第6話「初めての町」

「着いた。この町の名は『アルテロ』。平均的な町並みに、豊かな食事で、穏やかな暮らし。がスローガンの住み良い所。この道の少し先には賑やかな商店街もある」

「ここが俺が初めて訪れる町。なんかワクワクするな!」



 俺達を乗せたホロビノは、町の外にある空き地に降り立った。


 まぁ、普通に考えてレベル4万のドラゴンが町に来たら大騒ぎになるし、妥当な所だと思う。

 それに、思考が固まり掛けたままドラゴンの背に乗って空を飛ぶという、奇妙な体験の後だ。

 頭を整理するのに夜風は丁度良かったしな。

 すっかり頭が冷え、町並みを観察する余裕を取り戻した俺は、じっくりと周囲を見渡してみた。



「うん、綺麗な町だな」

「人通りが多い通りも、日が落ちた後は電気の光に照らされて幻想的になる。私も好き」



 町の入り口から真っ直ぐに伸びている大通りには、まばらだが人が往来している。

 その道に添うように、明かり取りの電気灯がポツポツと夜道を照らし、明るすぎず暗すぎない絶妙な雰囲気を醸し出しているのだ。

 そして、微かだが音楽のようなものも聞こえてくる。

 どこかの家から漏れ出ているのかもしれない。


 俺の村とは比べ物にならない美しさ。

 ナユタ村では夜は自宅で寝るものだし、聞こえてくる音楽なんて村長じじぃの鼻歌だ。

 

 しっかし、知らない町ってこんなにワクワクするもんなんだな。やっと、旅って感じがしてきたぜ!

 おっ、今度は犬を連れた親子が路地から出てきた。

 日暮れの後に散歩に出かけるなんて、治安も良いのだろうか。



「ママー!見てー!あのお兄ちゃんポチより弱いよーー!」

「こら、ああゆう人に近づいてはいけません!指も指しちゃいけません!」



 ……その言葉を残して、親子は来た路地を急いで引き返していった。

 そうだよな。

 不審な人には近づかないのは基本だよな。うん。

 


「ユニク、今のは仕方のない事。そのうち慣れる」



 流石、心無き魔人達の統括者アンハートデヴィルの無尽灰塵さん。

 俺とは度胸が違う。

 だが、俺は今の反応に慣れたくない。

 訪れた町の全てで不審者扱いとか、絶対に嫌だ。


 ちなみに、最後にチラリと見た犬のレベルは505。

 そして、ドラゴンと熾烈な戦いを繰り広げた俺のレベル305。

 ……200も低かった。



「さぁ、ユニク、町の中へ入ろう」

「あぁ、そうだな。何か面白いものがあると良いな!」



 **********



 しばらく歩いていくと、ポツポツだった電気灯の間隔が短くなり、段々と露店や商店などが出てきた。


 賑やかになっていく街並みの中で、目を引くのはやっぱり飯だ。

 ナユタ村では見たこと無い、美味そうな料理が所狭しと並んでいる。


 香ばしい串焼きの匂いなんて、腹が減ってる俺からしたら、たまったもんじゃない!

 ん、あの果実水も美味そうだな!


 あぁ!もう我慢ならねぇ!

 お金は村長から餞別として貰っているし、何か買い食いでもしよう!!



「リリン、なんか食べ――。あれ?」



 何処にもリリンが居ないんだけど?


 一応周りを見渡して見るも、姿が見えない。

 どうやら、リリンは背が小さいために人混みに紛れると見失ってしまうらしい。


 誰かを探すという初体験に四苦八苦していると、聞いた事のある鈴とした声が人だかり向こうから聞こえてきた。

 声がするのは……焼き鳥屋?



「鳥の串焼きを塩、タレで二本づつ。あと、つくねも二本。あ、そのサンドイッチも二人分欲しい。付け合わせはオレンジカシスジュースとレモンスカッシュ。それから……」



  ……どうやら、リリンは俺と同じ考えだったらしい。

 ほどなくして帰ってきたリリンは何種類かの紙袋と、俺の食欲を掻き立てる香りを傍らに携えていた。



 **********


「うおー、すげぇ肉汁。うまいっ!」

「もぐもぐ……。サンドイッチも絶品。さすがアルテロ、私の期待を裏切らない!」



 串焼きやサンドイッチを食べながら、夜の露店を歩く。


 目の前は幻想的な夜景。

 口の中はジューシィーな肉。

 溢れる肉汁を堪能した後はさっぱりとした果実水リフレッシュ。胃袋も満たされた。

 そして、右肩の触れそうな位置には可愛い女の子。


 俺は今、幸せの絶頂にいるのではないだろうか?

