第11話「幕間―リリンサの手記」

7の月、15の日。 私が16の歳。

 この日、私はユニクと出会った。


 ユニクが居るという情報もなく、ただ任務を行うためだけに立ち寄ったナユタ村。

 ……そんなショボイ村でユニクに出会えた。


 思えばこれこそ、運命という奴なのかもしれない。

 そもそも、危険動物程度の駆除任務なんて、私の所には来ない。

 それが、事務担当の人が倒れたとか、受付伝票が紛れ込んだとか、不安定機構の使徒が行方不明だとかで、どうしても私に任務を受けて欲しいとの事だった。


 そして、まったく予期しないタイミングでユニクと出会うことができた。


 世界を相手に一人の人間を探す。

 その人物は、かの有名な『英雄・ユルドルード』の息子。

 罵詈雑言ばりぞうごんみたいな凡人ではなく、きっと世界の中心に立って人々を湧かす、そんな英雄と呼ぶにふさわしい人物。

 だけど、彼の噂は、私が5年間も旅をしてきても何一つとして聞かなかった。


 正直、出会えなくて私の人生は終わってしまうかと思っていた。

 実際、私が持っている手がかりは、ユニクの写真が映った一枚のカードだけで、これを頼りに探すのは無謀だったと思う。


 それでも、私はきっと上手くいくと信じたかった。


 父も、母も、妹も、居亡くなってしまった・・・・・・・・・・この世界で与えられた、神からの神託。

 ならばこそ、きっと神の導きによって、上手く行くのだろうと思う事にしていたんだ。


 ――そして、今日。この日から私達は始まる。

 出会いの思い出は大切で、いつでも思い出せるように、今日というこの日をここに記す。

 三日後でも、一ヶ月後でも、一年後でも、十年後でも、鮮明に思い出せるように。



 **********



 大型危険生物の討伐依頼を受けた私は、近隣の村を探すために山岳の上に立った。

 その目的は情報収拾。こういった地味な手間を省くと後でトラブルになる。


 直ぐに村を見つけ、どのくらいの規模か確認をしていた時、薪割りをする少年が目に付いた。

 斧を振り回している少年の緋色の髪。

 普通ならば見慣れないはずの色合いの髪は、私にはとても見慣れた色だった。


 慌てて召喚魔法を発動し、一枚のカードを取り出す。

 それは、神託と共に届けられた魔法が掛けられたカード。

 一定間隔で現在の『ユニクルフィン』の顔が写し変わるこの魔導具こそ、私が持っている唯一の手掛かり。

 それと目の前の少年を見比べて、何度も何度も確認した。


 胸が高鳴った。

 声も、身も、震えた。


 『やっと見つけた』という、安堵と高揚感。

 『見つけてしまった』という、不安と焦り。

 ごちゃ混ぜの感情の中、気が付いたら、私は村の入り口に転移していた。


 私が村の門をくぐったその瞬間、高齢のおじいさんが声を掛けてきた。

 話しをしている時間なんてない。何処かに行って欲しい。

 そう思いつつも始まってしまった話は長く、この人はこのナユタ村の村長だということが分かった。


 ならば、ユニクを呼び出して貰うのが早い。たとえ脅してでも、ユニクを呼んで来て貰おう。

 気持ちが高ぶっていたので物騒な事を考えてしまったけれど、結局、実行に移す事は無かった。

 まるで導かれるように、ユニクが姿を現してくれたのだ。


 優しそうな顔立ち。

 魔導具で何度も見ていたけれど、目の前で動くユニクの仕草はイメージのまま、合わせて発せられる声はさらにそのイメージを加速させた。

 ……かっこいい!ちょっと優しげであるのも、すごくいい!!


 本日二度目の感嘆に打ちのめされて声を出せないで居ると、ユニクの方から話し掛けてくれた。

 しかし、村長の声と被さってしまった。

 そして村長は私に問いかけた為、つい、村長の方に返答をしてしまった。


 暫くの問答。

 私としては早くユニクとお話がしたい。でも、中々切り出せず村長の話が続く。……もどかしい。しかも、村長はわざとやっている。

 一瞬、口封じをしようかと頭を過ったとき、私とユニクの声が重なってしまった。


 これでは人の事を言えないと苦笑しかけたとき、凄い暴言がユニクに放たれた。



「まだまだ未熟過ぎて、ケツから溜め息が出そうになるわい」



 今思えば、これはブラックジョークだったと言える。

 私の愛読書にもよく出てくる言い回しだし。


 でも、感情が高まっていた私は村長を威嚇してしまった。

 結果的に調子に乗っていた村長は止まり、ユニクから感謝された。良しとしよう。


 そんなやり取りの後、いきなりユニクが狩りに行くとか言い出した。

 しかも、狩りどころか、村の外に出るのも初めてらしい。

 私は総合的な防御魔法と索敵魔法を混ぜたものをユニクに掛けて様子を窺う事にした。


 ……だって、ユニクのレベルは100ぽっち。

 想定を越えるどころか、大きく下回って地面にめり込むレベルの低さ。

 どうしたらこんな事になるというの……?


