第8話 イナサの村へ

「ここまで来たのはいいが、誰に聞くつもりだ? 下手な尋ね方をしたら、ツキに危険が及びかねないだろう」

 村の人間は、フールの子どもは死んだと思っている……はず。

 だが、何をきっかけにして生きているのがばれてしまい、追われる羽目になったら。風の実どころの騒ぎじゃない。

「お医者さんに聞いてみようかなって思ってるんだ。話を聞いた限りだと、お母さんの味方だったみたいだしね。……その人が生きていてくれればいいんだけど」

 早産だということにしてほしい、とフールが頼み、村医者のキュラスはそういう診断を出してくれた。その件にイラギの妻ラタナが気付いた、と知らせてくれたのも、彼だ。味方と考えてもいいだろう。

 それなら、あの時の子どもがまだ生きていると知っても、黙っていてくれるはず。

 十五年の間で、彼にどんな心境の変化があったかわからない、とフウは少し心配だったが、今はキュラスに尋ねるのが一番よさそうだ、という気もした。

 いきなり村人を掴まえ、イラギが持っていた宝石のことを聞きたい、と言ったところで、誰がまともに答えてくれるだろう。胡散臭い目で見られるのがオチだ。

 ここで他の選択肢はない。

 村へ入る直前、フウが「このままで行くのって、まずいんじゃない?」と言い出した。

 この村の人間は、黒髪がほとんどなのだ。しかし、フウとトーリィはプラチナブロンド、ハナちゃんは金髪。悪目立ちすること、この上ない。

 単に村を通り抜けるだけでも、注目を浴びてしまうだろう。注目だけならいいが、警戒されては困るし、面倒だ。

 トーリィは自力で薄い茶色の髪になり、フウとハナちゃんについてはツキが魔法で黒い髪に変えた。いつもは出している尖った耳を、フウはその髪でさりげなく隠す。

 そうした下準備をしてから、一行は村へ入った。

「……さびれた感じの村ね」

 新芽が伸びている畑もあるのだが、村にある半分の畑が荒れた状態だ。閑散とした雰囲気で、春だというのに活気がない。

「あの……すみません」

 ようやく畑仕事をしている村人を見付け、ツキが声をかけた。

「キュラスさんってお医者さんを捜してるんですが、どちらにいらっしゃるかご存じありませんか」

「先生ならあっちだ」

 村人が見慣れない人間に興味を抱く様子は特になく、無表情にある方向を指した。そばに大きな木が立っている家だと教えてもらい、礼を言ってそちらへ向かう。

「やはり、この村に風の実はないな」

 トーリィがつぶやく。

「歩いてるだけで、わかるものなの?」

「風の気配……波動がここには全くない。感じるとすれば、フウからだけだ」

 花竜かりゅうの結界にトーリィが入って来たのは、フウの持つ風の波動を感じたからだ。

 しかし、この村の中にそういった気配は、かけらもない。やはり風の実とおぼしき宝石は、すでによそへやられてしまったようだ。

 しかし、それならそれで行き先が知れるなら、情報は入手しておきたい。

 教えられた通り、すぐそばに大きな木が立つ家の前まで来た。患者が来ている様子はない。

「こんにちはー。キュラス先生、いらっしゃいますか」

 半開きの扉を押し、ツキは中へ声をかけた。

「誰かね」

 中から一人の老人が現れた。

 やや波打つ白髪に、深いしわ。なかなかにがっしりした体格だが、その身体にちょっと不釣り合いな気のする小さな眼鏡をかけている。

 薬草をすりつぶしていたのか、キュラスの手は緑に汚れていた。

「キュラス先生ですか」

「そうだが……見掛けない顔だね」

 ツキを見てからその後ろにいるフウを見て、キュラスははっとした表情になる。

「私が何か?」

「あ……いや、知っている人に似ていた気がしてね。気のせいだ。長い黒髪がよく似ていてね。……それで、私に何の用かな」

「お聞きしたいことがあって。あの……フールって女性、ご存じですか」

 隠しようもない程はっきりと、キュラスは驚愕きょうがくの表情になる。

「きみ、どこでその名前をっ。まさか……いや、そんなはずは」

「ぼく、フールの息子です」

 前置きも何もなく、ツキは自分の素性を明かした。

「何だってっ? しかし、彼女の子は、川で亡くなったと……」

