第7話 一緒に行く

 追っ手の者達はフールに息がないことを確かめると、そのままにして去って行く。

 人間の気配が消えてから、リョウはフールに近付いた。

 その姿を見て、彼女が命をかけて子どもを守ったことを思い知らされる。

 モザの村で手当されていた彼女の足は、素足だった。巻かれていた包帯もない。川に落ちた時に取れたとも考えられるが、恐らく彼女は自分で取ったのだ。

 手当されているのがわかれば、どこでされたのか、ということになる。ここにはフールだけで子どもの死体がないとすれば、子どもは彼女が手当された場所にいるかも知れない。

 そう推測した追っ手がモザの村へ向かってしまわないよう、フールは手当された痕跡を消したのだ。

 彼女は命を失ってなお、その手に子どもの産着を握り締めていた。

 子どもはモザの村にいるのだから、当然その姿は近くにない。だが、これを見た追っ手は、川で流れるうちに子どもはさらに川下へ流されたらしい、と考えるだろう。

 まだ一ヶ月にも満たない子どもが、川に落ちて生きていられるはずがない。

 そう思わせるために、フールは出て行く時に子どもの服を脱がせたのだ。

 リョウは自分達の仲間が眠る墓地に、彼女を眠らせた。

 子どもは、ネマジが世話をすると申し出る。自分の望まない所で面倒に巻き込まれた赤ん坊を、モザの村へ来るまでの自分と重ね合わせたらしい。

 いつかこの村を出て大きな街へ出ても一人で暮らせるよう、魔法も教えた。

 こうしてツキはモザの村で成長し……やがて十四歳の誕生日を迎える。

 その時、ネマジが母親のことや、人間のツキが白翼人の村で暮らすに至った事情を全て話した。

 フールが亡くなって、リョウはしばらくふもとの人間がツキを捜しに来ないかと様子を見ていた。しかし、誰も現れることはなく、やはり子どもは川に流された、と判断されたのだろう。

 フールが命をかけて望んだ息子の安全が、ようやくもたらされたのだ。

 しかし、ツキが村を出て、もしイナサの村の人間と会った時。フールの子どもだということで、また追われる身になる、という可能性は完全には消えていない。

 事情もわからないまま、ツキが命を落とすことになったら。

 深読みかも知れない。杞憂きゆうならいい。ネマジはツキがそんなことにならないよう、全てを知らせた。

 ツキにとってつらく厳しい現実でも、後々のことを考えれば真相をちゃんと伝えておくことがネマジの優しさだったのだ。

「……ぼく、みんなからすごく愛されてるんだね」

 全てを聞いたツキはしばらく黙っていたが、ネマジにそう言った。

 フールは命をかけて彼を守り、ネマジや村のみんなが彼を育ててくれた。

 それを理解したから出た言葉。

 それを聞いたネマジは、フールの心の強さは確かに息子へ引き継がれている、と感じたのだった。

☆☆☆

「あ、ごめんなさい。何だか話がそれちゃったけど、とにかくぼくがいた村に風の実っぽい物があったらしいってことで」

 イラギの様子がどんどんおかしくなり、やがて狂死した。

 その点だけを伝えればよかったのだが、その部分だけをうまくかいつまんで話すことができず、結局ツキの生い立ちの話になってしまった。

「あ、ああ……つらい話をさせてしまったな」

 トーリィとしてはわずかな情報もほしいが、触れられたくないことまで話をさせるのは心苦しい。その原因が自分の物だとすれば、なおさらだ。

 たとえ、トーリィ自身のせいではないにしても。

「え? ぼく、つらいって思ってないけど」

「明るい話とはとても思えなかったぞ」

「それはそうなんだけど。ぼく自身が体験したことじゃないから、正直なところ、あんまり実感がわかないんだ。お母さんがいないのは、つらいって言うより淋しいって感じだし」