 ……まったく、半日前にドラゴンに襲われていたとは思えない。


 そんな幸せを堪能している内に、リリンが大きな建物の前で立ち止まった。

 俺としては、もうちょっとこの幸せを楽しんでいたかったんだが、どうやら宿に着いてしまったらしい。

 

 

「ユニク。ここが私が懇意にしている宿泊施設、『癒心の館』。サービスも一流で料理も美味しく、お風呂も有る。しばらくはここが拠点になるから覚えておいて」

「お、おう」



 俺が見上げた先には、荘厳な装飾が付いた扉。

 そして、その奥には何階層あるのか分からないほどに高い、塔のような建物。

 ……これが宿?ちょっと凄過ぎない?


 そして、屈強な男が二人、扉の前に直立している。

 恐らくガードマンだな。レベルが2万を越えてるし。


 ……というか、やばい。すっごく高そう。

 何が?って決まってる。宿代だ。



「リリンは、この宿に泊ってるのか?」

「そう。サービスも一流だし、何より食事がおいしい」



 俺は旅立ちの時に、じじぃから餞別としてお金を貰っている。

 なんでも、俺の日課だった薪割りで作った薪を売ってお金にしていたみたいで、その売り上げの半分を渡された。

 

 旅立つ前に何度も金額を確認し、どのくらいの貨幣価値なのかも聞いている。

 俺の全財産は16万1200エドロ。

 エドロは単位で、さっき食べた串焼きは大体一本200エドロ。サンドイッチは700エドロだった。


 んで、ここで問題がひとつ。

 リリンは、しばらくはここを拠点にすると言っているのだ。


 ……この高そうな宿、俺は何日泊まれるのだろうか。

 宿代なんて見当もつかないけれど、どう考えたって安くは無いはず。


 もし、一泊5万エドロとかだったら……?

 今からでも遅くはない。リリンに頼んでもっと安い宿を探すべきじゃないか?


 俺は自身が出した結論を実行するべく、右肩側のリリンに目を向けた。

 しかし、そこには誰も居なかった。



「ユニク、早くいこう?」



 ……あ。

 俺の探していた少女は、きらびやかな扉の向こう側に居た。

 どうやら一足遅かったらしい。

 俺は慌ててリリンに近寄り、恥ずかしいので小声で話しかける。



「なあ、リリン、この宿って高いよな?……不甲斐ないけど、俺、そんなに手持ちが無いんだ」

「そうなの?まあ、この宿は一流で、貴族などが好んで利用するくらいには良いお値段する。高いといえば高い」


「うっ!そりゃ俺には無理だ!」

「だけど、心配しなくて良い。ユニクは私と同じ部屋に泊まる。そして滞在費用は全て私が出すから問題ない」


「……え?」



 え?本当に?

 だって今歩いている床、真っ赤な絨毯なんだぜ?

 もしかしてリリンは大貴族のご令嬢だったりするのか?



「えっとリリン?そんなお世話になる訳にはいかないと思うんだけど……」

「遠慮はいらない。ユニクは私の神託の対象者。衣食住を満たすのは私の務めともいえるし、その為の蓄えも、そこそこある」


「……そういうもんなのか?」

「そういうもの。というわけで、ちょっと部屋の変更を申請してくる。待ってて」

 

 

 そして、一人取り残される俺。

 俺に金の心配なんて掛けたくなかったのだろう。

 リリンって本当に良い子だよなぁ……。

 心無き魔人達の統括者アンハートデヴィルとか名乗っているけど。


 そして、ここは高級な宿屋。

 外の騒音なんて聞こえないばかりか物音ひとつしない。

 結果的にリリンと受付のやり取りは、俺に丸聞こえだった。



「シングルの部屋からダブルの部屋に移動したい。部屋は空いている?」

「えぇ、もちろんですともリリンサ様。お客様のご要望にはいつでも、と準備万端でございます」


「それは良かった。今すぐシングルの部屋を精算してダブルの部屋に移動して欲しい」

「はい。直ぐにお部屋のご用意を致しましょう」

 


 受付の老齢の執事が鈴を鳴らすと、奥から三人の従業員が出てきた。

 二人は右側の階段に、一人は受付の中に入り、執事に紙を渡してから階段の中に消えていく。


 すごい。まるで訓練されたかのような完璧な動き。

 さすが高級そうな宿。従業員さんも一流らしい。


 俺がその動きに感心していると、受付の執事が何かの支度を始めた。

 なるほど。部屋を移動する場合、一度料金の決済をするんだな。



「僭越ながら、ご料金の確認をさせていただきます。お部屋の長期借用及び、お食事の代金と当店の設備利用費用、そして、補填割引や税率を含ませますと、合計で47万8995エドロとなります」



 はいッ!アウトォォォォォッッ!!

