第8話「初めての夜」

「い、いやいやいや!ちょ、ま、えええ!?今なんて仰いましたッ!?」

「一緒に寝よう、と言った」



 暖かな手で肩を抱かれ、まったくの逃げ場の無い状況の中、何度か想像したピンクな妄想を提案された。

 慌てふためきながらも、打開策は見つからない。

 その提案をしてきた理不尽系ウナギ爆裂少女がいるのは俺の背後だ。

 まったく表情が伺えない、そんな場所にいる。


 

「いや、待ってくれッ!何かがおかしいッ!!」

「大丈夫。先ほども言った通り、これは美人局などではない。安心して欲しい」



 安心できるかぁぁぁ!

 いくらなんでも早すぎるだろッ!?

 ほら、俺の村のレラさんなんか、昔起こった洗濯物回収事件の時なんて、「にゃははははぁー、、、殺すよ?」なんて言うくらいに身持ちが固かったんだぞ!?

 こんな美味しい超展開、ある訳ねぇだろ!!



「これが美人局じゃないならなんだってんだよ!?詐欺か?何かの人体実験かッ!?」

「詐欺でもないし実験でもない。普通のこと」



 普通だと!?……もしかして、都会に住んでる娘はコレが普通なのか!?

 こんなざっくばらんに、活発なのかッ!?


 俺はどうすればいい!?

 俺は、俺は――――ッ!!


 ボガッ!



「あいたっ」



 俺は、突如として意識を現実に引き戻された。


 これはレラさんが得意とした意識を回復させる物理魔法を受けた感覚だ。

 場合によっては、そのまま意識を刈り取られてしまうこの物理魔法は、俺の頭を斜め45度で叩く事で発動できる。

 どうやら、リリンはレラさんから技を受け継いできているようだ。


 意識を回復させた俺は、冷静にリリンの言葉へ意識を向けた。

 その直ぐ後に聞こえてきたのは、はぁ。という短い溜め息。

 そのまま肩から手が放されたかと思うと、リリンはおもむろにベッドに腰を下ろす。


 そして、ついにリリンの表情が明らかになった。



「…………。」

「……んん?」



 そこに有ったのは頬を赤らめてしっとりとした表情。……ではなく、不満をたっぷりと抱えたジト目。

 どうやら、想像していたのと大分誤差が有るようだな。



「まったく、やりずらい。私がユニクに一緒に寝ようと誘ったのは訓練の為。決してそのような行為をする為ではない」

「え?訓練?」


「そう、冒険者の基本。野営の訓練」



 じっとり、という擬音が聞こえてきそうなほどに鋭い目付きをしたままのリリンは、もう一度だけ、「はぁ。」と溜め息を吐いた。

 そして、「まったく、マリアルが余計な事を言うから話がややこしくなってしまった。明日朝イチで苦情を入れよう。うん、そうしよう」と言葉を続ける。



「さて、誤解も解けた事だし、いっしょに寝よう。ユニク」

「いやいやいやっ!ちょっと待って!」


「……。何か不満?」

「いや、不満とかじゃなく、ちゃんとした説明を求む!!」



 流石に、いきなり一緒に寝ようと言われて「よし!分かったぜ!!」という訳にはいかねぇだろ。

 それこそ、間違った選択肢を選ぶと美人局ルートやら無尽灰塵ルートに進んでしまうかもしれないからな。


 ……。

 決して俺が怖気づいた訳ではない。断じてだ。



「…………。これから先の旅では、深い森の中で夜になってしまう事も有る。その場合は嫌でも身を寄せ合い、体を休めなければならない。これには二つの理由がある」

「二つ?」


「そう、一つ目はどんな時でも睡眠は取らなくてはならないという事。いつでも、いや、緊急時であればこそ、体調は万全にしておくべき」

「あぁ、そうだな」



 確かにそうだよな。

 いざという時に「寝不足です」なんて洒落にならない。

 そんなんじゃタヌキに勝てないどころか、鼻で笑われながら殺られる。


 しかし、それと今ここで一緒に寝る事と、何の関係が有るんだ?

