第2章「旅の始まり」

第2章プロローグ「神の根城」

「くはははは!タヌキに勝てないのかよ!?流石にショボすぎんだろ!!」



 白い天井。

 白い壁。

 白い床。

 白と金で構成された、調度品。


 清廉にして潔白、清浄にして白亜。

 この世界で最も清らかなる部屋の中心、シルク張りのソファーの上で女性が笑い声を上げている。

 その言葉遣いは酷く乱暴で、淑女などとは程遠い。

 それこそ、淑女などとは評す事が許されない――、理知を超えた神々しさ・・・・を纏っている。


 ここは神の住まう聖域。

 不安定機構アンバランス深淵アビス虚構礼拝堂ダウトチャペル


 そして、爆笑しすぎて腹を押さえている女性こそ、この世界唯一の、『神』だ。



「主よ、お気に召して頂いた様で何よりでございます」

「あぁ、マジ最高だよ、ノウィン!ノーマルタヌキにすら勝てない主人公とか、ボクの想像を軽々と凌駕した」



 世界で最も清らかな威厳を振りまく神の正面、そこには間違うこと無き『神聖さの権化』が座っている。


 薄らと輝きを放つ清められた法衣と、そこから流れる金髪。

 光を結晶化させたような装飾品をあつらえた、黄金の笏杖。

 細く美しいボディラインは妖艶で、微笑みを絶やさない表情は、全ての原罪を許すだろう。


 彼女の名は、『大聖母・ノウィン』

 不安定機構を統べ、神と対談し人々を導く……、絶対君臨者だ。



「『次はラブコメが見たいなぁ』。ボクは確かにそう言った。だから、男の子と女の子が一緒に冒険に出るというのは良しとしよう。……で、何でタヌキに勝てねぇんだよ!?」

「ご存知のとおりタヌキは強かな生物です。油断して掛かれれば命を落とすのは必然でしょう」


「まぁ、確かにボスタヌキも混じってたけどさ……、さてはノウィン、ボクの腹筋を壊して暗殺を企ててるな?」

「ふふ、この程度で主が滅ぼせるのでしたら、神殺しは必要ありませんね」



 ここは物語の幕間。世界の理から外れし場所。

 そんな神々しい空間で爆笑している神の前には、美しいティーテーブルが置かれている。


 世界の観測者たる神の趣味。

 それは、紅茶を片手に世界へ野次を飛ばすことだ。



「しかもアレ、英雄・ユルドルードの息子なんでしょ?確かにユルドは緩い所もあったけどさ、締まる所は締まるナイスガイだったんだけど?」

「はい。彼はとても素晴らしい人ですね」


「で、その息子はタヌキに勝てないこのショボさ。どこをどうしてこうなった!?」



 神は楽しげに声を荒げつつ、置いてあった紅茶で唇を濡らす。

 笑い過ぎて喉が掠れてきた気がしたからだ。


 この白亜の空間にいる限り、神は世界の行く末を見守る傍観者であり、観客だ。

 物語に直接触れることを良しとせず、写し出された映像に想いを馳せる。

 せいぜいする事と言ったら、神の対談役大聖母ノウィンを呼び出して談笑するくらいのもので、今回の会談も物語をより楽しむ為に行われている。



「この世界は、神であるボクを楽しませる事を条件に存続を勝ち取った。だからこそ、キミら不安定機構は面白そうな物語が始まりそうになると、ボクに連絡するのが仕事なわけだ」

「心得ております、主よ」


「そんなボクからの注文は『ラブコメ』だった。だけど、ただのラブコメじゃない。


『山より大きい化物を倒す討伐伝も観たいし、世界を揺るがす英雄伝説もいい!

 人を騙し騙されのサスペンスも捨てがたいし、なんだったらこの世界の根幹を揺るがすダークファンタジーでもOKだ!』


 そんな無茶ぶりを付け加えたものだった訳だけど……、なるほど、こう来たか」

「人類史上、類を見ない物語になるでしょう。彼、ユニクルフィン。彼女、リリンサ。この両名に秘められた想い・・は並大抵ではございませんから」


「へぇー、続きを見るのが楽しみだね!」



 深い笑みで頷いた大聖母ノウィンに、神は満足の意味を込めて笑顔を返した。

 それはまさしく、主と従者。

 神の神託を遂げる事が出来たノウィンはゆっくりと姿勢を正して一礼し、神が手ずから淹れた紅茶に口を付ける。

 そして、表情を思案顔に切り替えた神は、巨大な謎を解き明かさんと口を開いた。



「でも疑問なんだよねぇ。ユニクルフィンのレベルについてさ。レベルはボクが作った世界の仕掛け。どんな事をしても『0』にはならないハズなんだけど」

「人間が主の摂理を超えるのは、容易ではありませんよ」


「んー?ホウライは、『ボクの創りし概念に反している』とユニクルフィンに教えていた。明らかに矛盾しているけど……?なるほど、ついでにミステリー要素も入れて来るとかやるじゃん」



