第1話「旅の始まり」
「思ってたよりも、山登りって体力を使うんだな」
「足腰を鍛えるのは冒険者鍛錬の基本。効率よく強くなるには登山が最適だと言われている」
俺達は、今、山を登っている。
新しい志を胸に秘め、初めて見る町並みを想って心を躍らせ、意気揚々とナユタ村を出発し……、何故か山に登っている。
リリンが言うには、山を登ると強くなるらしい。
何をするにも足腰が基礎となり、ゴツゴツした岩山は体幹バランスを鍛えるのに丁度いい。
そんな風に解説されて始めた山登りだが、思ってたよりもキツイ訓練となっている。
ナユタ村は、ほぼ平面しかない。
山登りどころか、高低差のある場所を歩くのですら初体験。
まったく勝手が分からないから、無駄に筋力を使ってる気がする。
「凄まじい効果だな、山登り。というか、なんでリリンはまったく息が上がらないんだ?」
「単純に慣れてる。どんな悪路でも同じスピードで走れないと良い冒険者にはなれない」
「確かに。流石、レベルが4万を超えているだけの事はあるぜ」
うん、リリンの言葉は重みが違う。
悪路どころか、空中を走り抜けてたし。
「あと少しで平原がある。そこまで頑張って」
「大丈夫だ。このまま一気に行くぜ!」
相応に疲れてきた俺だが、未だに気力は十分だ。
ついさっきの嫌がらせを思い出せば、ほら、沸々と込み上げてくる激しい怒り。
……
**********
ナユタ村から旅立った俺達を出迎えてくれたのは、どこまでも続く農道だった。
リリンと歩き出したその道は田園が見えるだけの穏やかな風景で、真っ直ぐな道が水平線まで伸びている。
俺が目にする物は、初めての光景ばかりだ。
だが、最初こそ物珍しかった田園風景も、流石に飽きた。
二時間ずっと同じ風景が続くって、ナユタ村、田舎すぎだろッ!!
心の中でツッコミを入れていると、リリンと目があった。
そして、これからの旅についての話を切り出してくれた。
「ユニク、この旅は目的もない自由な旅。何かしてみたい事とかある?」
『この世界を一緒に旅をしよう』
リリンが俺を誘ってくれた言葉だ。
確かに、目的らしい事は何も言っていなかったが、本当に目的がないのかよッ!?
「目的が無いのか?俺と一緒に世界の大災厄に備えるとか言って無かった?」
「最終的にはそうなる。でも、ユニクと添い遂げた以上、放っておいても問題ない事。今は楽しむ事が大切!」
なんか、随分ふわっとしてるんだな。神託。
不安定機構ってのも案外適当なのか?
まぁ、リリンがそう言ってくれてるんだし、やって見たい事を整理してみるか。
『レベルを上げたい』
タヌキに負けるのは嫌だ。
週一で並ぶ定番のおかず以下は嫌だ。
『
レベルは勿論、狩猟や料理レベルも追い付きたい。
そしてタヌキを狩る。1時間で10匹以上、狩る。
『リリンと同じくらいに強くなって、いつか恩返しがしたい』
美味しい食事でも用意して、腹いっぱい食べて貰いたい。
主役は勿論、タヌキだ。
『煌めく魔法を覚えて、あの空を俺のものにしたい』
そう、俺はあの魔法をタヌキにブチ込みた……。
あぁ!思考の中にタヌキがちらつくッ!
