第68話 【海外勢力】海宿の姉

「それでは、私は失礼しますぞ。旅の疲れを癒してくだされ」


 宿の案内をしてくれた町長は、宿の人に俺達の事を頼むと、こちらに頭を下げて帰っていった。

 宿の人は和やかな表情でこちらに近づいて来て、部屋へと案内してくれる。


「勇者一行様のお部屋は、こちらになります」


 #####


 通された部屋は海の見える大きな一室で、いくつかの小部屋もあるみたいなので、落ち着いて休めそうだ。部屋の中央には大きな机があって、エリンの森に近いからか、真ん中のバスケットには果物がたくさん積んである。


 ここにまで波の音が聞こえてきて、耳が癒される気がする。


 部屋を見たおねえちゃんは奥にあるベランダへ行くと、手すりにつかまり緑の眼を細めて上機嫌にしている。見たことのない景色に嬉しそうだ。

 俺も一緒になって部屋からの海の景色を見ると、確かに塩ダンジョンの時に見た海とは違う印象を感じる。


「前に見た、お塩ダンジョンの海とはまた違うね~!」

「ここは随分と浜辺が広いね? おねえちゃん」

「地形の造られた過程が違うのよ。詳しくは省くけど、あそこは崖が侵食されて出来た地形だから、狭い浜辺になっていたわ」


 おねえちゃんと一緒に、前にガルト王国で見た海と比べていたら、ローズから補足が入る。この地形が出来た理由が自然現象なのは安心だ。

 強者の攻撃は時に地形を作ることがあるから、この辺りに暴れている強者が居るんじゃないかと不安だったので、懸念の一つが取り除かれて心休まる。


 強者といえばと、おねえちゃんを見る。


 魔樹の森に赤茶色の回廊を作ってしまったおねえちゃんも、すでに地形を作る系な強者の仲間入りをしていると思っていいだろう。

 さすがは、おねえちゃんだ……!


「おねえちゃん、凄いよ……!」

「どうかしたの~?」

「何を考えていたのかはわかるけど、チェルシーが凄いのはその通りね?」


 心当たりのないおねえちゃんが首を傾けるけど、つい心の声が漏れてしまったのだ。ベランダまで椅子を持ってきたローズも俺に同意して、座って絵を描き始める。


 久しぶりに魔樹の影に包まれた森から出てきたので、当たり前のことだが昼は明るい。エリンの森は多少明るかったけど、結局のところ森の中だった。真昼間の太陽が海を照らして、キラキラと輝かせて眩しい。


「少し、眩しいな」

「クロ、大丈夫~?」

「目が良いのも考え物ね? ここで休んでる間に慣らしておくべきだわ」

「了解だ」

「戦艦が来るまで時間はある。急がなくても大丈夫だよ」


 ローズが赤い眼を俺に向け、忠告してくれるので、素直に海でも眺めて目を慣らしていこうと思う。白黒の町はちょっと目に痛い。

 ベクターの話ではまだ時間はあるみたいだけど、俺もこの珍しい街には興味があるので、出来るだけ早く慣らして見物したいと思っている。


「クロ~、大きな船だね?」

「海を越えてきた船かな?」


 おねえちゃんが指差す先には、確かに随分と大きな船が見える。ローズの言っていた海外からの船なのだろうか? 巨大な帆を張って、飛んでいるようにも見える。

 そんな船を眺めていると、描く手を止めたローズが楽し気に説明し始める。


「あれは、魔導フロートで浮いてるわね。ここからは見えないけど、大型の魔導スラスターでバランスをとっているはずよ」

「木造の船に見えるんだけど、そんなものを積んでるのか?」

「骨格は金属製ね。戦艦ほどでは無いけど、お金がかかっているわ。よっぽど儲かっているんでしょうね」


 赤い眼を細めるローズの視線の先を追うと、船の竜骨やマストが木製ではなさそうに見える。それでもあれだけ巨大な船の一部が金属製だなんて、ローズの言う通りに儲かっていそうだ。


 海を越えてくるのも納得の儲かり具合に思える。


「ガルト王国の西にあるブルポン協商連合なんて、海外の資金で傀儡状態だわ。今回の件が終わったら回っていくけど、気を付けておきたいわね」

「連合……。海外は複数の国を傀儡にするほどの資金を貿易で稼いでるのか」

「まあ、色々やっている海外だけど、モンスターの少ない土地だから、戦力は小さいわ。書籍から読み取れる戦術論も美しかったけど、高レベル者が考慮されていないの。大きくて弱い国ね」

「不思議な国なんだな」


 俺達と海外は関係ないように見えて、意外とすぐ近くまで手を伸ばしていた。


 ガルト王国の西にあるアレス周辺を騒がせているのはブルポン協商連合だ。傀儡にしている国家を使って、攻撃してくるという事は、海外も敵なんだろうか?

 俺達は、ドラゴンのダンジョンをブレイクしに行く勇者であることを喧伝して国々を通り抜けているから、海外の国からも認識されていると思う。何かしてきたりするのかな?


「海外勢力は、何かしてくるかな?」

「まさか……。私達って、もう大戦士直前なの。こんな高レベル者だけで組まれたパーティーなんて、軍隊そのものだわ。手を出してくるなら、戦争じみた事になるわね」 


「勇者チェルシー軍が本当になっちゃったわね?」と、絵を描くのに戻るローズは赤い眼を細めて、海を観察する。

 そんなローズに果物を持ってきたおねえちゃんが並んで、絵を描くのを横から覗き込み果物を齧っている。


 海外の戦術論には、高レベル者が考慮されていないというローズの言葉に、不安を覚えて、俺は何となく海を眺める事にした。


 明るい海は平和そのものだが、船がこちらへ近づいているように見えるぞ……?

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