 思いのほか楽しめそうだと殊更に満足した神は、今度は普通に気になる事を大聖母ノウィンへ聞いた。

 こちらは知っていても問題ないこと……、いや、知っている前提で聞いた事実の確認だ。



「で、あんなテキトーな神託を貰った少女・リリンサだけどさ、あの子って確かノウィンが――」

「そこも含めてお楽しみください。リリンサは優秀な子ですよ」


「英雄の子、ユニクルフィンにリリンサか。不安定機構によって人生が書き換えられた彼らは、どんな驚きをボクにくれるんだろうね」



 神はくくく、と不敵に笑い声を漏らすと、虚空に投影されている映像に視線を向けた。

 そこに写っているのは、赤い髪の少年と青い髪の少女が他愛もない雑談をしながら田舎道を歩いている姿だ。



「ということで、楽しみに待ってたんだけど……。うん、さっきから変化が無いなぁ。田舎道を歩くだけなんて刺激がなさすぎでしょ、ドラゴン出て来ないかな?ドラゴン!!」



 この世界にはドラゴンが生息している。

 ドラゴンは種族ごとの戦闘力に顕著な差があり、巨大種ともなれば一匹で街を壊滅させる攻撃力を持つ高位の危険生物だ。


 そんな生物の登場を願いながら、神は暫く映像を眺めていた。

 だが、そう都合良くドラゴンが現れる訳が無く、ただ時間ばかりが過ぎてゆく。



「ドラゴン出ないなー。んー、何も、人類絶望クラスの伝説のドラゴン出せってんじゃないんだよ?50mくらいの奴で十分だよ?……出ないかー」



 そんな化物が登場した場合、物語がバットエンドを迎える可能性がある。

 レベル200のタヌキに苦戦するユニクルフィンは戦力にならず、リリンサ一人で戦う事になるからだ。


 だが、神の願いとは裏腹にドラゴンが登場する気配は無い。

 あくまでも観賞者でありたい神は、物語に干渉する気がないのだ。



「にしても暇だなー。他の世界軸を見る気にもならないし。あっそうだ、ノウィン。この世界の固有名詞の法則について知ってるかい?」

「固有名詞の法則……ですか?」



 明らかに暇潰しの為に振られた話だったが、大聖母ノウィンは興味を示した。

 その話題に関して気になる事が有ったからだ。


 そして、神がボソリと呟いた『他の世界軸を見る気になれない』。これこそがキーワードだ。

 これはそのままの意味であり、神は別の世界軸を同様の方法で見る事が出来る。

 それを可能にしている特別な仕組みが、この空間には掛けられているのだ。



「煌めく包丁裁きでジャガイモを裁く、隣家のお姉さん」

「……?」


「これは、先ほどの映像の中で出て来た、何気ない会話文だ。そして、この文の中にはいくつかの固有名詞が含まれているよね?」

「えぇ、包丁、ジャガイモ、お姉さん等ですね」



「そうだ。そしてそれらは、物語を観賞する上で様々な問題を発生させる」

「……なるほど、私達の世界のみを見ている訳ではない主は、幾つもの言語を理解されていると」


「そういうこと。ずっと昔の話だけどね、ボクが見ている世界は、『時代』『地域』『発言者の種族』などによって物の名称が異なっていた。例えば、ユニクルフィンの周囲では『ジャガイモ』と呼ばれる食物も、遠く離れた別大陸では『○?▼+*』となる訳だ」

「地方では独特の訛りが出る事がありますが……、意思の疎通ができない程では無かったはずです」


「それは、ボクが言語処理をしているからさ。別の言語間で発生する『偶然の名称一致』が起こると、物語を見るのに差し支える。例えばこんな風に」



 **********


  主人公は敵が発動させた極大の魔法陣を見上げると、感嘆と恐怖、羨望と絶望を抱いた。


 『ジャガイモ』


 そう、敵が発動させた魔法陣は、大質量のジャガイモを地へと放つ禁術だったのだ。


 天空から打ち出されたジャガイモに対し、ありとあらゆる魔法を使い相殺を試みた主人公は、最後は己自身の両腕に魔力を集中させ、必死になって受け止めようと試みる。

 しかし、ジャガイモの威力は凄まじく、瞬く間に右腕が粉砕されてしまったのだ。



 **********



「この物語では隕石魔法の事を『ジャガイモ』と発音する。だが、観賞者たるボクの目線では植物のジャガイモが思考の中にチラ付いて、とってもショボく感じてしまうんだ」

「なるほど、では世界を救った主人公の必殺技が『マッシュ・ド・ポテト』になってしまいますね」


「だからこそボクは持ちうる力を存分に振るい、『言語を自動で統一する特別観賞システム』を作った。ボクがいつの時代のどんな種族の物語を見ようとも、名称が被ったり揺らいだりしないんだ」

「一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?では、人間の言語が一種類しか無いのは人間が作ったからではなく、主が使う言語を私たちも使っているから。という事になるのでしょうか?」


「正解!この世界の物質名は全て、『神に最もなじみあるご都合主義名称』へと自動変換されている。ま、いくら固有名詞がボク好みに変換されていると言っても、運命には影響を及ぼさないから安心して良いよ!」



 神は二コリと呟いて、前に置いてあった紅茶を手に取った。

 そしてチビチビと飲みながら、のどかな田園風景を眺めている。


 やがて、映像の端にほんの少しだけ映った白い影を見た神は、ティーカップに触れていた唇をニヤリとさせた。

 その瞳には期待の色が浮かんでいる。



「おっと、どうやら運命はボクの味方だったらしいね」

「ふふ……、言ったでしょう?この子たちは特別だと」


「またしても、ボクの期待を大きく超えてくるとは……。やるね、リリンサ、ユニクルフィン。キミらの物語は、ボクすらも想像しえなかった領域に達しているらしい。……さぁ、初めておくれよ!このボクすら驚かせた、『英雄に至る物語』をね!」


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