第2話「ウマミタヌキ、降臨」


「ん?あれは……」



 今夜の宴に思いを馳せながら捜索を始めて5分。

 超速攻で奥の茂みがガサガサと音を立て始めた。


 これは……、明らかに風で揺れている感じじゃない。

 茂みの中で何かが動いているのだから、少なくとも何かしらの獲物がいるはずだ。


 なんて幸先がいいんだろう。

 もしやこれは、楽勝ってやつか?



「静かに、足音に気付かれない様に……」



 細心の注意を払いつつ近づき……よし、石でも投げ込んでみるか?

 出てこい!おらッ!



「ヴッ!?」



 ゴツンッと乾いた音がした後、茂みが大きく揺れた。

 よし!

 どうやら俺の思惑どおり、石は獲物にぶつかったようだ。


 ……タヌキだと良いなぁ。

 村の中から森を眺めていた時に見かけたタヌキのレベルは、大体、3~10くらいだった。

 レベル100となった俺から見れば超格下だし、背負った斧で一刀両断してやろうと思っている。


 しばらく様子を見ていると、だんだんと茂みの揺れが大きくなってきた。

 ほら、出てこいよ。こっちに来いッ!!



「ヴィギー!!」



 ん、キター!!ちょっと小ぶりだが間違いなくウマミタヌキ! 

 幸先が良過ぎる!どう考えても楽勝モードだな!!



「よぉ、会いたかったぜ、タヌキ」

「ヴィギィッ!?」



 さて、こいつのレベルはいくつだ?

 5か?それとも10くらいかな……?


 俺の目の前で、雄々しく立つ獣。

 そいつは俺に初めて狩られる記念すべき一匹になる。


 …………はずだった。



 ―レベル203―



「う、うわぁぁぁぁぁッッ!!!」



 なんだこいつッッッ!?!?

 なんでッ!?なんかレベルが……えっ?203ッ!?!?


 ……どういう事だよッ!?

 なんでレベルが200を超えてんだよッ!?

 タヌキなんぞ簡単に捕れるって、みんな言ってたじゃねぇかッ!!


 理解不能の境地。

 だが、本能的に自分が窮地に立たされている事は何となく分かる。

 なんとか、しねぇと……!



「ヴゥギィィィィィィィィッッッ!!」

「ひぃ!」



 しかし、目の前の雄々しき獣は待ってくれなかった。 

 ウマミタヌキは重低音な威嚇を発し、そのまま戦闘体勢を取りやがったのだ。


 ボッ!

 地面が蹴られ、土煙が上がる音。


 シュバ、ザッ!!

 目で追えない速さで何かが木上へと移動し、枝が軋む音。


 ガサッガサッ、シュ、ボッ、ボッ!!

 上から下へ、下から上に、横から横に、と高速で動く何か。


 ガサッガサッシュッボ、ボ、シュバシュバガサッ、ザッザッスタタシュッボ!!

 連続して炸裂する、大地と森林。



「ひぃぃぃぃぃ!速ぇぇぇぇぇ!!タヌキなのにッ!タヌキのくせにッ!!」



 なんだよこれッ!!こんなんが居るって聞いてねぇぞッッ!!


 もはや、その動きは目で追えない。

 木々を、地面を、岩を、縦横無尽に駆け巡るこの獣は、もう、俺の食卓に週二で並ぶ素敵な奴ではなかった。


 『死を司る魔獣タヌキ


 村最強の俺よりも2倍もレベルが高いコイツは、もしかして、森の主(ぬし)かなんかだろうか?



「なんてこった……。薪割りの時に感じた不吉はこの事だったのか……!」



 ちっ、初陣にしてトンデモナイ奴と出会ってしまった!

 ちくしょうめ!

 本当に畜生めッ!!


 今更、後悔をしても、もう遅い。

 俺はどうにかして、ここから生き延びなければならない。

 何か作戦を……。


 やっと俺の思考回路が動き出し、とりあえず斧を正面で構える。

 だが、突然に終わりの瞬間が訪れた。



「ヴィ!?ヴィァァァッー!?」


「……あれ?タヌキが消えたんだけど?」



 目の前で暴れ回っていた魔獣が忽然と消えた。

 いや待て。今、何かが凄まじいスピードでタヌキと衝突しなかったか?

