第4話「蒼白の竜魔道師」
「よし、いくぞ……」
「頑張って、期待してる」
かちゃりとグラムを構え、目の前の木に意識を集中する。
あの後、いくつかの補足説明を受けながら、まな板を微塵切りにした俺へリリンから課題が与えられた。
「さて、困った。私はまな板を一枚しか持っていない。なので、ユニクにまな板を作って欲しい。幸い、ここは森の中。材料などいくらでもある」
リリンの手捌きを見る限り、自分で作った方が早い。
だが、わざわざ俺に作ってと言ってくるのは、これが訓練を兼ねているからだろう。
リリン先生の思惑を尊重するべく、俺は手頃な大きさの樹木の前に立った。
この木を切り倒し、まな板を切り出す。
村に居た頃の薪割りを思い出しつつ、木の幹に刃を当てた。
「刃を当てたら、力を均等にして、引き、切る!」
「そう。刃物は切断対象の力の流れに対し、異なる角度で刃を当てることで切れるようになる。反対方向から刃をぶつけた場合は力が吸収されてしまうし、流れと同じ方向に剣を振ると受け流されてしまう」
リリンの説明を参考にしつつ、グラムに力を込める。
地に立つ木は地面に向かい力が流れているはず、だから、横薙ぎに剣を当てれば流れを断ち、切断できるハズだ。
「……ふっ!」
頭で理屈を思い描き、一気にグラムに力を込めた。
そして、スパン!と気持ちいい音を残し、ゆっくりと木が傾いて地面に倒れ伏す。
よしっ!成功したぜ!!
「ふぅ、何とかなったな」
「さすがユニク。すごい」
「凄いのか?リリンの言うとおりにやれば誰でもできるだろ?」
「この木の太さは30cmを超えている。100人の剣士が挑戦して、99人は失敗すると思う」
という事は、失敗前提のお願いだったって事か?
あれ、リリン先生って、もしかしてかなりのスパルタ教育だったり?
俺が一発で木を倒せた事が本当に意外だったらしく、リリンは木の幹を指でつついている。
なお、「普通に堅い……。ユニクの剣筋は上位剣士並み」と言っているので、高評価のようだ。
さてと、後はまな板になるよう平面に切り出し、形を整えたら完成だな。
「ユニク式まな板、完成!」
「ん、見せて」
早速リリン先生に講評を頂くべく、まな板を差し出した。
しかし、こっちはお気に召さなかったらしい。
平均的なジト目で不合格を言い渡されてしまった。
「まな板の厚みが左右で違う。また、切断面が荒いから食材の汁が染み込んでしまう。木のささくれもある。もう一枚作って欲しい」
なるほど、確かに一理ある。よし、二枚目だ。
「中央が膨らんでいる。もう一枚」
「木目がザラザラ。もう一枚」
「歪んでる。もう一枚」
「薄すぎる。もう一枚」
「せっかくだから、ここに意匠を掘って」
「あ、花模様も欲しい」
「枠組みにも凝るとなお良い」
「ん、形、色、艶、良好。合格!」
「よっしゃ!」
十何枚か試作を経て、ついに合格が出た。
出来あがったのは、美術品めいた荘厳で豪華なまな板だ。
これで、村一番の木こりになれるな!
……って、違うだろ!!木こりになってどうするんだよッ!!
