第9話「レベル」

「ユニク……?おーい。……むぅ」

「……。」



 一体、何が起こったというのか……。

 俺は取り返しのつかない事をしてしまったんじゃないだろうか……。

 

 俺は昨日、リリンと一緒の布団に寝た。だが、それだけだ。

 確かに妄想はしたが結果は無残なもので、とてもじゃないが実行に移せたとは思えない。


 しかし、俺の目に写る自分のレベルが何かが有ったのだと、雄弁に語っている。



 ―レベル335―



 どうしてレベルが30以上も上がってしまったのか?

 大人の階段を昇ってしまったからだというのか?


 だけど、だ。

 記憶が、無いんだ。


 自分でも最低だと思う。まさに外道だろう。

 どうすれば……。どうしよう……。


 ポカッ



「いて!」

「ユニク。やはりあまり眠れなかった?それとも朝から考えごと?」



 頭を小突かれて正気を取り戻すと、ベッドの上で目覚めきっていないリリンと目があった。

 寝起きだからか、それとも他に理由があるのか、ちょっとだけ頬が色付いている。


 リリンは、俺に対して色々と親切に接してくれている。

 ……ならば俺も誠実に接しよう。

 そうするべきなのだ。



「あああの、さ。俺のレベルがちょっと、その、30ばかし上がってるんだけど、どどど、どうしてかな?」



 ……あ、ダメだこれ。緊張で口が回っていない。

 あぁ、なんて情けないんだろうか。

 俺はしどろもどろに質問するのに精一杯で、意味がちゃんと伝わったのかすら疑わしい。


 そして、リリンは可愛らしく首を傾げて考え始め――、



「…………あっ」


 

 驚いたような、もしくは失敗したかのような複雑な声を上げ、俯いてしまった。

 心なしか、さっきよりも頬が赤くなった気がする。


 そんなリリンから発せられているのは、無言の圧力。

 はっきり言って凄く恐ろしい。

 もしかしたらリリンは今、昨晩の暴挙を思い出し、心無き魔人達の統括者アンハートデヴィルな感じになっているのかもしれない。


 コクリと俺の喉が鳴り、この一瞬の時間が永遠に感じられる。

 そして、暫くの沈黙の後、リリンが語り出した。



「…………。ユニク。それは、何も不思議なことではない」

「えっ?」



 ど、どういうことだろうか?



「聞いてユニク。そもそも今日の座学で話そうと思っていた事だけど、レベルは戦闘や狩り以外の経験でも上がる。それは日常生活でも同じ事」

「そう、なのか……?」


「そう。例えば新生児はこの世に生まれ、初めての経験として産声をあげる事によりレベルが2になる。そして、毎日の新しい経験や体験により一歳を迎える頃にはレベル100を超えるだろう。ならばこそ、誰かと夜を共にした事の無いユニクは、未知の経験によりレベルが上がったという事になる」

「添い寝しただけで?」


「それが経験の無いことならば、十分あり得る」

「は、ハハハ、そっか……良かった」



 あぁ、良かった。どうやら俺の勘違いだったようだ。

 自分の自制心がなんとか働いていたようで、ほっと胸を撫で下ろした。



「ん、ちょっと聞かせて欲しい。昨夜、ユニクは私に何かしたの?」



 安心させておいてからの、事後追求だとッ!?!?

 流石は心無き魔人達の統括者、平然と俺を追い詰めてくるッ!!


 静かながらも、リリンからは恐ろしいほどの闘気が滲み出ている。

 こ、これは明らかな死亡フラグ!

 自分の命を守るため、全力で否定しないとヤバい!!



