鉄条網の魔女

西園寺兼続

第1章:All Quiet on the Jabal Tariq Front

第1話:鉄条網の魔女

 魔女は戦争に加担するべからず。

 その禁を破って、連合王国は彼女たちを戦場に送り出した。

 出陣式は簡素なもので、殆どの将校は敵である帝国軍との最前線に出払っていた。代わりに国防婦人会とかいう主婦たちの民間防衛隊ホームガードが大勢来てくれた。彼女らは連合王国旗ユニオンクロスを振りたて、大半がまだ十代の少女たちからなる魔女戦隊を懸命に送り出した。

 田舎の港町からきた15歳の魔女アメリア・カーティスは当時、行進する少女たちの列の中で、観衆たちに向けて覚えたての敬礼を懸命に返した。自分がこの人たちを守るんだ、そうかたく決意した。


 ごめん、田舎のばあちゃん。魔法の力で私は人を殺す。それが皆を守るためだから。


 2年後、ジャバルタリク要塞線。連合王国本島から先にある大陸最西端の半島に位置する。偉大なる我が国はかつて本島の400倍もの海外領土を保有し、「沈まぬ太陽の国」と呼ばれたそうだがアメリアはちょっと信じられない。開戦以来、連合王国軍は敗走を繰り返すたびに前線を下げて下げて下げまくり、あらゆる飛び地を奪われていたからだ。

 ここを破られれば帝国軍の飛行船部隊が王国本島を爆撃できるようになる。ジャバルタリクは文字通り、最後の砦だ。


 ごめん、田舎のばあちゃん。魔法の力でたくさん人を殺してきたけれど、今は皆を守る自信を失いかけています。


 アメリアは手紙をぐしゃぐしゃにして埠頭に放り、本島への郵便船を見送った。陽光にきらめく海峡を、護衛の駆逐艦と共に去っていく。次に手紙のやり取りができるのは一か月後だという。ジャバルタリク自体は当面の間はちないが、海峡の制空権を確保したとは言い難いのが現状だ。飛行船を墜とせる魔女は幾らか居ても、帝国軍の新型戦闘機とは速度差で勝負が成立しない。

 たとえ一騎当千の魔女でも、ここに至ってできるのは検閲済の手紙が無事に届くよう祈ることくらいだった。

「賢明だね。孫は故郷のババアに弱音を見せちゃならんのさ」

 振り向くと、ひょいと紙屑を拾った老婆が皮肉な笑みを浮かべていた。アメリアは慌てて軍靴を鳴らして帽子を正し、敬礼の構えを取った。二人の恰好は肩に掛けたローブととんがり帽子、いわゆる伝統的な魔女装束だ。ただしローブの襟に付けられた連合王国軍の階級章が天地ほど違う。

「ソロモンス中佐……い、いつから見ておいでで?」

 アメリアの目が泳ぐ。老女、ミランダ・ソロモンス中佐はアメリアの所属する魔女戦隊の指揮官、つまり直属の上官だ。

「あんたが検閲受けてない手紙を郵便船に直接投げ込もうか小一時間迷ってた辺りからだね」

「あ、あ、わわ私休息中ですしちょっと天気いいから散歩に来てただけで」

 確かに天気はいい。しかしこの時間、付近にいる兵は、給水コンテナでの水浴びを許可された屈強な歩兵科の男たちばかりだ。基本的に魔女たちは、半裸もしくは全裸の屈強な野郎共がはしゃいでいる場所に近寄ろうとはしない。

「埠頭は幕僚室の窓から丸見えなんだよ小娘。もうちょっと考えな」

 眼前にそびえる連合王国軍の司令部をソロモンス中佐に顎で示され、アメリアは観念して頭を下げた。

「私は……いたずらに戦況への不安を煽るような手紙を送ろうとしていました。処罰は、なんなりと」

「ジャバルタリクは陥ちない。連合王国軍は本日も勇猛果敢に敵を撃退しています。検閲して送り出した方の手紙にはそう書いてあったよ。さぞ故郷のババアも喜ぶだろうさ。で、何を処罰しろって?」

