第10話 新しい情報と実力行使

「何なの、と聞かれても……」

 トーリィも、こういう質問のされ方は初めてだった。

 普通、ダイヤと言えばダイヤだ。まさか風竜にとって大切な風の実です、とは言えない。

 魔法と関わらなければ、風の力と言われても理解しにくいだろう。言ったところで、彼女が信じてくれるか怪しいものだ。

 ナリアの目の前にいる一行のうち、実はふたりが竜だと教えたところで、バカにしてるのか、と怒られるのがオチな気もする。

「あれは絶対、呪いの石だと思うわよ」

「え、きみはそのダイヤのこと、知ってるの?」

「……見たことはないけれど。あなたたちが言うダイヤかどうかもわからないし」

 ツキの言葉に、ナリアは少し口ごもった。

「だけど、きみはもしかしたらそうかも知れないって思ったから、ぼく達に声をかけてくれたんでしょ?」

「それは……。だけど、違うかも知れないわよ」

「それでもいいよ。ナリアが知ってること、教えてほしいんだ」

「……私の叔父が、ものすごく大きなダイヤを手に入れたって、大喜びしていたのよ。話に聞いたところだと、大人の拳くらいもあって透明度も高いって。アクセサリーにするために加工するのはもったいない、でももっと輝きを生かした細工をしたいって浮かれていたらしいわ。だけど……」

「不幸が起こった、か。その手の話は、何度も聞いた」

 聞き飽きた、と言えるくらい聞いてきた。

「知ってるなら、手を出すのはやめておきなさい。そんな大きなダイヤ、普通じゃないわ。あなた達だって、命は惜しいでしょ」

「そのダイヤ、今はどこにあるか知ってる? ぼく達が捜しているのは、それなんだ」

「叔父は狂ったようになって亡くなって、家族や使用人も具合が悪くなったのよ。そんなふうになりたいの?」

 話を聞いても淡々と尋ねるツキに、ナリアの方がヒステリックになる。

「もちろん、なりたくないよ。でも、そのダイヤには、本来の持ち主がいるんだ。その持ち主の元へ戻らない限り、同じような不幸が続くんだよ」

「……あなた達、何を知ってるの?」

「その宝石が、呪いのダイヤじゃないってこと、かな」

 嘘じゃない。人間が持てば災いが起きる、というだけ。呪いではないのだ。

「……」

「ねぇ、その話は何年前のこと? 今はどこにあるの? 知っているんでしょ」

「知らないわ」

 ナリアは冷たく言った。だが、教えてやる代わりに……と何か取引を持ちかける様子もない。

 声をかけたものの、その後どうすればいいのか、自分でもわかってないようだ。

 素直に教えるのもちょっと、という妙な抵抗と言おうか意固地な部分が出ているらしい。

「ナリア、あげる」

 ふいにハナちゃんが、一本の花をナリアに差し出した。

 ピンク色の、形が少しすみれに似た花だ。結界の中でも見たことがある。

 だが、ハナちゃんが結界から持って来たとは思えない。ほとんどの時間、片手はツキかフウとつないでいたし、もう片方は手ぶらだった。

 花竜かりゅうの力……だろうか。

「いいかおりでしょ」

 差し出され、ナリアは反射的に受け取った。そこにハナちゃんスマイルを向けられ、思わず笑みを浮かべる。

 その香りに気持ちをほぐされたのか、ナリアは話し始めた。

「ダイヤで呪われたんだと思った親族達は、その処理に困ったわ。で、魔法使いに相談したの。魔法使いは、自分が呪いを解く、と言ってダイヤを持ち出して……それっきり。戻って来なかったけれど、誰も足取りを追うことはなかったわ。きっと魔法使いは呪いに負けてしまったんだって思ったから、取り戻しても今度は自分達が呪われるって」

