第13話 トーリィと風の実

 ハナちゃんが今日も出してくれた草のベッドで、青白い顔のトーリィが眠っている。

 その様子を、ツキ達が不安そうに見ていた。

 ツキの方へ倒れたトーリィは、そのまま意識を失ってしまったのだ。

 貧血を起こしているのか、白い顔がさらに青白くなっている。花竜かりゅうの結界の中で落ちて来た時と同じだ。

 ツキ達はトーリィを運び、休ませたものの、彼の様子が心配でならない。フウがトーリィの手を握っていたが、その手は冷たかった。

 風竜はみんなこういうものなのか、それとも彼の具合が悪いからなのか判断できないから、なおさら心配になる。

「風の実がないと、鳥くらいの体力しかないって話してたよね」

「鳥にもよるでしょうけど、鳥って結構体力あるわよ。渡り鳥なんて、ものすごい距離を飛ぶし。今日の移動距離って、倒れる程にハードだったかしら。ルマインの街で魔法を使った訳でもないのに」

 ベンダーの街から西の山へ行き、ルマインの街からカメインの村へ。

 確かに朝からあちこちへと移動はしているが、それぞれはそんなに遠く離れている訳ではない。地道に歩いての移動ではなく、障害物もない空を飛んで、かなりショートカットできている。

