第9話「旅立ちの日」

「青春しとるのうー」

「だねー。くぅ、お姉さんもそんな甘酸っぱい青春したかったなー」



 村長じじぃの野次にレラさんまで参加し、俺達をなじってくる。

 リリンはちょっと気恥ずかしそうに俯いていているものの、いつものクールな表情は崩していない。

 流石レベル48471の魔王様。この程度じゃ動じないようだ。


 俺は、リリンと旅に出る。

 その先でどんな事が待ち受けていたとしても、必ず乗り越えてやるぜ。

 ……そしてレベルを上げた後、『奴』をこの手で狩る。

 ウマミタヌキ。俺は必ずお前を……倒すッ!!



「さて、それじゃユニク。今から急いで旅支度をしよう。出発は明日の早朝だよ」

「「ちょ、早ッ!?」」



 いやいやいや、早すぎるだろ!?

 もうちょっとじっくり準備したいんだが!!


 ふいにリリンから声をかけられ、思わず声が漏れた。

 どうやら俺と声を合わせたレラさんも同じ考えで、「ちょっと待って!」と狼狽えている。



「ちょっ、いくらなんでも急すぎでしょ!お姉さん吃驚ビックリだよ!!ユニくんは旅、初めてなんだよ!?」

「問題ない。私は旅馴れしている。それに、私の異次元ポケットは衣・食・住すべてに於いて満たされている。入ってないのは男性用の下着くらい」



 そう言いながらリリンは何処からともなく水筒を取り出して、チャポンと鳴らした。

 村長じじぃが、「ほう……」なんて意味ありげに頷いたのを無視して、昨日から気になっていた事をリリンに聞く。



「リリン、その何も無いとこから水筒やら斧やら、どうやって出してるんだ?」

「これ?これは、空間魔法の一種で異空間に物を保管する『異次元ポケット』という魔法。すごく便利」



 異次元ポケット……?

 なんかすごく高レベルっぽいんだが?

 なにせ、名前に異次元ってついてやがる。

 文字通り、俺とは魔法技術の次元が違うんだろう。


 俺が困惑していると、リリンはおもむろに水筒を手放した。

 そのまま地面に落ちてしまうと思ったが、シュパリと音を立てて、水筒は空気の中に消える。

 どうやら、水筒をその異次元ポケットとやらに収納したらしい。


 ……うわぁ、凄い便利そう。

 昨日の煌びやかな魔法にも心魅かれるが、そういう便利系の魔法も是非覚えたい。 



「へぇ、便利そうだな。その魔法、俺にも使えるかな?」

「無理」



 ……まさに即答。一瞬の躊躇もなく断言されてしまった。

 ちょっとだけ悲しい。



「そっか、無理なんだな……」

「……。今すぐには無理ということ。この魔法は、過去の大魔導師が制作したとされる『異次元』に常に接続し続けなければならない。接続が切れた瞬間に再接続は不可能となり、中に保管していたものは異次元に流されて二度と戻ってこない。繊細な魔力コントロールには訓練が必要」


「練習次第では出来るかもしれないんだな?やることが多くて旅が楽しみだぜ!」



 そんな俺達のやり取りを不機嫌そうに眺めていたのはレラさんだ。

 たまに村長のみに見せるその顔は、いたずらに失敗した子供みたいに頬を膨らませている。



「そりゃ、異次元ポケットあれば楽チンだけどさ、そんな急に旅立たなくても良いんじゃない?一ヶ月ぐらいゆっくりしていきなよ!」

「善は急げ、思い立ったが吉日と昔から言う。それにこの村では旅の道具を揃えることが出来ないから、いつまで経っても旅が始まらない」


「そうだけどさー」



 レラさんは俺の事が心配なようで、もう少しゆっくり準備をした方が良いと言っている。

 確かにその方が良いとは俺も思う……んだが、今すぐにでも他の町に行ってみたいという気持ちも強い。


 そして、ほんの少しリリンとレラさんが口論していると、様子を見ていた村長じじぃが喋りだした。



「レラよ、リリン様が旅立ちを希望されている以上、ワシらは応援してやるのが筋ってもんじゃ。諦めい」

「むぅー」



 ぷくっと頬を膨らませたレラさんを見て、俺はふと気付いた。

 そっか……。俺達が旅をし始めたら、レラさんと会えなくなっちまうんだな……。


 ほんのりと寂しい気持ちを抑えつつ、俺はリリンと旅支度をするために自宅へと戻った。



 **********



 翌朝、日が昇る前に俺は目を覚ました。


 リリンが言うには、朝日が登る時間帯に旅に出るのがセオリーなのだそうだ。

 いつもなら後20分もしないうちに朝陽が登るという時間帯に目が覚め、手早く準備をしようとベッドから起き上がる。

 そして、状況を確認するべく窓を開けた。



 ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!