 魔法使いが持ち出したことで、具合が悪かった家族も次第に回復した。

 ダイヤはなくなったが、魔法使いが戻って来ないので処理代を請求されることはない。持ち逃げされたとしても、構わなかった。

 ある意味、呪いが解けたようなものだ、と誰もが言い合う。やがて、誰もダイヤの話はしなくなっていった。

 それが、七年か八年前の話らしい。

 記憶が少しあいまいではあるが、呪い、という言葉がまだ小さかったナリアには恐ろしく感じられ、この話が染みついているのだ。

「ナリア、教えてくれてありがとう。助かったよ」

 彼女の叔父がどこで入手したか不明だし、それがトーリィの物かはわからない。でも、今は少しでも情報がほしいから、ありがたかった。

「別に……話だけだから」

 ツキに満面の笑みで礼を言われ、ナリアは少し戸惑いながらも小さくうなずく。

 風の実の行方は、少し現在に近付いた。

☆☆☆

「彼女の叔父さんが持っていたダイヤって、盗賊が持っていた物かしら。だけど、貴族が盗賊から買うかしらね」

「貴族だろうと、欲しい物があれば金を出す。それに、妖精達は盗賊と言っていたが、売りさばく時は商人の顔で対応していたかも知れないからな」

「あ、そっか。そういうのもありなのね」

 入手ルートがどうであれ、ラミンの街で売られたのではないかと推測し、ラミンの街の貴族がダイヤを持っていた。

 それがイナサの村にあった石、という可能性はまだ消えていない。

 ナリアの叔父からダイヤを持ち逃げした魔法使いの名前は、クヅキというらしい。

 ラミンの街のどこかにいれば、ガレット家の者が見付けているはず。この話を教えてくれたナリアも、魔法使いが持ち逃げしてそれっきり、と話していた。

 それでも一応、行き先を知っている人間がいないか、街にいる他の魔法使いに尋ねてみる。

 何人か空振りだったが、隣街にいると聞いた、という魔法使いがようやく現れた。噂程度だけれど、とは言われたが、行ってみる価値はあるだろう。

 この頃には、すっかり陽も暮れている。ローバーの山へ戻るまでに真っ暗になるだろうから危ないし、かと言ってお金など誰も持っていないので、宿に入ることもできない。

 仕方なくラミンの街を出て、森の中で野宿することになった。

 そこへ、ネマジから返信がくる。

「さっさと済ませろ」

 簡潔な一文は、ネマジらしい。

 本心としては「一度戻って来て、ちゃんと説明しろ」と言いたいところだろうが、竜が絡んでいるならそうもいかない、というのは予測しているのだろう。

 フウが一緒だから、その点で少し安心しているのかも知れない。

 だが、女の子を連れ回して安心もへったくれもない、という怒りもあるだろうから、それらをひっくるめて「さっさと済ませて帰って来い」と言っているのだ。

 フウの両親からの伝言や、花竜からの返信がないところをみると「わかった」と言ってくれているのだろう……と思うことにした。

 ハナちゃんやトーリィは、数日何も食べなくても支障はないらしい。ツキとフウは森の中で食べられそうな果物などを探し、空腹を満たしておく。

 寝る時は、ハナちゃんの力が活躍した。初めて会った時にツキを緑の糸巻きにしたあの力で、草のベッドを作ってくれたのだ。

 四つ必要なところを三つしかベッドを出さなかったのは、自分がツキと一緒に寝るため、というちゃっかりさである。

 朝になると、一行はラミンの街の南隣にあるベンダーの街へ入った。

 小さな街なので、クヅキのことを聞いて回ると、すぐに彼を知っている人間に出会うことができた。元々、クヅキはここの出身なのだそうだ。

 ただ、残念ながらクヅキはもうこの世の人ではなかった。もう三年前になる。

 クヅキはガレット家からダイヤを持ち出すと、よその街でこっそり売りさばく気でいたらしい。ダイヤの大きさが大きさなので、盗まれたとでも言えば通る、と高をくくっていたのだ。

