第5話 風の竜
ツキとフウが、異口同音に聞き返した。
「ハナちゃん、はじめて見たけど、たぶんそうだよ。ね?」
他の花竜達にも聞き、そこにいる子ども達は全員がうなずく。恐らく、竜同士で感じる波長や気配のようなものでわかるのだ。
それに、竜ならその力で花竜の結界に入り込めるのだろう。
「だけど、風竜がどうして落ちて来るんだろう。空を支配する力が一番強いはずなのに。それより、生きてるのかな」
背中に広がる見事なプラチナブロンドの長い髪。腰の少し上くらいまである。ツキはそれを恐る恐るかきあげ、その顔を確認した。
目を閉じたその横顔は中性的だが、青年のようだ。見た感じだけなら、ツキやフウより少し上といったところか。
口元に手を近付けると、かすかに息が当たった。とりあえず生きているようで、ツキはほっとする。
「あの……もしもーし。風竜さん、大丈夫ですか」
どう呼び掛けていいか、悩むところだ。名前はわからないし、ハナちゃん達が風竜と言ったからそう言うしかない。
かなり高い所から落ちたのだろう相手に大丈夫もないが、竜なら返事してくれそうな気もする。
そうするうちに、音に気付いて近くの花竜達が来た。
事情を聞いて、まず青年の身体を仰向けにする。土で顔は汚れていたが、ケガをしている様子はない。さすがは竜、ということか。
ツキがその頬をぴたぴたと叩き、覚醒を
その間に、別の花竜は
ジャスが現れ、まだ意識が戻らない風竜を城へ運ぶように言う。ハナちゃん以外の子ども達は、それぞれ親元へ戻るように言われて帰って行った。
ツキとフウは関わってしまったのでそのままにはできず、一緒について行く。
風竜は城の一室のベッドに寝かされた。風竜の目には、そのベッドがどんな物に映っているのか、後で聞いてみたいツキである。
「確かに風竜のようだが……様子がおかしい」
意識のない風竜の青年を見下ろしながら、ジャスがつぶやいた。
「だけど、空から落ちて来たんだから、気を失っても仕方がないんじゃ……」
落ちた、と一言で表現しているが、実際はどれくらいの高さから落ちたのだろう。
「そのこと事態がおかしい。風竜が空から落ちるなど、聞いたこともない。我々の結界は竜族を
人間が作った木の柵ならともかく、竜が張った結界である。仲間ではない誰かが通れば、必ず気付くはずなのだ。
そうでなければ、守りの壁もただの飾りである。
「結界を抜けることはできるけど、竜としての力が弱い、ということか」
「子どもだから……ってことはないわよね。どう見ても、私達より年上に見えるし」
竜は人の姿になった時、年相応の容姿になるという。ハナちゃんは花竜の子どもだから、人の姿になった時も子どもなのだ。
それを踏まえるなら、目の前にいる風竜は十七、八歳くらいの青年。少年と呼ぶべきか。どちらにしろ、子どもと呼ぶのは微妙なところ。
話をしているうちに、ようやく風竜は目を覚ました。
しかし、その目はまだ焦点が定まっていない。
「気が付いたかい。ケガはないようだが、具合はどうかな」
風竜は声をかけたジャスをぼんやり見ていたが、次第に意識もはっきりしてきたようだ。
「俺、また落ちたのか……。もう大丈夫です」
風竜は、ゆっくり身体を起こした。
ずいぶん高い所から落ちたはずなのに、骨が折れるどころかかすり傷一つない。
花竜と一緒にいる時間が長くなって、感覚が普通よりマヒしていたツキとフウ。竜という種族は不思議な存在だ、と改めて感じる。
風竜はなぜかフウの顔を見ていたが、すぐに濃い青の瞳をそらしてため息をつく。
「ちょっと! 私の顔を見て、あからさまにため息なんてつかないでよ」
「あ……すまない」
フウの勢いに風竜は目を丸くしたが、すぐに謝った。
ジャスに名前を聞かれ、風竜は答えたが……やっぱり二人には聞き取れない。
それを察したのか、ジャスが二人を見た。ツキやフウが呼べる名前を彼にも付けろ、と言いたいらしい。
もう一度風竜に名前を言ってもらい、二人で相談した結果「トーリィ」という名前に決定した。
さっき鳥の姿だったから、という訳ではない。花竜達と同じように、本当の名前の中にそういう音があるように聞こえたからだ。
トーリィの方は、花竜の結界に人間や
「彼らには、娘の遊び相手をお願いしているんだよ。それより、きみのことを聞きたい」
当然ながら、ジャスには尋ねる権利がある。トーリィに攻撃や侵略の意図がなくても、なぜ結界を越えて入って来たのかを聞かないまま、彼を解放する訳にはいかないのだ。
下手すれば、自分の娘や仲間の子ども達が落下の巻き添えを食っていたかも知れない。トーリィは無事だが、まだ幼い子ども達がそうであったかはわからないのだ。
「申し訳ない。少し確認するだけのつもりだったんだ」
事情を話すため、話はいきなりトーリィが生まれて間もない頃まで
風竜は、生まれてしばらくすると「風の実」とよばれる物を取り込む。風の実は特定の風竜のためにのみ現れ、それを取り込むことで風竜としての力を得るのだ。
そんな大切な実を、トーリィは盗まれた……人間に。
風の実は、見た目が人間の拳大くらいのダイヤにそっくりなのだ。そのため、手に入れたがる者がいる。
硬いので人間にどうこうはできないが、その硬さ故にますますダイヤだと思い込まれてしまう。
それが風竜の力の源となる大切な物とは知らず、風竜のそばで見付かることが多いので、風竜が持つ宝の石だと信じているのだ。
そして、宝と信じて目がくらんだ人間に、トーリィは大切な風の実を盗まれた。
風の実ならどれでもいい、という訳ではない。トーリィのために現れた風の実でなければ、彼は本来風竜が持つはずの力を得ることができないままになってしまう。
かろうじてわずかな魔力や竜独特の
そうならないため、トーリィは風の実を取り返す旅に出た。
人間に細工することは不可能だから、割れたり消えたりすることはない。見付かれば取り込み、本来の力を得ることができる。
だが、風の実を取り込んでいないトーリィは、長く飛び続ける力がなかった。休み休みでなければ、まともに飛ぶこともできない。
疲れ切るまで飛べば、体力の回復に時間がかかる。飛ぶどころか、普通に身体を動かすのも困難だ。
そんな状態を何度も繰り返しながら旅を続けたが、風の実は見付からない。風の気配を感じて降りてみれば、自分の捜す物とは別の何か。
そんなことが続き、ただ無情に時間だけが過ぎて行く。
そして、花竜の結界に近付いた時、風の気配を感じた。
あまり強く感じ取れないので違うだろうとは思いながら、それでも確認せずにはいられない。
竜の結界内だが、確認して違えばすぐに出ればいいと考え、入った。気配を感じた方へ近付いたが……やはり求めるものではない。
確認したから、すぐに引き返そうとした。だが、それまでもずっと飛び続けていたトーリィは、引き返すだけの力も飛ぶ方向をコントロールする力もすでに失っていたのだ。風の実じゃない、という落胆のせいもあったのだろう。
やっぱり違った、と思った後のことは覚えていない。目を覚ませば、ここにいた。
「風の気配って、私のことね」
トーリィがフウの顔を見てため息をついたのは、たぶん違うとわかっていながら彼女の気配に淡い期待を抱いてしまった後悔のためだ。
フウのせいではないが、落胆を隠しきれなかった。
「風の実って……そんなのがあるんだね」
「人間から見れば、竜という一つの存在かも知れないが、種族によって力の源になるものは違うんだよ。私も名前を聞いたことはあるが、見たことはないな。どんな物にしろ、人間が持ち運びできてしまうのは厄介だね」
「今はどこにあるんだか……。人間が持っていても迷惑な代物なんだから、いい加減返してもらいたい」
「迷惑ってどうして?」
ツキが尋ねると、トーリィは軽くため息をついた。これはさっきのような落胆のため息ではなく、大きく息を吐いただけのようだ。
ジャスには大丈夫と言ったが、まだ完全復活とはいかないらしい。顔色も、そんなにいいとは言えなかった。
「竜の力の源になる物だからな。それだけ力の波動も強い。一方で、人間はそれを受け入れるだけの容量はない。長く持っていると、強すぎる波動の影響で身体に異変をきたすんだ。病死したり、幻を見ながら狂死するって話も聞いたことがある。そんなことが繰り返されているうち、ダイヤと思い込んでる人間は、呪いのダイヤとか言い出すんだ」
「自分達が盗んでおいて、呪いだなんて……失礼な話ね」
「盗んだ人間は、何も知らない人間に売りつけるらしい。本来の持ち主以外にとっては迷惑極まりない代物なんだが……見た目に惑わされてるんだ」
拳大のダイヤともなれば、目がくらむ人間も多いだろう。呪いを信じない人間の手によって、風の実はあちこちへと流れるのだ。
「なるほど、風竜も大変なようだね。きみの仲間は協力してくれないのかい?」
「それらしいのがあったって話は、よく教えてくれる。だけど、俺が行くともう別の場所へ持って行かれた後ってことが多いんだ。その場にあっても、違う物だったってことはよくあるし」
風竜であっても、自分の物ではない風の実の気配は感じ取りにくい。だから、なかなか見付からないし、見付けたと言われてトーリィがそちらへ向かっても無駄足だったりする。
「ツキ、どーしたの?」
ハナちゃんが、考え込んでいるツキの顔を覗き込む。
「トーリィの捜す風の実じゃないかも知れないけど、よく似た話……ぼく、知ってる」
「ツキ、かぜのみ、知ってるの?」
「ぼくは直接見てないし、話だけなんだけど……もしかしたらって」
「ツキがいた村のことね」
ツキが言う話に、フウも思い当たることがあった。
それを聞いて、トーリィがツキの方に向き直る。
「教えてくれないか。何でもいいから、少しでも情報がほしいんだ」
「だけど、それって十五年以上前の話だし」
「構わない。今までも、空振りは何度あったかわからないんだから」
「ツキ、どこかで何かつながっているかも知れないよ。差し支えなければ、彼に話してあげてくれないか」
ジャスはツキの表情がいつもよりやや暗いのが気になったが、ここで黙られてもお互いにすっきりしない気分が残るだけだ。
「……はい」
ツキは小さくうなずき、ジャスとトーリィはツキの言葉を待った。
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