 …………。ものすっごい土砂降りの雨が降っていらっしゃる。


 ザアザアという擬音ではなくズゴゴゴッ!という派手な打撃音は、家々の屋根を雨が激しくブチ叩く音だ。

 なんだこれ。こんなん初めて見るんだが?

 あ、すげぇ。突風が渦巻いて竜巻に進化しやがった。

 おぉ!?雷が直撃。竜巻が木っ端微塵に吹き飛んだ。


 …………。こりゃ無理だな。

 思い立ったが吉日というが、これじゃどうしようもない。


 俺は、モゾリと毛布をかけ直し、再び、寝た。



 **********



 さらに、翌日。



 俺はリリンと合流し、村の入口へと向かう。

 外は雲一つない快晴で、村の入り口にはレラさんと村長じじぃが小包を抱えて待っていた。



「ユニクよ、旅立ちの時じゃな」



 いつになく真剣な面立ちの村長じじぃが声をかけてきた。

 朝陽に照らされた額が、眉毛の辺りに張られた絆創膏ばんそうこうを目立たせている。


 ……ん?絆創膏?

 そんなもの一昨日は付けていなかった筈だが?



村長じじぃ、その額はどうしたんだ?」

「……。昨日レラにやられたんじゃよ。ユニク、それに、リリン様。お前たちは喧嘩などするんじゃないぞ?」



 レラさんは村長じじぃに一発入れたってことか。マジかよ、すげぇ……。


 だけど、よく考えてみればレラさんだって今の俺の35倍強い。

 レベル7000のレラさんとレベル9900の村長なら、いい勝負をするんだろう。



「大丈夫。ユニクと私が喧嘩するなんてありえない」

「もちろんだぜ!」

「そうじゃのう。今のままじゃ喧嘩にならんのうー」



 ……ぐぅ!痛い所を突きやがって!!

 分かってんだよ!そんな事は!!


 俺は、リリン達がいる高みに早く追いつきたい。

 轟々という凄まじい雨音を聞きながら、昨日、俺はそんな事をぼんやりと考えていた。

 そうして出た答えは、今まで守ってくれていた村の皆よりも強くなって、いつの日にか宴会でも開きたいというものだった。


 タヌキの捕り方や料理の仕方を話のタネにして、本音で語り合いたい。

 くだらないことで笑い合ったり、喧嘩したりできたなら、きっとそれは幸せなことだ。

 その過程で村長じじぃに拳を叩き込めたら、さらに幸せだ。


 ……だから俺は強くなろう。

 そして、俺とリリンと村長じじぃとレラさん、俺を守ってくれていたこの村の皆で、いつの日にか必ず宴会を開く。

 当然、その宴会は俺のおごりだ。

 冒険者になって、お金を稼いで。

 そして宴会でも開いて、『今まで守ってくれてありがとう』と改めてお礼を言いたい。


 リリンと出会って、目標が山積みになっちまったな。

 ……頑張ろう。



「村長。3日間という短い間だったけど世話になった。ありがとう」

「いやはや、リリン様から謝礼を頂けるとは光栄の極みですじゃ。これからは旅をなさるということですが、近くに来た際には、ぜひお立ち寄りくだされ」



 村長じじぃの全力の営業スマイル、再び。

 おい、いつもの殴りたくなる顔はどこいった?

 近所に住む孫娘へ向ける笑顔みたいな顔しやがって。



「レラさん。お料理、御馳走様でした。またいつの日にか食べに来てもいい?」

「もちろんだよ!いつでも腕によりをかけて作るからね!」


「二人ともありがとう。その時を楽しみにしている」



 そうして、手短に挨拶を済ませたリリンは二人に向かいコクりと頭を下げ、スッと俺の後に身を隠す。

 次は俺の番ということだろう。


「別れの挨拶は、旅の始まりのしるし」。

 昨日の夜、旅装の最終確認をしていたリリンが言っていた言葉だ。

 俺はその言葉を思い出しつつ、村長じじぃと向き合った。



村長じじぃ……。いや、村長そんちょう。世話になったな。素性もよく分からない俺を守ってくれたのはこの村だった。言ってしまえば村長が守ってくれたも同然だ。感謝しています」