 大変さで言うなら、ハナちゃんを抱えて飛んでいるフウが体力を一番消耗しているはずだ。

「トーリィ、色がうすいよ」

「色が薄い? ハナちゃん、それってどういう……」

 ツキは首をかしげたが、ふと恐いことを思い付く。

「まさか、生命力が薄いってこと?」

 会った頃、ハナちゃんはツキを「あったかい」と表現した。今も意味は掴みかねているが、トーリィの状態とハナちゃんの表現の仕方から、そんな言葉が出て来たのだ。

「風の実がなかったら、寿命が半分くらいって……そもそも、風竜の寿命って何年くらいなのかしら」

 何年にしろ、今のトーリィは命の危険に近付きつつある、ということなのか。

「ん……」

 トーリィがわずかに目を開けた。

 しばらく焦点が定まらない様子だったが、三っつの顔が覗き込んでいることにようやく気付く。ツキが声をかけた。

「トーリィ、気分はどう? 苦しくない?」

「いや……。すまない、また……やらかしたか」

 トーリィには、倒れる前後の記憶があまりないらしい。

 歩くのがつらくなってきて、立ち止まったような気がする。そして、目を開ければみんなが心配そうに自分の顔を覗き込んでいた、という状態のようだ。

「ねぇ、トーリィ。もしかして……あなた、あまり時間が残ってないんじゃ……」

 そんなことはない、と言ってほしかった。勝手に殺そうとするな、と。

「そうかもな」

 しかし、返って来たのは、そんな弱気な言葉。

 その表情にも力はなく、起き上がる素振りもない。起き上がれるだけの力さえ、今のトーリィにはないのだ。

「だけど、竜って長命だろ? 風の実がなかったら寿命が半分って言っても、何十年とかあるんじゃないの?」

「寿命なんて、所詮は個体差だ。短い奴もいれば、長い奴もいる。風の実がなくて、数年で果てた奴もいるし、百年近く生きた奴もいるらしいからな」

「ぼく達は風竜の寿命を知らないけど……。仮に千年生きられるとして、風の実がなくても五百年生きられると決まってる訳じゃないってこと?」

「ああ。運任せだな」

 返す言葉にも、力がない。目がうつろだ。

「どうして話してくれなかったのよ」

「話してどうなる。それで風の実が早く見付かる訳じゃない」

「それはそうだけど……」

「でも、そうとわかったら移動はぼく達だけがして、何かわかればトーリィに知らせるって方法だってとれたじゃないか」

「俺に寝てろって? 捜してるのは、俺の力だぞ。他者に任せっきりにしておけるか」

「今まで何度も空から落ちたり、倒れたりしてるんでしょ。それで余計に寿命を縮めてるかも知れないじゃない」

「落ちたくらいで死ぬなら、とっくに死んでるさ」

 花竜の結界で落ちて来たトーリィ。落下の衝撃は、あの音からしてもかなり大きかったはず。

 いくら竜の身体が頑健であっても、果たして今のトーリィにいつまで通用するのだろう。あんなことが繰り返されれば、ダメージはかなり蓄積されるはずだ。

「それが俺の運命だってことなら」

「そんな悲しいこと、言わないでよっ」

 触れていたトーリィの手を、フウは思わず強く握った。

「フウ……」

 感情的になってきたフウの肩に、ツキが手を置いて落ち着かせる。相手は病人のようなものだから、ここで口論をすべきではない。

「トーリィ、ぼく達が一緒に見付けようと動くのは迷惑?」

「……お前達が付き合う義務はない」

「でもさ、ぼくは最初に言ったよ。気になるし、ちょっぴりでも関係あるって。風の実がどこに存在したかで、ぼくの運命は変わってたかも知れないんだ。ぼくは、トーリィと会った。会わなければ何も知らないままで過ごしていたけど、知った以上は見届けたい。ぼくは、義務でトーリィと一緒にいる訳じゃないんだ」

 母と一緒にイナサの村で暮らしていたら、幸せだったろうか。風の実がなく、イラギが生きていたら、どうなっていただろう。

 そんなふうに考えていけば、いくらでも仮定の話は出てくる。

 しかし、現実に風の実と思われる物は村にあったとわかり、ツキはトーリィに出会ったのだ。

「トーリィ、利用したっていいんだよ」

「利用?」

 トーリィが弱々しい視線をツキに向ける。

「ぼく達はトーリィから見れば、勝手について来ている状態でしょ。今までずっと自分だけで動き回って大変だったんだし、ぼく達を利用してトーリィは楽すればいいんだ。少しくらいそうしたって、構わないんじゃないかな」

「……ったく。お前みたいな奴を、お人好しって呼ぶんだろうな」

 トーリィが力なくため息をつく。

「そうね。人に騙されて、いいように利用されるんじゃないかって、ネマジがいつも心配してるわ」

 フウの言葉に、ツキが目を丸くする。

「え、ネマジがそんなこと言ってた?」

 自分の性格をあまり自覚していないツキに、トーリィは笑みを浮かべた。

 風の実を盗まれたこともあり、人間という生き物はどうしようもないと感じていたし、信用もできない。ツキがあれこれ言ったところで、所詮は興味本位でついて来ているのだろう、と思う部分もあった。