 ぽこん、くしゃくしゃになった紙屑がアメリアのくすんだ金髪に当たった。

 アメリアが頭を上げると、ソロモンス中佐は煙草の匂いを靡かせて司令部へ戻るところだった。中佐自身は煙草をやらない。幕僚たちとの軍議が長引いているサインだった。男の将兵は煙草が大大大好きだというのは、アメリアが魔女戦隊に赴任して一番最初に知ったことだった。


 昼過ぎ、アメリアが前線の塹壕に到着すると同時に帝国軍の準備砲撃が始まった。準備砲撃は地上部隊を突撃させる前の陣地破壊を目的として行われる。長いほど効果的だが、言うなれば「これからそちらに突撃しますよ」の合図でもあるため長すぎると奇襲効果が薄れる。

 今回は5分。榴弾による第一陣はかなりおざなりで、こちらの損害は軽微。直後、煙幕弾を盾に敵突撃部隊が一斉に飛び出してきたとの報告があった。帝国軍のお手本のような奇襲である。

「どけどけ新兵ヒヨッコども、魔女どのがお通りだぞ!」

 味方でごった返した塹壕内を先任軍曹が押し退ける。アメリアはその後ろを申し訳なさそうについていく。小柄で弱気な少女であるアメリアが一人で塹壕を歩くと、人垣に押し流される事態が頻発する。だから塹壕内で将校の次に偉い先任軍曹が案内する決まりができた。

「うおっいい匂い……」

「魔女戦隊って毎日風呂入ってんのかな」

 先任軍曹が若い歩兵の頭をぶっ叩いた。

「女だからと特別扱いなどしておらん! 貴様らウジ虫新兵どもと同じくシラミまみれだ!」

 本当に恥ずかしいので辞めて欲しかったが、アメリアは軍曹に意見するのも憚られて俯いていた。ソロモンス中佐の計らいで、魔女たちは司令部のシャワー室を使えることになっている。もちろん長期間塹壕に居座る任務であればシラミも湧くし臭くもなる。されども数週間と風呂に入れていない最前線の兵士たちに「私は清潔ですので!」などと主張する気概はアメリアにはなかった。


 魔女戦隊の中で最強の魔女は誰かと問われれば、ジャバルタリク要塞の幕僚たちは「定義による」と答えるだろう。兵士たちはこの話題になると「俺の推しが最強だ」と殴り合いになる。

 それでも、こと塹壕戦において最も効果的に戦えるのは間違いなくアメリアだ。

 鉄条網の魔女。アメリアはそう呼ばれる。名の通り、彼女は有刺鉄線を自在に操る魔法を心得ている。操作可能な長さ、本数、距離は無制限。手で触れればありふれた鉄線は蛇のように縦横無尽に荒れ狂い、敵兵を自ずから斬り裂く鋼の鞭剣となる。

「ご要望通り、1500メートル分を10本用意しております。それと刃こぼれした銃剣やらナイフもありったけ集めさせました。尖った装甲片なんかも」

 塹壕の一角に特設された資材置き場に用意されていたのは、ドラム缶に丸めて格納された有刺鉄線と山のような刀剣類の廃材。アメリアはやっと満足そうに頷いた。

「ありがとうございます」

「このゴミは何に使うんで?」

「私の魔法の殺傷能力を上げます」

 言いながらアメリアが有刺鉄線の端に触れると、まるで生命を吹き込まれたように跳ね上がった。鋼鉄製の蛇は強度を底上げするために二重に編み上げられ、次にその鎌首を廃材の山へと潜り込ませた。騒々しい金属音に負けず、アメリアは律儀に説明する。

