第14話 イゲツの城

「リージア様が? いいえ、そういった話は聞きませんね。むしろ、ランカ王の体調がすぐれない、という話を聞くくらいで。あの方もいいお歳ですからねぇ。ラクモ様が早くご成婚なされば、王もご安心なさるんでしょうが」

 ツキはうろ覚えだったが、この話の流れで出る名前なら王子ということだろう。

 つまり、時期国王だ。

「噂では、リージア様とラクモ様の仲はあまりよろしくないとか。ラクモ様は正妃のお子でリージア様とは血のつながりがありませんから、仕方がないことかも知れませんねぇ。王の不調は王子のふがいなさが原因だ、などとリージア様がおっしゃったとか何とか。王子は呪われているのではないか、などと言う者もお城にはいるそうで」

「呪われている? 王子が呪われて、王が不調になるのか?」

 風の実が城にあるとして。

 これまでの流れで考えれば、呪われるのはダイヤを購入したリージアだ。それなら、体調を崩すのは持ち主であるリージア、となるはずなのに。

 実際には、体調不良が王で、呪われているのが王子。

 訳がわからない。風の実とは全く関係のない話なのだろうか。

「この国の法律では、王となる者は妃をめとってからでなければ即位できないんですよ。誰が作ったんだか。それなのに、ラクモ様と婚約が決まりそうになった姫君は事故に遭われたり、あまりかんばしくない噂が表に出たりで、破談が続きましてね。運のない方だと言われていたのが、いつの間にか呪われた王子などと言われるようになってしまって。そのことをうれいた王が具合を悪くされた、とリージア様は王子を責めていらっしゃるようです」

「破談になったのは、その王子のせいではなさそうだが。そのことも親の不調も、彼のせいだと言われているのか。気の毒な男だな」

「また新しく縁談のお話が持ち上がっているようですが、これもどうなるやら」

 店主は噂話が好きなたちで、他にもあれこれと必要なさそうな情報が手に入った。

「お城っ? また面倒な場所に移動したものねぇ」

 ツキから話を聞いたフウが、眉を寄せた。

「とにかく、行ってみるしかないね。王様の具合が悪いってことは、そのリージア様が王様にダイヤをプレゼントしたのかも知れない。それなら、リージア様は平気ってことも納得できるよね。もしそうなら、王様から返してもらうように言ってほしいってことを伝えなきゃ」

「……そういうことを、お城の人達が信じるかしら」

 体調不良はダイヤのせい。

 普通の人は、まず信じなさそうな話だ。

「だけど、実際に具合が悪くなってるなら、頭から否定はできないはずだよ」

「まず、向こうが俺達の話を聞くかどうかだな」

 トーリィもフウも、状況はかなり厳しいと感じていたが、とりあえず城へ向かうと言うツキと一緒について行く。

 道中、トーリィはハナちゃんに「ツキが余程の危険な状態にならない限り、城で魔法は使わないように」と言い含めた。

 言われたハナちゃんは不思議そうな顔をしていたが、ツキから「ぼくが頼んだ時だけ、ね?」と言われ、使わないと約束する。

 クバイの街のほぼ中央に位置するイゲツの城は、多少離れていても高い塔部分が見えるので、人に尋ねなくても迷うことはなかった。

 たどり着いた門は、見上げる程に大きい。ここからさらにゆるやかな坂道を進んで、ようやく城へ入れるのだ。

「風の気配が強くなってきた。この近くということは、間違いなさそうだ」

 それまではあいまいだった風の気配も、城へ近付くにつれてはっきりしてきたらしい。

「私達が追って来たものは、ほぼ間違いなく風の実だったってことね」

 門まで来ると、さらに風の気配は強くなる。

 トーリィの視線がそれまでになく、真剣なものになった。

 門の両横には、銀色に光る鎧に身を包んだ騎士のような門番が立っている。彼らの許可がなければ、一歩たりとも中へ入ることは許されない。

「あの、リージア様にお会いしたいんですが」

「どこの者だ」

 ジュシャの店にいたヒゲだらけの店主より、さらにドスのきいた声だ。不審者が来てもなめられないようにだろうが、これだとかなり怖がられるだろう。女子どもが相手でも、こうなのだろうか。

