第3話「竜との一騎打ち」

「よう、待たせたな」



 目の前の黒土竜は、まるで挑戦者を待つ強者の様に憮然と立っている。 

 コイツは俺の事を待っていた。そんな気がする。


 少なくともその場から動く事なくこちらを睨み続け、俺が近付こうとも視線を外さない。

 コイツは俺を敵と認め、臨戦態勢に入っている。



「……行くぜ」

「……。」



 相手はドラゴン。俺には馴染みのない未知の生物。

 レベルは2109で、俺よりも11倍強い、かもしれないな。


 グラムを振りかぶりながら、そんなことは勝敗には関係無いと思った。



「うぉらぁ!」

「オンギュラッ!」



 二歩、体を前に出し、振りかぶったグラムを振るう。

 俺の狙いは奴の顎への横薙ぎ。

 そこに重い一撃を入れ、脳を揺らして思考を奪うことだ。


 迫り来る最初の接触。

 黒土竜もグラムに反応し、長い首を振るい俺に牙を向けた。

 その結果、鈍い打撃音と共に手に衝撃が伝わってくる。


 身体で味わう確かな手ごたえ。

 この感触は、初めて敵に一撃を入れたという事実を感じさせてくれた。


 そして、お互いに弾き返された牙と刃は短く宙を切り、再び敵に向けて突き進む。



「そりゃッ!」

「オンギャラァッ!」



 打ち込む度にガキィン!っと金属音が響く。

 

 グラムを打ち付ける度に、黒土竜は一瞬よろめいて後退。

 その隙にニ撃目を入れようとグラムを返し、立ち直った黒土竜が体制を整えて迎え撃ってくる。


 果てが無いように思えた、剣と牙での攻防。

 しかし、段々と俺が優勢になっていく。

 グラムを打ち付ける度に、手に響く感触が重いものへと変わってきたからだ。


 今まで薪や鍛練用の木材ばかりに振るってきた腕の感覚が、対生物用に切り替った?

 それなら、このまま押しきってやるぜ。

 俺は渾身の一撃を繰り出そうと身構えて――、視界の端から出現した黒い影が、脇腹に向けて放たれた。



「がふッッ!?」



 腹に衝撃を感じて視線を向けると、黒土竜の腕が俺の腹を殴っていた。

 リリンの魔法のおかげか痛みはまるで無いものの、その衝撃で体制を崩してしまっている。


 まずい!

 俺はすぐに視線を黒土竜の頭へ戻すが、もう既に目の前まで迫ってきていて。

 だが、グラムは体の反対側に振りかぶったままだ。間に合わない。


 そして、薙ぐような一撃を黒土竜から受け、俺は後ろに吹き飛ばされた。



「はっ、強いな……」



 言葉として漏れ出たのは、素直な感想だった。

 だけれど、それだけではない。

 内から響くように楽しさが、次々と沸き上がってくる。

 まるで今まで忘れていた遊びを思い出したかのように、気持ちが高ぶっているのが分かった。



「……もう一度いくぜ!」

「ギュァラァ!」



 駆け出すと同時にグラムを振りかぶり、グラムの先を黒土竜の鼻先にぶつけるようにして真横に薙ぐ。

 先ほどは接近しすぎて殴られた。

 だったら、剣を使っている優位性を活かさせて貰うぜ!


 俺は大剣というリーチを存分に生かすために剣先で戦い、常に一定の距離を取りつづけた。

 これだけ距離があれば、お前の拳は俺の体に届かねぇ。

 数撃の打ち合いを続ければ、お前の頭にふらつき隙が生まれる。

 そんだけ頭付きばっかりしてりゃ、そうなるだろうよ!馬鹿め!!



 「覚悟しろ、ドラゴンッッ!!」



 ふらついて無防備を晒した奴の首筋に、最大の一撃を叩き込き込もう。

 俺はグラムを高々と上げて、一直線に振り降ろ――。



「がふッ……!」



 声を漏らしたのは、黒土竜じゃない。俺だ。

 今まさに刃が首筋に触れようかという瞬間、俺は真後ろから掬い上げるような一撃を受け、そのまま左に吹き飛ばされた。



「かっは……っ。お前、リリンに撃たれたはずだろ?」

「オンギュロロロロロッ!!」



 俺の背後から襲いかかってきたのは、倒したはずのレベル1089の黒土竜だった。


 リリンに撃たれた右肩の傷跡から血が流れ出しているのだから、間違いないはずだ。

 そして、状況を確認しようと俺は視野を広げ、次々と立ち上がって行く黒土竜達を見つけた。

 その瞳には鋭い殺意と怒りを灯し、ギラギラと輝いている。



「ちょ、そんな……ひぃぃぃぃぃぃ!!」

「「「「オンギュアラァァァァッァァァァッッッ!」」」」




 ちょ、おい、待てよ、全員参戦とか卑怯だぞ!!

 やめ、ちょ、止めてくれッ!!


 必然的に5対1となったこの戦いは、俺の圧倒的不利だった。

 2匹が前線で戦い、3匹が奇襲を仕掛ける。

 さらに、黒土竜は数的に余裕が生まれたからか、それとも物理攻撃が効いていない事に気が付いたからなのか、火を吐くようになりやがった。

 火自体も熱くはなくダメージも受けはしないが、視界を遮られてしまう。

 そうして見失った数秒後には、前後左右から牙や爪の連撃を喰らう事になるのだ。


 ち、ちくしょうめ!

