第5話「ホロビノ」

「ユニクは私に剣術を教わりたいと言ってくれた。しかし、明日、私が教えるのは座学が中心となる」

「ん?座学?」



 あれからリリンの表情は直ぐに元に戻り、いつもの平均的な真顔になった。

 ……ここでひとつ、リリンの表情について触れておこう。


 リリンは基本的に真顔だ。

 笑うでもなく怒るでもないその表情は、なにか考え事をしている時の表情が一番近いかもしれない。

 そして、あまり、感情の起伏は激しくなさそうだ。

 表情の変化を見ても、微笑んだり口を尖らせたりはするものの、声を荒げたりはしない。そんな微々たるものなのだ。


 そんなリリンが一瞬とはいえ声に出して笑った。

 そっか。案外俺達は、上手くやっていけるのかもな。


 そんな事を考えていたら、なぜか座学を進められていた。



「あれ?さっきは剣術の稽古をするって言って無かったか!?」

「ユニクは私が説明した事をなんなく実行している。普通はこうはならない」


「そうなのか?」

「そう。大抵は失敗して同じ事を何度もする事になる」



 リリンは、必要な知識を一通り教えてから訓練した方がいいと判断したらしい。

 剣術を教えるのに抵抗がある訳では無く、基礎知識の説明を一度に済まして、じっくり鍛錬に励むのだそうだ。



「そうは言っても、座学はとても大切。先程の包丁を使った実験のとおり知識の有る無しは強さに直結している」

「だよな。リリンのアドバイスが無けりゃ、俺はタヌキ一匹すら斬れねぇ」



 ……訂正。アドバイスがあっても斬れてない。

 悲しい。



「そして、ユニクは並みの剣士以上の身体能力がある。ならば、頭を鍛え……知識を身に付ければ形に成るはず!」

「お、おう。一瞬、暴言が混じったのは気のせいだな!」



 確かに、戦略を学べば有利に戦えるはずだ。

 黒土竜も一匹なら戦えていたしな。

 ……タヌキには出し抜かれたけれども!



「そうだな。座学も含めて、よろしく頼む!」

「こちらこそ、よろしくしたい!」



**********



「じゃあ町に行くか。で、町ってどこにあるんだ?」

「私が拠点にしている町は、山を降りた後で10kmくらい先にある」


「え……?10km?ちょっと遠過ぎない?」

「その点については心配いらない」



 とりあえず、今日は町に行って休もうという事になった。

 すでに日も落ちかけているし、移動するなら夜にならない方が良いに決まっている。

 

 第一、真っ暗闇の中で森の中を進むとか冗談じゃない。

 つーか暗殺されるだろ、タヌキに。

 


「心配ないのか。それで、町までどうやって行くんだ?」

「それは簡単。この子の背に乗ってひとっ飛び」


 

 ……この子?

 あぁ、このリリンに撫でられて幸せそうにしてるドラゴンか。

 ん、どれどれ、レベルはいか程ですかな?



 ―レベル46497―



 ……?

 あれ?なんか、さっきのドラゴンと比べて、桁が多くない……?


 俺は疑問に思い、何度もレベルを確認。

 そしてどう見てもこいつのレベルは4万を超えている事が分かった。


 つーか、あの不条理ウナギよりもレベルが高いじゃねぇかッ!?

 あのウナギ、光線を吐き出すんだぞッ!?

 それよりレベルが高いとか、どんだけヤベぇんだよ!!


 この全長5mにも満たない華奢な体には、秘められた力があるのかもしれない。

 恐る恐る触れてみようとしたら、右側から尻尾でド突かれた。

 体の芯に響く、良い薙ぎ払いだ。



「こら、ホロビノ!この人は私の仲間。無下に扱うのは許さない!」



 頭の毛をワシャワシャとされ、リリンに怒られているドラゴンのホロビノ。


 ホロビノ?

 …………滅びの?

