第9話 街の宝石店

 イナサの村を出たトーリィは、小さくため息をついた。

「予想はしていた。やっぱりダメだったな」

「せっかくここまで来たのに、残念だわ。誰が売った、とかがわかればいいのに」

「ふりだしに戻っただけだ。俺にすればいつものことだから、フウ達は気にするな」

 ここにあるのでは、と思って空振り……なんて、数え切れない程あった。大して落胆はしていない。

「同じ家にいても、亡くなるタイミングが違うのね。何が原因で、こんな差が出るの?」

「その人間の体質や体調だろう。もしくは、直接触れている時間が長いとか。直接触れていれば、波動をそれだけ強く受けるからな。木や石の箱に入れると、少しはその波動も遮断できるようだが、所詮は悪あがきみたいなものだ。ラタナという女が一番長く生きたのは、それだけ図太かった、ということじゃないか?」

 木や石に風が当たれば、跳ね返される。自然界で起きることが、風の実とその周囲にも起きるのだ。

 しかし、風が強ければ木は倒れ、石はわずかながらでも年月をかけて削られる。たとえ箱に入れられていたとしても、風の力で浸食されて力が漏れ出し……といったところだろう。

 イラギの息子が先に亡くなったのは、周りにはべらせていた女達に石を取り出して見せびらかし、波動を強く受けてしまったのだ。

「トーリィ、かわりになるもの、ないの?」

 花の蜜や生気をかてとするハナちゃんは、いざとなれば結界の外にある花でも代用できる。彼女にすれば、ここにある花がダメなら向こうに咲く花ではダメなのか、となるのだ。

「俺のために生まれた風の実だから、それ以外じゃダメなんだ。俺も別の物で代用できればどんなに楽だろうって、何度も思ったよ」

 そういう訳にはいかない。だから、トーリィはずっと捜し続けているのだ。

「トーリィ、風の実って風の力を宿してるんだよね?」

「ああ、そうだけど……」

 ツキに今更なことを尋ねられ、トーリィはいぶかしげに思いながらも答える。

「じゃあ、風の妖精にはその存在がわかるんじゃないかな」

「それは……ありえるだろうけど。存在はわかっても、誰の物かわからない。いや、そもそも誰かの物だって感覚なんてないはずだ。自然の物であって、でも異質の力みたいなものだしな。たぶん、近付きたがらない」

「だけど、存在には気付くでしょ。だったら、この辺りにいる妖精に尋ねてみたらどうかな。知ってる誰かがいるかも知れないよ。そうすれば、村から持ち出されてどこへ向かったのか、たどれるんじゃないかな」