 こうなっちゃったら、どうにもならねぇ!!

 すぐさま撤退の選択をし、リリンに救援の申し込みをするために視線を向けた。



「リリン、たす――っ、え?」

「~~~、~~~♪」



 そこには信じられない光景が広がっていた。


 リリンの前に有ったのは、そこそこの大きさの岩。その上に木の板。

 さらに板の上に何か、おそらく肉。

 続いて、リリンの右手には包丁。エプロンも着ている。

 傍らには串焼き用の串と調味料。

 そして、別の岩に立て掛けられた、ホウライ10分クッキング。


 …………。

 なぜ、このタイミングで料理を……?


 リリンは本のページを覗いては肉に包丁を向け、何かを確認しては肉に串を刺している。

 小難しそうに眉を寄せながら、せかせかと串焼きを作っているようだ。



「ちょ、リリン!たすっ、ぐぇっっ!!」



 ゴッ、という衝撃と音を受け、俺は草原に投げ出された。

 そして、茫然自失となっている俺を黒土竜が待ってくれる理由もなく、全身に牙や爪が降り注がれる。

 

「「「「「オンギュラァッ!」」」」」

「ひいぃ、恐い恐い恐い恐い恐いぃぃぃッ!」



 迫り来る牙と爪は、リリンの魔法に阻まれて俺まで届いていない。

 しかし、すぐ目の前で披露される迫力満点の攻撃は、俺の精神に多大なダメージを与えてくる。


 そして、降り注がれる連打と殴打には、前衛も後衛もなく、完全な5対1で俺を攻め立てていった。



**********



「ユニク、大丈夫?」

「……。大丈夫に見えるのか?」



 あれから、黒土竜たちによる集団リンチを受け続けた俺は、今、地に伏している。

 裕に二時間ほどは地獄のドラゴン責めを体感し、色んなものを失ったぜ。


 時折、隙を見つけてはリリンに視線を送ったが、その度に希望は失われた。

 一度だけ目があったが可愛く手を振り返してくれただけで、俺の意思は伝わらなかったらしい。

 結局、殴られては逃げ、噛みつかれては逃げの繰り返し。

 ダメージを負わないとはいえ体力と精神力は消耗するんだから、たまったもんじゃない。


 最終的には飽きられたのか、気が付いた時には5匹の黒土竜は空へ飛び立ち、何処かへ行ってしまった。

 こっちから仕掛けた挙句に返り討ちに遭い、最終的に飽きられて捨てられる。

 うん、アホなんじゃないのか?俺。



「うぅ……。負けた、ぜ……」

「……。身体的には損傷は見られない。極度の疲労状態と判断したい」



 地面に投げ出されている俺を見下ろしながら、指でつついてくるリリン。

 死にかけの虫を枝でつつく仕草にそっくりだ。



「な、なにか、飲み物と食べ物をくれ……」

「果実水とポトフならある。すぐに仕度するから待ってて」



 ……ポトフ?

 ポトフって……。ガチの煮込み料理じゃねぇか!

 肉を煮込んでる暇があるんなら助けて欲しかったんだけどッ!!

 

 だが、そんなことは言えるはずもなく……、リリンから差し出されたポトフは塩辛い涙の味がした。



「さてユニク、どうだった?初めての実戦」

「あぁ、至らないとこだらけだな。なんとか一対一なら戦えていたんだが、二匹目が参戦したらもうダメだった。敗因は決め手に欠けた事だな、チャンスがあっても決めあぐねている内に、数で押しきられた」


「うん、そうだね。さらに付け加えるなら、剣の振り方が間違っていたからが正解」

「剣の振り方?」


「そう。剣は刃をぶつければ切れる訳ではない。刃先を刺し込み、滑らせる事で切れるようになる」



 見ててね、ユニク。それだけ付け加えたリリンは使っていたまな板と包丁を取り出した。



「刃先を刺して、切りたい方向に向かって、引く」



 岩の上にまな板を立てたリリンは、板に包丁を当てて、そのまま斜め右下に包丁を引き下ろした。

 すると、するりと包丁がまな板の中を進み、反対側から現れる。

 もちろんまな板は切断され、三角形の切れ端がポロリと地面に落ちた。


 ……見たまんまだが、意味が分からない。何で今ので切れたんだ?

 実際「やってみて?」と包丁を渡され、試してみたものの、包丁は1cmほど食い込んだら動かなくなってしまった。



「リリン……。出来ないんだが?」

「左手が大事。左手でまな板を、刃の進行方向と逆に吊り上げるように力を掛けながら刃を下げる。やってみて」

「こうか?……お、おおお!」



 言われた通りに、まな板を引き上げながら刃を当てる。

 すると、今度は手触りが違い、包丁がスルリと進んでいく。



「そして、力の掛け方は常に均等を意識する。途中で力を掛け過ぎないよう注意」

「おう、力を均等、均等、…………切れた!」



 スパンと気持ちの良い音を立てて、まな板が真っ二つになった。

 一度コツをつかめば早いもので、スルスルと切れるようになる。



「そう、上手上手。刃物で切るとはこういうこと。この感触を忘れないで」



 まな板を細かくするのに夢中でよく見ていなかったが、リリンの表情は微笑んでいるように見えた。

 とりあえずドラゴンは斬れなかったが、まな板は……ん?


 なるほど。最初は木から始めるのが良さそうだな。

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