第3話「世界の成り立ち」
「レベル48471……?レベル48471ってなんだよ……?もう、桁が違うってレベルじゃねぇ……」
力無く地面にヘタリ込んだ俺は、自分の無力感に打ちひしがれている。
なにせ、颯爽と狩りに出掛けたら、好物のタヌキに食われそうになった。
そして、この目の前の少女は、俺よりも484倍も強いらしい。
「なるほど、彼はずっと薪割りをしていた。だからレベルがこんなにも低いと」
「タヌキ以下とは、いやはや、お恥ずかしい限りですじゃ」
「……低すぎて逆に可愛いと思う!」
「そうですかの?ちなみに、こいつの薪を割るスピードはそれなりですぞ」
「そうなの?見てみたい」
「ふむ。では、一万本くらい割らせますかな?」
「いいと思う。ねぇ、薪割りをしてみて欲しい!」
遠くの方で声が聞こえる。
……が、俺は今それどころじゃない。
絶望的なレベル差があると告げられた後、村長と謎の少女が詳しい説明をしてくれた。
『レベルとは、人生の経験を数値化したものである』
これは俺も知っていた事で、当たり前の常識だ。
飯を食う、運動をする、遊ぶ、寝る。
どんな事も経験であり、それらを積み重ねたものが、生物の横に数字で表示されている。
問題はここからだ。
俺は、レベルの表記とは物凄く大雑把であり、見えない小数点以下の数字がいっぱいあると思っていた。
そして、それが繰り上がった時に1ずつ上昇すると思っていたんだ。
だが、実際は普通の経験……、例えば未知の食べ物を食べたとかでもレベルは上がるらしい。
レベルは日常的に上がるものであり、普通に暮らしていれば1000を余裕で超える。
そして、非日常に身を置く冒険者は数万レベルとなるのだと、村長と少女に平然と言われた。
ついでに言うと、森に住む動物は日常的に生存戦略を繰り広げているから人間よりもレベルが高くなるらしい。
……つまり、レベル200のタヌキなんてのは、大した経験をしていない最弱の生物。
そして、それを捕食ようとした3mを超える蛇も、その後に出て来たタヌキ軍団も、レベル48471の少女にとって、みーんな、雑魚。
その雑魚にすら勝てない俺は、雑草か何かか。
「5年も、5年も薪を割り続けたのに、俺は……、タヌキにすら届かない……」
「……ん。村長、彼に元気がない。どうしよう」
「ふむ、薪割りは難しそうじゃな。目が死んでおるわ」
自分の好物のウマミタヌキでさえ、圧倒的格上だった。
そして、目の前には理解不能なレベルの少女がいる。
俺よりもレベルが484倍な彼女は、間違いなく違う世界に生きているのだろう。
あぁ、ウマミ・タヌキ……。俺、もう疲れたよ。
ベッドで安らかに眠りたい。
「だが、ユニクは割とタフじゃ。叩けば治るかも知れんぞ?」
「…………そうなの?」
何をするつもりだ。
俺は、住む世界が違う少女に用は無――。
ヤサグレていた俺の頬に、少女の手が添えられた。
そして、呆然としている俺の頬をそっと優しく撫でて、微笑みかける。
「そんなに悲しそうな顔をしないで欲しい」
「……え?」
「あなたはきっと誰よりも才能のある人で、すぐに周りの人々なんて追い越してしまうと思う」
「いや、俺なんて……」
「そうだ、これから一緒に出掛けよう。辛い過去なんて、楽しい思い出で上書きしてしまえば良い」
その言葉と温もりは、消えそうだった俺の魂を震わせた。
優しく俺の頭を抱く少女の声に、再び熱い何かが込み上げてきたのだ。
**********
「ほうれ、ユニクよ。立ち直ったか?」
「あぁ、もう大丈夫だ。情けない姿を見せちまったな。だが、やっと現実を直視できたぜ!要するに、俺は伸び代の塊な訳だ。だから、強くなれば問題ない!」
優しい少女の言葉を聞いて、なんとか奮い立つ事が出来た。
いくらレベルが理不尽な事になっていようとも、この少女はとっても優しい。
挫折している俺に薪を一万本割らせようとするド鬼畜村長とは、比べ物にならない優しさだぜ!
あ、そうだ。ちゃんとお礼を言っておかないと。
「さっきから色々ありがとな!なんかお礼をしたいんだけど、俺に出来る事ってないか?」
「お礼……。ならば、して欲しいことがある」
「おう、何でも言ってくれ」
「じゃあ、自己紹介をして欲しい!」
なるほど。
確かに、いつまでも名前で呼ばないのは失礼だ。
というか、こんな可愛い少女よりもタヌキを優先させた過去の俺はアホなんじゃないか?