ちくしょう、お前を倒さないと、どうやら俺は先に進めないらしい。
「当面の目標は、レベルを上げてタヌキを狩れるようになることだ!」
「ふむ、確かに今のユニクではウマミタヌキと良い勝負をしそうではある。まして、
ちょっとリリンの顔が綻んでいる。
俺がタヌキと死闘を繰り広げている所を想像しているんだろう。
せっかくなので、俺も想像してみた。
タヌキと出合った俺は、速攻でグラムを構えた。
弾ける地面、忽然と消えたタヌキ。
そして、俺の尻に鋭い牙が迫り――。
「…………。」
「おーい。ユニク?」
「あ、あぁ。なんの話だっけ?」
「戦う前にするべき心構えと戦略の話。見たところ、ユニクは基礎的な事は出来ている。ほんの小さな切っ掛けで劇的に変化すると思う」
へぇ、そうなのか。
確かにグラムは、凄く手に馴染むんだよな。
初めて剣を持ったはずなのに、軽い素振りくらいなら難なく出来る。
「あ、そうだ。ユニク、町に行く前に少しだけ寄り道をしよう」
「寄り道?」
戦術の話や雑談をしながら一時間くらい歩いた所で、リリンがこんな提案をしてきた。
急に思い出したかのようにリリンから切り出された提案だが、きっと必要な事なんだろう。
「寄り道?いいぜ。でも、この辺に何かあるのか?パッと見て何もないけど……?」
「あそこにある山を登ろう。登山はユニクのレベル上げに良い成果を上げてくれるはず」
どうやらリリンは、町に着く前に俺のレベル上げを行いたいらしい。
そういえば、俺って普通の町だと、どのくらいの強さなんだ?
「なぁ、今の俺のレベルって普通の人と比べると、どのくらいなんだ?」
「それは…………。ユニク、現実とは時に残酷で、容易に人を傷つける。その覚悟が有るのなら答えても良い」
「……お、おう。いずれ分かるしな。教えてくれ」
軽い気持ちで聞いたのに、結構な重さの前置きが来た。
まぁ、自分の現状を正しく認識することが、強くなる為の第一歩だ。
俺が他人よりも弱いのは事実だし、どんな現実でも受け止めてやるぜ!
数秒の間、リリンがこちらを無言で見てきたが、俺がコクリと頷くと意を決したように口を開いた。
「保育園に入園できる」
「…………。」
……。
…………。
……………保育園、だと?
「保育園ってたしか、子供の通う施設だったよな?」
「そう、だいたい2~3歳で通い始める事が多い」
「200レベルって、そんななの?」
「人間の平均レベルは、年齢×100くらい」
「…………。」
思っていたよりも、ほんのちょっぴりだけ悪かったかな……。
うん、俺、2歳児並み、か。
「なので、このまま町に行くと
…………そうだろう。おおいに納得できる。
確実に奇妙な目で見られるはずだ。
「そこであの山に向かう。山頂には『白蒼の竜魔導師』という、それはそれは凄い魔導師が居るので、まずはその魔導師やドラゴンと戦ってレベル上げをする」
「へぇ、そんな奴が居るのか。よっし、じゃあ行ってみようぜ!」
山に潜む魔道師と戦ってレベル上げ。
なんとも冒険らしくなってきたぜ!
だが、さらっとドラゴンが出てきちゃった。
タヌキ→ウナギ→ドラゴンは急展開な気がするんだが……、リリンがいるなら大丈夫だろう。
「よし、じゃあ最初の目的は竜魔導師に勝つって事で!」
「……勝利は絶対的に不可能。だから、一撃与えられたら合格とする!」
絶対に勝てねぇのかよ。
そんな相手に戦いを挑ませようとしないで欲しい。
そうして、旅に出て最初の目標は『白蒼の竜魔導師に会ってレベリング』となった。
「なぁ、
「うん。私も気になっていた。後で見せて欲しい」
「あぁ、いいぜ!」
順調に歩み進め、山の麓に到着。
これから本格的に登山という所で、ちょっと気分転換をしたくなった。
正直、村長から渡された本がずっと気になっていたのだ。
ナユタ村の存在価値を危ぶまれるような重大な術を記した書物。いったいどんな術が記されているのか。
レベルはリリンに遠く及ばないにしても、あの煌めく魔法のような術が記されているかもしれない。
もしかしたら、竜魔導師と戦う時に役に立つかもしれないし。
