第10話「エピローグ・アンバランス」

「あーあ、ユニくん行っちゃったなー」

「そうじゃな、これでワシらの神託・・も晴れて完了ということじゃ」



 ホウライはふむ、と鼻をならし、流麗な動きで空間から湯飲みを取り出して茶をすする。

 その動きは一切の無駄がない、長き時を経て完成されたものだ。



「しかし、レラよ、リリンちゃんを引き留めようとしたり、雨を降らして足止めしたり、何がしたかったんじゃ?」

「……。お師匠には分かんないだろ。良い装備を用意してあげたいっていう、姉御心あねごころなんて」


「まあ、ワシは男じゃしのー」



 年寄りめいた笑い声を口から漏らしながら、ホウライはレラを眺めている。

 それを受けながら暫く沈黙していたレラは、やがて諦めの悪い表情で溜め息を吐くと、ポツリと呟いた。




「5年も面倒を見て来てさ、いきなり、ぽっと出のリリンちゃんにユニくんを取られたみたいで、ちょっと悲しいかな、なんて……」

「あぁ、ま、その気持ちは分からんでもないのう。しかし、レラよ」


「私だって分かっているさ、しょうがない事だってね。でも、油断してたんだよ私は。今になってちゃんとした装備すら用意してあげられないもどかしさとか、色々含めて、ちょっち悔しい」



 そう言葉を発しながら、レラは空気の中におもむろに手を突っ込んでまさぐる。

 そして空間から取り出されたのは、透き通るような黒と赤の映える美しい剣だった。


 その剣は、現れただけで空気が緊張するほどに圧倒的な力を鼓舞し、その畏怖を感じ取ったのか、周囲で鳴いていた動物達が一斉に鳴き止んだ。

 訪れた静寂を破ったのは剣の持ち主、レラだ。



「いっその事、この『レーヴァテイン』をあげちゃおうかと思ったくらいだよ。この剣ならグラムにも劣らないし」



 レラの言葉を聞いたホウライは、「はぁ」とタメ息を付き、鋭い眼光を向けた。

 その強すぎる圧迫感にレラは後ずさるも、ホウライの追及が止む気配はない。



「レラよ、お前さんの今の職業は何じゃ?」

「ん、剣士」


「剣士が剣を捨ててどうするんじゃ、このバカ弟子が」

「いくらなんでも冗談だよ。でもさぁ、お師匠だっていつも言ってただろ、剣に頼りすぎるなって。レーヴァテインが無くても、私はお師匠に初めて貰ったヤツまだ持ってるし」


「たしか、そこらに落ちてた、ひのきの棒じゃったかな?」

「枯れ枝を武器だと言い張れるのは、お師匠ぐらいだと思う……」



 このボケ老人に付き合ってても良いこと無いな。

 そう判断したレラは、唐突に息を吸い込み始めた。

 そして、さっぱりとした朝露混じりの空気を震わせ、心の中に燻ぶる想いのほんの一部分を声に出し、叫ぶ。



「ユニくーん!達者でねーー!」



 レラの叫びは山嶺にて木霊し、深緑が彩る森に響いた。

 その声は、誰かの心に届いたのだろうか。

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