「ツキ、すごーい」

 ハナちゃんが、小さな手で拍手する。

「聞くったって……」

 トーリィが考えもしなかったことだ。自分の力で捜し出すか、助けを求めるにしても風竜の仲間に協力してもらうしかない、と思っていた。

「ぼくが聞いてみるよ」

 ツキは、妖精を呼び出す呪文を唱えた。

 ふわりと風が吹き、影がいくつか現れる。近くにいた風の妖精達だ。

「私達に用かしら、魔法使い」

「うん。来てくれてありがとう。きみ達に尋ねたいことがあるんだ。十三年前のことなんだけど」

 ツキは、イラギが手に入れたという宝石の話をした。風の気配を持つその宝石が誰かの手で持ち去られたが、その後どうなったのか知らないかを尋ねてみる。

「ねぇ、もしかしてアレじゃない?」

「アレ? あーあ、そう言えば」

 ツキの話を聞いて、妖精達が心当たりのあることを仲間内でしゃべり出す。

「知ってるの? 知ってるなら教えてほしいんだけど」

「山賊が持って行ったわ」

「え……」

 妖精に似つかわしくない単語が飛び出した。

 風の妖精達の話によると、宝石を持ち出したのは取り巻きの一人だったようだ。しかし、直接持っただけでなく、服の下に隠して持ち去ったため、波動を強く受けてしまった。

 その前からラタナのそばにいることで少しずつでも波動を受け、身体が弱りかけていたというのもある。逃げる途中で倒れ、そのままのたれ死に、という末路をたどった。

 その彼を見付けたのが、山賊だ。死体に興味はないが、死体の持つ物には興味がある。

 すぐに男が持っていた宝石は見付けたが、それが「呪いのダイヤ」と恐れられている物だとはもちろん知らない。

 これは高く売れる、という考えしかなく、すぐに街へ持ち込んだ。

「どこの街か、わかる?」

「あっちの方向へ向かったから、きっとラミンの街でしょうね」

「持ち込んだのを直接見た訳じゃないけど」

 ローバーの山から見て南、イナサの村から南西に位置する街だ。

「トーリィ、細い糸だけどつながったよ」

 ツキが嬉しそうにトーリィを見た。

「あ、ああ……」

 心もとない情報ではあるが、確かに糸はつながった。トーリィは、それを簡単にやってのけたツキに感心する。

「ありがとう、みんな。助かったよ」

「どういたしまして」

 妖精達を見送ると、ツキはトーリィに向き直る。

「じゃあ、ラミンの街へ行こう」

「ちょっと待った。お前、まだ来るのか?」

「え? だって、街にあればいいけどさ。またどこか別の場所へ移動してるかも知れないでしょ。今の情報は十三年前のものだから、たぶんもうそこにはないんじゃないかなぁ。行き先を求めるなら、手が多い方が早く見付かるよ」