 しかし、ラミンの街を出てから、クヅキは魔鳥に襲われてしまう。実は自分で言いふらしているよりも腕が悪いクヅキに、数羽の魔鳥は手強すぎた。

 さんざんな目に遭い、果てにはダイヤを魔鳥に奪われてしまう。命からがらベンダーの街へ着いたものの、傷はなかなか癒えない。

 死ぬ間際には、あのダイヤの呪いのせいだ、と嘆いていたらしい。

 呪いと言うより、彼の場合は自業自得な気もしたが……それはともかく。

「魔鳥かぁ。昨日、ぼくが呼び出したイーグも魔鳥だけど、そうやって人を襲うってことは、かなり凶暴な種族だよね」

「鳥がもっていったの? 鳥もかぜのみが好き?」

「恐らく、光り物が好きな奴なんだろう。魔鳥でなくても、そういう物が好きで集める獣はいるからな。うまく貴族からちょろまかせたと思って眺めていたら、それを魔鳥に見付かって横取りされた。そんなところだろう。魔鳥なら、狂死するってことはないな」

 魔鳥ということは、少なからず魔力があるということ。人間よりもその波動を受け止める容量が大きいから、人間達のような問題は起きてないかも知れない。

 鳥だから風に属するし、かえって風の実の波動は心地いいものになりえる。

「ラミンからベンダーの間で取られたのよね。私達が昨夜野宿した森に、魔鳥がいる雰囲気はなかったけど」

「魔鳥は大きさにもよるけど、森の中より山にいることが多いらしいよ。あの森の西に山があるよね。巣があるとしたら、そこじゃないかな」

「だとしても、乗り込むのは危険だ。俺は自分を守るので精一杯だし、相手の数によってはツキも手に負えなくなるぞ」

「ハナちゃんがいるよー」

 ツキの手に余ったとしても、ハナちゃんがツキを守る気満々でいる。

「ハナちゃんは来なくていい。何かあったら、花竜かりゅうに一生顔を合わせられなくなる」

 ただでさえ、子どものハナちゃんまで巻き込んだことに、トーリィは多少なりとも負い目を感じているのだ。

 しかし、トーリィからそう言われ、ハナちゃんは頬をふくらます。

「うわっ」

 突然、トーリィの下半身が緑のツルに巻き付かれた。以前、ツキがハナちゃんにされたことを、今はトーリィがされているのだ。ツキの時より巻き付かれた部分は少ないが、それでも足は全く動かせない。

「ハネとか足とか、こーんな感じにしたら飛べなくなるよ」

「ハナちゃんって、本当に実力行使するタイプねぇ」

「トーリィ、それをされると本当に動けなくなるでしょ。ぼくも一度されたけど」

 風竜本来の力があれば、引きちぎることもできるだろう。しかし、今のトーリィは、竜としてのまともな能力はほとんどない。

 人間のツキが手出しできなかったように、トーリィは何もできないでいる。

「トーリィ、今更ここで誰かを置いて行くなんて、もう無理だよ。ローバーの山からかなり南へ来てるし。それに、ぼく達は魔鳥と戦う訳でも、挑発する訳でもないんだ。風の実があるかを確認するだけで、近くまで行けばトーリィにはそれがわかるんでしょ。気配がないなら、すぐに帰れば済む話だよ」

「……」

 ツキに説得され、トーリィは小さくうなずいた。

「わかったよ。ハナちゃん、これを解いてくれないか。俺自身がベッドにされるのはごめんだよ」

「ハナちゃん、来なくていい?」

 わざとトーリィの言葉を繰り返すハナちゃん。

「……お願いですから、来てください」

「はーい」

 嬉しそうに返事をすると、ハナちゃんはトーリィの戒めを解いた。

「この子の将来が恐いな」

 トーリィのつぶやきに、ツキとフウは苦笑いを浮かべるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る