「モザの村から来たツキと言います。こちらはトーリィ」

 厳密に言えばトーリィはモザの村から来たのではないが、細かい話は後だ。

「モザの村? 聞いたことがないな。リージア様との約束はあるのか」

「いいえ、ありません」

 彼らがリージアの名前を聞いたのは、今日が初めてである。

「では、通す訳にはいかない」

「でも、大事なことなんです。何とか会うことはできませんか」

「しつこいぞ。約束もない者が、城中の方と会うことはできん。帰れ。帰らんと引っ捕らえるぞ」

 ずいぶん乱暴な門番だ。しかも、捕まえると言ったのは脅しではないと言わんばかりに、持っていた槍を構える。

「ツキになにするのっ」

「ハナちゃん、ダメよ」

 少し後ろで見ていたハナちゃんが叫び、例の魔法を使いそうになったのを見てフウが止めた。

「約束したでしょ。今はダメ」

 ハナちゃんが門番を睨むが、彼らは子どものことなど全く気にかけていない。

 しかも、門番は二人いるが、ツキを脅したのは一人だけ。もう一人は見向きもしていない。対応している門番だけで十分だ、と思っているのだろう。

 ツキ達は完全になめられているのだ。

「ツキ、戻ろう」

 トーリィにうながされ、ツキ達は門から離れた。

「ねぇ、あそこに立ってたぎんいろぴかぴか、わるい子?」

「そうじゃないよ。本当に悪い人が入って来たりしないよう、見張ってるんだ。でも、ぼく達がそういう悪い人じゃないってことを、あの人達にわかってもらえる方法がないからね」