 なんて物騒な名前なんだ。

 そりゃ、強くもなるよな。



「この子の名前は『ホロビノ』。私が拾って育てているドラゴン。体の白い竜はとても珍しく、大昔に滅びたとされる白天竜はくてんりゅうではないかと思っている」

「それでホロビノか。一瞬、すごく物騒な名前だと思ったぜ!」


「……本当は、『シロ』にしたかった。白いから。しかし、私のパーティーメンバーは、『無いわー』とこの名前を完全拒否。色々な葛藤の末、ホロビノという名前が定着してしまった」

「ん、パーティーメンバーって?」



 ここで唐突に、リリンがパーティーを組んでいたという話が出てきた。

 リリンが言うには昔……、と言っても一年くらい前まで一緒に冒険をしていた仲間がいるとのこと。

 それぞれの目的は違いながらも意気投合したメンバーは、数年の間、一緒に世界を旅したそうだ。

 その途中にドラゴンの雛を見つけ、エサをあげていたら懐いて今に至るらしい。



「へぇ、リリンの仲間か。どんな人達なんだ?」

「私のパーティーメンバーの名は、『ワルトナ』、『レジェリクエ』、『カミナ』、『メナファス』、それに『ホロビノ』。この四人と一匹は私の親友であり、最も頼るべき私の仲間達!」

 


 誇らしげに語るリリンは晴れやかに微笑んでいる。

 ……そうか、リリンにも頼りにしてる仲間が居るんだな。

 ということは、リリンと同じくらいに強いってことか。


 ウナギ爆裂以上の実力が保障されている訳で、ちょっと危険な感じがするが、いつか俺も仲間に入れて貰いたい。

 強さ的にもリリンに追い付いて、胸を張って仲間と呼んで貰えるようになりたい。

 俺は自分の内心を隠すように、ちょっとだけお茶らけてみせた。



「なるほど、そうして白蒼の竜魔導師は誕生したわけだな!」

「厳密に言えば違う」


「あ、あれ?仲間と一緒にいる時に、白蒼の竜魔導師を名乗ってたんじゃないのか?」 

「私が白蒼の竜魔導師を名乗り出したのは、この子と二人きりに成ってからの事。当時は別の肩書きを名乗っていた」


「肩書き?」

「そう、この世界において何かを成す場合、肩書きを使うのが普通。同姓同名の者への影響の遮断や民衆の理解のしやすさなど、色々と都合が良いから」



 へぇ、そういうのがあるのか。カッコいい。

 

 だとすると、リリンたちのパーティーメンバーも肩書きがある筈だよな。

 そういえば、リリンは村長に『鈴令の竜魔道師』って名乗っていた気がする。


 如何にも強そうで結構、威厳がある。

 他にも肩書きがあるのだとしたら、ぜひ聞いてみたい。



「じゃあさ、リリンとパーティーメンバーはどんな肩書き名乗っていたんだ?」



 興味が出てしまった以上、聞かずには居られない。

 だが、平均的なリリンの表情は……、何故か真っ黒だった。



「一人目。『戦略破綻せんりゃくはたん』、ワルトナ・バレンシア!」

「二人目。『運命掌握うんめいしょうあく』、レジェリクエ・レジェンダリア!」

「三人目。『再生輪廻さいせいりんね』、カミナ・ガンデ!」

「四人目。『無敵殲滅むてきせんめつ』、メナファス・ファント!」

「五匹目。『壊滅竜かいめつりゅう』、ホロビノ!」



 ……。

 …………。

 ………………悪いッ!語感が悪すぎるッ!

 絶対、悪どいことしてるだろッ!?!?



「なんだよそれは……?って、そう言えば、魔王って呼ばれてる疑惑があったっけ?」

「そう。私が魔王と呼ばれる時は、みんなと行動している時だけ。決して、私が悪人な訳ではない!!」



 いや、その理屈はおかしくないか?

 魔王と一緒に居るんなら魔王だろ。ウナギ爆殺するんだぞ。


 一度聞いたら絶対に忘れない程の衝撃。

 出会ってしまったら、全速力で逃げ出したい。

 そんで、肝心のリリンの肩書きは?



「そして、私、『無尽灰塵』リリンサ・リンサベル。さらに、私の率いるこのパーティーは畏怖と戦慄を込めて、世界中からこう呼ばれている。『心無き魔人達の統括者アンハート・デヴィル』……と」



 おい!なんだその悪役っぽいパーティー名はッ!!

 とうとう魔人デヴィルとか言い出しやがったぞ!?!?


