第6話「夢の中だと信じたい」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?」



 目覚めると同時に叫んだのか、叫び声によって目が覚めたのか分からないまま、俺はベッドから飛び起きた。

 俺の人生でぶっちぎりに一位の最悪な目覚め。

 ……なにせ、夢の中でタヌキに殺されかけた。



「なんだったんだ、あの夢は……?つーか、タヌキが強すぎる……」



 思わず独り言をつぶやいてしまう程に、俺が見た夢は衝撃的だった。


 タヌキのレベル、驚異の203。

 しかもそのタヌキはヘビに喰われかけ、さらにレベルの高いタヌキが助けに入るという超展開。

 ……で、俺が襲われた。

 晩飯を探しに行ったのに、危うく俺がタヌキの晩飯になるところだったとか、マジで笑えない。



「しばらくタヌキは食いたくねぇな……。それに……」



 俺の悪夢はそれだけじゃない。

 村長から馬鹿にされるのは、いつもの事だから良いとして……ウナギが出てきた辺りから酷いなんてもんじゃねぇぞ!?


 俺が斧を投げるとウナギに当たった。

 消し飛ぶウナギの首筋。立ち上る良い匂い。

 あの巨体で美味そうとか、まるで意味が分からない。


 魔導師の少女ことリリンが崖から飛び降りる。

 突撃を仕掛けるウナギ。空を走って回避するリリン。

 人間が空を走るなよ。まるで意味が分からない。


 口の中を氷漬けにされたウナギ。

 怒り狂った末に、口から雷光線を吐き出すウナギ。

 光線はズルいだろ光線は。まるで意味が分からない。


 そして、その雷光線を当たり前のように平然と消し去ったリリンは、煌めく白金の空を作り上げた。


 天空に彩られた魔法陣の中で白雷が轟き、獲物を狙う。

 刹那に放たれた光の本流は、俺が知らない凄まじ過ぎる雷撃。

 それが、30mもあるウナギを焼き焦がした。一瞬で。真っ白に。

 ……まるでッ!意味がッッ!!分からないッッッ!!!



「マジでなんだよあれ……?小説に出てくる敵だって、もうちょっと大人しい攻撃をするぞ……?」



 当然ながら俺は、あんな理不尽の象徴みたいな少女と知り合いではない。

 なにせ、俺よりも484倍もレベルが高く、口から光線を吐き出す謎のウナギを余裕で屠り、空中で華麗に振り返って可愛い顔で控えめにピースだぞ?

 知り合いになるどころか、全力で逃げ出すレベルだろ。

 何処をどう考えても魔王だったし。



「ほんと酷い悪夢だが……。まぁ、結局、夢だしな!」



 こんな理不尽な夢を見た原因。

 それは、村長じじぃの所有している『ホウライ文庫』のせいだ。


 そもそも俺は、薪割りで体を鍛えてレベルを上げるくらいしかやることがなく、基本的にず~~~と暇だ。


 そんな時は、俺は村長じじぃの書物コレクション『ホウライ文庫』を読んで過ごす。

 村長じじぃの自宅裏に作られた倉の中に存在する、多岐に渡るジャンルの書物たち。

 冒険譚から今晩の夕食メニューまで手広くカバーする大規模書籍群、通称『ホウライ文庫』の中にはファンタジー小説もあるし、俺も好んで読んでいた。

 そして今回の悪夢も、昔に読んだB級小説のストーリーを夢の中で組み立ててしまったという事だろう。


 ……ふぅ、分かってしまえば何て事はない。

 今日の薪割りが終わったらホウライ文庫に行って、似たような設定の本を探してみるかな。

 5年も掛けて大体の本は読み尽くしたけど、案外読んでいない掘り出し物が出てくるんだよなー。



「さて、とりあえず着替えて、飯食って、薪割りをして……おっとレベルを確認しないと」



 俺は朝起きてすぐレベルを確認するのを習慣にしている。

 村長じじぃより言い渡された条件『レベル100』まであと少し、この条件さえクリアできれば、俺はついに新しい人生へと踏み出す事が出来るようになるからだ!


