第12話 闇ルートの店
細い路地へ入れば、数歩進んだだけでずいぶん雰囲気が変わる。
あんなに明るく活気づいていた表通りに比べ、幅が半分程しかない路地は薄暗く、湿気がこもっているような臭いが鼻についた。数人の男が壁にもたれ、立ち話している様子があちこちで見受けられる。
そんな通りの雰囲気に不釣り合いな一行が現れ、鋭い視線が遠慮なく向けられた。
「この通りを真っ直ぐ、よね」
「うん、そのはずだよ」
トーリィに色目を使って声をかけてくる女性達に裏町のことを尋ねると、みんな一気に引いてしまう。一瞬で、そんな所へ行こうとしているなんて何者? という目に変わるのだ。
これから面倒くさい声がかかったらこれで蹴散らせそうだ、などと考えたりもするが、今は情報をもらわないと困る。
盗品などが売りさばかれている店がないかを尋ね「盗まれた物を取り返したいのだ」と言うと、多少疑わしい表情が残りつつも「それは気の毒ね」と言って、ある婦人が場所を教えてくれた。
一行は、その店へ向かって歩いているのだ。
黒い木製の扉が現れ、その横に「ジュシャの店」という小さな汚い看板があった。文字がかすれて読みにくい。
中へ入ると、薄暗く狭い店内に所狭しと物が置かれている。店と言うより、これだと倉庫。よく見えないので、何が置かれているかもさっぱりだ。
服や人形だとはっきりわかる物はましで、動物の骨らしき物や作り物だろうと思われる魔物の腕があったりする。剣の鞘だけがあったり、ひび割れた盾も見えた。何に使うのだろう。
「売り? 買い?」
正面に座ってパイプをくゆらせている男が、ドスのきいた声で聞いてきた。顔がヒゲに埋もれ、表情が見えにくい。その分、目がギラギラしているのが強調されていた。
こういう店なら当然なのだろうが、客に対する愛想などかけらもない。
「この店に魔物ハンターは来るか?」
ツキが一瞬気後れしている間に、トーリィが店主に尋ねる。
「来るぜ。魔物がためこんだお宝を取って来て、妙な物を山程置いて行きやがる」
この店に妙な品々が多いのは彼らのせい、ということだろうか。でも、置かれているということは、店主が買い取ったということ。売れる算段があったのか怪しい。
「その中にダイヤはなかったか? 大人の拳くらいのものは」
「……お前ら、何者だ?」
「ここでは、いちいち客の素性を確かめるのか?」
店主がぎろりとトーリィを睨む。
五十をとうに超えているであろう店主から見れば、トーリィは明らかに若造だ。しかし、風竜が人間に睨まれてひるむことはない。
「ご存じなら、教えてもらえませんか」
ツキが少し下手に出て尋ねてみる。店主はわざとらしくパイプの煙をツキ達に向けた。ツキは顔をそむけ、フウとハナちゃんがむせて咳き込む。
「さぁて、どうだったかなぁ。最近、ちと物忘れしやすくなっちまってな」
教えてほしければ情報料を払え、ということだ。しかし、ツキ達に手持ちはない。
「おじさん、まだ若いでしょ。がんばれば思い出せるんじゃない?」
にっこり笑いながら言うフウに、店主の目が向けられた。
そこを逃さず、フウは催眠をかける。店主の身体がわずかに揺れたが、すぐに元の体勢に戻って小さくうなずいた。
「……確かにいたぜ、そういうのを持ち込んだ奴がな。四、五年前だったか」
妖精達から聞いた話と合う。やはり魔物ハンターは、この街へ売りに来ていたのだ。
「買い取ったのか?」
「いや、そこまでデカいと、うちじゃさばき切れねぇ。買い取るだけの金も、その時はなかったからな」
「じゃあ、持ち込んだ奴はよそで売ったということか」
「聞いた話じゃ、カメインの村の地主に渡ったらしいぜ。案外、田舎者の方が金をしっかり貯め込んでたりするからな」
つまり、イラギのような人間が手に入れた、ということだろう。
イラギの入手ルートはわかっていないが、こういう代物だから恐らくまともな買い物ではなかったと思われる。
店主から得られる情報はここまでらしい。
「ありがとうございました」
ツキが礼を言う。
「せっかく来たんだ、何か買ってかねぇか?」
「ごめんなさい。今は荷物を増やせないから」
所持金がないことをうまく隠し、ツキは断った。
フウの催眠がまだ効いているうちに、さっさと外へ出る。
「!」
出た途端、ツキ達の動きが止まった。
店の外の路地に、人相はあまりよくないが、がたいはいい男達がツキ達を待ちかまえていたのだ。軽く十人は超えている。
「よぉ。きれいなお兄ちゃんが、こんな場所に何の用だ? かわいい坊ちゃんや嬢ちゃんを連れてよぉ」
男達が悪意を含んだ笑い声をたてる。こちらとしても笑いたくなるような、想像通りの展開だ。
「その顔なら、さぞかしモテんだろうなぁ」
「おこぼれでいいから、俺達もほしいよなぁ」
「ちったぁ俺達に幸せを分けてくんねぇか?」
男達の手には、ナイフや棒などが握られている。こちらが抵抗すれば、容赦なく痛め付ける気でいるのだ。
「そういうことばかりするから、幸せを掴めないんじゃないのか?」
ツキやフウが思ったことを、トーリィがはっきりと口にした。
「んだとぉっ」
「てめぇ、ナメてんのか」
「そのきれいな顔を傷付けられたくなかったら、さっさと持ってる物を全部出しな」
