第3話 【書類結婚】回想の姉

 夢を見ている。


 鮮烈な赤光しゃっこうに目を焼かれる。


「ここまで一緒に遊べるなんて! 楽しいね! 僕と世界が終わるまで遊び続けよう!」


 激烈な赤光の嵐を欠けのある黒い剣がすり抜けていく。


 永遠と流れる赤光の激流を遡り。


 人型を欠けのある黒い剣が貫く。


 □黒剣起動! 全ターゲットの破壊を確認! お疲れさま。□


「君たちは素晴らしい!」


 □あいつの身体が弾けて? なぜ! なんで?□



 意識が浮かび上がってくる。

 よくわからない夢を見ていた。

 だが目の前の事の方が重要だ。


 ――俺は今おねえちゃんの胸の中にいる!?


 俺は現実逃避に昨日のこと、色々有った傭兵生活一日目のことを思い出す。




 病弱だった俺を支えてくれた二つ年上のおねえちゃんが普通より遅れて十七歳で結婚するのを機に、おねえちゃんにも相談して戦士として身を立てる為、傭兵になろうと村を出る。


 健康になったのでおねえちゃん離れをするためでもある。


「予定通りにアレスの街で傭兵になってくるね」


「おねえちゃんも、結婚の準備が出来たよ〜!」


 俺がおねえちゃんに出発の報告をすると、おねえちゃんは緑の目を細め嬉しそうに俺へ結婚の準備が終わったと教えてくれる。


 おねえちゃんをここまで喜ばせる奴に嫉妬するが、おねえちゃんが幸せなら良い。


「おねえちゃん、またね!」

「うん? クロ〜、またね!」


 一人で村から出た黒髪の傭兵志望こと俺は、足跡でデコボコの街道を下を向いて進んでいく。


 この国ガルト王国の傭兵は戦争から怪物退治に馬車の護衛までする何でも屋であり、極まった力を持つ者は大戦士と呼ばれ、土地の開拓を許可されたり、国の議会に席を与えられたりと立身出世できる。


 だから身を立てるには、傭兵としての栄達が一番だ。

 

 これからの事をふんわりと考えながら足跡でデコボコした街道を歩いていると、俺はガルト王国の大都市であるアレスの門、歴戦を感じさせる傷だらけの黒い門にたどり着いた。


 俺の住んていた村は大都市のすぐそこにあり、大都市の近くならばすぐに救援が来るから村のおねえちゃんも安全だ。


 ――俺も安心できる。


「アレスに来た目的は?」


「うっ……」


 門の前で屈強な衛兵に目的を聞かれる。

 しかし強者の威圧感に歯が噛み合わず、上手く喋れない。

 すると、後ろで待っていた女性が、こちらに近付き都市への移住の書類と共にこう答えた。


「この人、私の夫なんです~! 傭兵になるって言うから一緒に移住しに来ました~!」


 ――彼女は急にとんでもないことを言い始めて、夫とはどういう事だろうか!?


「そうか! 戦士は度胸だぞ! まずはしっかりと妻を守れよ!」


 衛兵に肩を強く叩かれる。 

 ――靴底が……地面に埋まってしまった!?


「それじゃあ、そういうことで~」


 自称妻に腕を引かれながら、埋まった靴を地面から引き抜かれ門を通ることに成功する。


 既に瀕死だから今日は休も……。


「ダメだよ~登録しないと、傭兵になれないんだからね~!」


「早い方が良いよね」と考えを先取りされて連れていかれる。

 腕を胸に抱かれるが鋼の理性が俺の紳士を再起動させた。


 大きな胸の間から腕を抜いて何をするんだと顔を見ると、そこには桃色のショートカットを黒いリボンで抑えた大きな緑の目の女性が居た。


 見間違えるはずもない俺のおねえちゃんだ!?


 くすぐったそうにしながら腕を柔らかな胸に戻され、嬉しいけれど何の理由があって胸に手を抱くの!?


 ぐんぐんとアレス中心の広い道をまっすぐ進んでいくおねえちゃん、その細い脚から繰り出される力強い足取りは、俺の手を抱いてるのに重さを感じていないみたいに軽やかだ。


 だが待ってほしい……待って?


「姉ちゃん!? 村で結婚するんじゃ!?」


 ――唐突だったから、驚いて流されてしまったけど、一体どういうこと!?


「姉ちゃんだなんて他人行儀でかなしいよ~! おねえちゃんと呼んで!」


 「反抗期になってしまったわ」と、長いまつ毛の目立つ目元に手を置いて泣きまねする愛しき人、違うのだおねえちゃんは結婚するのだから、おねえちゃん離れをしようとしただけなのだ。


 ――内心はともかくとして……。


「道の往来でみんなが見てるよ、おねえちゃん!? 傭兵ギルドへ急ごう!」


 俺のおねえちゃん発言に上機嫌になったおねえちゃんの手を引いて、ほほえましそうに見る街の人々の視線から逃げるように下調べはしてあった傭兵ギルドへの道を行く。


 おねえちゃんがするりと、また隣に来ると再び俺の腕を抱いて……。


「クロと結婚するんだよ! 夫が戦士になると聞いて心配しない妻は居ません!」


 と形の良い眉をしかめて衝撃の発言をするおねえちゃん、どういうことなの!?


 あの村にクロは俺だけだ、しかも俺は内心以外でプロポーズした記憶は無い。


「ごめん。記憶にないんだけど、俺っておねえちゃんにプロポーズしたっけ?」


 俺の質問に心底驚いた顔でおねえちゃんが答える。


「5歳の頃にプロポーズしたでしょ! おねえちゃんと結婚するって」


 ……?

 どういうことなの???


 後で結婚の書類を確認したら、書類上はそれが婚約扱いになっていて、俺が十五歳になるのを待っていて、おねえちゃんは結婚していなかったそうだ。


 お隣のローズに知識自慢されたことがある。

 年上は年下が適齢期になるのを待つのが常識だって。


 ――俺はうれしいけれど、これがまかり通るのは大丈夫なのかな?


 気を取り直して今後の事を考える。


 アレスは戦士の街とも呼ばれていて街の中には闘技場、周辺には沢山のダンジョン、周辺国からは何かとちょっかいを出されて、小競り合いが繰り返されているので戦場も多い。


 戦士としての栄達、栄有る戦いの多い地域なのだ。


 俺も戦士として成り上がることを夢見て、傭兵ギルドの何度も何度も付け替えた跡のある簡易扉を押し開く。


おねえちゃんと一緒に!

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