クワガタムシは○○○○○と共に来た

 暗い部屋の明かりを点けると、先ほどの部屋よりはるかに狭いことがわかりました。トイレの個室を三つ四つ並べた程度の広さしかないようでした。単に部屋が狭いだけでなく、先ほどの部屋のように、四方の壁を囲うように棚が置かれて、床を狭めているのです。

「さっきの部屋にあるのはおじいさまのコレクションだけれど、こちらにあるのはわたしのコレクション」

 暗く、ほとんど何も見えない部屋でした。お姉さまは部屋の明かりを点けなかったのです。四方に棚があること、壁には何も架かっていないこと、机は無く、部屋の奥に椅子らしきものがあることしか、僕には見てとることができませんでした。

 それでもどこに何があるかはわかっているのでしょう、棚の上のスタンドライトを点けると、その傍らに十センチ程度の人形が立っています。

「これはね、私がはじめて作ったプーペなんだ」おにんぎょうのこと、とお姉さまは付け足しました。

「おにんぎょう」はほとんど骸骨のように痩せこけています。腕は先細って手指は無く、頭も取れてしまったのか見当たりません。その割に靴だけはやたらと大きいのでした。鳥の骨はつるつるしていますが、その骸骨はそこかしこがとげとげと尖っているように見えました。お姉さまが手渡した小さな双眼鏡のようなものを覗くと、虫の脚先の尖った爪が大写しになりました。ひときわ大きな靴はコクワガタの腹から翅を取ったものなのでした。

「針金でひとがたを作ってその周りに張り付けただけの、簡単なもの。その次はこれ」

 もうひとつのスタンドライトを点けると、大きさは先のものとそう変わらないものの、細い脚も腕もいっそう黒々としており、最初のものにはあったという針金のものらしい白っぽい光が確かに見えないのでした。

 四方を囲う棚の上に、ひとつひとつのプーペが置かれているようでした。お姉さまはそのひとつひとつを僕に見せました。

 ノコギリクワガタだけで作られた、お姉さまのおじさまだという、村の教会の神父さんに似た格好のものがありました。

 コクワガタとミヤマクワガタでできた台座の上に腰を下ろし、両手にそれぞれミヤマクワガタの大あごを持った、仏像のようなものがありました。

 お姉さまの肘から指先までとそう変わらない大きさのものがありました。

「クワガタムシは地獄の悪魔と共に来た。だから今でもクワガタムシは、その大あごで地獄の火を呼ぶ。外ではよろしい、クワガタムシが雷を受けて持ち主を守ってくれるから。でも家に持ち込んではいけない。クワガタムシめがけて雷が落ち、家を焼いてしまうから。

 でも、クワガタムシが死んでいたときは違う。死んだクワガタムシはお守りになる。

 おじいさまの部屋の扉に、悪魔の首があったでしょう。あれは悪いものを敢えて置くことで悪いものが入って来ないようにする魔除けのようなもので、同じように、地獄から来たクワガタムシも、その死んだ体は魔除けになる。

 ひいおばあさまは一度、わたしが死んだクワガタムシを見つけてきたとき、頭を外して紐を通して、首飾りにしてくれたことがあった。いつだか失くしてしまったけれど、悪いものを吸いとる役目を終えたのだからこれでいいのだとひいおばあさまは言っていた。

 だから、死んだクワガタムシをたくさん集めれば、雷も、他の悪いものも、誰かに近付かないようにできるでしょう」

 お姉さまは椅子の方を向いて、上から垂れているらしい紐を引きました。天井に吊るされた明かりが点き、椅子が照らされます。

 両脚の欠けたひとがたが腰かけていました。

 はじめのものとは違い、肘かけに置かれた手にはしっかりと五本の指があり、その指先は硬い翅で覆われて鋭く尖っています。腕はお姉さまと同じぐらいの太さがあり、ほとんど大人と変わりありません。その太い腕は丸ごと虫の亡骸でできているのか、それとも張り子なのか、はっきりとはしませんでしたが、黒光りするクワガタムシの硬い体が肩から胸へ、腰へと続いて、太もものところで途切れているのでした。

 胴体からは首が伸び、頭も作られています。髪の毛は丸ごと剃られているのか月のように丸い頭は、頬があり、口があり、歯を剥いているようにさえ見えます。僕は全身が黒く光る虫の悪魔を僕は想像しました。悪い魔法使いが呼び出した悪魔は、地獄のクワガタムシを外套に付けていたのではなくて、外套も、その体も、全てが地獄のクワガタムシでできていたのでしょう。

 他のにんぎょうを案内されていくうちに、周囲の明かりに照らされたその姿は、次第にうっすらと見えていってはいました。それでも僕が驚いたのは、上から照らされたそのひとがたの両目が光ったように見えたためです。頭の形と同じ満月のような、クワガタムシが好むハチミツのような、お姉さまの瞳のような黄色――

「これがいちばん新しいプーペ」

 お姉さまは片手を開き、コクワガタの頭をつまみあげました。

 プーペのひたいには、ちょうど頭がひとつ収まるようなへこみがありました。

「まだ途中だけど、これが完成したら、きっと色々な悪いものを引き寄せて、周りの人を守ってくれるでしょう」

 お姉さまはそのへこみにコクワガタの頭を嵌め込みました。頭はひたいのへこみに収まり、大あごがひたいから生えた触角さながらに飛び出しました。

 だから、もし次また今日のようなことがあったら、とお姉さまは言うのです。


 死んだクワガタムシを持って来なさい。

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