第8話「神託の告白」
「青春しとるのうー」
……おい、
とても良い雰囲気なんだから邪魔すんな。隅っこの方でウナギでも食ってろッ!!
この村長は俺をからかう事に対して全くぶれる事の無い鉄の意志を持っている。
いつもの事だが、今日は三割増しで腹が立つ。
だが、無力な俺にはどうすることも出来ない。
なにせこの村長は、妖怪じみた気持ち悪い動きをする。
俺が殴りかかったのに、次の瞬間には逆に張り倒されているなんて良くある事だし。
だから、俺が出来ることは自分の不甲斐無さを認め、ただただ学ぶ事だけだ。
動物の狩猟の仕方や山道の歩き方。
世界の常識と世界の情勢。
生きるために必要なこと。本で得た知識を
……そして、魔法。
リリンがウナギに放った雷撃の魔法。
出来る事なら、俺はあの魔方陣に埋め尽くされた煌めく
一目見た瞬間に心を奪われ、そして、悪夢だと思う程に憧れたからだ。
きっとこの道は険しい。30mのウナギを爆裂させるのが簡単な訳が無い。
だけど、あの美しい光景が手に入るならば、俺はどんな屈辱にも耐えてみせる!
ちょっとの事じゃ挫けないぜ!!
「ということで、リリン。まずは何からーー」
「いやはや、若いというのは良いですのう!……しかし、リリン様。人を育てるというのは、それはそれは大変な事なのですじゃ。才能がある者を選び出し万全に教育したとて、思い通りには育たない」
「ちょ、おい、村長ッ!!」
「ましてや、不安定機構の幹部たるリリン様と不熟なユニクとでは、結果は見えているようなもの。将来が有望なアナタ様の人生を賭けるような事なのですかな?」
村長はお茶らけた雰囲気で、その言葉を吐いて捨てた。
でもこの、俺に言って聞かせるような小馬鹿にした物言いは理に叶っていることが多い。
事実、俺を育てるのはリリンにメリットが有る様に思えない。
仲間が欲しいなら、既に能力が高い奴をスカウトすればいいからだ。
村長の言葉でリリンの気持ちが変わってしまうかも知れない。
でも、俺に優しくしてくれたリリンに迷惑はかけたくないとの思いが、訂正の言葉を発するのに歯止めをかけてしまった。
しばらくの沈黙。
やがてリリンは静かに口を開いた。
不満と不審をたっぷりと含ませたジト目で村長を見やり、纏っている雰囲気を魔王様へと一変させる。
「……は?何を馬鹿なことを言っているの?私のちっぽけな人生を賭ける価値が、ユニクには無いと言いたいの?」
「い、いえ。そのような事は言っておりませんですじゃ!」
「じゃあ何が言いたいの?あんまりふざけた事を言うのなら……容赦しない」
チリリと空気が軋む。
リリンから発せられたその言葉ひとつで、場の支配者は村長からリリンへと移り変わった。
何となくヤバそうな雰囲気を感じ取り、俺は背筋を伸ばして直立不動の姿勢を取る。
村長も……。って、変わってないな。
良く考えてみれば、村長の背筋はいつも真っ直ぐだ。結構な歳だというのに。
「村長。アナタは知らないだろう。けど、ユニクには私の全てを代償にしてでも育て上げる価値がある」
「……ほう?なにか訳ありですかな?」
「ユニクは、かの有名な英雄『ユルドルード』の一人息子。それに、不安定機構から世界を救うと予言された存在。そして……私の神託の対象者」
「なんと!あの色々と有名なユルドルードの息子じゃと!?そして『神託』とは……。ならば儂なんぞが口を出すのは過ぎたことですな。失礼しました」
英雄ユルドルード?誰だそれ?
だが、ちょっと聞ける雰囲気じゃないので、いったん保留にしておこう。
強い眼差しと言葉に気圧されて、村長は黙り込んでいる。
リリンは冷徹な表情で村長を一瞥すると俺に視線を向けて、「心配は要らない」と一言だけ付け加えた。
……だけど、村長はまだ引き下がらない。
「じゃが、一つだけ聞かせて欲しいのですじゃ!リリン様に授与された神託とはどのようなものなのですじゃ?一字一句、全て教えて下さいませんか?」
だからなんだよ!!『神託』って!?