 私の困惑をまったく感じていないユニクは直ぐに出発し、レベル200のタヌキに遭遇。

 顔は真っ青。体は汗でビショビショに濡れている。

 いきなり自分のレベルの2倍の獣が出てきたのだから、当然だと思う。


 全力で悲鳴を上げ、タヌキを威嚇するユニク。

 それに吃驚して暴れるタヌキ。

 ハッキリ言って、タヌキをあそこまで興奮させたら獲るのは難しい。


 でも、ユニクなら状況を打破してくれると思った。

 ……結果的に状況を打破したのは乱入した蛇、それと追加で現れたタヌキの群れだった。


 一目見て分かった。ユニクに勝ち目はない。

 手前の4匹のタヌキは運が良ければなんとかなる。

 だけど、奥に居た奴は無理。ユニクのレベルじゃ瞬殺される。


 ここでふと、疑問が湧いた。

 レベルが足りない事など分かりきっていたはずなのに、なんでユニクは森に一人で行くと言ったのか?

 必死に逃げるユニクを追いかけながら考えてみたけど答えが浮かばす、何か知ってそうな村長に聞く事にした。


 そして、村長からの説明。

 村長は、ユニクのレベル認識を歪ませていたという。

 だけど、私は『他者のレベルを偽る』魔法を知らない。

 高位な魔導師の私でさえ知らない魔法が有るとは考えづらい。

 これは前に魔法図鑑で調べたけど、見た記憶が無い。


 ……ならば、怪しげな魔導具を使ったのかと納得した。

 魔導具ならば、魔法よりも複雑な効果を及ぼすものが有る。

 値段はそこそこするはずだけど、人の懐事情など知らないし魔導具でしか説明が出来ない。


 大体の事情を把握し、村長に問いかけたら「だって面白そうじゃろー」との答え。

 ひとしきり村長とユニクが喧嘩をしているのを眺めていたら、ユニクが落ち込んでしまった。

 慌てて、ユニクをはげました。

 勇気を出して頭を撫でてみた。もふもふしてた!


 それから、お互いに自己紹介をして、しばらくの談笑。

 私はよく無愛想だと言われる。言葉の切り口が鋭いらしい。

 そんなことを思い出し、語尾を柔らかくしてみようと頑張ったが中々うまくいかず、ぎこちなくなってしまった。反省したい。


 さて、どうやってユニクと一緒になろうかと思っていた矢先、近くの池のウナギが話に上がった。


 どうやら、ユニクはあのウナギを皇種だと思っていたらしい。

 最初は吃驚したけど、今となっては笑い話にもならない。

 あの程度のランク3の生物なんて、そこら辺に沢山いる。

 本物の皇種を見せてあげたい。きっと腰を抜かしてしまうかもしれない。ちょっと楽しみ。


 そして、そのウナギを使って私のパフォーマンスをすることにした。

 通常ならば、雷光槍サンダースピア魔王の右腕デモンライトで滅多刺しにして倒すと思う。


 でも、せっかくなので、私の使用できる最大級の魔法を使用した。

 私の尊敬する人物が得意とするらしい雷系最強クラスの魔法。雷人王の掌ゼウス・ケラノス

 超広域殲滅魔法にして、一度使われれば、そこが歴史の展開点になると言われるほどの魔法。それをユニクに見せた。


 結果は上々。綺羅びやかな空と派手な閃光を見たユニクは目を白黒させて、口をポカンと開けていた。ちょっとかわいい。


 この魔法は、私よりも遥か先を歩いているだろうユニクに認めて貰うために、無理をして手に入れた魔法。

 ちゃんと役にたったし覚えておいて良かったと思う。


 でも、その魔法の衝撃映像はユニクにはキツすぎたらしい。

 あの後あまり会話は弾まなくて、村に着くなり、「ふはは、おれ、ねるわ」と言い残し自宅に戻ってしまった。



 **********



 彼との出会いは、このような所で締めくくった。


 静かな部屋でこの日記を書きながら、次のページにでも予定を立てておこう。

 明日が、全ての行く末を決める勝負どころになるのだから。


 そして、その目的を果たす為に、私は……ユニクに嘘をつく。


 神からの神託。

 いや、私自身の願いを叶えるために嘘をつく。これからも、きっと。

 だけれど、 こんなことが有ったねなんて、二人で笑える日が来て欲しい。


 そのために私は―――





 ここで、日記は途切れていた。

 すうすう、と日記の上で寝息を立てる少女は年相応よりも、ちょっとだけ幼い。


 リリンサ・リンサベル。


 この少女リリンサだけの冒険はここに終わり、そして、少年少女たちユニクとリリンの冒険は、この瞬間から始まったのだ。

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