しかもその結果、死にかけた。
真っ直ぐに俺を見てくる少女の眼差しはとても真剣で、その気迫に後ずさりそうになる。
これが、レベル48471な理不尽少女の覇気か。
改めて思うけど……、すっげぇ強そう。
「自己紹介か……。って、した事ねぇんだけど!!」
「はぁ。ユニクよ、タヌキを逃がすばかりか、せっかくの好意も逃がすのか?不甲斐ないのう」
「ぐぅ、
村長から野次が飛んできて、容赦なく俺にトドメを差しそうとする。
流石は夜叉だ。優しさが欠片も無い。
「俺の名前は『ユニクルフィン』。村のみんなからは『ユニク』って呼ばれている。えっと、君の名前は?」
「私の名前は『リリンサ・リンサベル』。16歳。不安定機構に所属する魔導師。親しい人は『リリン』って呼ぶから、そう呼んで欲しい』
「うむ、儂の名前は『ホウライ』じゃ。この村の村長をやっておる」
……
あっち行ってろ。しっし。
「じゃあ、ユニクって呼んでもいい?」
「おう、もちろんだ!俺もリリンって呼ばせて貰うぜ」
この少女の名前はリリンサというらしい。
リリンサ・リンサベル、愛称で『リリン』。大変に可愛らしい響きだ。
一期一会のすれ違いになるのだとしても、俺はこの名前をずっと覚えているような気がする。
「ほれ黙ってないで、もっとしっかり自己紹介せんか。もしかして、コミュニケーション能力も育ってないのかのう?」
この野郎、隙あらばグイグイ来るんじゃねぇよッ!!
後で絶対に仕返しをしてやるからな!!
「名前はユニクルフィンで、性別は男、歳は今年で16歳に
「なる、はず?」
俺の探り探りな自己紹介に、リリンが間髪入れずに質問をしてきた。
そして、予め用意していた答えを返す。
「あぁ、正確な年齢は分からないからな。実はさ、俺はこの村に来る前の記憶が無い」
「……えっ」
「それに、俺を連れて来たっつう男も何処かに行っちまった。昔の記憶はちっとも思い出せないし調べようもない。だから大体16歳って感じだ!」
村に預けられた時の俺は眠っており、代わりに村長が謎の男から話を聞いたらしい。
だが、その男は目的は告げず、『11歳になる子を預かって欲しい』と言って、半ば強引に置いていったとか?
で、薪割りスローライフを経て今日に至る。
家は余っていた空家を当てがわれ、悠々自適な一人暮らし。
隣の家に料理や家事が得意な人がいるから、特に困る事もなかった。
そんな感じの事をリリンと談笑し、俺は自己紹介を終えた。
「記憶がない。それはとても残念だと思う」
「ん?残念?」
「あ、いや……。失言だった。ごめんなさい」
「いや、いいって!たいして気にする事でもないしな。それより、俺からも質問していいか?」
「もちろん良いに決まってる。何でも聞いて」
「リリンはさ、
俺達の生活には『
村から出た事のない俺ですら知っているくらいには有名で、村に郵便物などを持ってくる人も不安定機構の人なんだとか?
俺の中のイメージでは、地域の自治会みたいなもんだと思っていたんだが……。
どうやらそれも違うみたいだな。
さっきから『危険生物の駆除』だの、『化物』だの、『魔導師』だなどと、物騒な言葉が飛び交っている。
しかも、”不安定”機構なんていう変な名前だ。
これは、
「不安定機構について知りたいの?分かった。私の自己紹介も合わせて説明したいと思う」
「おぉ!頼むぜ!」
「私は不安定機構に属する魔導師であり、冒険者。自分で言うのもなんだけど、そこらの冒険者に負けるつもりはないという自負がある」
「お、おう。レベルが魔王みたいになってるもんな」
「うん。場合によっては魔王って呼ばれてる」
「えっっ」
どんな状況になったら、魔王って呼ばれるんだよ!?
その口ぶりだと、一回って感じじゃねぇよな!?
「そして……。
「魔王って所はスルーなんだな。って、世界の制御装置?」
なんか魔王呼びの扱いが軽すぎるんだが?
これはもしや、友達とふざけて呼び合ってるとかなのか?