「刃物を絡ませて纏わせ、鉄条網を強くするんです。帝国軍の戦車が私への対策としてワイヤーカッターを装備する例が見受けられたので」

 どれだけ魔法で操ったところで、素材となる有刺鉄線は専用の鋏で切れる程度の材質でできている。現実と魔法の境目をはっきりと区別できていない将兵たちを尻目に、アメリアの鉄蛇が刃の鎧を纏い終えた。

 少女の右手指それぞれに2本ずつ繋がれた鉄線が収束され、コイル状の長大な胴体に無数の刃を纏った鈍色の大蛇を模る。それは自ら意思を持ったように、味方の邪魔にならないよう塹壕から溢れ出てとぐろを巻いた。無数の刀剣の破片を鱗としたその魔法造物ウィッチクラフトは、戦場というどうしようもない現実を寄せ固めて構成される。ひどく醜く生臭い、土と血の匂いが染み付いた使い魔だ。

「生身の人間は、時速200キロで有刺鉄線にぶっ叩かれたらミンチになりますがね」

 先任軍曹が皮肉げに唇を曲げたが、彼なりの敬意である。

「戦車も纏めて掃討したいんです。私はまだ、強くなる必要があります」

 アメリアは塹壕から這い出て、風に運ばれた白煙の中に身を伏せた。連合王国軍は未だ反撃の号令を出していない。歩兵たちは着剣して塹壕の下に息を潜めている。


 風混じりに、帝国軍の軍靴がぬかるんだ荒れ地を駆ける音がする。敵の誇る重戦車が、毒ガスで枯死した倒木を粉々に踏み砕く音がする。

 双方、牽制の銃撃も無しに沈黙を保っている。

 近い。

 これが奇襲に対する奇襲返しでなかったら、連合王国軍は第一塹壕線を完全放棄したも同然だ。反撃の主軸となる自身の責任の重さに、アメリアは肩を小さく震わせた。

「私は」

 震えを納める魔法の呪文を唱える。

「赦されずとも」

 塹壕の奥で、号令のラッパが響いた。

 連合王国軍の南から北にかけ、突風が吹く。それは風の魔法を用いる味方の魔女がもたらしたものだ。戦線の奥にいるであろう彼女の力によって煙幕が吹き飛ばされた。黒い野戦服に身を包んだ帝国軍の一団が荒れ地の上に晒される。

 帝国側も何かしらの号令を出したのが聞き取れた。多分「突撃」だ。何らかの手段で煙幕を無力化される予測もしていたのだろう。敵方は迅速に猛進撃を開始した。

 アメリアは呪文をこう、締めくくる。

「皆のために戦います」


 右手を正面にかざす。鋼鉄の大蛇が動いただけで甲高い金属音が鳴り響く。文字通り金切り声の咆哮だ。手の動きに連動して蛇の胴体がしなり、たわみ、壮絶なエネルギーを瞬時に貯め込む。

 鉄条網の魔女が、右手を戦場の端から端まで振り抜く。

「斬り裂け」

 刃片に鎧われた1500メートルの大蛇が、その膂力を解放する喜びに唸った。

 汚れた大気がまず裂かれた。次に、敵陣右翼に突出していた100名ほどの突撃歩兵が粉々に千切れ飛んだ。次に、均等に配置された重戦車に蛇の鞭は止められるかと思われたが――アメリアは右手に繋がる鋼線を巧みに手繰り、刃の鎧で敵戦車に張り巡らされたワイヤーカッターを噛み破らせる。鉄蛇は喰らい付いた獲物を己の体躯に飲み込み、力任せに絡め取る。そのまま戦場を薙ぎ払う。30トンの巨体が豪快に跳ね上がり、横転する。

 いくら硬い装甲を纏っていても、掴んで振り回してやれば中身が耐えられないのは知っている。グチャグチャのミンチを、アメリアは生み出し続けてきた。もう、想像することもなくなった。