 

 俺の目にチラッと写った戦慄の光景。

 あんなスピードの化物を捕らえられる奴がいるなんて信じたくない。

 ……が、タヌキが墜落した茂みが物凄く激しく動いている。


 しょうがない、おそるおそる確認しよう。



「……。あっっ」

「ヴィギッー!!」

「シャーーッ!!」

 


 とても悲しい事に、森を駆けていたタヌキは木の上から現れた『奴』によって捕らえられ、そいつの頭部と茂みの中で格闘していた。


 木の上からぶら下がる、丸太状の生物。

 見えている部分だけで3m以上もあるそいつは、灰色がかったまだら模様が印象的だ。



「……あぁ、ヘビか」



 俺は、ふと落ち着きを取り戻し、ソイツに目を向けた。

 目を向けてしまったんだ。



 ―レベル651―



「……。なんでッッッ!?!?」



 なんだそのレベルッッ!?!?

 すんげぇ事になってんぞッッッ!?


 俺よりも2倍も強いタヌキを捉えた蛇のレベル――、651。

 実に俺の6倍だ。

 つーかタヌキ、あっさり捕食されそうじゃねぇかッ!!

 お前は森の主じゃねぇのかよッ!?!?


 って、それどころじゃない!早く逃げねぇと!!



「よし、そのまま大人しく食われ――。えっ?」

「ヴィギィーっっ!」

「ヴィィィギルァァァッッ!!」



 ……?

 えっ。


 茂みの中で最後の抵抗をしているタヌキと、それにかぶりつく蛇。

 そこには絶対的な食物連鎖が広がっていて、どう考えても俺なんてお呼びじゃない。

 だからこそ、俺はさっさと逃げようと身体を返した。


 そして、走り出そうとした瞬間、背後で凄まじい爆裂音が響いた。

 何事かと思い振り返り、そこには……。

 4匹のタヌキが、雄々しく立っていた。



 ―レベル427―

 ―レベル562―

 ―レベル635―

 ―レベル213―



「ひぇ。」



 更に、湧き上がる土煙の奥には伸びている蛇と、その横に立つ体が一回り大きいタヌキ。

 そこには、計5匹のタヌキが君臨していた。


 あ、仲間が蛇に喰われそうだったので助けに来たんですね。分かります。



「……こんにちわ?」

「ヴィギーッッ!!」



 一瞬、挨拶が通じたのかと思ったが、そんな事は無かった。

 蛇から助け出されたタヌキが俺に向けて威嚇を発し、その横のタヌキが同時に牙を剥く。


 あ、なるほど。

 残った敵も見逃す気はないんですね。分かります。



「ヴィギルアッ!」

「ヴィギー!」

「ヴィギー!」

「ヴィギー!」

「ヴィギー!」


「キィィィィィぃぃぃぃぃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」



 土煙で姿が隠れているボスっぽいタヌキのいななきと同時に、俺は一目散に走り出した。


 このままでは俺がッ!

 タヌキの餌食にされるッッ!!



 **********



「ん、タヌキに襲われてる。可愛い」

「助けますかな?」


「安全は保障されてる。まだ様子を見ていたい」



 逃げ出したユニクルフィンを木の陰から見つめている影が二つ。

 謎の少女リリンサと村長だ。



「ふむ、無事に逃げ帰れますかな?」

「分からない。あの年齢でレベル100なんて見たことがないので、ちょっと予想が難しい」



 これから楽しい余興が始まるぞっと言わんばかりに溢れ出す雰囲気の村長は顎の髭を撫で、少女は平均的な表情で頬笑んでいる。



「とりあえず、怪我なく戻って来れたらそれでいい」

「ふむ、怪我なくといいますが、リリンサ様は防御魔法を掛けておったではありませんか。あんなにも厳重に掛けられたら怪我をする方が難しいのでは?」


「驚いた。私が掛けた魔法を見抜くとは、村長を名乗るだけはあると思う」

「ほほほ、これでも昔は――」


「ん、そろそろ彼の姿が見えなくなる。追う!」

「あぁ、この老いぼれは近道で村に帰っておりますので、どうぞお好きに」


「分かった!《瞬界加速(スピィーディー)!》」



 そして少女はユニクルフィンの後を追った。

 その結果、背後にただならぬ強者がいる事を知覚したタヌキの群れの速度が上がるなど、その少女は思ってもいない。


 ドドドと音を立てている足音が過ぎ去り、しばらくその方向を眺めていた村長は溜め息と共に言葉を吐き出した。



「ウマミタヌキ相手にこれか。不甲斐ないのう」



 **********



「はぁ、はぁ、む、村だ!俺は帰ってこれたんだッ!」



 息も切れ、泥にまみれた体を必死に動かし、村の入り口に辿り着いた。

 あ、危ない所だった!かなりギリギリだったッ!!