「そう。この世界には恐ろしい戦闘力を秘めた生物がいて、それらには討伐依頼が出される。そういう依頼を行うのが冒険者であり、それを管理しているのが不安定機構」
なるほど。簡単に言うと、不安定機構はタヌキハンターだという事だ。
……落ち着け、俺。
別にタヌキ専門って訳じゃない。
「危険動物の討伐依頼、か」
「ちなみに依頼は危険生物の討伐だけじゃなく、どんなものでも出せる」
「どんなものでも?」
「戦闘に限ったものではないということ。素材集めやお買い物、護衛任務。いわゆる雑用依頼も出せる。郵便の配達なんかもそう」
冒険者って言うから戦うだけかと思ったが、色んな依頼をするようだ。
リリンに細かい質問をしてみると、不安定機構は市民の生活に寄り添っている……というか、無くてはならない存在だと教えてくれた。
不安定機構は様々な依頼を取りまとめている場所であり、危険生物の討伐の他に、狩猟、採集といった森で行う仕事の他、郵便配達、運送業、護衛、店の手伝い、家事育児などなど、発行される依頼には制限がないらしい。
「へぇ、出来そうな仕事を選べるのはいいな。タヌキに出会わなくて済むし」
「無理な仕事は受けないのが鉄則。冒険者は安全第一!」
そして、不安定機構が普通の仕事斡旋所と分けられているのは、冒険者には高い水準の戦闘力が求められるからだ。
この世界には、魔法がある。
実際に見た事はないが、物語小説に登場する様な攻撃魔法があるのは俺でも知っていること。
当然、人に向けて撃った場合は怪我人が出るし、場合によっては死人が出る大惨事となる。
だからこそ、不安定機構を通して冒険者に依頼を出す。
才能さえあれば他者から簡単にモノを奪える世界だからこそ、より高い才能を持つ冒険者に依頼を出し、安全を買うのだそうだ。
……俺もそれを知ってたら、タヌキ狩りの同行者を募集出来たのに。
「確かに戦闘力が高い方が良いよな。俺ならタヌキに負ける奴には絶対に依頼を出さない」
「そう。冒険者は生活に欠かせない存在。そして、隠された真の役割もある」
隠された真の役割?
リリンの表情を見る限り、タヌキ討伐じゃなさそうだ。
「その真の役割はとは、『世界を不安定にさせて、存続させ続ける』こと。その為に、不安定機構は国家間の戦争を誘発させたり、始まった戦争を終わらせたりする」
「あっ、魔王っぽくなってきた」
「それら全ては――、神様の為」
「神……だと……?」
……神。
いきなりそんな存在が出て来ても困る……。が、タヌキ程の衝撃はなかった。
タヌキの存在は、俺の中で神よりも上らしい。
「今からする話は、不安的機構の上層部しか知らない"事実"。神はこの世界を作り、そして、この世界に飽きてしまった。だから、滅ぼそうとしたんだよ。この世界を」
「世界を滅ぼそうとした、だと……?」
「遥か昔。この世界に飽きた神は、滅ぼして作り直そうと地上に降り立った。そして、世界を統べていた『
「挨拶したのか。律儀なんだな。神」
「当然、世界を滅ぼされるなんて冗談じゃないと思った七賢人は神との交渉を重ね、この世界を観ていて楽しい世界へと変える事を条件に、存続を勝ち取った」
見ていてつまらない世界だから、滅ぼして創り直す。
だったら、見ていて面白い世界にするから壊さないで欲しい。
実に筋が通った話だが、そんな事が可能なのか?
「いくらその七賢人が世界のトップだろうとも、世界のあり方を変えるなんて出来るのか?」
「そう。それはとても難しい事だった」
「なら、どうしたんだ?」
「この世界は完璧に出来ていて、放っておくと全て平和で安定した、しかし、神にとっては退屈な世界になってしまう。悩んだ七賢人はこの世界を不安定にするため『
「なるほど、わざと戦いを演じて神に見せたのか。で、世界を不安定にさせるから『不安定機構』と呼んだ訳だ」
「そう。そして数千年の時が経った今では冒険者を管理しつつ、たまに神の神託を実行するのが不安定機構の役割」
なるほど……この世界には神がいるらしい。
だが、見てるんだったらタヌキから助けて欲しかった。
マジで怖かったんだぞ。タヌキ。
「それにしても冒険者か。それになれば俺も強くなれるのか?」
「もちろんなれる。というか、冒険者にならずして強くなるのは不可能!」
「そうか……。俺も冒険者を目指すってのは面白いかもな」
うっすらと見えた、俺の新たなる目標。
俺は冒険者になって技術を磨き、レベルを上げて――。
そして、タヌキを獲るッ!!