 だから、勝手にすればいい、と好きにさせていたつもりだった。フウに深く考えるなと言われたこともあり、あれこれと余計なことを考えるのはやめよう、と。

 しかし、多少は頼ってもいいのかも知れない、と思い始める。

 たとえ全てが空振りに終わり、風の実が見付からないうちにこの命が尽きたとしても。

 こうして誰かがそばにいてくれることで、落胆の気持ちのみで消えることはなさそうだ。

 ずっと握られているフウの手の温もりが、とても心地いい。

「ハナちゃんねぇ、ツキがいちばん好き」

 ふいにハナちゃんが会話に割り込む。

「でも、トーリィのことも好き」

「そう? ありがとう……」

「だから、げんきになってね」

 体力が極限まで落ち、同時に底辺まで落ちたトーリィの気持ちを、ハナちゃんの笑顔がふわりと浮かび上がらせた。幼い少女の顔に、嘘はない。

「トーリィ、今はゆっくり休んで。明日、トーリィの調子を見ながら、みんなでクバイの街へ行こう。その後は、状況によってぼく達が動くからさ」

「ああ……わかった」

 トーリィは小さくうなずき、目を閉じた。すぐに眠り込んだのは、やはりまだ相当つらかったのだろう。

「ツキ」

「ん?」

 トーリィの寝顔を見ていたツキに、フウが声をかけた。

「トーリィの風の実、絶対に見付けましょうね」

「うん」

☆☆☆

 次の朝、目を覚ますとすでにトーリィは起きていた。ゆっくり眠ったおかげで、体力は回復したらしい。

 ツキがハナちゃんにこっそり聞いたが、今朝のトーリィは色が薄くない、ということだった。

 空元気ではなさそうなので安心し、トーリィの様子がおかしいと思ったらすぐに教えて、と頼んでおく。

 こうしてトーリィの体調管理は、ハナちゃんにゆだねられた。

 カメインの村で聞いた、クバイの街へ一行は向かう。

 道行く街の人に尋ね、これまでのように宝石店へ急いだ。

 トーリィはどこかで休んでいれば、と言ったのだが、今は調子がいいからと一緒に来る。

「……」

 みんなで宝石店へ向かって歩いていると、ふいにトーリィの足が止まった。気付いたツキが振り返ると、その表情はやけに神妙だ。

「トーリィ? やっぱり無理してるんじゃないの?」

「体調は戻ってるって言ったろ。そうじゃなくて、かすかだが風の力を感じるんだ」

「本当?」

 ツキとフウが同時に聞き返した。

「街の中にいて、妖精や何かって可能性は少ないよね。それって、トーリィの風の実?」

「いや、そこまでは……。風の実かもはっきりしないし、どの方向から感じるかもまだあいまいだ。家の中で箱に入れられていたら、波動もかなり弱まってしまうからな」

 木や石などの素材でさえぎられると、波動が伝わりにくい。かろうじてわかる程度だ。

 これが本当に風の実であれば。

 人間から見れば、大きくて高額なダイヤ。しっかりと箱に入れられ、さらにその箱は棚の奥にしまわれ、その棚は石やレンガ造りの家の中にある、という状態だろう。

「やっぱり、この街で誰かが風の実を持っているってことじゃない? 風の実じゃなくても、トーリィが風の力を感じるくらいだもの、何か関連があるかも知れないわ」

 とにかく、まずは情報収集。教えてもらった宝石店へ急いだ。

 ルマインの街の時とは違い、売り手は魔物ハンターではない。カメインの村の、地主だった者の遺族だ。

 わざわざ「呪いのダイヤです」と言って売ることはしてないだろうし、売り手の素性がはっきりしているから、裏町へ流れたということはないはず。

 大きい街なので宝石店は数軒あり、そのうち二軒は空振り。

 三軒目を尋ねると、ようやくダイヤの情報が得られた。

 ツキとトーリィが店へ入り、カメインの人がダイヤを売りに来なかったかと店主に尋ねると「起こしになりました」と答えたのだ。

「ええ、確かにカメインからお越しのお客様が、ダイヤを買い取って欲しいと……。長年宝石を扱っておりますが、あんな見事なダイヤは見たことがなかったですねぇ」

 その時のダイヤを思い出しながら、店主はうんうんとうなずく。話を聞く限り、追っていた物に間違いなさそうだ。

 どうしても急に大金が必要になって、と売りに来たらしい。ありがちで無難な理由だ。

「そのダイヤは、今どこにありますか?」

「リージア様にお買い上げいただきました」

「リージア様って?」

「おや、ご存じありませんか? ランカ王の第二夫人ですよ。現在、ランカ王に正妃はいらっしゃらないので、今は実質リージア様が王妃ということになるでしょうかね」

 ツキもフウもイゲツの国の住民ということになるが、王様の第二夫人なんて知らない。王様の名前をかろうじて覚えているくらいだ。

 山の上の村に住んでいたら、そういう情報はあまり入って来ない。

「正直なところ、あまりに大きいダイヤなので、手元にあるのが恐かったのですよ。それで、倉庫の奥の方へしまっていたんです。それが半年くらい前、リージア様から何か珍しい宝石はないかと聞かれましてね。そのダイヤのことを思い出したんですよ」

 買い取ったのが二年前。売ったのが半年前。

 風の実であろうそのダイヤが、一年半近く手元にあって店主に何もなかったのは、倉庫の奥深くに眠らせていたおかげだろう。嬉しがって眺めていたら、これまでの人間達と同じ道をたどるところだ。

「あの、変なことをお尋ねしますが、そのリージア様がここ最近体調を崩されたって話はありませんか?」

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