「いやいやいや!何もしてないから!指一本どころか、髪の毛の一本たりとも触れる気はないッ!!」

「……。髪一本すら触れる気はない、と?そう……なんだ」



 俺の必死の言い訳を聞いて、リリンは静かに立ち上がった。

 いつの間にか発せられていた闘気は消え、そのまま「顔、洗ってくるね」と言い残して湯室の方へと歩き出す。


 ……どうやら無事に乗り切ったらしい。

 こうして俺の中の修羅場が幕を閉じた。

 そして、俺は決意する。



 『リリンに対しては、常に誠実に接しよう』



 この決意を俺は心の奥に刻み込む。

 俺に優しくしてくれるリリンに誠意を見せるため。

 そして、俺自身の命を守るために!


 だがまあ、それはそれとして、ちょっと気になることがある。

 それは、この騒動でリリンのレベルはいくつ上がったのかということだ。


 話を聞く限り、不馴れな事をすればレベルは上がりやすいらしい。

 ふふふ、見てしまおうか……。


 そう、このレベル目視は自然の摂理。

 誠意の有る無しにかかわらず、自然に行われている事なのだ。

 そうして俺はレベル目視という禁断の扉を開き、リリンの後ろ姿を見つめた。



 ―レベル48471―



 そこに有ったのは相変わらずの五桁の数字。

 そしてその数字は、俺が初めての見たリリンのレベル48471から下一桁に至るまでまったく変わっていなかった。


 ……。

 …………。

 ………………。


 リリンさんは、大人だったんだね。



 **********



「ふあーさっぱりした!」



 顔を洗ってきた俺が湯室から戻ってくると、リリンは寝間着から着替え終わっていた。

 壁際に設置された電話機の前に座り、何かの本みたいなものを片手に電話をしている。

 どうやら、話し相手は受付のようだな。

 邪魔をしては悪いので、大人しくリリンの会話を聞くことにする。



「では、食事の注文をする。準備はいい?」

「はい。大丈夫でございます」



 お、受け付けの人の声も聞こえるんだな。

 しかし、何の準備だ?



「トーストとクロワッサンにイチゴ、オレンジ、ブルーベリーのジャムセット、それと、パンプキンスープとコンソメスープとサラダと果物も追加で。飲み物はそれぞれ小樽でブドウとミックスジュースとお茶、あと、菓子類も欲しい。続いて昼は、ランチセットのAとBセットのフルオプションで、デザートはアイスとワッフルが良い。あ、団子も追加で、さらにケーキとクッキーを全種類、それに――」

「ちょ、ちょっと待ってッ!リリン?いくらなんでも多過ぎすぎじゃないか……?」


「そんなことない。冒険者は体が資本。可能な限り衣食住は満たすべき」

「それにしたって頼みすぎだろッ!?」


「これは二人分で一日分をまとめての注文、しかも今からするのは頭を使うお勉強。ならば糖分も有った方がいい」

 


 何を当たり前のことを。とでも言いたそうにリリンは平均的な表情をしている。 

 そして、平然と注文を再開した。


 ……。

 リリンさん、まさかの食べキャラだった!!

 実はちょっと勘付いていたけど、想像を超えるレベルの食べキャラだったッ!!


 つらつらと流れていくメニューの羅列は、手慣れてる感が半端じゃない。

 つーか、電話を受けている側が準備しているって、似たような事をした事があるって事だよな?



「夜はビーフシチューを中心としたディナーに、デザートセットのオプションを付けて。パンは5種類全部でジャムもあるだけ欲しい。それから……」

「普通はディナーセットの中にデザートも入ってるぞ。おーい、リリンー?聞こえてねぇし」



 どうやらリリンはこの大量の食べ物を片手に、俺を教育するらしい。

 よくよく見れば、学者っぽい帽子を被ってる。

 やがて、注文も一段落し、リリンが満面の頬笑みで振り返ってきた。



「ユニクは何が食べたい?好きなのをリクエストして欲しい!!」

「いや、大丈夫だ。充分過ぎて想像すらできない。どうなってるのか楽しみだぜ!」


「そうなの?じゃあ、私の好みで追加しておく」

 


 ちょっと待て、充分過ぎるって言ったはずだがッ!?