 ツキの表情を見ている限り、無理をしている様子もない。とことん前向き、ということだろうか。

「ツキはずっとこんな調子なの。みんながいてくれるからいい、みたいなね。話を風の実に戻しましょ。トーリィ、ツキのいた村にあった宝石って、やっぱり風の実かしら」

 重くなりそうな空気を飛ばし、フウがトーリィに改めて尋ねた。

「そう、だな。イラギって男がおかしくなったのが本当にその宝石を手にしてからだとすれば、可能性はかなり高い。ただ……いつまでもその村にあるかは、怪しいな」

「話から推測するに、ツキが生まれる少し前くらいだね。だとすれば、十五年前か。その後、彼の家族が宝石をどうしたかだね。呪いだと思ったのなら、転売するなりしてすでに手放しているだろう。そこから追って行くしかないか」

「そういう状況は、今までもよくあった。ただ、追ううちに手掛かりが途切れるってこともよくあったし」

 トーリィにとっては、これまで得た情報とよく似た話の一つ、といったところだ。

「ぼくも、できる所まで手伝うよ」

 空振りでも一応の確認はしておくか、と考えていたトーリィに、ツキが言い出した。

「え? どうしてお前が……」

 その宝石が絶対に風の実だ、と決まった訳ではない。ツキがその「宝石」に直接関わったのでもない。

 言ってみれば、トーリィはツキにとって通りすがりの竜だ。手伝わなければならないいわれもないのにそんなことを言い出され、トーリィの方が戸惑っている。

 仲間は多少なりとも協力してくれているが、他の種族でこんなことを言い出した者は今までいなかった。

「気になるだろ。竜にとってそんな大切な物が、ぼくのいた村にあったんだろうかって」

「だから、お前は直接関わってないだろうが。生まれて間もない赤ん坊だろ」

「それはそうなんだけどね。その宝石が村になかったら、ぼくは今頃ここにいないよ。ほんのちょっぴりでも関係ある……気がするんだけど。ちょっとこじつけかな」

 村にあった宝石が風の実かはともかく、イラギが死ななければフールはイナサの村でツキを育てていただろう。ツキもフウ達と出会うことはなく、ハナちゃん達とも出会わなかった。

 いわば、運命を変えた物だ。

「ツキがその村に行くって……危なくないの? 何の罪もない子どもを殺そうとした人がいるのよ」

「そういう人に会っても自分を守れるように、ネマジは魔法を教えてくれたんだ。大丈夫だよ。それに、ぼくは死んだと思われてるはずなんだし、会ってもその子だってわからないんじゃないかなぁ。それに、今更村へ戻って来るなんて、誰も思わないよ」

「ハナちゃんがツキのこと、まもってあげる!」

 それまでおとなしく話を聞いていたハナちゃんが、いきなり手を上げた。

 それはつまり……同行する、という意思表示だ。

「え……ダメだよ。ハナちゃんはここから出られないだろ」

 ここから出てはいけない、と言われたから、ツキとフウが来ているのに。

「ツキとここから出て、ツキとここへかえる。それなら迷子にならないもーん」

「つまり、ツキに終始同行しろってことね」

「人間って、花竜かりゅうに懐かれる性質でもあるのか?」

 ハナちゃんがツキにべったりなのを見て、トーリィが不思議そうに尋ねた。

 他の竜でここまで人間に懐いているのを見たことがないのだろう。

 父親であるジャスだって知らない。子どもは何にでも興味を持つが、娘がここまで人間に興味を抱くとは思いもしなかった。

「ツキはハナにとって特別らしいよ。まったく……言い出したら聞かないからね、うちの末姫は」

 ジャスは小さくため息をつく。

 ここで頭ごなしに言っても、また周りの目を盗んでこっそり出て行くくらいのことはするだろう。結界の力を強めれば、ハナちゃんでも出るのは難しくなるが……それをしたら次は何をやらかすやら。

「そういうことだから……ツキ、よろしく頼むよ」

「あの、本当にいいんですか」

「抜け出されて本当の迷子になられるよりいいよ。ツキから離れてどこかへふらふらとひとりで行く、ということはないだろうからね。きみと一緒にいてくれた方が、私達もずっと安心できるというものだよ」