って、そういえばそんな話を村長から聞いた事があった気がする。
不安定機構は世界の人々を幸せにする為に、『勅令』と『神託』という二つの命令を下す事があるらしい。
だが、それがどういった物なのかまでは聞いてない。
そして、それに俺が関わっているというのも、まったく話が見えて来ない。
俺が有名な英雄の息子?
神託によって、俺とリリンは旅をする?
ここにきて分からないことが増えてゆく。
でも、動じてはいられない。まずは、分からないことに質問をするべきだ。
「なぁ、リリン。その神託ってのはなんだ?」
「神託というのは、『神が望んだ、世界を存続させ続けるための条件』だと言われている。不安定機構に属する者は、時折この神託を授けられ、人生をかけて挑むことになる」
「その神託にリリンは選ばれたってのか?」
「そう。そして、神託には現代においてたった一人しかいないとされている英雄の息子として、ユニクの名前が示されていた」
そんな大層なものに俺の名前が………?
そもそも、俺は英雄というものをよく知らない。
話の流れからすごい人だってのは分かるが、いきなり俺の親だと言われても反応に困る。
まあ、悪い人ではなさそうなので、別にいいか。
そこまで親に思うことがあるわけでも無いしな。
そしてリリンは俺の軽い気持ちとは裏腹に、荘厳な口調で村長の質問に答えるべく、口を開いた。
「私に授与された神託は以下のような内容だった。『
……あ。噛んだ。
ちょっとだけ格好つけた喋り方をしたせいで、噛んでしまったらしい。
リリンはほんのり赤くなった頬っぺたを隠すように、早口で言葉を続けた。
「『私、リリンサ・リンサベルは英雄・ユルドルード実子、ユニクルフィンとこの世界を旅し、いずれくる世界の厄災に備えよ!』」
いずれ来る厄災に備えるために、俺とリリンが旅をする?
つまりリリンは神託を達成する為に、俺を探していたって事か……?
「これが私に授与された神託の全容。英雄と呼ばれた男の息子に遣える。それは、身に余るほどの重圧が私にはあった」
「ほう、それは?」
「……力が足りず役立てないかもしれない。私なんかいらないと、拒絶や侮蔑をされるかもしれない」
……ウナギを爆裂させられるのに力が足りないって事、ある?
拒絶や侮蔑をされるかもって、そんな度胸は俺には無い。
「そして、出会えないかもしれないと、出会ったときには遅く、私の居場所は無いかもしれないと不安で押し潰されそうになった。……でも、それは杞憂となった。だからね」
だからね、とリリンは俺に向かい合って言葉を続けた。
真っ直ぐに俺を見つめる瞳は、一切の曇りの無い綺麗な輝きを放っている。
「私は、五年という年月の冒険を経て、この瞬間にユニクと出会えたのは運命だと信じたい。たとえ、始まりは神託という他者の意志だったとしても、今のこの気持ちを大切にしたい」
すぅ、と息を吸うように、リリンは言葉を重ねた。
俺に向け手を差し出し、良く響く鈴の音のような声を発する。
「ユニク、私と旅をして欲しい。きっと世界に行けば輝く未来が待っているから、一緒に冒険をしに行こう」
……分かっていた。
リリンには何か理由があって、俺を誘っているのだということは分かっていたんだ。
善意だけで他人と旅をするなんて本の中の出来事だけで、誰かの思惑が暗躍し、利益を得ようとしていることなど想像がついていた。
だが、そんなことは、どうでもいい。
俺は、俺のことを探していたというリリンの想いに答えなければならない。
「……リリン。俺さ、大して強くもないし頭が良いわけでもない。足手纏いにしかならないかもしれない。でもさ、リリンの言葉を聞いて一緒に冒険が出来たらいいなって思ったんだ。だから、俺を冒険に連れていってくれないか」
頼む、そう付け加えて俺はリリンの手を握り返した。
再び触れあった手は温かく、心地いい。
こうして俺達は、一緒に旅をする事になったのだ。
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