第11話 魔物ハンター

 ツキは、昨日呼び出した魔鳥のイーグを再び呼び出した。

 この近くに光り物を集めるような魔鳥がいないかを尋ねると、思い当たる種族がいると言う。

 そこへ連れて行ってほしいと言うと、イーグは渋い顔をした。何やら面倒な相手らしい。

 近くまででいいから、と説得し、魔鳥の巣へ向かう。ベンダーの街から、やや北西の位置にある山だ。

「トーリィ、どう? 何か感じる?」

 巣がある山の頂上付近をイーグに旋回せんかいしてもらいながら、ツキはトーリィに聞いた。他に力をさえぎる物はないので、風の実があればその気配がトーリィには伝わるはずだ。

 しかし、その気配はないと言う。

「巣の付近に、奴らがいる気配が全くない。そう言えば、ここ最近姿を見ていないな」

「それって、留守にしているって訳じゃなく、魔鳥が巣からいなくなってるってこと?」

「そうだ。確かめてみるか?」

 イーグに言われ、ツキ達は巣の近くへ向かう。

 普通の鳥のように、岩肌に木の枝などが組まれるようにしてできた巣がある。だが、その中に巣の主の気配は全くなかった。

 綿ぼこりのように抜けた羽が、巣の中であちこち転がっているだけ。かなり傷んでいるし、長く放置されているようだ。

「聞いた方が早いんじゃない?」

「うん、そうだね」

 フウに言われ、安定した地面に降りると、ツキは近くにいる風の妖精達を呼び出した。

 この巣に魔鳥がいたはずだけど、と尋ねると、四、五年くらい前に魔物ハンターに退治された、という答えが返ってくる。

「ハンターって何?」

 ハナちゃんが小さく首をかしげた。

「人間に悪いことをした魔物を、退治する人だよ。魔物の中には、人間にとって薬になる物を持っていたりするから、それを取るためだったりね」

 被害に遭ったから報復のために金で雇って……という場合もあるが、そういうことは今は伏せておく。ハナちゃんがもう少し大きくなってから、おいおい話せばいいことだ。

「ここにいた奴ら、光り物を集めていなかったか?」

「そう言えば、きらきらした物をたくさん持っていたわね。でも、そのハンターが持って行ったみたいよ」

 今回のハンター達の仕事は、魔鳥が集めた宝の横取り、だったらしい。

「じゃあ、それを売るとしたらラミンの街……あそこはトーリィがないって言ったから、違うよね。だとすると、この山の西側か南側の街かな」

「ルマインの街じゃないかしらね。人間の足でここまで来るなら、西側からのルートの方が楽だもの」

 妖精の情報から、この山の西にあるルマインの街、という説が濃厚になった。ベンダーの街から見れば、この山を挟んだ隣街だ。

 妖精達に礼を言い、街の外れまで移動すると、ツキはイーグに礼を言って解放する。

「どんどんローバーの山から離れて行くぞ。連絡をしなくていいのか?」

「んー、現在地を知らせても、同じ返事しか来ないと思うよ。さっさと済ませろって言われてるから、さっさと済ませよう」

「そう簡単にいけば、俺も苦労しないっての」

 ツキが生きた年月以上の期間、トーリィは風の実を捜し続けている。さっさと済ませろ、と言われて、すぐに見付かるはずがない。

「トーリィって、心配性だったりするの?」

 フウにそんなことを尋ねられ、トーリィは小さくため息をつく。

「俺は……俺はこれ以上、人間を巻き込みたくないだけだ。そうでなくても、風の実のために多くの人間を犠牲にしているし」

「それは人間のせいでしょ。とばっちりを受けた人も多いでしょうけど、申し訳なく思うべきは最初に風の実を盗んだ人間よ。まぁ、こんな事態が起きてるなんて、夢にも思ってないでしょうけどね。それはともかく、今はツキが人間を代表して罪滅ぼしをしてるって考えればいいじゃない」