 というか、リリンも負けじと悪どい肩書きだった。

 つーか、聞きようによっては一番悪いかもしれない。


 ……無尽灰塵。

 この少女の周りには、『灰塵が尽き無い』ということだろうか。

 しかも、この悪辣なパーティーメンバーのボスはリリンならしい。


 ちょっとだけ想像してみた方がいいかもしれない。

 よし、頭の中で妄想してみよう。

 ちなみに、俺の役は町の門の守備兵だ。



 **********



 志願兵である俺の仕事は、二人一組で城門の巡回をすること。

 そして、聞いたばかりの噂話を相方に切り出した。



「なあ、知ってるか?隣国の滅亡は『運命掌握』と『戦略破綻』が暗躍していたらしいぜ?」

「常識だろユニク。しかもそれだけじゃない。魔法騎士団は『無敵殲滅』によって殺戮され、町並みは『壊滅竜』によって廃墟と化したらしい」


「マジかよ」

「しかも、その廃墟に一人『再生輪廻』がやって来て、瞬く間に町を作り直しちまったんだとよ。今じゃ侵略国家の拠点になっちまってる」


「そんなやつらが居るのか……」



 知っているかと話を切り出したが、相方は俺よりも詳しかった。

 俺の知らない情報が次々と飛び出し、そのヤバさが真摯に伝わってくる。

 心無き魔人達の統括者アンハート・デヴィル、か。

 ヤバい集団がいたもんだぜ。



「まぁ、うちの国は安全……ぐぇっ」



 驚きで普通の反応しかできない俺。

 それが面白くなかったのか、相方は酷い顔で怒鳴り声をあげ、俺を突き飛ばしてきやがった。

 ……いくらつまらない反応だったからって、やり過ぎだろっ!!



「痛ってぇな、なにすんだよ」



 抗議をしてやろうと、相方に視線を向ける。

 だが、俺の目に映ったのは――、眩い閃光と、切断された相方の、腕。



「逃げろ……ユニク。無尽、灰塵……が来たと、おうじょ つ、たえ……ろ」



 ドサリと前のめりに倒れた相方は、もう動かなくなっていた。

 崩れた相方を見捨て、俺は走り出す。

 そんな俺の背後にいるのは、良く響く鈴とした声と、6つの強大な影。



「私たちの噂とはいい度胸してる。ふふ、これからは貴方達の順番!」

 


 **********



 ……ちょっとの妄想でこの有り様だ。

 『破綻』とか『掌握』とか『殲滅』とか『壊滅』とか『灰燼』とか物騒すぎる肩書きたちは、何をしたら呼ばれるようになるのというのか。


 やっべぇ。今からでも、リリン様とお呼びした方がいいのだろうか?

 

 

「……と、このように自ら肩書きを付けて名乗る」

「自分で名乗ってるのかよッ!すげぇセンスだなッ!?」



 なんだよそれッ!?

 他にもっといい感じのが無かったのかッ!? 


 あまりの衝撃に声を荒げてしまったが、ちらりとリリンを見ると特に怒っていない様子。 

 ……どうやら、慣れているらしい。



「この肩書きは、パーティーの参謀のワルトナが考えたもの。私達みたいな、かわいい少女5人組では舐められたら面倒だからと」

 


 しれっと自らの事を、かわいい少女5人組とか言い出したな。


 まぁ、本当にかわいい5人組だったのなら、この目論みは大成功だ。

 だって、その語感からはまったく可愛さを想像出来ない。

 国とか滅ぼしていても不思議じゃないよ。語感的に。


 それから続いた説明では、リリンのパーティーは近しい年齢の少女5人組なんだそうだ。

 今はもう別々の目標に向かってそれぞれ違う道を歩んでいるらしく、必要な時に肩書きを名乗るぐらいで、普段は違う肩書きを名乗っているらしい。



「このように肩書きとは使い分けのできる便利なもの。私に限らず複数の肩書きを趣味として育てている冒険者も多いと聞く」



 なるほど、肩書きを使い分けるのか。確かに便利そうではあるな。

 しかし、趣味って……。

 ちょっとだけ、リリンはあと幾つの肩書きを持っているのか聞いてみたくなる。


 だが、そんな思いはリリンの呟いた一言で、木っ端微塵に破壊された。



無尽灰塵むじんかいじんという肩書きも、国盗りの際には大いに役に立った!」

「……お、おう」



 …………国、滅ぼしてた。

 

 その日、リリンと一緒にホロビノの背に乗って空を飛んだ俺。

 当然、綺麗な夜景などまったく記憶に残らなかった。


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