出会いの春

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出会いと別れの季節。

双子の姉、愛梨は初めての出会いを経験した。

そして夫婦の元にもやってきたかもしれない新たな存在に、修二は一足早い喜びの表情を見せた。

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愛梨の大嫌いな存在が現れた。

うちの大事な娘を悲しませるとは。

こんなに泣かして、どうしてくれるのだ。

父、修二はハンドルを握りながら怯える娘を気に掛けながら、幼い胸の内を気にかけた。



今日は一日家族で出かけた。

近場のショッピングモールではなく隣の県まで足を延ばし、ドライブがてら海風に当たりながら春の陽気を楽しんだ。

子どもたちの服や靴、それに修二もスニーカーやバッグを新たに購入し、大満足な一日だった。


「この服、試着してみたら?欲しいんだろ、買ってやるよ。」

「ホントに?嬉しい!」


春素材のシースルーワンピース。

育児中の身、着られる場面は限られるだろうが、ここ何年かはショッピングをゆっくりと楽しむ時間的な余裕もなく、物欲旺盛ではない里美だって三児の母とはいえオシャレを楽しみたいだろう。


「修二くん、どっちが可愛いと思う?」

「桃瀬はピンクより黄色かな。性格の明るさが増す気がする。」

「ママどっちが可愛い?」

「こっちー」


男性陣のカラー選択により黄色を選んだ里美は、いつこれを着て出かけようか楽しみで仕方なかった。

その後、食事を済ませると再びショップ巡りが始まった。

修二は日頃の感謝を込め、今日は色々と家族に買ってやりたいと思っていた。

日々仕事ばかり、子ども達の世話だって自分なりにしているつもりではあったが、それが家族にとってどう映っているのかは彼ら次第なのだ。


「あのさ、ここじゃなくても良いと思うんだけどね。もう無いのよ、アレ。」

「アレ?」

「この間、最後だったでしょ。」

「あぁ!ついでだし、ここの中にドラッグストアあったよな?後で寄ってくか。」


修二も先日の事を思い出していた。

着けようと引き出しを開けた際、手にとった箱の軽さに『まさか』とは思ったが、幸いにも残り一つを破る事なく最後は無事に中へ吐精することが出来たのが数日前の話。

意識がそっちに集中している場合、そういう事はつい忘れがちになってしまうものだ。

ドラッグストアが同じフロアにある事を知ると、忘れぬうちに用を済ませる。


「どれがいい?色々あるが…これはサイズがLまでか、ダメだな。こっちは?」

「これ気になるけど、挿れちゃうとあんまりわかんないもんよね。」


凹凸のあるタイプやメンソールによる爽快感を得られるタイプなど様々だ。

子どもの前でする様な話でもないのだが、夫婦にとって選択肢は元々それほど広くはなかった。

ラテックスアレルギーの里美にとって使える素材は限られるし、修二のサイズも店により数種類しかない事は珍しくない。


「あーぱーまん!」

「絆創膏はお家にあるから要らないの。ゆーちゃん、これはないないしてね。」

「優梨できるかな?」


聞き分けの良い女の子の中でも優梨はどちらかというと、より素直な性格であり他の二人と比較すると助かる部分が多い。

ちゃっかりと子どもの視線に入る場所に置くことはどうかと思うのだが、要らぬ物は買わないスタンスの里美。

ふと視線を振ると、買っておきたい物を見つけそれを手に取った。


「ごめん、これも買っておきたい。一緒にいい?」

「え…あっ、と…そういう事?」

「違うと思うんだけど、念のためよ。もしかしてって思う時はあるでしょ。早く試してスッキリしたいのよ。」

「今、いるかもって事?」

「わかんない…」


それをカゴに入れた後、下腹部を見つめる修二の顔を里美は見られなかったが、何となく嬉しそうな顔をしているだろう事は分かった。

恐らくないだろうとは思うが、もう随分と月のものが来てない気がしていた。

アプリ管理などすれば良いのだろうが、不規則な故あまり参考にはならないのだ。

レジへ来ると、棚に戻したはずの絆創膏を今度は亮二が手にしていた。


「亮くん!?何で持ってるの。」

「これもかうね。」

「『買うね』じゃないでしょ?」

「こちらは無しで宜しいですか?」

「まま、かーうーの!」

「通してください、そのままお会計お願いします。」


子ども達に甘々な修二がスタッフにレジを通すよう頼むと、勝ち誇った顔の亮二はそれを店員から受け取った。


「んったくもう…あまり甘やかすの止めてよね。」

「欲しがってるんだしいいだろ。無駄になるもんじゃないしさ。」



帰りの車内、突然に大泣きを始めた愛梨。


「ぱぱぁ、とって!とって!」

「何だよ愛梨。パパ車運転してるの。桃瀬、お茶じゃないのか?俺、今ムリ。」

「あーちゃん何?お茶?お菓子?」


里美が後ろでチャイルドシートに座る子ども達の方を振り返ると、愛梨が顔を引き攣らせながら足を揺らしパニック状態になっていた。


「むちさんいるの、あーりのあんよに!やーなのー!あーーあぁー!やだー!」

「ちったいの、むしさんいるねぇ。」

「や、やぁぁぁぁ!とってー!」

「修二くん、一回車停めよ。」


愛梨の隣に座る亮二も不思議そうにそれを見つめているが、足にいるという虫を取ってあげるわけでもなくただ見ているだけ。

修二はコンビニの駐車場に入り車を停め降りると、子ども達の元へ駆け寄り愛娘を泣かしたその相手とついに対面することとなった。


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