 頬をふくらませて怒るハナちゃんに、ツキが説明した。

「城へ正面突破しようとするのは、無謀すぎだ。相手は、一国の頂点にいる人間だぞ」

「あ……そうか。さすがに考えなさすぎたね」

 突然の訪問はもちろん、本来は会う約束を取り付けることも大変な相手なのだ。

「ねぇ、トーリィ。あそこにあるのが風の実だって、はっきり感じたんでしょ?」

「風の実かどうかまでは断定できない。だが、ああして感じられるなら、かなり近い物ではあるだろうな」

「何とか確かめる手段はないかな。このまま放っておいたら、王様が危ないかも知れないし」

 王や王妃、王子にその側近など。

 城には大勢の人間がいるから、被害者もその分増えてしまう。

「ねぇ、ツキ。あれ、なーに?」

 城から離れ、街の通りへ戻って来たツキ達。これからどう動こうかと考える横で、ハナちゃんはある場所を指していた。

 見れば、ケーキ屋だ。花竜かりゅうとは言え、甘いものに目が行くのはやはり女の子ということか。

「あそこは、ケーキを売ってるお店だよ」

「ケーキ? たべたーい」

「お金がないから、今は無理だよ。それに……ハナちゃん、食べられるの?」

 花竜は花の蜜や生気をかてとしている、と聞いたが、人間の食べる物に食欲をそそられるものなのだろうか。

「ツキが食べるものはへーきだよ」

 本当? という視線をトーリィに向ける。

「あまり栄養にはならないが、取り入れることに問題はないぞ。人間と付き合うためなら、同じ食卓につくこともできるからな。味覚や好みは、個々によるようだが」

「そうなんだ。人間の中へ紛れ込むには便利だね」

「ツキ、たべられないの?」

「ごめんね。もう少し辛抱して。家に戻ったら少しだけどお小遣いもあるし、それで買ってあげるから」

 これまでも、街へ入ってから色々な物を目にしてきた。

 ハナちゃんもトーリィのことがあるから黙っていたのだろうが、こうして希望を口にしても聞いてもらえないとなると、やはり不服だ。

「もう少しって、どれくらい?」

「んー……そう言われると、困るんだけどさ」

「いつまでしんぼーしたら、ケーキたべていいの?」

 基本的に素直なハナちゃんだが、花竜であってもやはり子ども。人間と同じように、わがままが出てくる。

 初めて会った日、戻るように言ってもいやがっていた様子が、ツキとフウの頭によみがえった。

「ツキ、一度戻ったらどうだ? あまり家を長く空けては、家族が心配するだろう」

 家を出て、今日で三日目。たぶん、今日中にリージアと会ってどうこう、というのは無理だ。

「俺も確認するまで、この街から動くつもりはない。どう動くかはこれから考える。お前達が戻る前に、どこかへ消えたりはしないから」

「ん……」

 いくら連絡を入れてあっても、みんな心配しているだろう。

 特にフウの両親は、娘がなかなか戻らないことにやきもきしているに違いない。

 一度仕切り直しするのも一つの手だろうか、とツキが考えた時。

「お嬢さん、これでいいかな?」

 誰かが、ハナちゃんに何かを渡す。そこにいたのは、短い白髪の男性だった。

 ネマジとあまり変わらないくらいに見えるから、五十代後半から六十代といったところだろう。割とがっしりした体格だが、身長はツキとあまり変わらない。つまり、長身ではない。ハナちゃんを見る青い目は、優しそうだ。

 彼がハナちゃんに渡したのは、種類の違うバウンドケーキが二切れ入った小さな箱だった。

「わぁ、ありがとう」

 ハナちゃんは遠慮せずに受け取った。中を見て、目を輝かせる。

「あ、あの……どちら様ですか」

 ツキが戸惑いながら尋ねた。

「おや、失礼。このお嬢さんが、あまりにもかわいらしかったもので」

 フウが止める間もなく、ハナちゃんは一切れのバウンドケーキを手に取ると、ぱくりと一口かじった。

「おいしいっ」

 見たところ、レーズンや木の実が入っている物のようだ。ハナちゃんは満足そうな笑みを浮かべている。

「ツキもたべる?」

「ありがとう。ハナちゃんが食べていいよ」

 口をつけてしまっては、返せない。同じ物を買って返すことも、お金がないので今は無理だ。

「あの……ぼく達に何か御用ですか」

 ツキは恐る恐る尋ねた。

「ケーキが食べたい、というかわいい声が聞えたのでね。……と言っても、信用はしてもらえないかな」

「信用する方がおかしいと思うが」

 通りすがりの子どもに、誰がいきなりケーキを買ってくれるだろう。何か裏がある、と考えるのが普通だ。

 トーリィやフウはもちろん、ツキもさすがに警戒する。

「私はワローズ。王家に仕える魔法使いだ」

「王家付きの? そんな人が、私達に何の用なの」

 あっさり名乗ってもらったのはいいが、その身分にますます警戒する。

「先程、城門に来ていたね。ちょうど出掛けるところで、きみ達の姿を見たんだ」

「それで追って来た、と。何か怪しい一行に見えたか?」

「いや、怪しいと思った訳ではない。気になることがあってね」

「え……ぼくですか?」

 ワローズの視線が向けられ、ツキは自分を指差す。

 確かに門番と話をしていたが、魔法使いに目を付けられるようなことはしていない。もちろん、魔法だって何も使っていなかった。

 誰かに気にされるようなことをした覚えは、全くない。

「少し場所を変えて話さないかね? 悪いようにはしない」

 突然現れ、信用しろ、と言われても無理だ。

 しかし、ケーキのことがあるので、無下むげに断れない。見れば、ハナちゃんは二つ目もすでにしっかり完食していた。ますます断れない。

 彼が本当に魔法使いなのか見極められないが、何かされたとしても花竜の魔法に太刀打ちできる人間はいないだろう。

 面倒なことになっても、危険なことにはならない……はず。

「わかりました」

 腹をくくり、ツキはうなずいた。

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