「ほっほ、らしくないのう。いいか、ユニクよ、着飾るでないぞ。お前はお前らしく生きれば良いのだ。自身の価値観を大切にするが良い。人生を楽しむというのはそういう事なのじゃよ」



 いつもとは全く違う、村長の言葉。

 強めの口調で叱責しつつも、少しだけ優しさが感じられるその言葉を聞いて、俺の中の想いが一層強くなった。

 そして、村長は小包を俺に向けて差し出した。



「この村に伝わる秘伝の書じゃ。この書には、この村の存在価値が問われるほどの重要な術が記載されておる。持って行くが良い」



 ぐっと押し付けられたその小包は、見た目以上の重さに感じられた。



「……大切にします。ありがとな、村長じじぃ!」

「ほっほ、それでいいのじゃ」



 そして、村長じじぃは後に下がった。

 必然的にレラさんと俺が対峙するような格好となる。

 次はレラさんの番だ。



「ユニくん、レベル100になったのにおめでとうって言ってなかったね。おめでとう」

「ありがとう、レラさん。俺さ、実はレラさんに憧れてた。いつも笑ってて楽しそうで自由に生活してて、あんな風になりたいって憧れていたんだ」



 俺の口から出た言葉は、いつも思っていた事だった。

 きっとレラさんという目標が有ったからこそ、俺は頑張って来れたんだと思う。


 だが、俺の想いを口にした瞬間、ほんの一瞬だけレラさんの表情に影が差したように見えた。



「……ユニくん。そんなツマラナイことを言わないで欲しいな」

「えっ」



 レラさんからの言葉は思いもよらないものだった。

 確かに影が差している顔は、俺が初めて見る表情だ。



「ユニくんはさ、もっと楽しむべきだよ。私なんかの人生なんか目標にしちゃダメだ。私よりも……素敵で、愉快で、綺麗で、気楽で、穏やかで、情熱的な、そんな人生を送って欲しいん。目標はより高く、そんな人になって欲しいんだ」



 レラさんは複雑な心境をごちゃ混ぜにした、そんな表情をしていた。


 レラさんの家族はこの村にいなくて、一人で住んでいる。

 だけど、どうして一人なのかと俺は聞いたことがなかった。

 毎日輝く笑顔の下には複雑な事情があるのかもしれないと、朧気ながら分かっていたんだ。


 そして今も、俺は聞く事が出来なかった。

 俺には、力が無いからだ。


 今の力の無い俺には、どうすることも出来やしない。

 だから俺は――、



「レラさん、俺は強くなって帰ってくるよ。その時には必ずレラさんの悩み事を聞く。もう二度とそんな顔はさせないからな!」



 俺は強くなる。

 レラさんよりも、村長じじぃよりも、リリンよりも強くなって、まとめて皆の悩みや相談を解決しよう。



「えっ、あ、うん、そうだね!楽しみにしてるかなーなはははーおおっと、そうだった!」



 ……あ、あれ?

 レラさんがなんかビミョーな顔をしているんだけど、なんでだろう?


 何かが引っかかった気がしている内に、レラさんは小脇に抱えていた包みを拡げて見せた。

 そこに有ったのは翠色の宝玉が嵌め込まれた綺麗な腕輪。

 一目見ただけで高価なものだと見て取れるほどに輝いている。



「レラさん……?これは?」

「これは、お姉さんが昔使ってた腕輪でね、七項宝珠しちこうほうじゅという凄い石が嵌め込まれた腕輪だよ!ユニくんに使って貰いたくて持ってきたんだ!これしか用意できなくてごめんね!」



 レラさんは、自信の言葉とは裏腹に「ふふん!」と自慢気に鼻を鳴らして腕輪を俺に付けてくれた。

 その笑顔は先程の湿っぽい空気など無かったかのように、すごく晴れやかなものだ。


 そして、一連のやり取りを後ろから見ていたリリンが腕輪に興味を示し、口を開いた。



七項宝珠しちこうほうじゅは、不思議な特殊効果がある。たとえば、私のこの『星丈―ルナ』に嵌め込まれている魔石も七項宝珠であり、効果は魔法の拡散と収束。その七項宝珠の効果は何?」

「んー効果はねー、美容と健康。対象者の新陳代謝を活性化し、体調を万全に整える!あ、肩こり腰痛にも効くよ!」



 なんじゃそりゃ!温泉かよッ!?