「お母さんがそう見せかけてくれたんです。お母さんはこちらにいる彼女のお父さんに助けられて、ぼくはそこの村で育ちました」

「では、フールもそこに?」

「いえ、母は川で亡くなりました」

 フールはツキを置いて村を出た、ということを話す。キュラスはフールも本当は生きているのでは、と思ったようだが、ツキの話を聞いて視線を落とした。

「そうか……彼らの話を聞いて、私はてっきり二人とも……。フールのことは残念だが、きみだけでも生きていてくれてよかった」

 そう言って浮かべたキュラスの笑みに、嘘はなかった。

「きみのお母さんは、そこの彼女と同じように真っ直ぐな黒髪だったんだよ。一瞬、彼女が戻って来たのかと思った。実際に戻って来たのは、息子だったんだな」

 さっきフウを見てはっとしたのは、そのせいだったのだ。

 長い黒髪の女性など、他にいくらでもいるが、フールの面影があるツキがそばにいたので、記憶にあるフールの面影と重なったのだろう。

「聞きたいことがある、と言ったね。お母さんのことかい?」

「それも聞きたいですけど、今日来たのは別のことなんです。この村にイラギって人がいましたよね?」

「イラギ……懐かしいが、あまり思い出したくない名前だな」

 キュラスが眉をひそめた。これで、イラギの評判の予想はつく。

「イラギが亡くなる前、大きな宝石を手に入れたって聞いたんです。先生はその話について、何かご存じのことはありませんか」

「宝石?」

 質問の中身が思いがけないものだったので、キュラスは首をかしげた。

「その宝石はちゃんとした持ち主がいて、ずっと捜しているんです。その行方を知りたいんです」

「宝石……ああ、呪われたダイヤ、とか言われていたあれのことか」

 ここでもやはり「呪われた」ことになっているようだ。

 イラギが亡くなり、本妻であるラタナは夫が囲っていた娘達を次々と村から追い出しにかかった。追い出しとは言っても、自分の取り巻き達に消させていた、というのが真相のようだ。

 そのことに薄々気付いても、村人達はそれを口にはしない。おかしなことを言って、関係のない自分達まで消されては大変だ。

 金と力を持っている人間の機嫌を損ね、自らの立場をわざわざ危うくすることはない。

 フールの家は放火され、しかし寸前で彼女は逃げ出した。それに気付いたラタナは執拗に追わせ、フールの死を確認させたのだ。

 取り巻き達が「子どもは川に流されたらしい」と話していたのを村人が聞き、それをキュラスに教えた。

 他に数人いた女達も、それぞれどういう方法でか消されたらしい、と噂で耳に入る。

 その後は、ラタナの天下だ。

 夫が持っていた物は全て自分の物になり、それまで以上にぜいたくをして村人がうらやむような生活をしていた。

 イラギが手に入れたというダイヤも、当然ラタナの物になる。

 あの宝石を手に入れてからイラギがおかしくなった、と使用人達はこっそり言い合っていたが、ラタナは呪いのたぐいを信じる女ではない。

 宝石と言っても、所詮は石だ。石に人間が殺せるものか、と高笑いしていた。

 イラギがおかしくなったのは、女癖のひどさのせいで頭がいかれたのだ、と言い放っていたのだ。

 そういう自分も、金で惹き付けた若い男を取り巻きにして遊んでいるのだから、村人の誰もがあきれていた。

 両親がそんなだから、娘や息子も似たようなものだったのだが……最初におかしくなったのは息子。

 父親と同じような状態になり、同じような亡くなり方をした。

 娘は父と兄を立て続けに亡くしたせいか、ふさぎ込んでしまう。一家の中で一番体力がなくて神経質だったので、寝込むようになる。

 キュラスがどれだけ手を尽くしても回復することはなく、命の火が消えるのはあっという間だった。

 さすがにラタナも恐ろしくなってきたが、その時にはすでに自分の身体もおかしくなっていた。

 ある日、大量の血を吐いたと使用人が駆け込んで来たが、キュラスが診察する間もなく息絶えたのである。

 一年以内に一家四人全員が亡くなり、使用人にも具合の悪い者が何人も現れた。ラタナが亡くなったのを幸いに自分達の家へ戻り、彼らは「何とか呪いから逃れられた」と喜んだ。