「それは、まぁ……わかるけど」

花竜かりゅうの結界を出る前、できる所までって言ったじゃないか。世界の果てって言われたら、ちょっとためらうけどさ」

「ツキ、行くのはいいけど、ジャス達や家に心配かけちゃうわよ」

「あ、そうだね。フウとハナちゃんのふたりだけ帰るっていうのは……」

「やだ」

「ツキだけ置いて、帰れるはずないでしょっ。心配で眠れなくなるわ」

 ツキの提案はハナちゃんとフウによって、即却下された。

「だいたい、ハナちゃんはツキが連れ帰ることになってるでしょ。ちゃんと責任は持たなきゃ」

「あ、確かにそうだね。じゃあ、こういう事情でってことを連絡すればいいかな」

 ツキは魔法で茶色い小鳥を出した。

 連絡したい相手へ、この鳥に状況を説明させる。魔法使いの通信手段として使われる魔法だ。ツキの魔法だから、花竜の結界も通るはずである。

 ネマジと、フウの両親、花竜の分で計三羽。小鳥はぱたぱたとローバーの山頂へ向かって羽ばたく。

「おーい。完全に俺の意志を無視して話を進めてるが……本当にいいのか」

「いいよー」

 ハナちゃんが気楽に返事する。彼女はツキがそばにいれば十分だし、結界を出てあちこち行けるのが楽しいのだ。

「よくないなら、最初から言わないよ。どこへ行ったのか、やっぱり気になるしね」

 トーリィはツキ達の顔を見ていると、これまでとは少し風向きが変わって来たように思えてきた。

☆☆☆

 ラミンの街へ入ると、ツキ達は宝石店を目指した。

 風の実の見た目はダイヤだ。ダイヤを扱うなら相応の店、つまり宝石店だろう。まず手始めに、というところだ。

 街と言う場所へ初めて来たツキとハナちゃんは、物珍しそうに周りをせわしなく見ながら歩く。

 その様子を見たフウが、あまりきょろきょろするなと叱った。

「こういう街ではね、あんたみたいな行動をすると悪い人が寄って来て、変なことに絡まれるの。街には何度も来てるって顔しなさい」

「だけど、初めてなのは本当だし……どんな顔すればいいの?」

 ツキに聞き返され、フウもちょっと詰まった。

「えっと、だから……」

「自分の村を歩く時の顔をしろってことだ」

 トーリィが口を挟んだ。彼は風の実を捜す都合上、人間の街へは何度も訪れたことがある。

「ハナちゃんはどうしたらいいの?」

「ハナちゃんはそのままでいいの。小さいから初めてなんだなって思われるでしょうし、大人の私達さえちゃんとしていれば平気よ」

「大人?」

「何か文句ある?」

 ツキの言葉にフウが睨み、ツキは慌てて首を振る。

 言われた通り、ツキは努めて普通に歩くようにした。だが、通り過ぎる人や立ち話をする人達にちらちら見られているような気がしてならない。

 気のせいか、とも思ったが……やはり見られている。

 だが、周りが見ているのは、田舎者のツキではない。髪を元のプラチナブロンドに戻したトーリィだ。

 花竜のジャス達と同じく、人の姿になったトーリィはとても整った容姿。その美しさゆえの注目だった。

 今ではすっかりジャス達の美しさに見慣れたツキやフウは気にしていなかったが、他の人にすれば素通りできないようだ。

 やがて、一軒の宝石店を見付けた。

 全員でぞろぞろ入って妙な客だと警戒され、情報が得られなくなっては困る。なので、ツキとトーリィだけが入ることにした。

「いらっしゃいませ。お客様、本日はどのような物をお求めで?」

 頭のてっぺんが光る主人が近付き、ふたりの応対をした。あまりお金を持ってなさそうな格好なので、店の物に触れられないようにしたいのだろう。あまり店の奥まで入らせないような素振りだ。

「ダイヤについて聞きたいんですが」

「ほう、ダイヤでございますか。指輪にネックレス、ブローチと色々ございますが」

「えっと……これくらいの」

 ツキが両手の指で大きさを示す。大人の拳サイズだ。それを見て店主が目を丸くする。

「そ、そんな大きなダイヤ、当店にはございません」

 ないのはわかっている。あれば、トーリィがとっくにその気配に気付いているはずだ。

「持っている人か、お店をご存じないですか」

「さぁ……。そんなに大きければ、話題になりそうなものですがねぇ」

 結局、この店では何一つ情報は掴めなかった。すぐに次の店を目指す。街の大きさにもよるが、同種の店は数軒あるはずだ。

 しばらく歩いて街の人に尋ね、少し離れた場所にある別の宝石店を訪ねた。しかし、結果は同じ。

 ツキ達が店にいる間、フウはハナちゃんを連れて近くにいる人に宝石店が何軒あるかを聞いていた。どうやら、ここラミンの街には、こことさっきの店だけらしい。

 山賊は、この街へ宝石を持ち込まなかったのだろうか。風の妖精は、方向から考えてこの街ではないか、と言っただけなので、持ち主に見付かることを恐れた山賊はこの街よりさらに南にある街、もしくはずっと遠くの街まで行ったのかも知れない。

「ちょっと、あなた達」

 自分達が呼ばれた、と認識した訳ではなかったが、ツキは声のした方を振り返る。

 そこには、上品そうなクリーム色のワンピースを着た、長く真っ直ぐで濃い茶色の髪の少女が立っていた。同じ色の大きな瞳で、こちらを見ている。ツキやフウと年が近そうだ。

「えっと、ぼく達のことですか?」

 彼女の視線は、ツキ達へ向けられている。他に該当しそうな人が周囲にいないことを確かめて、ツキは少女に尋ねた。

「ええ、そう。あなた達よ。ダイヤがほしいそうね」

 少女はツキ達が二軒目の店へ入った時、出口付近にいたのだ。

 そのまま出るつもりだったのだが、ダイヤのことを聞いているのが耳に入り、しばらく立ち止まって会話を聞いていたのである。

「え……ええ、そうですけど」

「どんなダイヤでもいいって訳じゃありませんから」

 ツキが答えようとするのを、フウが横から割り込んだ。

 おかしなやからにつけ込まれ、お金もないのに高い物を売りつけられては迷惑だ。

 街にはこういう人間がいる、ということを、フウは父のリョウから聞いている。ここでは、相手に弱みを見せてはいけないのだ。

「別に、何かを売りつけようとしているんじゃないわ」

 フウの警戒心に気付いた少女は、軽く肩をすくめた。誤解を解くためか、ナリアと自分から名乗る。

「ガレット家と言えば、この街では有名な貴族なんだけど……この街の人間じゃないなら知らないわね。あそこにあるのがうちの馬車。疑うなら、御者に聞いてみれば?」

 ツキには細かいことはわからないものの、貴族と聞いてナリアが着ているワンピースを改めて見ると、上質の生地で仕立てられているように思えた。素材が何か知らないが、靴も光っている。

「そこまでする気はない。で、貴族のお嬢さんが俺達に何か?」

「さっき聞えた話が気になっただけ。大きなダイヤがどうこうって言っていたみたいだけれど、それって何なの?」

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