終わりと始まり

明日が来ないとしても、世界にいないとしても

※9月27日 一部改正


「ふぅ、ええと。いったん休憩にしてもいいですか?」


 許可を取る前に書く手を止めた。

 なにせ、自分の過去を綴るなんて痛々しいことはしたことがない。少しどころじゃない恥ずかしさを押しくるめて一冊の本を書いている。これが噂になってくれるかどうかなんてさして気にしていない。

 条件は、この経験談が後世に言い伝えられること。もしかしたら昔話にでもなって小さい子たちにしつこくんだろう。なんともむず痒いことだけれど、今更になってはどうすることもできまい。忘れられてしまうのだとしたら、ただそれだけの人間だったということだ。

 

 「いいけど、あんまり時間は残されていないよ?それより、ソーファがここまで乗り気に書いているなんてねー、実は楽しかったとか?」

にやにや、とペテロダは気持ち悪い視線をこちらに向けている。最初のうちは本気で引いた目をしてしまったので、彼女はしょぼんとしてしまったけれど何となく扱いには慣れてきた。


 「だから言っているでしょう、私はソーファ???じゃありませんって、

あと、乗り気じゃありません。別にこの本燃やしてもいいんですよ。」

 そういって手のひらからちょっとばかりの炎を出して、慌ててペテロダが「悪かった」と謝る。これも何度かしたやり取りではあるけど飽きる気はしない。これも彼女のおかげ、と言ったところだろうか。


 



 少し遡る。


 ペテロダは長い間、この世界には存在していなかった。

 もちろん、あの場にいた彼らも存在していない。、と言うところがキーワードらしい。

 彼女がとある場所に行ったのはおなじみの孤児院に連れてこられたときらしい。最初にその場所に訪れた時の彼女の年齢は7歳。そして次に講堂で彼女の姿を目にしたとき、すでに20歳を超えていた。彼女の姿を目にするまでに、誰も思い出すことはなく、誰も探そうとはしなかった。

 突然姿を消したのなら、無論誰かは探すであろう、はず。

 人間は一つの場所でしか存在することができないのだから、そもそも存在が無くなったのなら、誰の記憶にも残っていないことはしょうがないといえる。彼女は7歳で別の世界、別のあるべき場所へと誘われた。

もちろん拒否権はない。人が存在するにあたって誰がどうするというのはあるわけないから。

 そして飛ばされた先で何をされていたのか、その後この世界で何をし始めたのか。

    



 森の中で少しばかり彷徨っていたころ、開いた場所で大木の切り株に座っている彼女から聞かされる一人の少女の昔話だ。それはもう大きな、もしそこに今も在ったならきっと大きな家さえも雨からしのげるほどだ、と思った。



 



 違和感、異変に気付いたのはその場に足を踏み入れた時。

 目の前にあったはずの大きな教会や聖堂、講堂はどこにもなかった。

 そこにあったのは奥が見えないほどの森から、無限に広がって見えるような青い水、空にはいくつもの星が輝いていて、言葉では言い表せないほどの自然だった。思わず口が開いて「奇麗だな」とか、呑気な事しか考えられなかった。


 とにかくそこは、すごい場所だった。

 それからというもの、当たり前のように彼女にはどうすることもできなかった。お腹が空いても食べるものはなく、飲み物も、人の気配すらしない。何かの実でもなっていてくれれば、そんな考えで森へと入っていった。


 歩いてどれくらい経ったか、

小さい自分には時間を確認する術はなかったし、どれだけ歩き回ってもあるのは、木、つた、生き物がいそうにもない少しばかり怖い空間だった。


 実際にはそれほど経っていなかったのかもしれない。それでも幼い自分を変えるには十分すぎる場所だった。

闇雲に歩き回って意味がない。幼いながらにも命の危険を感じ取れるようになっていた私は、生き物がいないかを真っ先に感じ取ろうとした。

 たぶんだけど、今の世界で生きる人間には分からないかもしれない。うじゃうじゃと人は沸いているようにいるし、自分らが生活しやすいようにただ生きているだけなんだから、そういったは人の持っているはずの間隔をそぎ落としていたんだと思う。

 たぶんだけど何か生き物を探し回って、1日が経ったあたりで違和感に気づいたんだ。たった一日のうちに髪の毛はいつのまにか伸びきっていたし、胸も大きくなっていた。

 もう驚きだよね、この世界だと時間が経つのが早いみたいでね、所詮ただ適応するだけの人間だったんだって思ったよ。聞いたことあるだろう?

『愚者はただ生きるだけ、賢者は場所を選ばない』

って。

 ていうか、この話する必要あるのかな?あの場所で全部見てきたんじゃないの?

私以外にも視たんでしょ?