 必死に逃げる俺と、怒り狂うタヌキ。

 当初、そのスピードは互角。

 このまま行けば無事に逃げられると気を緩めた瞬間……。タヌキの野郎が何故か加速しやがった。


 だが、その時には既に村の入り口が見えていた。

 最後の力を振り絞った俺は、村の入口へ滑り込み振り返る。


 そして、タヌキは俺の事を諦めたのか、散り散りになって逃げていった。

 流石に、人間の村に押し入る度胸は無いらしい。



「ぜぇ、ぜぇ、……た。た、たたた!」

「どうしたのじゃユニク?タヌキは獲れたのか?」



 先程と変わらない場所に村長(じじぃ)は立っていた。

 すぐに駆け寄り、ありのままを話す。



「た、た、、たたたた……タヌキがボッ!ってなったんだッ!!そしたらヘビがシュッボ!って出てきたんだッ!!」

「ほう?」


「そんでもって、タヌキがズガァアアアン!ヘビがズドォォォォン!その後、タヌキがズドドドドドッッッ!!」



 あぁ……。自分でも何を言ってるのか、まったく分からない。

 俺はもう、ダメかもしれない。



「はい、果実水。これを飲んで落ち着くといいよ」



 溜息を吐きながら鬱陶しそうしている村長(じじぃ)の横、いつの間にか立っていた少女が瓶を差して来た。

 俺は手渡された果実水を受け取って、喉を鳴らして飲み込む。

 くぅーーー!生き返るッ!!



「ぷは!どうゆうことだ!説明しろ、村長(じじぃ)!!」



 ……で、状況確認を行う。

 村長から説明を聞いた後、お礼に拳をプレゼントだ。

 つーか、あんなの1時間も保つとか不可能だろッ!?

 怒濤のボスラッシュだったぞッ!?!?



「ほほほ、まあ、まずは落ち着いてワシのレベルを見てみぃ」

「レベルだと?」



 今更そんなもんを見て、なんにな……。



 ―レベル9980―



「はあぁぁぁぁッッ!?!?」



 何がッ!!

 何がどうなって、そうなったッッ!?


 ついさっきまで、村長(じじぃ)のレベルは99だっただろうがッ!

 なのにどうしてレベルがそんな事になってんだよッ!?


 レベルが4桁なんて見たことはおろか、存在するなんて知らねぇぞ!?

 つーかなんだそのレベル。マジもんの夜叉じゃねぇかッ!?


 俺は思考が追い付かず、そうこうしているうちに夜叉(じじぃ)が喋り出した。



「では、説明してやるとするかのう。あぁ、リリンサ様。興味が有るようでしたら、ご一緒に聞かれますかな?」

「是非お願いしたい。彼がこんな事になっている理由を、私は聞かなければならないから」



 いつもの飄々とした雰囲気で夜し……村長(じじぃ)は語りだした。

 村長(じじぃ)の横でこちらを見上げる少女も俺の現状が分からないらしく、大人しく話を聞く様子。

 あ、そんなワクワクした目で見るのはやめて欲しい。



「ふむ、むかしむかしの事じゃった…………。あるところに、せ――」

「いや、そうゆうのいいから!」



 この期に及んで要らないボケを始めた村長(じじぃ)の言葉を遮る。

 放って置くと、いつまでもこのノリを続けやがるからな。先手を打つぜ!



「ちっ、こうゆうノリが分からないならば、適当にかい摘まんで話―――」

「事実の隠蔽は私が許さない。お互いの為にきっちり話をする事をオススメしたい」


「ぬぅ…………」



 ナイスだ!名も知らぬ少女よ!

