第7話「旅に出ようと」
「ユニくーん!ご飯の準備できてるよー!」
俺達を出迎えてくれたのは、我らが村の最高の料理人にして俺の家の隣家に住む、"自称ユニクのお姉さん"こと、レラさんだ。
容姿端麗、質実剛健。
性格美人、家事完璧。
その非の打ち所の無い容姿に加えて、気前の良い性格と高い家事スキルを備えたレラさんはこの村の『守護神だ!』と崇められ、趣味特技『日向ぼっこ』と公言するナユタ村の老獪連中から崇拝されている。
そんなレラさんは、今日も今日とて、香ばしい匂いを漂わせながら広場で料理を作っていた。
匂いから察するに、今日のメニューも期待できそうだ。
だが、そこにたどり着く為には試練があるらしい。
……ウナギよ。そんな濁った眼で俺を見ないで欲しい。
お前を殺った上に串焼きにして美味そうに食ったのは俺じゃない。こっちの理不尽系爆裂少女だ。
俺は地獄の底から白く濁った目でガンを飛ばしてきているウナギの前をそそくさと通り過ぎた。
もちろん、目を合わせるようなことはしない。
目を合わせた瞬間に噛みつかれて、地獄の底に引きずり込まれそうだし。
「おはよう、レラさん」
「ん、おはよう!ってもうお昼だけどねー!なはははー」
レラさんは挨拶を返しつつも、真剣に
そして、調理の炎に照された翠色の瞳が輝いた瞬間、レラさんは「よしっ!」と小さな声を発し、
「うん!良い焼き上がりだね!」
取り出された鉄のプレートの上にあるのは、赤褐色に輝く円形のタルト。
中心の赤いジャムが弾ける度にフワリと香ばしい匂いが広がるこのタルトは、村の中でも絶大な人気を誇る料理の一つ。
うなぎを美味そうに食っていたリリンも凄く気になるようだ。
そしてタルトの香りを堪能したリリンは、直ぐにおねだりの視線をレラさんに向けた。
しかし、レラさんは人差し指を静止の意味を込めて立てる。
そう、この料理はまだ完成していないのだ。
「まだだ!まだ、終わらんよ!見よ!コレが最後のひと振りだ!」
定期的に食ってる俺はもちろん知っている。
この料理の本当の美しさを!
俺が内心で格好をつけている間にも着々と料理は進んでいき、レラさんの手から白銀砂糖が振りかけられた。
光を纏った砂糖がタルトに触れた瞬間、この料理は完成する。
ジャムの熱によりシュワリと弾け、結晶化した砂糖がタルトの中心に真紅の輝きを灯すのだ。
「ほい、完成!レラの特製イチゴタルトだよ!熱いから気を付けて食べてね!!」
「う、美しい……。いただきます……」
熱々のタルトを両手で持ち、「はふっはふっ!」とか言いながらリリンが頬張っている。
しっかりとした甘さと美味さを堪能しているらしいリリン。
その目尻には雫が光っている。
あーマジで美味そうに食うなー。
俺も一つ貰おうかな?
「さて、ユニくんはなに食べる? あ、ウマミバーガーもあるよ!」
「げ、タヌキは嫌だ!見たくもないッ!」
二つ目のタルトに差し掛かったリリンを放っておいて、レラさんは俺にも料理を勧めてくれた。
……が、ごめん、レラさん。タヌキは無理だ。
胃袋と精神が受け付けない。
俺の即座の拒否反応に対し、レラさんは首を傾げながらキョトンとしている。
本当にごめん、レラさん。タヌキは嫌いになったんだよ。昨日、喰われかけたから。
「ま、寝起きからタヌキバーガーはお腹に優しくないよね。じゃウナギの肝のお吸い物はどうかな?」
……
つーか、だんだん可哀想になってきたぞ。
肝まで食われているし。
まあ、そう思いつつも食ってやらねば捨てられるだけだ。
これも供養の一貫だなと思い直しつつ、レラさんにお吸い物の注文をした。
「それじゃ、お吸い物と麦パンを2つ」
「肝はマシマシで頼むのじゃ!」
うおッ!?びっくりした!!