 敵攻勢の片翼が、突撃開始から10秒足らずで壊滅。

 射程に届かなかった敵兵も、突撃の足を止めざるを得ない。ライフルの有効射程外から、鉄蛇の出所に向けて無秩序な銃撃を浴びせに掛かる。対してアメリアは返す刃でもう一度、有刺鉄線の鞭を振り抜く。鉄線の編み方を意図的に緩め、刃の鎧や第一撃で絡め取った敵兵と戦車をもろともに投げ飛ばす。血肉のしずくにまみれた凄惨な鉄の雨が、今度は1500メートルどころではない範囲に遠心力を乗せて砲弾並みの速度で降り注ぐ。


 対人榴弾による砲撃に比べて、さして威力で優っているわけではない。撒き散らされた刃雨で傷ついた敵兵は十数名に留まった。しかしこの投擲の意味は、心理的な制圧にある。さっきまで生きていた仲間がズタズタの肉人形となって降ってくる。歩兵にとって守りの要となる戦車が鉄屑となって玩具のように転がされる。どれだけ凄惨な戦場でも見られない幻想的な地獄を生み出すのだ。グロテスクな集中豪雨の後には、鉄片と肉塊が散らばる真っ赤な沼地が残る。そこを超えようとする敵兵はいない。

 敵兵は鉄条網の魔女を恐怖し、憎悪する。

 アメリアはそうなるように、酷薄無惨な戦い方を自らに課す。私を恐れろ。立ち止まって泣き叫び、そこで死ね。連合王国の勝利のために。

 少女は右手に絡ませた有刺鉄線を解き放った。ある程度は再利用可能なので、戦闘が終わったら味方が引きずり戻して血肉を洗い流してくれる。絡まった敵兵の指や臓物をこそぎ落とすのはアメリアの仕事ではない。塹壕の壁に背を預けて、ほぅっと、長いため息を吐いた。


「狙って、撃て! 狙って、撃て!」

 熟練兵が実演しながら、新兵たちに実射訓練を課している。攻勢戦力の半分を消し飛ばされた帝国軍は、見る間に踵を返してあちらの塹壕に逃げ始めた。こうなればもう、鴨撃ち状態だ。自陣の機関銃がド派手に掃射する。壊滅した敵右翼から側面に喰らい付くべく、すぐさま味方の突撃部隊が塹壕を飛び出していった。

「敵一個中隊を撃破。流石ですな、鉄条網の魔女」

 遠くの断末魔に耳を澄ましていたアメリアは、先任軍曹の賛辞にワンテンポ遅れて頭を下げた。

「あ、別に、自分にできることをしたまでですから……」

 言いながら、夢想が頭をよぎる。できることなら、自分も敵陣に突撃してもっと敵を殺しまくりたい。帝国軍が恐れをなしてジャバルタリクをう這うのていで逃げ出すまで、殺し尽くしてやりたい。そうなれば連合王国軍は前線を押し戻して、いつか、勝てる。

 闇雲に放たれた敵弾が頭上を掠めて、アメリアは首を縮こまらせた。夢想は空想だ。魔女の力でそれが可能になるのなら、ソロモンス中佐は魔女戦隊に全員突撃を命じている。

 アメリアの目の前に、アルミのカップが差し出された。塹壕では貴重な紅茶だ。魔女は司令部に戻れば茶葉の配給など幾らでも融通して貰えるのに、彼は今ここで、アメリアに紅茶を振舞った。

「できることを本当に行うのは、難しいのです、魔女どの」

 先任軍曹は暖かいカップをアメリアにしっかりと握らせた。

「ありがとう、ございます」

 土埃が入る前に、アメリアは紅茶を飲み干した。

 第一塹壕線右翼では、左翼から出撃した突撃部隊との連携による熾烈な追撃が行われている。しかし有効打を与えられるのはベテラン突撃兵だけだろう。「狙って、撃て!」の号令がまだ響いている。塹壕に居座って狙撃しているのは、新しく徴兵された新兵たちの部隊だ。ライフルの操作を覚えるのはスタートラインですらない。塹壕で泣かないようになって、敵を狙えるようになって、敵を撃てるようになって、敵を撃っても泣かないようになって、ようやく新兵を卒業する。