「ツキが代表って……それじゃ、フウやハナちゃんはどうなんだ。白翼はくよく人も花竜かりゅうも全然関係ないぞ」

「私達は単なる付き添いよ。もう深く考えるのはいいじゃない。ほら、行きましょ」

 ツキとハナちゃんは手をつなぎ、すでに街へ向かって歩いている。フウはトーリィの背中を押してうながした。

 自ら協力を申し出てくれたとは言え、トーリィはツキ達と行動するのは少し気が重かった。目標地点が見えないのに、ずっと付き合わせるのはどうなのか、と。

 だが、トーリィはもう考えるのをやめにする。

 今追っている物が風の実であろうとなかろうと、その存在をはっきり目にするまで、ツキ達は一緒に捜し続けようとするだろう。

 それが彼らの意志なら、トーリィがあれこれ言うことではない。強制した訳ではないのだし、同行がいやならそう言えばいいだけだ。

「誰かといる方が、何をするにしても楽しいでしょ」

 フウの言葉に、トーリィは笑みを浮かべてうなずいた。

☆☆☆

 ルマインの街は、ラミンの街よりも大きい。髪も瞳も肌も、その色は人によって様々だ。

 そんな中で、道行く人の視線はやはりトーリィ、さらにはハナちゃんへ向けられる。どうしたって、その美しさが人の目を惹き付けるのだ。

 ハナちゃんは幼いからかスルーされたが、ラミンの街と違ってここではトーリィに声をかけてくる人間が多い。

 時間があるなら一緒にお茶を飲まないか、と女性達が誘って来る。この街は積極的な人が多いようだ。

 男性は商品を売りつける……と言うより、店へ引き込もうとしつこく呼びかける。トーリィが店へ入れば、彼を目当てに他の女性客が押し寄せるだろう、という目論見があるのだ。

「場所にもよるが、こういうことがあるから人間の街は面倒だ」

 トーリィが顔をしかめる。もちろん、呼びかけは全て無視だ。いちいち構っていられない。

「仕方ないわ。美形の定めよ。トーリィは他の姿に変えられないの?」

「他の竜ならできるが……俺はそういうことに力を使うと、後でしわ寄せがくる」

 余計なことに魔力を使うと、体力を消耗してしまう。人間より絶対的な魔力が備わっている竜なのに、トーリィはまともな魔法を使うこともためらってしまうのだ。

「そっか。とにかく、もたもたしないで聞き回った方がよさそうね」

 この街にも風の実の気配を感じられない、とトーリィは言う。ハンターがこの街へ持ち込んだかの確認と、その後の流れを早く突き止めなければ。

 最初に見付けた宝石店へ、またツキとトーリィだけで入った。

 店主は彼らの言うサイズのダイヤなど、見たことも扱ったこともないと言う。

「話で聞いたことはありませんか。魔物ハンターが持ち込んだかも知れないんですが」

「魔物ハンター? あんた達がほしがってるのは、そういう代物かい?」

 ていねいな言葉遣いで対応していた店主の口調が、魔物ハンターという言葉で突然変わった。

「うちはね、ちゃんとした商業ルートで商品を仕入れてるんだ。どこの誰かもわからない奴が、盗品かも知れない物を持ち込んだところで、うちでは買い取ったりなんてしないよ。バカにしないでくれ」