俺は期待を胸に
『ホウライ!10分、クッキングゥ!!!』
表紙の見出しは丸々とした字体で書かれており、書物の内容を分かりやすく表現していた。
俺は急激に重くなった腕で、ペラリとページを一枚めくってみる。
『手軽で簡単!食べて美味しい!ウマミタヌキの燻製肉の作り方!』
さらにページをめくる。
『タヌキ肉の蒸し焼きについて』
『お口で蕩ける!タヌキのソテー』
『タヌキステーキに対しての、礼儀作法』
……どこまでいっても、タヌキ、タヌキ、タヌキ。
全52ページからなるこの秘伝の書は、達筆なタヌキという文字で埋め尽くされていた。
そして、巻末。
『もしも、タヌキを捕まえられない、アナタヘ』
『食料すら捕獲できないようでは、冒険者なんて続けられないのう。諦めて村に戻り、薪割りでもするがいいわ。ほほほ《笑》』
いつしか足を止めていた俺に、リリンが振り返りって「どうしたの?」と聞いてきた。
沸々と込み上げてくる激しい怒り。
拳を震わせている俺は何も答えることは出来ず、再びリリンに問いかけられてしまった。
「ユニク。止まっている時間はない。そして、ここからは野性動物が出現する。油断もしてはならない」
そう言いつつ、リリンは俺の手にある『ホウライ!10分クッキングゥ!!!』を覗き込んできた。
そして、可愛らしい顔が上目遣いで、憐みの視線を向けてくる。
「悔しいのは分かる。ならばこそ、タヌキなんて簡単に獲れるように練習しよう」
「あぁ、必ず、
**********
「ついたな」
「そして、とても運がいい事に獲物がいる」
怒りのラストスパートで山道を駆け登り、開けた平原に辿りついた。
広さは500m四方って所で、所々に岩が転がっているものの、かなり広い。
そして、リリンの視線の先にあるのは、高さ1mくらいの岩。
正確には、その上の……、毛むくじゃらの尻尾をダランと下げた動物の尻。
……あれは間違いねぇ。タヌキだッ!!
「俺にも見えたぜ。完全に油断しきっているみたいだな」
「ここは岩から見て風下にあたる。静かに、かつ、迅速に近づけば、タヌキを獲るのは難しい事ではない」
「よっしゃ、じゃ、見ててくれ」
それだけ言い残すと俺はグラムを手に、平原の先の獲物を見据えた。
俺はもう、過去の俺では無い。
お前なんか、竜魔導師戦の準備運動にしかならねぇんだよ。タヌキ。
「……行くぞ」
「うん」
「うぉぉぉぉぉ!」
「えっ!?!?」
「うおりゃああああッ!!」
「あっ、バレた」
「ヴィ!?!?」
気合を入れて、雄叫びを上げながらの突撃。
目の前のタヌキには気付かれたようだが、俺の剣はもう、降り下ろされている。
獲った!
そう思えたのは、グラムが岩に打ち付けられた虚しい音と感触を感じるまでだった。
「ちッ!外したか……」
「ヴギィィィィッ!!」
「おっと、怒ってるのか?ま、どうでもいい。お前はもう俺の獲物だ!!」
カチャリとグラムを構えながら、俺はリリン先生講習のタヌキ狩猟を思い出す。
「タヌキは素早い足が最大の武器であり最大の弱点。地を蹴って跳躍した後は、次の足場に踏む前に方向転換は出来ない。したがって、進路上に剣を置くように振れば、獲物の方からやって来てくれる」
「動物は基本的に、頭が向いている方向にしか進まないから、進路を予測することは大して難しくない」
この二つの事を学び、俺はタヌキ猟師となった。
そして、これが最も大切だと語った信念みたいなものは、これから始める戦いをする上で欠かせないものだ。
「ユニク、タヌキが野性動物の中でも狩猟しやすいとはいえ、野性では命のやり取りを常時行っている。勝つことと逃げることを同時に考えながら戦って欲しい。自分の勝利と相手の勝利。自分の敗北と相手の敗北。これを理解してないと、レベル1万以上の動物は厳しくなってくる」
ヒュオっと短く、風が吹いた。
俺とタヌキだけのこの戦場には、「ヴギ、ギ、ギ、ギッ!」と奴の鳴き声だけが響いている。
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