 取り巻き達は、ラタナが生きている間はふんぞり返って好き放題していた。だが、後ろ盾を失った途端、村から逃げるようにして出て行ってしまう。

「呪われた村」と言って、よそへ出て行く人も、この頃は多かった。呪われた石がある、というだけで気味悪がり、当時の半分近い村人が村を去ったのだ。

 そのため、現在の村はその頃よりずいぶんさびれてしまった。数年して戻って来た者もいるが、今も活気は戻らないままだ。

 人がいなくなったイラギの家は、どんどん荒れた。子どもが肝試しに入り込み、その時に傷んだ屋根が崩れ落ちてケガしたのをきっかけに、ようやく取り壊されることになる。

 親戚だと言う者が現れ、家に残っていた家財道具や金目の物を持ち去ったが、イラギが手に入れたという宝石はすでになくなっていた。

「ラタナが亡くなった後は、村長が家を一応管理していた。だが、人が立て続けに亡くなった家には、誰もあまり近付きたがらないからね。泥棒が入ったか、もしくは取り巻きの誰かが村を出る時に持ち出したんじゃないか、と言われているよ。だが、物が呪いのダイヤと言われては、親戚の人間も追い掛けてまで取り返そうとはしなかったようだ。結局、その石については放っておかれたのではなかったかな」

 それが十三年前のこと。

 トーリィが話していたようなことが、イナサの村でも起きたようだ。

 呪いを信じない、と言っていた人間までが亡くなっては、周りの人間は気持ち悪いだけだ。ダイヤを取り戻そうという者もおらず、そもそも自分の物ではないので誰も動こうとはしない。

 なくなってくれた方がありがたい、とばかりに放っておかれたのだ。

「つまり、宝石のある場所はわからないってことですね」

「そうだ。呪いが嘘であれ本当であれ、あまりよくない物だというのは村人みんなが感じていたからね」

 呪いだの、気味悪いだの、ひどい言葉ばかり。心ない人間の仕業が全て悪いのに。

 真相を知るツキにすれば、人間全てがトーリィの大切な力の源を悪く言ってるようで申し訳ない。

「いきなり来て妙なことを聞いて、すみませんでした」

「これでいいのかい? お母さんのことは?」

「いえ、もう……」

「ツキ、聞きたいのなら聞けばいい。今度はいつ来られるか、わからないんだろう?」

 トーリィはツキが自分に遠慮していると気付き、そううながした。早く取り戻したいのは山々だが、情報がいきなり途切れた今、急ぐ必要もない。

 ツキはキュラスの顔を見た。

「気だてのいい娘だった。泣き言を口にしない強さもあったな。イラギに言い寄られる前は、街へ出ようかと思っている、と話してくれた。そうする前に彼女はきみを授かって、村にとどまることにしたんだ。きみがイラギの子でないことは……」

「知っています」

 キュラスから聞いた話だと、イラギは本当にどうしようもない男だったようだ。そんな男が父でないことが、ちょっとだけ救いになる。

「そうか。フールは相手のことを、誰にも話してないようだが」

「村を訪れた旅人だって聞きました」

「……旅人? では、彼がそうなのか」

 キュラスには、思い当たる人間がいるらしい。

「先生は見たんですか、その人を」

「彼女と話しているのを見掛けただけ、だがね。背の高い、黒髪の若い男だった。フールとそう変わらない歳だろう。身に付けている物は、悪くなかったな。顔は覚えていないが……そうだ、左手の甲に刀傷らしいものがあった。すまない、記憶に残っているのはそのくらいだ」

「いえ、少しでも知ることができてよかったです。先生、ありがとうございました」

 礼を言って、ツキ達はキュラスの家を辞した。

 立ち去る時、キュラスは

「きみが幸せになることを願っているよ」

 と言ってくれた。

「ぼく、もう幸せです」

 ツキは笑顔でそう返した。

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