 俺じゃなくて、村長じじぃが着けた方が良いんじゃないのか?

 健康に自信のある俺はイマイチこのありがたみが分かっていなかったが、リリンは「素晴らしい物を貰った。ユニク、この腕輪は必ず着用するようにしてて」と絶賛している。



「さて、ユニク、旅立つ前に私からも装備を譲渡したい」



 一通りの挨拶も終り、いざ出発かと思いきや、リリンが俺に話しかけてきた。

 どうやらリリンも、俺に何かくれるらしい。

 何をくれるんだろうか?

 もしかして、あの銀一色で作られた精巧な斧か?


 わくわくしながら待っていると、俺の目の前に突然、複雑な魔方陣が浮かび上がった。



「《……幾千の刃を重ね合わせたとしても、この一振りに到達する物など在りはしない。神をも穿つとされた破断の刃よ、今ここに顕現せよ。サモンウエポン=神壊戦刃しんかいせんじん・グラム》」

「何だ……これ……?」



 俺とリリンの目の前に召喚されたのは、白銀の刃に真紅のフレームが象られた美しい大剣だった。

 吸い込まれるような輝きを放つ刃と柄がこの大剣の力を表しているようで、触れるのも躊躇わせるほどだ。

 俺がその美しさに驚愕していると、別方向からも驚愕の声が上がった。



「なんと!グラムじゃとぉぉぉ!?こりゃあ、たまげたわい!」

「ちょっ、リリンちゃん!こんなの人にホイホイあげちゃうような剣じゃないんだけど!」



 村長とレラさんからの抗議の言葉なんて露知らず、リリンは俺に大剣を差し出した。

 リリンは、自分の身長とほぼ同じ大きさのグラムを迷わず手に取り、その柄を俺に向けてから口を開く。

 


「ユニク、この神壊戦刃・グラムは数多の皇種を葬ってきたとされる伝説級の剣。ユニクに喜んで貰おうと入手した世界最高峰の一振り。受け取って欲しい」

「お、おう」



 え?えぇー。こんな凄そうなもん俺にくれるのか?

 昨日まで斧を振り回していた俺には、ちょっと荷が重すぎるんだが?

 というか、何kg有るんだよこの剣。

 刀身から持ち手までで150cm程もあるとか、相当だぞ?


 俺は、恐る恐る向けられているグラムの柄を握り、浮遊状態から引き抜いた。

 ……軽い!

 えっ、この剣、俺の愛用の斧と同じ位の重さなんだけど!!



「軽さに驚いた?それは、この剣に内蔵された機能の一つ。使用者の手に最も馴染む重さに自動で調整されるというもの」

「すっげぇな……これ」


「まだまだこの剣には秘められた力がある。後で練習しよう」

「お、おう、と言うか、こんな高価そうなもの貰っちまっていいのか?」


「うん」



 ……いや、どう考えてもプレゼントにしちゃ凄すぎるだろッ!?


 これにはレラさんも同意らしく、首を横にブンブンと振っている。

 しかし、リリンは想定内だったのか、用意してあったかのように解答を並べてきた。



「ユニク、装備というものは値段で選ぶものではない。使いやすさ、機能、強度や硬度、手入れのしやすさなどの性能面で選ぶべき。後から付けられた値段など大して参考にならない」

「……お、おう」


「通常、剣は手に馴染ませるもの。しかし、この剣は初めからユニクの手に良く馴染む。ならば遠慮なんていらない。思う存分使って欲しい!」



 俺はあっという間にリリンに看破されてしまった。

 そして、俺と同じ意見を持っていたレラさんは、頬を膨らませながら村長に抗議している。



「ほらなー村長!やっぱり七項宝珠の腕輪なんかじゃ霞んじゃってるじゃん!もっと良い装備用意してあげたかったよ!」

「はっ、グラムが出た以上、何を出しても無駄じゃわい」



 えぇー、この剣どんだけ凄いんだろうか……。

 そんなやり取りを眺めていると俺の袖口がスッと後ろに引かれた。



「ユニク、そろそろ行こう」

「あぁ」



 俺は朝露の混ざる空気をできるだけ吸い込み、内に秘めた決意と共に、声を吐きだした。



村長じじぃ!レラさん!行ってきます!」

「おぉ、頑張るんじゃぞ」 

「ユニくん、元気でね!」



 いろんな思いを込めた別れの言葉を告げた俺は、リリンと共に歩き出す。

 さあ、俺たちの冒険は、これからだ!!

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