 俺は村人から食う方だと言われていたが、流石にこんなには食わない。

 というか、リリン。

 その細い体のどこに、これだけの料理を詰め込むんだ?


 俺が理解に苦しんでいると、どうやら注文は終わったらしい。

 リリンはふう。と一息つくと「それでは最後に」と言葉を付け加えた。



「それと、マリアルの言動が非常に不愉快、かつ不利益が発生した。何かしらの厳罰を求めたい」

「すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!」



 電話口から大音量で謝罪の言葉が流れる。

 幸か不幸か、電話対応していたのは昨日のメイドさんだったらしい。


 どうやらリリンは昨夜のやり取りを忘れていないようで、その問答は少しの間続いていた。



 **********



「さて、お腹も膨れたし、そろそろお勉強を始めよう」

「あぁ、よろしく頼む!」



 結果だけで言えば、朝食として運ばれてきた数々の品は全て綺麗に平らげた。

 というよりも、どうやら量の調整がなされていたようで、無理せず美味しく頂けたのだ。

 なお、途中に何度かハムスターを目撃した気がするが、たぶん気のせいだ。


 そうして、リリン先生の授業が始まる。

 最初の題目は、レベルについてだ。



「さて、まずはレベルについて話そうと思う」

「おぉ、いきなり興味が有るとこが来たな!」


「ユニク。レベルについては、ほとんど無知という事で良い?」

「あぁ、間違いない。そのせいでタヌキに殺されかけたからな」


「ふむ、では、基本的なことから説明しよう。レベルとは、『神がこの世界を観察するために、あらゆる生物に付けた判断基準』だとされている」

「判断基準?」


「そう、例えば歴史に残るような英雄同士の戦いが行われたとする。その際に神は、その戦いに注目するべきかどうかの判断基準としてレベルを導入した」

「ん?神ってのがいるのはこの前聞いたが、本当に実在しているのか?」


「神は間違いなく存在している。でないと不安定機構の存在理由が無くなってしまう。この話は後々、不安定機構の説明の際に詳しく話すから一旦置いとこう」

「おう。分かった」



 神っているんだなぁ……。見ていたのならタヌキから助けてくれても良いのに。

 例えばほら、特別な力を授けてくれるとか!

 ……ないかな?ないよなぁ。



「生物同士の漠然とした強さを表示する。そんな目的でレベルは誕生し、全ての生物の生活に必要不可欠なものとなった。これはシンプルで分かりやすい。そして、ここからがユニクが知りたいだろうレベルと強さ話」

「大事な所だな」


「基本的にレベルは『未知の経験を行うことで上昇し、慣れてくると上昇しづらくなる』。つまり、日常的に同じ事を繰り返す生活では、レベルはまったく上がらなくなるという事」

「え?つまり、俺がレベル上げとしてやっていた薪割りは意味が無く、時間を無駄にしていたってことか?」


「そうなってしまう。恐らく1レベル上がるのに数週間以上かかるようになっていたはず」

「なん……だと……。」



 絶句。

 村長に言われて薪割りを続けた5年間は、効率最悪の悪手だったらしい。

 俺の5年間の努力はなんだったのか……。

 ん、待てよ?この事を村長やレラさんは知らなかったのか?



「ちょっと質問いいか?これって常識だよな?」

「当然そう。記憶の無いユニクは仕方が無いとしても、普通に成長してきた人間は当たり前に知っている。自分自身で経験してきたことだから」



 だとすると、なぜ村長は薪割りなんて俺にさせたんだ?

 狩りに行くのは危険だから、村の外に出るなっていうのは分かる。

 でも、村の中で別の様々な事を経験をさせてくれれば、もっと早くレベルが上がったはずだ。


 何か、隠されているのか?

 まぁ、村長じじぃの思惑なんて、今となってはどうでも良いか。

 戻って確かめるのも面倒だしな。


 強くなった後で村に帰るだろうし、その時の話題にでもするかと、俺はこの疑問を心の片隅に仕舞った。

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