……自分で言うのもなんだが、さっきから思考にタヌキがうろつきまくってる。
完全にトラウマになってるな、タヌキ。
「でも、それだけでは神を楽しませる物語を作ることが難しかった。痺れを切らした神はその力を存分に使い、ある2つの物を作り出す」
「ん?続きがあったのか。で、神が作ったものって?」
「それは、生きとし生ける全ての生物に与えた『レベル』という概念。そして、種族を統べる最強の個体『皇種』という存在」
なにやら、話がおかしな方向に転がり始めた。
そういえば、レベルが何の為にあるのかを俺は知らない。
「レベルを神が作ったのは知ってるけどさ、どんな理由があったんだ?」
「戦う者同士の強さの指標とする為だと言われている。高レベル同士の戦いには注目するということ」
つまり、レベル100な俺とレベル200~500なタヌキ達との壮絶な戦いは、神に見向きもされなかったって事だな?
ちょっと悲しくなったので、リリンが言ったもう一つの話題を振り直す。
なにせ、その『皇種』とやらは俺にも馴染みがあるからな。
「皇種か、知ってるぜ。この村の近くにも居るからな!」
「……。えっっ!?皇種がいるというの!?!?」
「おう、いるぞ」
「ど、どういうこと?ユニクが皇種を知っている?しかも、この村の近くに居ると?」
「あぁ、皇種については本で読んで勉強済みだぜ!」
ここでふと、自分の知識に疑問を抱いた。
俺はさっき
「確か……。本にはこう書いてあったはずだ」
『皇種とは、神に選ばれし特別な種族の中で最強となり、
「どうだ?合ってるか?」
「うん、合ってる。付け加えて説明すると……」
『1、犬には犬の皇種、狐には狐の皇種といった感じで、1つの種族に1体の皇種がいる』
『2、皇種は必ず1種族につき、1体である』
『3、皇種は絶対的な強者である』
『4、皇種が存在しない種族もある』
「……となる。実際、人間の皇種は確認された事はない」
俺の知識に新たな情報が付け加えられ、皇種は特別な存在だと知った。
少なくとも、5匹も出てきやがったタヌキ共は皇種じゃないようだ。
そして、ほんの少しの間の後、リリンはとても真剣な眼差しで俺を見る。
「本当に皇種が居るのならば、これから大隊を率いて討伐部隊を編成しなければならない。ユニク、知っている情報を全て教えて欲しい。このままでは、この村の未来は飲み込まれてしまう」
先程までの柔らかな雰囲気ではなく、張り詰めた空気が漂っている。
それは、リリンが
「あぁ、確かにこの村の近くには皇種がいるんだ」
俺の声を聞いたリリンがコクリと頷き、頬から汗が伝って落ちた。
それに釣られて、俺も段々と緊張してゆく。
「俺も直接見た事はない。だけど、村から降りた谷の下に滝があって……、ほら丁度そこから見えるだろ?あの滝に写るんだよ。朝日に照らされた奴の影が!」
「……え?」
リリンは間の抜けた声を漏らすと、そっと滝が有る場所を見下ろした。
広く開かれた滝は巨大なスクリーンみたいになっており、冷たそうな水を流し続けている。
「あの瀑布に奴の巨体が写る。大きさはそうだな……。15mは有るんじゃないか?」
「……。15m……ね」
リリンは何かを思い出すような素振りをみせ、「確かに大物だった」と頷いている。
ん?「大物だった」って、見たことあるのか?
それに、皇種ってのはトンデモナイ強さの化け物のハズ……。なんか反応が軽くないか?
「俺が知る皇種は、全長15mを超える細長い化物。たぶんだけど、蛇の皇種だと思う。時々聞こえる奴の鳴き声は、俺の家を揺らすほどなんだぜ?」
「細長い……。水の中にいる……。ん、間違いない」
その後、リリンはゆっくりと息を吐き「良かった」と呟いた。
……何が良かったんだろうか?
この村の近くに、すんごい化物がいるんだけど?
俺が疑心に囚われている中、リリンはもう一度深く息を吐き出す。
そして、トンデモナイ事を言い出した。
「ユニク、熱く話してくれてるとこ悪いんだけど、ソイツは皇種じゃない」
「えっ?違うのか?」
「違う。あんなにショボい奴は皇種のはずがない」
「……はい?ショボい?何が?」
「あの滝にいた生物のこと。あんなの、皇種とは程遠い!」
おい、ちょっと待てッ!?
15mもあるんだぞッ!?
そんな化物の事を「あんなにショボい奴」て言っちゃダメだと思うんだがッ!?
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