子と話をしたら、もっといい加減な話し方をするよ」

 確かにうるさかったが、あれしろ、これをやっておけ、という別の意味でうるさかった。しかし、大人なんてみんな似たようなものだ、と思っていたのだ。

「ネマジの教え子となれば、いい腕を持っているだろう。見せてもらいたいが……今はまだ聞きたいことがある」

 まだあるんだ……とツキは思ったが、口には出さないでおいた。

「その前にこちらも聞きたい」

 ワローズが言うより先に、トーリィがまた口を挟んだ。

「なぜツキにそう執着する? ツキに興味があるとは言ったが、紋様のことが気になるなら、お前は魔法使いなのか、と一言尋ねれば済む話だろう。遠回しに探らず、さっさと核心に行ってくれ。こちらは時間を持て余している訳ではない」

「それはすまなかった。では聞くが、ツキは今いくつかね?」

 謝ってはいるが、悪いと思っている訳ではないらしい。

 ワローズの質問は、さらに会話の取っ掛かりのような、何気ないものになる。

「十五になったところです」

「お父上のことは、本当に何も知らないのかね?」

「……旅の人だったらしいってことは聞きましたが、確かではありません。母は誰にも言わなかったそうなので」

「俺の言ったことは、聞こえていなかったのか?」

 トーリィが眉をひそめながらつぶやく。

「まぁ、そうせかさんでくれないか。これから話すよ」

 ワローズはそう言って、きゃしゃな取っ手のカップをかたむけた。

「きみ達は、ラクモ様の姿を見たことはあるかね?」

 おもむろに尋ねられ、全員が首を横に振る。リージアと同じく、名前を聞いたことさえ今日が初めてだ。

「そうか。実はラクモ様の若い時に、ツキがそっくりでね。城門でツキを見掛けた時、昔のラクモ様が現れたかと思ったくらいだ」

「……似た人間など、世間にはいくらでもいるだろう」

「確かに。偶然だ、他人のそら似だと一言で片付けるのは簡単だ。しかし、私にはそれだけで片付けられない何かを感じてしまってね」

「ツキがラクモ様の子だって言いたいんですか? そんなこと、あるとは思えないけど。相手はお城に住んでいる人でしょ」

「ラクモ様は若い時、城を飛び出されたことがあってね。十九になられてすぐだったから、今から十六年前だ。よく覚えているよ」

 ワローズには、ラクモより二つ上の息子がいた。だが、ラクモが生まれる前に他界してしまう。そのため、どうしてもラクモと息子を重ね合わせて見てしまうことが多い。

 教育係の一人としても籍を置いているワローズは、ラクモの言動をずっと見守ってきた。

 だが、それは仕事上の責任感だけではなく、厚かましいと思いながらも父親のような気持ちがあったからだ。何があっても、自分だけはラクモの味方だ、と。

 だから、細かいこともよく覚えている。

「戻られてから話をお聞きしたところ、北の方の村まで行っていたとおっしゃった。確かイナサの村、と。きみ達の村はその近くにある……ようだね」

 絶句するツキの顔を見て、ワローズは確信した。

「ツキって、おーじ様なの?」

 ハナちゃんが、誰も口にできない質問をあっさり口にする。

 大人の話を横で聞いている子どもとしか見えないのに、しっかり理解しているのだから恐い。

「そうなるかな。本当に現国王の孫、時期国王の息子となれば。しかし、正式な御子と認められるには、色々と問題も出て来るだろう」

 正式に結婚してない王子に子どもがいる、となれば騒ぎになりそうだ。相手が一介の村娘となれば、さらに難癖をつけてくるやからも現れる。

 主が使用人に手を出す、という話は珍しいものではないが、王家となればかなり厄介な問題に発展しかねない。

 へたすれば、こんな面倒はなかったことにしようと考え、ツキの存在を消しにかかってくる者が出て来るかも知れない。

 それ以前に、ツキが本当に王子の子なのか、がまず疑われるだろう。

 どれにしろ、歓迎はされない。

「王家の人間だとして、ツキをどうするつもりだ」

「何かしようという気はない。私としても正直なところ、驚いて気持ちの整理がついていない状態だからね」

「ぼく……ぼくは父を捜しにこの街へ来たんじゃありません」

 少し青白い顔をしながらも、ツキはきっぱり言った。

「ぼく達は捜し物をして、ここまで来ました。ワローズさん、王家付きの魔法使いっておっしゃいましたよね。だったら、リージア様と会えるように、手配していただけませんか」

「リージア様に会う? ああ、城門でもそんなことを言っていたね」

「最近リージア様が宝石店から購入された物は……呪いのダイヤと呼ばれているんです。それを長く持っていると、体調を崩してそのうち……。今は王様の具合があまりよくないって聞きました。リージア様が王様に、その石を手渡されたのかも知れません。早くそのダイヤから離れないと、お二人の身が危険なんです」

 それまでの話などなかったように、ツキはまくしたてた。

「ちょっと待ってくれ。呪いのダイヤ? 確かに王は最近、体調がすぐれないとおっしゃってはいるが……。それは確かな話なのかね」

 魔法使いであっても、いきなり呪いのダイヤと聞かされれば、戸惑いもする。まして、それが自分の主の手元にあると言われれば、なおさらだ。

「俺には、そのダイヤの波動を感じることができる。間違いなく、城からその気配がしていた。放っておけば、周りの者も巻き込まれるぞ。ダイヤは半年前に買ったと聞いた。のんびり構えている時間はない」

「宝石商がリージア様の元へ出入りしているのは見たことがあるが……。では、リージア様はそれをご存じで入手されたのか」

「少なくとも、売り手はそういう代物だとわかっていなかったようだ。リージア夫人が知ってるかどうかは、こちらも把握していない」

 ワローズは難しい顔をして考え込んだが、その時間は長くなかった。

「わかった。私にできる限りで、確認をさせてほしい。もし手にしてもいないダイヤの話をして、リージア様の御不興をかっては話がややこしくなりかねないのでね」

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