 さっきの果実水の礼も含めて、後でしっかりお礼を言うぜ!!



「じゃ、真面目に話すぞい。事の発端は、ユニク、お前じゃ」

「俺?」


「6年前にな、お前を連れた若者がこの村に現れたのじゃ。そして儂にお前を預け、どこかに行方を眩ました」

「あぁ、前にそんな事を聞いたっけな」


「問題だったのがお前のレベルは0だったという事じゃ。生まれたての赤ん坊ですら、産声を上げただけでレベルが"2"になると言うのに、意識なく眠っているお前はレベル0。あり得ないことじゃ」



 村長(じじぃ)は身振り手振りを器用に使い話し始めた。

 何気に多芸な村長(じじぃ)に感心しつつ、話の続きを聞く。



「そして、今お前が見ているレベルこそ、真実のレベル。人の経験はレベルという概念にて照らし合わせるのならば、数千にも及ぶのじゃ」

「数千……。」


「だが、意識なく眠るお前のレベルは0じゃった。ワシは思ったのじゃ。本来なら成長する過程で自然と上がって行くレベルを持たない少年は、この世の全てに恐怖しながら生きて行くのだろうかと」



 もし、村長の言う事が正しいのだとしたら……それはとても恐ろしい事だ。

 レベル一桁の俺が、レベル四桁の見知らぬ大人と暮らす。

 そんな事になったら、きっと、家に閉じ籠ってしまったかもしれない。


 ……というか、現在進行形で閉じ籠りたい。



「そして、心苦しくもある決断をしたのじゃよ。この子の見ている世界を偽り、その目に映る生物のレベルを『100分の1』にしてしまおうと」

「じじぃ……。そんなにも俺の事を心配してくれていたのか……」


「ふむ、さりとて、いつまでも隠し通せるものでもない。ならばとお前が肉体的に成長し、一人前としてこの村の外に出たときに魔法が解けるように、今まで隠しておったのじゃ」



 なんという事だ……。

 俺は、村長(じじぃ)や村の人々に守られていたんだな……。

 感極まって熱い何かが込み上げてきそうな頃、少女が口を開いた。



「うん、大体理解した。しかしそれならば、レベル100程度で狩りに行くのは無謀だと承知のはず。なぜ、一人で行かしたの?」

「だって、その方が面白いじゃろー(笑)」



 ……。

 …………。

 ………………熱い何かが、急激に冷めていく。



「ヒントは何度か出しておったんじゃよ、見識に差があると教えてやったしのう。だが全然気づかなくてのう(笑)。そしたら、『1時間だ!1時間でウマミタヌキ10頭狩って来てやるよ!』なんて言い切られて、もう笑い転げるかと思うたわ(笑)」



 あぁ、ショボくれた村長の顔が輝いてる。

 俺の中で何かが弾け、冷めつつあった心が急激に沸騰した。



「……こんのクソ村長(じじぃ)ッ!!ぶん殴ってやるッ!」

「ふむ、かかってくるがよい!」



 ここから先は、拳での戦い。

 しかし、村長(じじぃ)は、強すぎた。



「ほほほ、まったく当たらんのう?まあ、ワシはお前さんよりもレベルが高いからのう!」

「ちくしょうめ……」



 ぜぇぜぇと息を切らすほど殴りかかったってのに、全くかすりもしやしねぇ。

 この妖怪じじぃめ!!

 いつか必ず、この恨みを晴らしてやるからな!



「ねぇ、ちょっといい?」



 やり場の無い怒りを沈めていると、俺と村長(じじぃ)の戦いを楽しそうに見ていた少女が声をかけて来た。

 そういえば、まだお礼すら言ってなかったっけな。



「あぁ、さっきは果実水ありがとうな。すごく冷えてて美味かった…………ぜ……」



 俺の中に込み上げてくる、違和感。


 そう、この少女は夜叉と化した村長(じじぃ)を圧倒する程の強者。

 レベルが100分の1のときでさえ俺の4倍以上も強かったのだ。

 じゃあ、今のレベルは……?

 強張る俺の顔を見て察したのか、少女は淡々と、こう告げた。



「……そう、私はあなたの484倍、強い」



 少女の近くには、


 ―レベル48471―


 という数字が浮かび上がっていた。

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