「ぼく達はバカになんて」

「第一、魔物が持ってた物なんて、気持ち悪くて触りたくもないね。うちは一流のお客様ばかりなんだ。そんな商品を扱ったなんて言われたら、信用がガタ落ちになっちまう」

「元は人間の持ち物だった場合もあるんだぞ」

 魔物がどこから宝石を入手したかなんてわからないが、装飾品になっているならそれは人間の仕事。人間の誰かの持ち物だったはずだ。

「そんなことは知ったこっちゃない。さぁ、もう出て行ってくれ。商売の邪魔だ」

「今は俺達の他に客はいないぞ」

「何だと。お前、うちの店にケンカを売る気か」

「俺は真実しか口にしていないが」

 本当にケンカになりかねないので、ツキは慌ててトーリィと店主の間に入った。

「あのっ。そういう物を扱っているお店って、どこにありますか」

「知らないね、そんなこと。裏町にでも行けば、怪しい連中が怪しい商品を売りさばいているだろうよ」

「わかりました。ありがとうございます」

 ツキはトーリィを引っ張り、急いで店を出た。

「ああ、闇ルートって奴ね」

 話を聞いて、フウが納得したようにうなずく。

「怪しい連中って言うより、危ない連中みたいよ。私もそういう場所へは行ったことがないけど」

 ツキもネマジから、色々と話は聞かされている。実際に街へ来たのは今回が初めてだが、こうして街へ来た時の知識として教えられたのだ。

「そこへはぼく達だけで行った方がよさそうだね」

 今まではフウとハナちゃんを店の外で待たせていたが、そんな所へ女の子を連れては行けない。

「やだ、ハナちゃんもいくっ」

 ツキと離れる話になると、当然ながらハナちゃんはすぐに拒否する。

「だけど、あんまりよくない人間が、近くにいるかも知れないんだ。何かあったら大変だろ」

「それはわかるんだけどねぇ。確かに大変かも知れないけど、ここでずっと待ってるのも大変なのよ。女の子ふたりが立っていたら、じろじろ見られるんだから。そのうち、変なおじさんが声をかけたりしてくるかも」

「フウなら追い返せると思うけどな」

「何よ、それ。私よりツキの方がずっと心配だわ。全員で向かって何かあったとして、私はハナちゃんを連れて逃げられるし、トーリィも飛んで逃げられるでしょ。でも、ツキは自分の足で逃げなきゃいけないのよ。相手が魔物ならいいけど、人間じゃ魔法で対処するって訳にもいかないじゃない」

 街で人間に魔法を向けたのが見付かれば、役人に捕まって牢屋へ入れられる。

 そういったことも、ネマジから聞いていた。相手が武器を持っていたとしても、魔法使いの魔法はそれ以上の凶器になるのだ。

「もっとも、裏町の人間が役人に届け出るとも思えないわね」

「俺だけで行けば済む話じゃないのか」

「トーリィだけで裏町なんて行ったら、髪の色を変えたって目立つわよ。ぶっさいくな連中が、嫉妬丸出しで絡んで来るのが目に見えるわ」

「だからって、まさかフウ一人で行くなんて言い出すんじゃないよね。それは絶対ダメだよ」

「でも、その方が早いわよ。私なら、いざと言う時に少しくらいの催眠はかけられるし、飛んで逃げることもできるんだから」

 白翼はくよく人は魔法を習っていなくても、軽い催眠をかけることができる。先祖が人間の目をごまかして逃げるために得た能力、などと言われているのだ。

「それでもダメだよ。大勢いたら、催眠にかからない人間だってその中にいるかも知れないだろ。飛んで逃げようとした時に、その人がフウに飛び掛かって飛べないようにしたらどうするのさ。フウは女の子なんだよ。そうなったら力負けで逃げられなくなるじゃないか。もしそうなっても、一人で行ったらぼく達はフウが誰に捕まったのかすらわからないんだよ」

 珍しく、ツキが猛反対する。いつもならフウがツキを言い負かすのだが、今は反対の立場になってぽかんとなっていた。

 ツキに女の子扱いされたのが、不思議な気がすると同時に嬉しい。

「だからぁ、ハナちゃんがツキをまもるってば」

「……不本意だが、今回はハナちゃんに頼った方がよさそうだぞ。たとえ有事があっても、追って来る奴の足止めさえしてもらえれば、何とかなるはずだしな」

「んー、そう……かな」

「そーなのっ。いこ」

 向かうべき方向も知らないくせに、ハナちゃんはツキの手を握るとさっさと歩き出す。

 フウはトーリィと顔を見合わせ、軽く肩をすくめてからその後を追った。

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