 そして、戦争の当事者になる。


 4時間ほどで、敵の攻勢を完全に打ち砕いたことが確認された。アメリアは配置を解かれ、司令部に戻るための兵員輸送トラックに乗り込もうとした。ところが、ほろの中で先客が何やら言い争いをしていて足が止まる。片方は同僚の魔女の聞き知った声、もう片方は知らない男の呑気な声だ。

「待ってください! もうちょっとだけお話を聞かせてくださいよぉ!」

「あたしこれから前線配置なんだけど、付いてくるならいいよ」

「うっ……ここであと2分だけでもダメですか……っつ!」

「舐めんなチキン野郎」

 何やら幌の内側が一瞬明るくなり、男が悲鳴を上げた。中からウンザリ顔の赤毛の魔女が出てくる。リタ・レッドアッシュ、アメリアより少し年上の先輩魔女だった。レッドアッシュなんて姓は聞いたことがないので、彼女が勝手に名乗っている二つ名かもしれない。

「おっアメリアじゃん。おつ~」

 アメリアを見た魔女は胡乱な垂れ目をちょっと嬉しそうに光らせ、とんがり帽子を被り直した。

「リタ、どうしたの?」

「従軍記者。最近しつこいんだよねぇ」

 リタは幌を指して肩をすくめた。記者とやらが出てくる様子はない。トラックは司令部との往来便なので、これからアメリアが彼と同乗するのだ。じわりと不快感がアメリアの喉元に昇ってきた。きっと道中、ヒーローインタビューされる。

「黙っとけばいいからね。前線に来ない従軍記者の記事なんて、元からカスの戯言ざれごとよ」

 リタは土埃にまみれたアメリアの金髪をわしゃわしゃと揉んでから、怠そうに前線へ向かっていった。先刻までアメリアを案内していた先任軍曹が今度はリタに敬礼する。彼女も彼女で運動音痴なので、塹壕を歩くのに先導役が必要なのだ。

 アメリアがトラックに乗ると、いかにも身綺麗な記者が指に息を吹きかけていた。先ほどの明かりはリタが放った炎の魔法だったようだ。従軍記者と目が合ったので軽く会釈して、一番端の席に付く。目を閉じて、「疲れてますので起こさないでね……」という無言の主張。


 は、むなしく打ち砕かれた。

「やや、あなたは! 鉄条網の魔女、アメリア・カーティスさんですよね! ちょっとお話しませんか!」

 嫌々ながら目を開くと、丸眼鏡がアメリアの間近にあった。反射的に身を固くする。

「顔、離してください……ソロモンス中佐に言いつけますよ」

「やや、失敬! ジャーナリズムがはやってしまいました。お嬢さんを怖がらせるつもりはなかったんです。ああ、戦場でも恐れ知らずの魔女には無用な心配でしたね、失敬失敬!」

「えっと、疲れてるんですけど」

「先ほどの防衛戦でも大活躍だったと聞きましたよ! 本島のご家族方もお喜びかと思いますが、伝えたいことなどはありますか?」

「……ないです」

「この程度の戦果は朝飯前ということですね! 流石は鉄条網の魔女。ジャバルタリクの鉄壁とはあなたを指すのかもしれませんね!」

 従軍記者がものすごい勢いで手帳に筆を走らせていく。「ないですNothing」の一言をそれだけ膨らませる文才があるのなら記者より作家の方が向いていそうだ。

「私は自分にできる仕事をしているだけです。他の兵士さんと、同じように」

「失敬失敬失敬! すばらしい、なんと謙虚な! そういう心根が魔女戦隊の中でもアメリアさんが特に人気を集める一因なのでしょうね! ところで戦場の兵士たちの心の支えとなっているアメリアさんですが意中の方などはいらっしゃるのですか? やや、下世話な話、こうしたトピックも適度に混ぜないと王国軍のプロパガンダ誌と民衆に揶揄されてしまうものですから――」