 


「そして、二つ目の理由にして重要な事は、野営そのものが危険な行為だという事。実際、冒険者が命を落とすのは寝ている時に動物に襲撃されたという事案が多くの割合を占める」

「へぇ、そうなのか。戦いに負けて食われちゃう方が多そうだけどな」


「普通は負けそうになったら逃げの一択。そもそも、危険な行為は行わないのが鉄則。黒土竜の群れに一人で挑むなんて正気を疑われるレベル」

 


 ……え?なんだって? 正気を疑うレベル!?

 じゃあ助けてくれよッ!!

 なんでポトフ煮込んでたんだよッッ!!



「まあ、幸いにして私達は非常に安全な寝床を確保している」

「安全な寝床?」


「そう、私の可愛いホロビノはレベル4万を越えている。そんなドラゴンに不用意に近付く野性動物はいない。そして、危険度の高い野性動物の接近はホロビノ自身が気付いて教えてくれる。したがって、ホロビノのお腹の辺りならば、何時でも何処でも安心して睡眠を取ることが出来る」



 なるほど、確かに理屈は通るし、事実、そうやって旅をしてきたんだろう。

 だけど、それはパーティーのメンバーが全員女性だった時の話だろ?

 リリンの負担になることはしたくない。

 


「いや、もし野営になっても、俺は少し離れた所で寝るよ。そうすれば訓練の必要もないだろ?」



 まぁこれが無難な所だな。

 リリンといえど年頃の女の子。男の俺と一緒に寝るなんて恥ずかしいはずだ。


 そう言って断ろうとした俺を出迎えたのは、じとっとした鋭い目付きのままのリリン。

 え?なぜ?どこで選択肢を間違えたんだ?



「ユニクは本当に分かっていない。夜の野営というのはそれだけで危険なもの。想像してみて欲しい。月明かりしかない夜の森で、闇に潜むタヌキの姿を……」



 ……ごくり。俺の中でイメージが膨らんでいく。



「音もなく、見えず、闇に紛れ、タヌキは来る。……ヒタヒタ。……ヒタヒタ。聞こえる足音は気のせいなんかではない」

「……。おう」


「木の葉がカサつく。風に紛れ、少しずつ、ほんの少しずつ距離を詰め、そしてついには5mも前から最後の跳躍をする……、タヌキ」

「ひぃ!」


「その勢いは衰えることなく、ユニクの首筋に齧りつく。……声は出ない。一撃で声帯を潰され、息もままならず、そして、そのまま……」

「キィヤァァァ!生意気言ってスミマセンでしたぁぁぁ!!是非、ぜひ、ホロビノのお腹の辺りで寝させてください、お願いしますッッ!!」


「分かれば宜しい」



 あまりにもタヌキ描写が細かすぎて、その後どうなったかの映像が脳内で鮮明に再生された。

 その恐怖たるや、一瞬にして俺の矜持を粉々に破壊し、そして、屈服するしかなかった。



「……おぉ、タヌキよ。俺は妄想の中でさえ、お前に勝てないというのか……」

「勝ちたいのなら、私の言うとおりにするべし。これから毎日、野営の訓練をする。分かった?」


「あぁ、よろしくお願いします……」



 俺が打ちひしがれている間にも事態は進んでいく。

 どうやら、リリンは俺を納得させて満足したらしく、平均的な頬笑みを浮かべてベッドの奥に移動し、壁にもたれ掛かった。

 そしてそのまま足下にあった毛布を腰に掛けると、そのままパタリと身を倒し、枕とベッドに身を預ける。

 そして、パタパタとマットレスを叩いて、一言。



「ユニク。いっしょに寝よう?」



 ……分かってる。これは訓練だって分かってるんだ。


 だけどやはり、胸がドキリとしてしまう。

 だってしょうがねぇだろ?

 あんなにもリリンは可愛いんだから。



 **********


 