「さて、ユニク。そろそろ町へ帰ろう」
「え?もう帰るのか?」
まな板を眺めて満足したっぽいリリンが薄らと見える町並みを指差した。
熱中するあまり、結構時間がっていたらしく周囲は夕暮れに照らされている。
いつの間にこんな時間になったのだろうかと驚愕しつつ、そうだなと俺が口を開きかけたところで、ふと疑問が湧いた。
「なあ、蒼白の竜魔導師は山頂に居るんだよな?会いに行かなくて大丈夫か?」
「なぜ?今日はもう時間も無く、たいした稽古を付けられない。明日にするのが良いと思う」
「いやさ、もしかしたらリリンが呼んだんじゃないかなーなんて思ったんだよ。こんな何もなさそうな山に住んでるとは思えなくてさ」
そう、俺はこの事が気になっていた。
思い返せば、この山に登ろうとリリンが言い出したのも結構不自然だったのだ。
なんの脈絡もなく足腰を鍛えた方が良いと言い出したかと思ったら、いきなり、白蒼の竜魔導師に稽古をつけて貰おうという話になった。
そして、まったく断られることなど考慮していないリリンの口振りに、こんな結論に至ったわけだ。
すると、リリンは微笑むと「鋭い」と言葉を漏らし、隠された思惑を話し始めた。
「ユニク、良い読みしてる。実際、こんな所に住んでる魔導師なんているわけない。けれど、私の友人もこの山には来ていない。……つまりは、こうゆうこと!」
そう言って、リリンは首に掛けた木製の笛を取り出し、そのまま小さい唇を笛口にあて、息を吹き込む。
すると、甲高い笛の音が辺りに響いて山陵に木霊した。
バサッバサッと翼のはためく音が聞こえてきたのは、笛を鳴らして直ぐの事。
どうやらリリンは『何か』を呼び寄せるために笛を鳴らし、その『何か』は見事、笛の音を聞きつけこっちに向かって来ているらしい。
やがて、その『何か』が姿を見せた。
どんな色合いにも染まることができるが、決して完全に混じり合うことの無い、純然たる白い体を持った美しいドラゴン。
そいつが俺達の上空を旋回している。
二度三度と空を舞い、ゆっくりと高度を下げて来たドラゴンはフワリとリリンの前に降り立ち、頭を差し出した。
リリンはそのドラゴンの頭を二度ほど撫でると背中に乗り、俺に向かって杖を構える。
「白蒼の竜魔導師・リリン、参上!」
「な、なんだって!!」
え?なんだって?
そんなまさか、リリンが白蒼の竜魔導師だったなんて!
大袈裟に驚いていると、そのリアクションに合わせるようにリリンの態度も大袈裟になっていく。
ちょっと可愛い。
「そう。何を隠そう、美しき白天竜を従えた白蒼の竜魔導師とは私の事。少年よ、私に何か用かな?」
「あ、はい、事情を説明して欲しいです」
なんとなく悪ノリし続けるのも無理があるかなと思ったので、現実に戻してみる。
ふと我に帰ったのかリリンは恥ずかしそうにしながらドラゴンから降りて、状況説明を始めた。
「ユニクと出会った日、ユニクには剣の先生が必要だと分かった。なので、私の姉弟子を呼び寄せ、剣の稽古をつけて貰おうとした。だけど、断られてしまった」
「ん?姉弟子?」
「そう私の姉弟子は、今代の英雄に最も近いと言われている剣士、その名は『
ふむ、リリンには姉弟子が居るのか。
そして、弟子だということは師匠も居るわけだ。
そりゃ、あんな魔法使うぐらいだし師匠の一人や二人いてもおかしくない。
リリンには師匠と姉弟子が居る。
ふとしたきっかけで知ったリリンの過去を記憶に止めつつ、話の続きに耳を傾けた。
「仕方がなく稽古は私がつける事となった。しかし、平地で稽古しても雰囲気が出ない。やはりここは山で稽古するべしと判断して、山に登り、今に至る」
「なるほど、大体の経緯は分かった。だけどさ、リリンは剣を扱えないのか?さっきだって包丁を使って刃物の使い方を教えてくれただろ?」
「……私は並みの剣士ぐらいには剣を扱える。それでも、達人や英雄と呼ばれた人達には程遠い。あくまでも私は、魔法を主軸に戦闘を行う魔導師なのだから」
そう言葉を締めくくったリリンの口元は一文字に結ばれていて、とても悔しそうだった。
俺に剣術を教えられないと、力不足でも嘆いているのだろうか。
だが、今の俺には、リリンが必要だ。
最高峰の技術を持っていなくとも、並みだとしても、今の俺はそれ以下でしかない。
当然、学べることは山ほどあだろうし、リリンから学び尽くしたのならば、今度は一緒に学べば良い。
「リリンが剣術を教えてくれないか?」
「先程言った通り、私では人並みにしか教えてあげられない」
「あぁ、それでいい。それがいいんだ」
「なぜ?」
「リリンは俺の先生だからな。リリンから学び、価値観を共有したいんだよ」
「……そう。それはとても……嬉しい」
リリンは「ふふっ」っと声に出して笑った。
ナユタ村で見せた微笑みやウナギを倒したときの笑顔ではなく、声に出して笑ったのだ。
それは、俺がリリンと出会ってから初めての事だった。
最近失敗続きの俺。
それでも、この選択は正解だったのだと確信できた。
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