第4話「初めてのお出かけ」


「まぁ、確かに、ここら辺に出る野生動物では大きい方。だけど、本当に強い生物と比べれば確実にショボい」

「ショボいショボいって、15mもあるんだぞッ!?!?」



 ちょっと待てリリン!!

 15mだぞ!?

 15mって知ってるか!?15mっていうのはな、俺の伸長1.75mの約9倍だぞッ!?


 俺とリリンの間に広がる途方もない温度差。

 どう考えてもロクな事になってなさそうなので確認してみたが、どうやら、リリンの言う15mと俺の言う15mは同じものらしい。


 ということは、リリンが見たのは俺が知っている影の正体だという事で。

 そんでもって、どう考えても化物なソイツを、リリンは『ショボイ』と言っていると。


 ……ははは。マジで?



「ユニク、あのくらいの大きさならば割と出会う。しかも、アイツはレベルが低かった。だからショボイ!」

「15mが割といるだとッ!?居ないで欲しんだがッ!!」


「安心して欲しい。そもそも、私の任務はソイツの討伐依頼。だから問題ない」

「でもさ、15mの蛇ってヤバそうだし、皇種って奴なんじゃないのか……?」


「それも違う。蛇の皇種は別にいる」

「そうなのか?」



 リリンはそう言うと、どこからともなく水筒を取り出して一息ついている。

 あ、クッキーも食べ始めた。

 さらに、俺にクッキー缶を差し出してきたので、お裾分けを貰う。

 ……うん、美味いぜ!


 って、なんだこの、和やかな雰囲気ッ!?

 15mの化物に戦いを挑む空気感じゃねぇぞッ!?



「ちょっと待って、明らかに何かが間違ってる!」

「なら、皇種かどうか確かめてみればいい」


「……え?」

「実は、皇種かどうかを簡単に判別する方法がある、それは……」



 なぜか、リリンの表情が少しずつ明るくなっていく。

 なんだこの、不安な感じ。

 心の奥から込み上げてくる途方もない危機感が、俺に逃げ出せと囁いている。


 そして、俺の不安は的中した。



「……それは、ユニクがヤツと戦うこと。そうすればユニクのレベルが上がって皇種かどうか分かる。全て解決!」

「無理だろッッ!!!!!」


「皇種にある隠されたルールの中に、『皇種からは経験値を得ることは出来ない』というものがある。だから、ヤツと戦ってユニクのレベルが上がれば、ヤツは皇種ではないということになる」

「レベルどうこうの前にぶっ殺されるんだよッ!15mだぞッ!?15mッ!!」


「大丈夫。ユニクがするのはヤツに先制攻撃を仕掛けるだけで、後は私が片付ける。だから、一緒に狩りに行こう」



 そう言って、リリンは優しく頬笑んだ。

 あぁ、笑うと本当に可愛い。これが本に書いてあった『小悪魔系女子』って奴だろうか?


 ほんの少し現実逃避をした後、俺は思考を動かし始めた。

 本当に、俺に化物退治なんて出来るんだろうか?

 ……タヌキに負けたんだが、出来るんだろうか?


 だが、せっかく許可も貰ったんだし、外の景色を見てみたいという好奇心はある。

 たとえ、外の世界はタヌキが闊歩する地獄だとしても、好奇心はある。ほんの僅かに。


 俺の前には優しく微笑みながら、手を差し出してくれているリリンがいる。

 だったら、答えは一つしかないな。



「リリン。俺を狩りに連れてってくれないか?」

「もちろんいい。一緒に頑張ろう」



 俺は、頷いたリリンの小さな手を取り「宜しく頼む」と言った。



 **********



「あれ?ユニくんはどこ行ったの?」

「あぁ、『レラ』か。"リリンちゃん"が来たんじゃよ。んで、ユニクと一緒に狩りあそびに出掛けたわい」



 ユニクルフィンとリリンサが滝に向かった後、ホーライは自室で書をしたためていた。

 そこにふらっと現れたのは、ユニクの隣家に住む「自称・ユニクのお姉さん」を名乗る『レラ』だ。



「ちぇ、レベル100になったって聞いたから、御祝いしてあげなくちゃって探してたのになぁ」

「ほほほ、本当にタイミングが良いのか悪いのか分からんのう。して、レラよ。頼みたいことが有るんじゃがのう?」


「うぇえ……。どうせ「宴を開くから適当に獲物を狩ってこい」って言うんだろ?だったら私は料理をするよ!その方が楽しいしさ!」

「何を言ってるんじゃ。料理もお前がするんじゃぞい」


「……まったく。人使いの荒いお師匠様だよ!」



 **********



 手短に支度を終えた俺とリリンは、村の下にある滝へと向かっている。


 狙うのは15mの大きすぎる獲物。

 そんな偉業を達成する為の俺の装備品は……『農業用手袋』と『切り株を両断した斧』だ。


 ……いくら俺が常識知らずとはいえ、こんな装備で戦う気はない。

 これは途中の道が草で覆われてたら必要になると思っただけで、こんな斧で15mの化物と戦うつもりはこれっぽっちもない。

 そして、道の開拓にも必要なさそうだ。



「へー、道って結構、整備されてるんだな」

「ん、この道は獣道っぽい。野性動物が通るから草が少ない」


「……。大丈夫なのか?」

「変に草むらを進むよりも安全。なにより楽だし」



 獣道って、タヌキが頻繁に通ってるって事だよな?