 さくっと俺の全財産の三倍だッ!!


 でも、リリンにはそのくらいだと分っていたようで、何事もなく決済している。

 ……リリンさん、本気で半端ない。



「リリンサ様、お待たせいたしました。お部屋へご案内いたします」



 決済が終わると同時に、さっき階段を上がっていった従業員の人が現れた。

 どうやら本当に準備万端だったようだ。

 流石は高級ホテルということだろう。



「さあ、こちらになります」



 スっと指し示された手の先には何かの扉。

 従業員の人が壁に設置された突起を押すと扉が開いた。



「お客様はこちらの昇降機をご利用することが出来ます。どうぞお使いくださいませ」



 昇降機、か。どうやらこの宿は相当に高級らしい。

 第一、リリンを案内しようとしている従業員はメイド服を着用している。

 受付は執事だったし、まるで城にでも来ているみたいだな。



「ユニク、昇降機の乗り方分かる?」

「ん?乗り方も何も、中に入ってボタン押すだけだろ?」


「うん、正解。では、中に入ろう」



 さすがに、昇降機の乗り方くらい知ってるぞ?

 俺がそう答えると、リリンは何だか考え事を初めて黙ってしまった。

 室内にはゴウンゴウンと昇降機の上がる音だけが響く。


 そして、しばらくの沈黙を破ったのは、一緒に乗って来たメイドさんだった。



「いやーダブルの部屋って聞いてはいましたけど、まさか、リリン様が男を連れ込むなんて」

「どうゆう意味?」


「どうもこうもないですよー。兄弟って訳じゃないんでしょう?あまり似てないですし。こんな高級宿に年頃の男女が二人きり……ふふ」

「……。別にそうゆう関係ではない」

 


 あれ?なんか急に馴れ馴れしくなったな。

 さっきまでの出来るメイドさんみたいな雰囲気が台無しなんだけど。

 


「ほら、大丈夫ですよ。お客様!我々従業員は、大体は一階のフロントに居ます。物音なんて聞こえません」

「だから、違うと言っている」


「ユニクルフィン様、お部屋には小さいですが湯船がございます。いつでも汗を流すことが出来ますよ。たとえ深夜でも!」

 


 おいッ!!

 なんて事を言い出すんだよッ!このメイドさんは!



「……。マリアル」

「はい、何でございましょう?リリン様」


「不愉快。これ以上この話をするならば、フロントに話を付けに行かなければならない」

「……なんの、でございますか?」


「あなたの減給」

「ひいぃぃ、申し訳ありませんでした!」



 ほら言わんこっちゃない。

 リリンに怒られてメイドさんがションボリしてしまった。

 そして、リリンだって目に見えて不機嫌になった。

 このやり取りで誰が得したというのだろうか……。


 しかし、まぁ、可愛い女の子に高級ホテルに連れ込まれるなんて、からかわれても仕方がないか。

 ……ん?、待てよ。なにか、引っかかるな……?

 この状況は何処かで……。



「でも、昼ドラみたいですよね?後は、ちょっとエッチな雑誌とか?」

「マリアル。喋らないで欲しい」



 そう、たしか、ホウライ文庫の奥、隠された戸棚の二重底の下に奉納されている秘伝書に記載があったはずだ。

 タイトルは確か、『新妻のススメ・8月号』。

 内容は、『実録! 美しき女性が仕掛ける禁断の罠! ~甘い誘惑の時間の果てに、待っていたのは渋いおっさん~』。


 ……。

 もしかして、俺は今、大変に危険な状況に置かれているのではないだろうか。



「飢えてるんですよー。ウチに止まりに来るのって壮年のおじいちゃんばかりでー」

「それが?私には関係ない」



 『美人局つつもたせ

 それは、女の子に付いていくと恐いおっさんがやって来て金銭を要求され、場合によっては更に薄暗い所に連れていかれるという恐ろしい犯罪だ。


 そんな、リリンが、まさか……。

 しかし、状況的には否定できない。

 会って3日で一緒の部屋に泊まるなんて早すぎる。

 レラさんなんかは、俺を絶対に部屋に入れてくれなかったんだぜ。


 男、ユニクルフィン。人生最大の危機。

 気がつけば俺達は、部屋の扉の前に立っていた。

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