「だけど、何かあったら」

 行き先はモザの村ではなく、ローバーの山からさらに離れたイナサの村。ちょっとお散歩、という距離ではない。

「子どもとは言え、この子も竜だからね。魔法使いではない人間に危険な目に遭わされる、ということは考えにくいよ。騙されて連れて行かれることはありそうだが……ツキがそばにいれば、その心配もなさそうだ」

 ジャスの圧倒的な信頼感……と言うより、娘のツキに対する執着心をうまく利用している、と言う方が近いだろう。

 それに、ハナちゃんと最初に会った日に彼女が見せた力。ツルでがんじがらめにする魔法は、確かに普通の人間にはどうこうできない。見習いとは言え、魔法使いのツキだって、全く動けなくなったのだから。

 ジャスの言うとおり、子どもでも竜はあなどれないのだ。

「ハナちゃんはだまされなくても、ツキの方があっさりだまされそうな気がするわ」

 フウは父に連れられ、何度か街へ行ったことがある。だが、ツキはモザの村を一度も出たことがない。

 何かあっても対処できるか心配だ……ということで、フウも同行することになった。

結界ここへ黙って入ったのは悪かったけど、俺はあんたの娘まで巻き込むつもりは……」

 口を挟む隙もなく、勝手に話が進んでゆく。

 これは自分の問題だったはずなのに、トーリィにはその問題が違う方へ向き始めたような気がした。

「自分の意志で巻き込まれたのは、ツキだよ。うちの娘は彼にくっついているだけだからね。フウもきみのためと言うより、ツキが心配なだけだから気にしなくていい。たまには誰かと一緒にいるのも、気分が変わっていいんじゃないかな?」

「はあ……」

 今までにない状況に、風竜はただ戸惑うばかりだった。

☆☆☆

 花竜の結界を出て、一行はふもとを見下ろす場所へ移動した。

 濃い緑が、延々と広がっている。その向こうはかすんでいて、今日は見えない。

「イナサの村は、あの森の向こうよ。トーリィは自力で飛べるわよね」

「ああ。休んだから、これくらいの距離なら飛べる」

「ハナちゃんは私が抱き上げて連れて行けるけど……ツキはどうする?」

 ローバーの山を下り、ふもとに広がる森を東へ抜ければイナサの村。

 言葉にすればそれだけだが、地道に歩いていたら丸一日以上はかかってしまう。竜ではあっても子どものハナちゃんが歩くスピードはそんなに速くないだろうし、ここは空を飛んだ方が絶対に効率がいい。

 ただ、そうなるとツキの移動手段が困る。

「誰かの力を借りるよ。最近は何とか応えてもらえるようになったから」

 ツキの言う誰かとは、魔獣のことだ。

 魔法使いの力だけでは困難なことを、見合った力を持つ魔獣を呼び出して力を借りることによって解決する。

 魔法の練習をしているツキは、最近になってようやく召喚の術を使いこなせるようになってきたのだ。

 呪文を唱え、わずかな間があって土色の大きな鳥が現れた。

 体高はツキの身長とほぼ同じ。その大きさだけでも、普通ではないのは明らかだ。

 その魔鳥が低音の声でしゃべった。

「何か用か、魔法使い」

「こんにちは、イーグ。ぼくを乗せて、あの村の近くまで飛んでほしいんだ。ここにいるみんなと一緒に」

 これまでにも数回呼び出したことがあるので、ツキはこの魔鳥の名前を知っていた。

「全員を乗せるのは無理だぞ」

「あ、乗せてくれるのは、ぼくだけでいいんだ。頼むよ」

「わかった」

 トーリィは真っ白な鳥の姿になり、フウはその背に白い翼を現わしてハナちゃんを抱き上げる。ツキはイーグの背に乗り、それぞれイナサの村へと向かう。

 村の真ん中へいきなりこの姿を現わしたら大騒ぎになるので、村からわずかに離れた場所で着地した。森と村の間辺りだ。

 イーグに運んでもらった礼を言って解放し、ツキ達はイナサの村へ向かった。

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