いつから居やがった、
いつの間にか俺の横に
その右手には自前の箸が握られ、準備万端の様相で今か今かとお吸い物が来るのを待っている。
「はい、ユニくん。お肉多めにしといたよ!」
「あぁ、ありがとう」
「……村長?自分でやれば?」
「なんと……!」
明らかな態度の差にしょんぼりする
胃とか心とかその辺りだ。
さて、大分満たされて周りを気にする余裕も出てきたし、状況の整理をしよう。
①一昨日までは俺のレベルは99だった。なかなか強いんだと思っていた。
②次に、リリンが村に来るのとほぼ同時にレベル100になり、調子に乗った俺は村の外に出て……タヌキに殺されかけた。
③そして、俺は弱いんだということを知る。レラさんは俺の70倍、
④ウナギ爆裂。木端微塵になる俺の矜持と自尊心。
……。
ゆっくり考えてみても、状況が酷過ぎる。
というか、俺と同い歳のリリンのレベルが48471。
ならば、村の外の世界にはどれだけ強い奴がいるんだよ?
レベルとはすなわち『人生の経験値』。
レベルと戦闘力がイコールでないにせよ、ある程度は比例していくはず。
だとすると、レベルが200しかなかったタヌキは食物連鎖で最弱。
で、そのタヌキにすら勝てない俺は、どうすりゃいいんだ?
……薪割り?いやいや、効率が悪すぎるだろ。
レベル99から100になるのに2週間、つまり、12日かかったんだぞ?
タヌキに安定して勝つには倍のレベルが欲しい。
すると目標はレベル500だから、えーと、12日×300レベルは、3600日。
……なんてこった!10年だ! タヌキに勝つのに10年ッ!!
ウナギに至っては勝つのは不可能だぜッッ!!
「ユニク?」
「おーい、ユニくーんやーい?」
「あ、目が濁ってる。まだ、焼きウナギの目の方がきれいな色してると思う……」
「うわーこりゃ大変だ、しっかりしろー戻ってこーい。………………てやっ!」
おぉ……。ユニクルフィン。
タヌキに勝てないとは情けない……。って、ホントに情けなさ過ぎだろッ!!
現状を把握し、大絶賛・混沌中な俺。
だが、絶望に打ちひしがれている頭に鈍痛が響き、俺は正気に戻った。
「大丈夫?ユニク」
リリンが俺に視線を合わせながら声をかけてくる。
正直に言って、全然大丈夫じゃない。
知らない事が多過ぎてどうすれば良いのかまったく分からないし、ちょいちょい感じる理不尽で心が壊れそうだ。
……でも、もしかしたら、圧倒的なレベルと強さを持つリリンならば、どうしたらいいか知っているかもしれない。
勇気を出して聞いてみるか。
「俺さ、どうすればいいのかな……」
俺から出た声は、自分でもびっくりするくらい弱弱しいものだった。
今まで体験したことのない理不尽と、それに対応できない不安があるからだ。
その問いに真剣に考え込む、リリン。
そして、俺の振り絞った声に対して帰って来たリリンの声と表情は、一切の躊躇もなく、俺の未来を切り開いてくれた。
「私と一緒に旅に出よう、ユニク」
「……え?」
「私はその為に、世界中を旅してユニクを探した。それが
その声は鈴と響く。
どこまででも伝わってゆくような、磨かれた鈴の音のように響く。
そして、俺の混乱する意識の奥底を震わせた。
リリンの言葉は、俺の中の渦巻く不安を一瞬で打ち砕いたのだ。
「旅に……出る?」
「これから先、どんな事があるのかは分からない。だけど、絶対に楽しい毎日になって……、きっとその内、レベルなんて気になら無くなるくらいに強くなって、こんな事があったねと笑える日が来る」
「笑って過ごす毎日を、俺と……?」
「ユニク。私と一緒に旅に出よう。世界の全てを教えてあげる!」
優しく語り掛けられたリリンの言葉。
何も見えない暗闇の中で示された笑顔は、俺の意志を固めるのには充分だった。
「あぁ、こんな俺でよければ、よろしく頼む」
俺は真っ直ぐにリリンの目を見た後、汗が滲む手を差し出す。
そんな俺の手をリリンはしっかりと握り返し、「うん、よろしく」と優しげに頬笑んでくれた。
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