相手が自分達を怖がる素振りをまるで見せないので、男達は頭に血をのぼらせる。ここは恐怖で青ざめ、命乞いをするところなのに。
「計画実行しなきゃいけないみたいね」
トーリィが挑発しなくても、武器を手にしながらこうして店の外で待ちかまえている以上、彼らはツキ達に何らかの暴力的行為をするつもりなのだろう。
こういう時にどういう行動を起こすか、一応の計画はしておいた。こういう展開にならないように……と祈っていたが、どうやら実行の時だ。
「へ……? うわぁっ!」
トーリィが突然、その姿を変えた。白い鳥の姿になったのだ。目の前の青年がいきなり人間大の鳥に姿を変え、魔法の
トーリィはそのまま上空へ飛び上がり、その間にツキ達はその場から走って逃げ出す。だが、それに気付いた男達が追い掛けて来た。
「こ、こらっ、待ちやがれ、このガキ共」
立ち直りが早いのか、今のは自分達の目の錯覚だと思うことにしたのか。
これくらいの図太さがなければ、こんな裏町では生きて行けないのだろう。
「行くよ、ハナちゃん」
「うん」
フウがハナちゃんを抱えると、その背に白い翼を出す。また巨大な鳥が現れたのかと、男達の悲鳴が再びあがった。
その間に、残ったツキが逃げる。だが、男達は目の前で起きたことに混乱しながらも、獲物を追い掛ける猟犬のようにツキを追った。思ったより手強い。
ツキは魔法で、周囲に火の幻影を出した。これはハナちゃんの父ジャスに教えてもらった魔法だ。
火を使いたいが、本当に使うと周囲に影響がある場合に使うといい、と言われた。
今は街の中。本当に火を出し、何かのきっかけで火事になっては大変だ。こういう時に有効な魔法である。
ちなみに、本当の火が出る魔法はネマジから習った。
突然現れた火に、追っていた男達がたじろぐ。だが、ツキがあまり大きな火にしなかったため、火を飛び越えてくる強者がいた。
幻影なので、熱くない。一人が飛び越え、熱くないと気付いた他の男達も、火を飛び越えて再びツキを追う。
うわ、魔物よりずっと面倒かも。人間って、案外強いんだなぁ。
感心している場合ではないので、ツキも逃げる。だが、男達の足は速い。
もう少しで、一人の手がツキの肩を掴みそうになった時。
突然、その男が倒れた。その後ろから来ていた男達も次々に倒れる。
「な、何だ、こりゃあ」
男達は巨大な緑の糸巻き状態になって、地面に転がっていた。上空でフウに抱えられているハナちゃんの力によって、動きを封じられたのだ。
「ごめんなさい。しばらくしたら解けますから」
ツキは背中に男達の怒号を聞きながら、その場から走り去る。
そのまま、街の外へと向かった。少し離れた上空から、トーリィとフウがツキの行く方向を見ているはずだ。
ルマインの街を出て人気のない場所まで来ると、トーリィとハナちゃんを抱えたフウが降り立った。
「絵に描いたような展開だったな」
「本当に絡まれるなんてね。でも、ハナちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう」
「ツキをまもるっていったもーん」
ハナちゃんは自分の力がツキの役に立って、とても満足そうだ。
「情報も手に入ったわね。カメインの村って言うと……ここからだと南東か」
フウが頭に地図を思い浮かべる。自分達が今いる場所からそう離れてない。今日中に十分向かえる距離だ。
「何度呼び出すんだ、お前は」
まるでツキの専属のように魔鳥のイーグが呼び出され、一行はカメインの村へと向かった。
村では目立ちすぎないよう、再びツキ以外は髪色を変える。
カメインの村へ入ると、ジュシャの店主が話していた地主を村人に尋ねたが、これまた予想通りと言うべきか。
ダイヤを手に入れた本人は、すでに亡くなっていた。どうやらここでも、イラギ一家と似たような不幸が立て続けに起きたようだ。
残された家族が気味悪がり、ダイヤを売ってしまった。
それが、およそ二年前の話である。
売った先は、クバイの街の宝石商。ここ、イゲツの国で一番大きい街だ。
ローバーの山や、ツキ達が今まで向かった街や村全てが、イゲツの国に属する。
カメインの村から東へ向かった先にクバイの街はあり、位置で言えばローバーの山から南へ向かってラミンの街やベンダーの街を超えた所だ。
ここまで来て、陽も傾き始めていた。クバイの街へは明日行くことにして、村を出て野宿しやすい場所を探す。
ツキと手をつないで歩いていたハナちゃんが、ふと振り返った。
「どうしたの?」
斜め後ろにいたフウが尋ねるが、ハナちゃんの視線はもっと後ろだ。
「トーリィ、へんだよ」
ハナちゃんの言葉に、ツキとフウがトーリィの方を見る。
フウのすぐ後ろにいると思っていた彼は、少し離れた所で立ち止まっていた。その様子が何だかおかしい。呼吸が苦しそうだ。
「トーリィ、どうしたの」
気になったツキが、トーリィの方へ駆け寄った。
「すまな……少し……疲れが……」
「トーリィ!」
言葉が最後まで続かず、トーリィの身体はそばへ来たツキの方へぐらりと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます