第4話 落ちて来た鳥
ゆっくり話を聞かせてくれと言われ、ツキ達は城内へ入ると広い部屋へ案内された。
ツキの住む家がすっぽり収まりそうな部屋に、華美すぎないソファや小さなテーブルが置かれている。
人間仕様で言うところの応接間だが、ツキもフウもこんな部屋など見たことがない。偉い人の(人ではないが)住む所は違うんだなぁ、とひたすら感心するばかりだ。
もっとも、竜の目にはこれもまた別の物に映っているのだろう。
これまでの説明は、ツキより順序だてて話せるフウが担当した。
尋ねられるより先に、これこれこういう事情でハナちゃんがこう言ってます、というところまで話す。
「結界を出入りするには、まだ早い」
ツキがハナちゃんを保護したことについては、両親の口から礼が述べられた。
しかし、ハナちゃんが希望する「結界の出入り」についての許可は下りなかった。
やっぱり無理だよなぁ、と予想通りの答えだったが、ツキとフウはそれなりに落胆する。やはりハナちゃんはお姫様であり、簡単に許してもらえる訳がないのだ。
「やだやだやだ。ハナちゃんはツキと一緒がいーの。ぜったいなのっ」
当事者のハナちゃんは、落胆よりも怒りの方が強い。ツキにしがみつき、絶対離れまいとしている。
「ねぇ、ハナちゃん。さっきから聞きたかったんだけど、ツキの何がいいの?」
聞き方によってはひどい言い方に思えなくもないが、その点はツキも不思議だった。
ハナちゃんと出会って話はしたが、特別彼女が気に入るようなことを言った覚えもないし、した覚えもない。
村の子ども達の面倒を時々みることはあるが、初対面のハナちゃん程にここまで懐いてもらったことはなかった。
「みんな」
丸ごと好きだと言ってもらえるのなら、それはそれでツキも嬉しい。
「たまたまツキが、ハナちゃんの好みのタイプだったってことかしら」
「人間が珍しいから、とかじゃないかな」
「ああ、それもありそうね」
ハナちゃんがずっと結界内ですごしていたなら、人間を見るのは恐らく初めて。物珍しい、という部分も少なからずあるだろう。
「ツキ、あったかい」
「そう? ハナちゃんもあったかいよ」
ハナちゃんの手は温かい。もし花竜の体温が低いなら、温かい物に触れて気持ちいいのだろう、と推測できるが、そんなに変わらないようだから体温の問題ではなさそうだ。
「フウもあったかい。でも、ハナちゃんはツキのあったかいのが好き」
フウはハナちゃんと手をつないでいないから、温かいうんぬんはわからないはず。やはり体温のことではないようだ。
それはともかく、両親の許可が下りない以上、一緒にいることはできない。
「ハナちゃん、今はちょっとだけ辛抱しようよ。お父さんは早いって言っただろ。早いって言われなくなるくらい大きくなったら、またお話しようよ」
「ツキはハナちゃんのこと、きらい?」
ハナちゃんが上目遣いでツキを見る。
「え? そんなことない。ハナちゃんのこと、好きだよ」
「でも、一緒にいてくれない……」
言いながら、ハナちゃんはしゅんとなる。
「今はね。ハナちゃんが大きくなったら、一緒にいられるよ」
ハナちゃんは、父親の方を振り返って睨む。
「にい様もねえ様も、好きな時に出てる。どうしてハナちゃんはダメなのっ」
「勝手に出て行って、戻れなくなったのは誰だい?」
ちゃんと結界の位置を覚えていられないうちはダメ、ということだ。
それより、今の話で人間の世界に花竜達が出入りしていたらしい、という事実を知り、ツキとフウは驚いた。
花竜は滅多に姿を現わさないと言われているが、実はどこかですれ違っているのかも知れない。この姿なら目立ちそうな気もするが、実際に行動する時はもう少し容貌を変えているのだろう。
「じゃあ」
突っ込まれたハナちゃんがあきらめると思いきや、とんでもない
「ツキがここにいればいーよ」
「ええっ」
言われたツキの方が驚いた。まさかそう来るとは。
「ああ、それならいいかな。ツキが来る分には問題ない」
「ええっ」
あっさり許可する
「花竜の結界って、そんなに軽いものなのっ? 私達が簡単に出入りしていいものなんですかっ」
「人間を拒絶している訳ではないからね。ただ、あまり大勢に出入りされると、花畑が荒れてしまう。ここにある花々は私達の力の源、他の生物で言うところの食糧だ。それに緑の妖精達がよく出入りしているので、心ない人間に連れて行かれたりするといけないからね。結界を張るのは、言ってみれば柵をしているようなものだよ。だが、きみ達二人くらいなら、そういうことにもならないだろう。面倒をかけるが、娘と遊んでやってくれないか」
「はあ……」
花竜がこんなにもフレンドリーだなんて、誰が想像するだろう。それとも、長が娘に甘いだけなのか。
どちらにしろ、ハナちゃんは自分の希望が通って満足そうだ。
「わーい、ツキといっしょー」
ハナちゃんがツキに抱きつく。ツキが呆然としながら、隣にいるフウを見た。
「いいのかなぁ」
聞かれたフウは肩をすくめた。
「いいんじゃない。花竜が言ってくれてるだもん」
☆☆☆
ツキが家に帰ってからネマジに今日のことを報告すると、魔法の練習もしないで寝ていたのか、と言われた。
まぁ、予想通りの反応である。
フウも一緒にいたと説明し、しばらく花竜の所へ通うことを告げた。
ツキが来ないと、ハナちゃんが周囲の目を盗んでまた抜けだしかねないから、と長から頼まれたのだ。
「お前、おかしな魔物に取り憑かれたんじゃなかろうな」
毎日自分の元へ通わせ、人間の生気を吸って生きる魔物はどこにでもいる。魔物に詳しいネマジが心配するのも当然だ。
その点はフウが見越していて「家族に疑われた時にどうすればいいか」を長に聞いていた。
長は花畑の花を一輪摘むと、それを二人に渡す。
「ツキの養い親が魔法使いであれば、これが普通の花でないことはわかるだろう。魔物の力で作り出したものではない、ということも。白翼人でも、勘の鋭い者なら気付くはずだ」
言われた通り、ツキはネマジに薄ピンクの花を差し出した。ハナちゃんのワンピースとよく似た色だ。
それを手にして、ネマジも特殊な存在がツキ達と関わったのだと感じ取った。
フウの方でも似たような会話が親子間で交わされたらしいが、やはりあの花で納得してもらった。
次の日になって、昨日通り抜けた木の所まで来ると、二人はその木の中へと入って行く。
本来なら、花竜と一緒でなければ入れない結界。だが、長から特別の魔法をかけられて、二人だけでも入れるようになっているのだ。
たとえ他の誰かがこの光景を盗み見ても、長の魔法がなければ入ることはできない。
こうして、ツキとフウは花竜の結界内へ通うようになった。
しばらくは毎日来ると約束したので、帰る時になってもハナちゃんがわがままを言ってツキを引き止めることはない。
ハナちゃんと遊んでいるうちに、気が付けばハナちゃんと似たような子ども達が周囲に増えてきた。しかもここでは必要もないのに、人間の姿になっている。
彼らの結界の中にいる「人間」という存在がやはり珍しいのだ。もちろん、
さらには、彼らの名前が聞き取れないツキとフウによって、ハナちゃんのようにもう一つの名前をつけてもらうことが、花竜達の間でブームになってしまった。
これまでと違う空気が流れ、おとなの花竜達もそれを楽しんでいるらしい。
最初に会ったハナちゃんの世話係のふたりは、ノキとユーリとそれぞれ名付けられた。何度か聞いて、それっぽいと思った音をつなげているだけなので適当なのだが、どの花竜達も喜んでいる。
しまいには、長夫妻まで名付けることになってひどく緊張したが、ジャスとマーリーという名前になった。
人間にもありそうな名前だが、そういう音がツキに聞えたのだから仕方がない。それに、彼ら自身も気に入ってくれたのでほっとした。
数日すると、名前付けとハナちゃんの相手をしてくれているお礼ということで、ジャスがいくつかの魔法を教えてくれるようにもなった。
特殊なものではないが、ツキがネマジから習っていない魔法だったので、とてもありがたい。
うまくできるとハナちゃんや花竜の子ども達が手を叩いてほめてくれるので、ツキのテンションも上がる。ツキはほめられて伸びるタイプ、らしい。
いつも一人で練習していたので、誰かに応援してもらえると嬉しいし、さらにがんばろうという気持ちになる。
そうこうするうちに、ひと月以上が経った頃。
その日も、ツキとフウは花竜の子ども達と、花畑の中でとりとめのない話をしていた。
ふとハナちゃんが上を向く。他の子ども達も同じように。つられて、ツキやフウも上を向いた。
青空が広がり、白い雲がのんびりと浮かんだ午後の空。人間の世界と同じような空がある。
その空から何かが降りてきた。いや、落ちてきている。
それが何なのか瞬時には判断できないが、このままだと自分達の方へ真っ逆さまだ。わずかな風の具合で、真上に落ちて来ることもありえる。
あれこれ考える前に、ツキは自分達の周囲に結界を張った。いくら花竜でも、高い所から落ちて来た物に当たったら、たとえケガはしなくても痛いだろう。
ましてフウやツキは竜に比べ、身体はずっとやわだ。当たり具合によっては大変なことになる。
幸い、落下物は結界の外へ落ちた。ずしん、というそれなりな音をたてたから、軽い物ではなさそうだ。結界に直接当たっていたら、破られていたかも知れない。
「今の、何?」
全員の疑問を、フウが代表して口にした。土煙が上がり、すぐには判別できない。
「……白いよ。これって羽、かなぁ」
花畑に落下した物を、みんなで恐る恐る覗き込む。どうやら大きな白い鳥のようだ。
「ここに来て妖精は何度も見たけど、鳥は見なかったわね。ハナちゃん、鳥も紛れ込んだりするの?」
「ううん。ここでは、はじめて見たよ」
他の子ども達も初めてと言う。
白い翼の鳥は、身体部分だけでもツキより一回りは大きい。鷹や鷲にしても、こんなに大きな身体の鳥はあまりいないだろう。人間の一人くらい、乗せて飛べそうなくらいだ。
普段見ることのない鳥が花竜の結界に入り込んだ、ということは、魔鳥の
「ツキ、見てっ」
声を上げてフウが鳥を指差す。落ちて翼を広げたまま倒れていた鳥が、次第に姿を変えて人間になったのだ。
「もしかして、白翼人かな」
姿が変わってそこに倒れているのは、フウとよく似たプラチナブロンドを持つ人間。
うつ伏せなので顔が見えず、男女の区別はつかない。
「違うわよ。私達は飛ぶ時に翼を出すけど、鳥の姿にはならないわ。さっきの状態は完全に鳥だったでしょ」
落ちて来る時は形さえまともに見えなかったし、落ちた時は翼を広げた鳥でしかなかった。ひっくり返せばその顔は人間と同じようなものだったかも知れないが、今となっては不明。
とにかく、フウが言うように鳥だった、と言われればそうだ。
「じゃあ、あれって何なんだろう」
「風の竜だよ、あれ」
ハナちゃんが、何でもないことのように言ってのける。
「えっ、竜?」
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