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『森』に来た時、自分の姿は少しばかり成長していた。

 、その少しは、身長が頭三つ分大きくなる程度だった。

 後者の方だったか、と少し悔しい気持ちでいた。望んでこの場所に来たのだから少しは期待していた。

 失望していたのもつかの間、いくつもの白い何かが突然あふれ出てきた。

当たり前だけれど、すごく驚いた、目を見開いて何もできないでいる私に、は降り注いだ。

 結果的に言えば、それはいくつものだった。数にして30数名の、小さな子供から、今の見た目と同じくらいの年の者まで。

 何が起こっていたのかは知っていた。

 図書館で見つけた、たった一つの本に出合っていなかったら自分がどうなっていたかはわからない。

 

 ペテロダのように生き残った者、

突然時間が押し寄せて亡くなった者、

気がくるって騒ぎ、喚くも何も起こらずに、そこで餓死するまで言葉も何もかもを捨てたもの、

実際に果実を手にした一人の青年、

 当然のようにそこには物語があった。親に会いたい、弟に、姉に、兄に、妹に、一目で良いから会いたい。そう言って、死んでいった心優しい者まで、確かな記憶がそこには、ここにはある。けれど、自分がそれを伝えることはできない。噂にもならない。

 彼らは無関係な人間のに巻き込まれた被害者。被害者と言うのもおこがましい、でも巻き込まれたのは事実で、自分にはどうすることもできなかった。    

 分かっているはずなのに、心が壊れてしまいそうなのに、受け手められる自分がいるのは少し成長したからだろうか。気付けば背丈は元に戻っていた。見慣れた視界になっていた。


 正直、合わせる顔がない。それが最初の、素直な一言目だった。誰に言うわけでも、自分に言い聞かせたわけでもない。ただぽつりと、漏れ出た。

 

 森の中は幻想的な場所、とでも言うのが一番言い表されていると思う。ペテロダのときとは違って、空を見上げると暗闇が広がっていたけれど、

 一つ一つの葉がかすかに緑色に発光していたから幻想的、と言うのはあながち間違っていない。今度は誰かに言い聞かせるつもりでそう呟いたけれど、それが実際に声に出ていたかは分からない。


 そして、どこか見慣れた場所に彼と、彼女はいた。

 犠牲の上にたっているのは二人、と一人。

 優しく迎え入れてくれた二人の目は、自分が涙を流すには十分なものだった。

 もちろん、それが正解の行動だったとは思えない。けれど、そんな正論なんて聞きたくない気分だった。


-現在-

 ペテロダと、彼が生き残った後何があったのかを聞いたのち、するべきことをしなければいけない、と一つの本を書いている。


 ペテロダたちがいたのはどこか分からないけれど、間違いなくその場所はと深く関わりのある世界だということは分かっていた。けれど、どうしてそこで研究員として歴史を学んだりしていたのかは生き残ったからこその特権である。らしい。


 生き残った末に、彼らは一つの運命を宿していた。後天的に運命が宿せるのか、と聞くと、

「一度死んでいるような身だからね」

と言われ、納得した。

 ペテロダは『時間コスモス』、彼は『世界クロノス

そして、自分には『ロゴスギアナゼイス』があると知った。

 運命と言っても、実際には能力としてできることもあるそうで、ペテロダは元の世界の時間を何度も操っていた。彼は元の世界の常識を作り変えていた。

 それはもう、すごい技術、と褒めたたえるしかないほどに。


 最後の最後に、分かりやすく言うとね?というペテロダの、

 「一つの本に、一つのページを挿入するようなものだよ。ページの内容的には丸々一冊の本みたいなものだけど、まるですぐにでも抜き取って元に戻ったかのような、ね。」という、たとえ話でわかった。


 何度も何度もやり直しても、必ず私が死んでしまう世界線を作り変えるには、運目にあらがうには結局自分たちが干渉しないといけなかったらしく、師匠を殺して、他の研究員を足止めしてまでも会いに来てくれた。

 何度もやり直す果てに、すぐにでも自殺するんじゃないかという状態になるまで私は衰退していった、きっと最後の世界が今の世界だ。

 そのせいで、とは言いたくないけれど記憶が途切れ途切れになっている。だから語られるものとしての使命が果たせないかもしれない。


 けれど、それもまた彼らのおかげであるこは言うまでもない。失っていた感情は戻ってきた。だからこそ、生き残れば何か起こるかもしれない。

 自分の運命に囚われず、、かもしれない。

 これだけ必死になっても、ペテロダたちは生きていくうちに私は過去に行ってしまう。彼らが果てるとき、それがこの世界の終わりであるのだという。


 今、現世は自分がいたときの殺風景な世界ではないという。霧も、雨も降る、という文化のある世界はない。

 色々な種族が共存して、ときに魔物を討伐したり、だとか、強く固まった地面には草木が生えて、国も均衡を保つように、お互いが抑制しあっている。戦争になったりだとか、平和を必死に懇願する時代も生まれる。生きていれば喧嘩もするし仲直りもする。海には多くの生物がいる、森にはたくさんの植物と魔物がいる。国には人がいる、生物がいる。

 自分がその世界に立つことができるかは分からない。すでに亡き者の自分は噂話をされている立場だ。いくつもの世界で、何度もで救える命も救えなかった命も経験した。

 少しだけ、休んでから戻ろうと思う。

 

 最後の世界は、最期じゃなかった。何より、見つけてもらえた。図書館閲覧室にいるときにも誰かが見てくれていた。確かにはそこに在った。

 神にでもなれたらよかったのに。

 けれど後悔はしていない、しない。するわけがない。わたしは、語られるもの として。

 

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