 地獄に直通してるじゃねぇか。



「……ちなみにさ、タヌキが出てきた場合の対処方法は?」

「タヌキなんて問題にならない。瞬殺できる」



 タヌキを瞬殺だと?

 だったら俺も瞬殺されるじゃねぇか。


 聞く所によると、リリンは一級品の装備をいっぱい持っているらしく、どんな危険生物が出ても問題ないらしい。

 しかも、俺にも装備を貸してくれるという。

 だけどさ、リリン?

 貸してくれるっていう装備が見当たらないんだけど?



「なぁ、リリン。装備品はどうしたんだ?」

「ちゃんと持ってる」


「どこに……?」

「私は魔導師。必要に応じた装備を召喚する事など造作もない」


「なにそれ。魔導師って凄い」

「そんな事より、ユニク。好きな食べ物を教えて欲しい!」



 すごく大事な話題を華麗にスルーされ、他愛も無い雑談を振られた。

 しかも、その雑談はちょっと答えにくいんだよなぁ。



「えっと、そうだな……。こんな村に住んでると好き嫌いとかできないし、大体は好きだぞ」

「取れたて新鮮な野菜は美味しい。なら、全部好きというのも納得だと思う!」



 確かに、この村では決まった食材を繰り返し食べているから、好き嫌いなんて贅沢な事は言ってられない。

 だが、俺には答えるべき好物が確かにあった。……ついさっきまで。


 今は世界で一番嫌いな食べ物だけどな。

 逆に食われそうになったし。



「それよりもさ、蛇の皇種は他にいるって言ってたよな?どんなヤツなんだ?」



 これ以上タヌキ談義をしていると本物が降臨しそうなので、無理やり話題を変えてみる。

 タヌキ談義じゃ「俺は読書が好きだ」と言ったときに見せたリリンの可愛らしい笑顔よりも、良い反応を得られないしな。



「蛇の皇種は、それはもう途方もなく巨大な化物。名前を『幾億蛇峰いくおくじゃほう・アマタノ』という」

「名前からして格が違う……」


「千年の時を生き、万の命を喰らったとされるその蛇の討伐は成し遂げられる事はなく、今もなお、とある国の山に巻き付いている・・・・・・



 ……は?

 今、さらっと凄い事を言ったよな?

 山に巻き付いているって、デカイってレベルじゃねぇぞ!?


 千年以上生き、何万もの命を喰らった、途方もなく巨大な蛇。

 その名も、幾億蛇峰いくおくじゃほう・アマタノ。

 なんて凄そうな奴だろうか。

 絶対に出会いたくない。



「じゃあさ、滝に居るのが蛇じゃないなら、なんなんだろうな?」

「……水の中にいるし、たぶんウナギだと思う!」



 **********



「ん、着いた」

「お、おおおお!すげぇ良い景色だな!」



 ガサガサと最後の茂みを掻き分け、俺達は崖の上に出た。

 そこは、足下から抜け落ちるような広大な瀑布と、その下に広がる池が一望できる天然の展望台。


 そして、俺が見渡す先にある池の中心から生えた『一本の黒い塔』が、太陽に照らされ輝いていた。



 ―レベル31087―



 ……。

 さらに不思議な事に、黒い塔にはレベルがあった。

 うん。俺の310倍ほど強い。



「チャンス、日光浴するために頭を出してる。直ぐに準備しよう」

「……。おう」



 そして淡々と、何かの準備を始めるリリン。

 何も無い場所に手を突き出すと、そこに黒い円が出現して手が吸い込まれた。


 どうみても魔法だよな?

 ん、空間に手を突っ込んで何かを探している?



「ん、あった。ユニク、これを奴の頭にぶつけて欲しい。そしたら後は私がやるから」



 リリンは黒い空間から取り出した物を俺に手渡してきた。

 それは、銀一色で彩られた美しい斧。


 俺はその斧を無言で受け取り、手元に視線を落として精巧さを確かめた後、黒い塔を眺める。

 そして再び斧に視線を落としたのち、リリンに目を向け直した。

 リリンは、コクコクと頭を縦に振っている。



「……リリンさん?これでどうしろと?」

「あそこでのんびり日向ぼっこしてるウナギに投げて、ぶつけて欲しい」



 そう言いながら、リリンは池の中心に生えてる黒い塔を指差した。

 あぁ、やっぱりアイツなんだ……。


 ……。

 …………。

 ………………でかすぎだろッッッ!?!?!?