 司令部に着くまでずっとこの調子だった。アメリアは「いいえ」「ないです」しか返していないのに、彼の手帳は文字がびっしりだった。最後に彼が連載を持っているデイリーなんとか紙の購読を勧められたが、断った。

 アメリアの中でこの従軍記者の渾名は「失敬さん」になった。あらゆる言動が失敬だったから。


 陽が落ちた頃、司令部に帰還した。従軍記者は勝手に満足して、司令部付きの広報部へ次号の記事を相談しに行った。端から軍の広報部と一緒に記事を書いておきながらジャーナリズムとはなんだろう……アメリアは考えるのも疲れて、シャワーも浴びずに自室のベッドに倒れ込もうとした。

 自室に一抱えもある木箱が運び込まれている。今朝の郵便船が本島からジャバルタリク宛に届けた郵便だった。兵たちの士気には繋がるもののあまり優先すべき作業ではないので、今頃に仕分けが終わったのだろう。木箱一杯の手紙はすべて自分宛てのファンレターだ。特に多いのは銃後の支えとして軍需工場で働く女性たちからで、内容は「勇気づけられた」とか「私も魔女になって一緒に戦いたい」とか。「全王国女性の誇り」などやたら主語が大きいのは、国防婦人会のおばさん方だ。見ず知らずの男性からのラブレターもある。

 アメリアは重い瞼をこすって、すべての手紙を一通り流し読んだ。自分を応援してくれる人からの手紙を読まずに捨てるのは、悪い気がする。でも一番の理由は、唯一の肉親である祖母からの手紙を探しているから。


 2年間戦って、一度も祖母からの手紙がアメリアの元に届いたことはない。きっと、出征をめぐって大喧嘩したのが原因だとアメリアは思う。

 魔女は戦争に加担するべからず。

 古くから連合王国の魔女たちがその戒律を遵守していた理由も、2年前になってその禁が破られた理由もアメリアは知らない。ただ、大戦の荒波が連合王国の本島に押し寄せようとしていることだけは当時から理解していた。アメリアの父は今よりもっと大陸深くにあった前線で戦死した。看護婦だった母も野戦病院を爆撃されて行方不明になった。その時からアメリアは、当事者だった。

 街で魔女戦隊の募兵要綱をアメリアが持ち帰ってきたとき、温厚な牧場主であった祖母が初めて少女の頬を叩いた。

「魔法で人を傷つけるなんて、あってはいけないんだよ」

 じゃあ、この力はなんのためにあるのか。田舎の牧場で獣除けの鉄条網を年に何度か編み直すためにあるのか。自問自答して、答えはすぐに出た。募兵要綱に記された番号へ電報を打って、翌週には当時から募兵官を勤めていたソロモンス中佐が家に来た。一緒に祖母を説得してもらうはずだったが、中佐は黙ってアメリアを見るばかりだった。

 結局、激高してソロモンス中佐に掴みかかろうとした祖母をアメリアが引き剥がし、1分で荷物を纏めて家を飛び出した。

 祖母はアメリアを赦さなかった。だがソロモンス中佐は、泣きじゃくりながら戦地への道を一歩ずつ進む小さな少女の背中を優しく撫でた。二人の老いた女は、きっとどちらも正しい。それでもアメリアは、当事者であり続けることを選んでここにいる。


 今度も祖母からの手紙はない。アメリアは手紙の山に埋もれるように眠りに就いた。

 魔女戦隊は連合王国軍と共に、最後の砦を死守している。しかし帝国軍の攻勢は未だ激しく、反撃の機は見えない。

 ジャバルタリク戦線は、本日も異常なし。

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