「すぅ、、、すぅ、、、」



 あれから俺は、特に抵抗することもなくベッドに入った。

 どのくらい時間が経ったのかは分からない。

 だが、いつの間にかリリンは寝息を立てていて、本当に旅慣れしているようだ。


 で、俺はまだ眠れずにいる。

 って、そりゃ、そうだろ。

 こんな可愛い女の子が隣で無防備に寝てたら、意識しないなんて無理だ。


 まあ、だからこその訓練なんだろうけど、寝れないもんはしょうがない。

 やることもないので、頭の中で状況でも整理するか。


 ①リリンと一緒に添い寝。これは訓練です。

 ②それ以外の情報は無い。禁止事項も特に指定されていない。


 辿り着いた結論は、『リリンは俺に、少なからず好意を持っているのではないか?』だ。

 いくら訓練だと言えど、嫌いな人と一緒に寝るのは抵抗があるはずだし。 

 思えば、リリンが俺と村長に接した時の態度は、結構な温度差があった気もする。


 …………いや、比較対照が悪すぎるだろ。

 村長は森羅万象あらゆるモノをイラつかせるスキルを持っている。

 比べるのが失礼なレベルだ。



「なぁリリン、一体、何を考えてるんだ……?」

「すぅ……。すぅ……。食べても良い……」



 寝ているリリンに問い掛けた所で答えが返ってくるはずもない。

 だが、夢の中で食べ物に夢中なのは分かった。


 もし仮に、リリンが俺に好意があったとして、だ。

 このまま、俺が襲い掛ったらどうなるだろう。

 そのままゴールインなんて事もある……のか?


 同い歳の可愛い女の子と穏やかな生活。

 なにそれ、ワクワクが止まらないんだけどッ!


 ……よし、ちょっと妄想してみよう!!



 **********



 ぎしり。ベッドが軋しんだと同時に、俺はリリンに覆い被さった。


 

「……。ん、ユニ、ク……?」



 その重みに気がついて、リリンも目が醒めたようだ。

 だが、俺はもう止まらない!

 このままイケるとこまで行ってやる!



「悪いな、リリン。もう我慢できないんだ」

「……。」



 ふとした違和感。

 なんだろうかと視線を落とすと、俺の下でリリンが丸くなっていた。

 正確に言えば、俺のヘソの下にはリリンの膝が差し込まれている。完全防御形態だな。

 

 ……あ。リリンが指を鳴らしている。

 これ、ヤバい奴……。



「ははは、ごめ……ごッ!!」



 振り上げられた掌底が俺の顎へ的確に打ち込まれ、同時に膝で体を跳ね上げられた。


 朦朧とする視界の端で、ふわりと緑色のキャミソールが舞う。

 その後、カチャリという鉄の擦れる音と、鈴とした声が同時に聞こえた。



「……私の寝込みを襲うとは、良い度胸している。そんなに抱かれたいと言うのであれば、思う存分抱かれて欲しい」

「ひぃ!お、俺が悪か――、」


「≪我が終の魔陣にて抱かれ墜ちるが良い。雷人王の掌ゼウスケラノス、発動≫」




 **********



 ひぃぃぃぃぃ!こりゃ無理だッ!!

 俺はウナギと同じ結末を辿り、翌朝、壊滅竜の朝ご飯になっちまう!?


 ブルリと悪寒が走る。

 そうだよな、普通はこうなるよな……。

 第一、俺とリリンには途方もないレベルの差があるのだ。

 寝込みを襲った所で、成功する訳が無い。


 ふと、自身のレベルを目視してみる。



 ―レベル305―



 気がつけば、この3日でレベルが3倍になった。

 我ながら、よく頑張っていると思う。


 しかしだ。リリンのレベルは48471。

 その差は158倍もあるんだよなぁ。


 こんな状況では夜這いどころではない。

 というか、何かの手違いで誤解されようものなら……?


 俺はまた別の意味で、寝られなくなった。



 **********



「んぅ、おはよう。……ユニク、は朝、早いんだね……?」

「あぁ。そうだな」

 


 毛布をパサリと落とした衝撃で、リリンの肩からキャミソールの紐が落ちた。

 露出する肩と鎖骨。

 うん。完全に事後にしか見えない。

 


「……どうしたの?あんまり、眠れなかった?」

「あぁ、……いや、寝たには寝たんだ」


「ん、……?」



 そう、俺はあの後、なんとか寝たんだ。寝た筈なんだよ。

 なのに、どうして、こんなことに……。



「……ユニク?」

「……。」



 俺は今、絶望に打ちひしがれている。


 俺はただ、添い寝をしただけだ。それだけなんだ。

 なのに、どうして、なんで……。

 俺のレベルが『335』に上がっているのだろうか?



「どうしたの……?ユニク?」

「……あぁ」



 一体、何が有ったというのか。

 もしかして、俺はあの妄想を実行してしまったのだろうか?


 俺は、取り返しの付かない事をしてしまったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る