 ワクワクしながらレベル目視を起動し、自分の腕へ視線を落とす。

 そろそろレベル100になっても良いと思うん……。



 ―レベル203―



「……は?なにが?」



 ……え?何が起こった?

 なんかレベルがすんごい事になってるんだが?


 いや待て、落ち着け。俺。

 寝る前は確かにレベル99だったはず。

 なんでレベルが……。え?203ッ!?


 奇しくも、夢の中で返り討ちに合ったタヌキと同じレベルになっている。

 今ならいい勝負が出来るんじゃないか?

 もっとも、いい勝負をしてしまったらタヌキの群れが乱入し、俺はヘビと同じ運命を辿るけど。


 気がつけば下着は冷や汗で湿り、スウーと血の気が引いていく。


 あの悪夢を見ただけで、レベルが倍になるなんてありえない。

 ならばこの自身のレベルはどう説明する?


 ……あぁ、なるほど!

 これも夢かッ!!



「ユニク?」



 俺が混乱状態から抜け出すその前に、彼女はやってきた。

 鈴と響く声が部屋の入り口から聞こえてくる。


 ……振り向きたくない。見たくない。

 見るな、俺。見たら全てが粉々に破壊されるぞ。

 昨日だって、ふと見たヘビのレベルが600を越えてたじゃねぇか!!


 だけど俺は、反射的に声のする方に視線を向けてしまっていた。



「おはよう、ユニク。朝ごはん……というかもうお昼ご飯に近いけれど、レラさんが作ってくれている。一緒に食べに行こう?」



 夢に出てきた理不尽の象徴が、俺の部屋の入口から室内を覗き込んで頬笑んでいる。

 なんだこれ、絶望か?



「お、おはよう、リリン。なんか朝から騒がしくてごめん」

「いい、騒がしいのは嫌いじゃない。それに、今朝はとても気分がいい。串焼きもとても……美味しいし」



 いつの間にか入口の壁にもたれて座り、もぐもぐと何かの串焼きを頬張っている理不尽の象徴。

 俺は、この理不尽系爆裂雷撃少女リリンにとりあえずの挨拶を交わし、もう一度ベッドに横たわった。



「どうしたの?ユニク。まだ眠いの?」

「いや、もう一度寝たら現実に戻れるかな?って……」



 そうだ。これは夢だ。夢なんだ。

 ……夢ってことにさせてくれ……。

 しかし、現実とはかくも残酷である。



「起きて、ユニク。これは現実だよ」

「…………。」



 理不尽さんは串焼きに刺さったネギから興味を離さないままに、俺の夢オチ説を否定してきた。

 間もなく聞こえてきたネギを頬張る音が、俺に現実を受け入れろと囁いている。



「あの光景は夢じゃない……のか……?」

「うん、夢ではない。魔法」


「うん、夢じゃないなら魔法だよな。ウナギ爆殺だったし」

「ちなみに、あんな風に戦わなくても崖の上から瞬殺できた。私の戦いを見て貰う為に戦闘風にしたということ」



 つまり、崖の上から見下ろしつつウナギを爆殺出来たって事か?

 ……なにその、魔王様。


 って、魔王様が頬笑みながらこっちに歩いて来ている!?

 くっ!対抗する手段は……枕しかねぇ!!


 俺が錯乱している間に、魔王様がベッドの横までやってきた。

 くっ!可愛らしく微笑んでいるが、肉食動物が獲物を見つけた時の表情にしか見えないッ!!



「大丈夫?ユニク。体調でも悪いの?」

「いやすまん、寝ぼけてたみたいだ」



 食われるッ!!っと思って身構えたが、特に何もされなかった。

 むしろ、水の入ったコップを差し出してくれたし、俺の事を心配しているらしい。


 俺はリリンからコップを受け取ると勢いよく飲み干し、乾いた体を水分で潤す。

 そして一息ついてから、思っている事を呟いた。



「なぁ、俺のレベルが203になってるんだけど何でかな?」

「ん?それはそういうもの、レベル3万の敵に致命的キズを負わせて、レベルが上がらない方がおかしい」


「……すまん。もう少し詳しく説明できないか?」

「レベルとは人生の経験値。ユニクは山を下り、森林を抜け、そして、ウナギに手痛い攻撃を与えるという経験を得た。だからレベルが上昇した」



 絶句。声にすらならない。


 俺はレベル100になるまでに、五年の歳月をかけた。

 それがあの一瞬で、そう、斧をぶん投げただけでレベルが200を越えただって?