 というか、予定よりもでかいんだけど!?

 水から出ている部分だけで15m、太さも3mは余裕で超えてるぞッ!?


 そんな巨体が直立不動で、垂直に水面から延びている。

 よく考えれば分かった事だが、見えている部分が15mなら、本体はもっとデカイ。 

 で、あんな奴のどこをどう見たら「ショボイ。」になるんだよッ!?


 一通り心の中でツッコミを入れ終え、俺はリリンに向き直った。

 そして、どうしても気になる現実的な疑問を問いかける。



「なぁ、斧って投げるものじゃないよな?」



 これはどうしても聞かずにはいられなかった。

 一応、疑問形で質問したが、どう考えても斧は投げるものじゃない。



「うん、普通は投げない」

「じゃあなんで投げろって言ったんだよ!?」


「この斧は私の友人が魔改造した斧で、刃先に魔法が付与してある。どんな魔法が発動するのかは見てからのお楽しみ」



 そう説明し終えたリリンは、どこか誇らしげに頬笑んでいる。

 どうやら、斧に込められた魔法に自信が有るらしい。


 だが、魔法に馴染みの無い俺じゃ、どのくらいの威力なのか想像できない。

 ましてや、あの巨体にダメージを与えられるとは思えないんだが……。



「と言ってもな。どのくらいの威力なのか、俺にも分かるように説明出来ないか?」

「……むぅ」



 ……しまった!俺よりも484倍強い少女の頬がちょっと膨らんでいるッ!!


 今まで俺の質問に快く答えてくれていたリリンは、僅かに頬を膨らませて沈黙。

 どうやら、いきなり魔法の威力を見せて驚かせたかったらしい。


 だが、しばらくするとリリンの説明が始まった。

 自分の意図しない事にもちゃんと対処してくれる大人の態度に、ほっと胸を撫で下ろす。



「たとえば、ユニクの背負ってる普通の斧で与えられるダメージを『1ウマミタヌキ』とする」



 なんか、とんでもない単位が出てきたんだけどッ!?

 撫で下ろしちゃった胸が、ガリガリと削られてゆく!!



「そして、この斧から繰り出される魔法は200ウマミタヌキ程は有ると思う。あのサイズの生物はだいたい150~250ウマミタヌキ程度の強さだから、上手く当たれば良いダメージを与えられるはず」



 ……もしかして、村の外ではウマミタヌキは単位として使われているのだろうか?

 だとしたら、0.5ウマミタヌキな俺は、村の外で暮らせる自信が持てそうにない。


 そして、俺は。



「つまんない質問をして悪かったな!とりあえず、やってみようぜ!!」



 考えるのを止めた。



 **********



 先程まで吹いていた渓谷からの風が凪ぎ、万全の状態となった。

 リリンが素早く出した合図に合わせて助走を付け、俺は走り出す。



「うぉおおおおおおおおッッ!」



 俺が狙っているのは、そそり立つ漆黒の巨塔『たぶんウナギ(仮)』の右側上部に斧を当てる事だ。


 リリンの説明では、この斧はただ当てるだけで魔法が発動する様になっており、ブン投げて使うのが正しい使用方法なのだとか?

 ……それはもう斧とは呼ばないと思うが、関係ないので黙っておく。



「うおらッ!」



 崖ギリギリのラインまで走りきり、ウナギ(仮)に向けて斧を放つ。

 なお、このウナギの名前は『雷光・ヌルヌス』というらしい。

 ……ウマミタヌキから、一気に格が上がり過ぎだろ。


 俺が全力でブン投げた斧は安定して飛行し、見事に右のエラに着弾。

 その刹那。

 煌めく閃光がヌルヌスの首筋を半円状に抉り取り、一瞬で焼滅させた。



「ギヂィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!?」

「なんぞこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」



 なにこれぇええええッ!?

 ヌルヌスの表面が焼き切れて、ほのかに良い匂いがするんだけどッ!?


 肉を抉り取られ、暴れ狂うヌルヌス。

 そして、放たれた悲鳴という名の衝撃は、渓谷の木々を激震させ凪いでいた風を呼び起こす。

 だが、そんな事など当たり前だというような態度でリリンは軽やかに歩きだし、「行ってくるね」と俺に囁いた後、崖から飛び降りた。



「ちょ!リリンッ!?」



 俺の制止を聞かずにリリンは飛びだし、高さ30mはあろう大瀑布へと身を投じた。

 だが、心配はいらないのかもしれない。

 俺とすれ違った時にリリンの表情は、獰猛な肉食獣が獲物を見つけた時のような、満面の微笑みだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る