 ……。

 …………。

 ………………意味が、まるで分からねぇッ!?!?


 だが、そんな声も漏らす訳にもいかず沈黙が続く。

 すると再び、魔王リリンが口を開いた。



「ごはん食べに行こう、ユニク?」

「……あ、あぁ、分かった。ちょっと奥で着替えてくるからさ、戻ってくるまで耳を防いで・・・・・待っててくれ」


「……?ん、了解した」



 俺からの提案に首をかしげながらも、そっと耳に手を当てる魔王リリン。

 持っていた串焼きの最後の一切れが口に放り込まれているため、防音効果は保証されているだろう。


 そして俺は、部屋の奥へと身を潜め――、叫ぶ。



「どうしてこうなったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!」



 *******************


「待たせたな、リリン!」

「ん。大丈夫」



 この世の理不尽に対して洗いざらいの暴言を吐き出した俺は、スッキリとした気分でリリンに声をかけた。

 ここから先、色々な理不尽が起こるであろうことを予想して、先に暴言を吐いておいたのだ。

 この穏やかな気持ちならば、多少の理不尽が来たところで動じたりしないぜ!



「じゃ、行くか」

「うん、行こう。この村の特産は珍しいものが多い。とても楽しみ!」



 行こうかと促した俺にリリンが返した表情は、なんていうか、本当に楽しみにしてますって表情だ。

 ついさっきまで魔王様だったとは到底思えない。


 まあ、飯ぐらいしか楽しみがない平凡な村だし、楽しんでくれるなら俺だって嬉しい。

 そんなやり取りをしつつ、俺達は部屋から出た。

 ……だが、そこには別の不条理がいて、俺を睨んでいやがった。



「なんでお前がここに居るんだよ……ウナギッ!!」



 俺の部屋の真正面にある広場にヤツは鎮座し、こちらを睨む。

 太さ3m、長さ30mの巨体。黒く艶やかだったその体は所々、白く焼け焦げている。

 その大きく開いた口から閃光が放たれた時、俺の家は消滅するだろう。


 昨日、俺達が戦った不条理系水棲生物。

 ヤツこそ、ここら辺一帯の食物連鎖の頂点に立つ、圧倒的存在。

 そいつが今、俺の自宅の真正面に居座っている。


 ……おい、ウナギが陸に上がって来てんじゃねぇ。



「なぁ、リリン。なんであの化け物が俺の村にいるんだ?つーか、滅茶苦茶こっち見てるんだけど?」

「大丈夫。もう危険ではない。……そして、やはりアイツはしっかりウナギだった」


「ん?」

「すごく油が乗っていて、とても美味しい!」


「な、な、な、なんだってッー!?」



 えっ、食べたのッ!?ねぇ、食べちゃったのッ!?!?


 並の理不尽には驚くまいと身構えていた俺の心情を軽々と破壊し、リリンは言う。

 脂身から滴る肉汁は、フワリとトロける白身と合わさり、とてもジュウシィだったと。

 パリッと焦げた皮は、程よく焼けたネギと相まって、サクサクと心地よい歯ごたえだったと。


 そして、続けてこう言った。



「大丈夫。心配しなくても串焼きはいっぱい作って貰った。ユニクの分もちゃんとある!」

「さっきの串焼きかよッ!?確かに美味そうだったけど!!」



 もう、どこに突っ込みを入れたら良いのか分からねぇ!!

 こんな混沌とした状況で冷静になれる奴なんていねえだろうがッ!!


 だがしかし、これだけは確実に言える。

 この近辺の食物連鎖の頂点は、この理不尽系爆裂雷撃少女リリンである、と。


 そして俺たちは、良く目を凝らして見ればブツ切りにされている哀れな不条理系水棲生物ウナギへと足を向けた。



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