第34話 【隠れ家で】草食の姉

 アルテの先導で大きな道を歩いている。

 巨大な魔樹の外周をくり抜いて作られた道は、点々と設置された魔道具の街灯に照らされており、暗いのにそれなりの人が行き交っている。

 赤暗い夕暮れから暗闇に変わりつつある空を横目に俺達は進んでいく。


「シャドウナイトって、何〜?」


 俺の腕に抱きついているおねえちゃんの問いかけに、俺を挟んで反対側を歩いているローズが嬉しそうに答えた。


「騎士を取り締まる騎士ね。帝国の騎士は競合が少ないから、傲慢になって悪事を働くものが後を絶たない。シャドウナイトはそれを食い止めるための抑止力よ」


 ローズの解説にベクターが補足する。


「さっき警戒していた通り、悪事を働いた騎士の処分も込みだよ」


「怖い?処刑人だよ?」と前を歩いていたベクターは、振り返って悪ぶった深い青の目を俺たちに向ける。


「悪いやつは、やっつけないとね!」


 おねえちゃんは大丈夫みたいだ。

 アレスの衛兵隊を間近で見ていたので、悪即斬が心に根付いてるのかもしれない。


「悪事を働く予定はないから、問題ないな」

「悪くない仕事ね」


 要するに悪いことをしなければ大丈夫ということなので、衛兵隊と一緒だ。

 帝国にあったダンジョンのブレイクを主導したローズも、バレなければ問題無しの理屈で涼しい顔をしている。


「友好的な関係が築けない為、任務辞退の線は無理か……」

「辞めたいの〜?」

「アルテマの誘いには乗ったけど、流石のあたしも覗きからの偶発戦闘は気まずいんだよ」


 おねえちゃんの質問に答えたベクターは、深い青の目で俺の顔を上目遣いで覗き込みながら、問いかけてくる。


「そこのあたしと同じ黒髪の……「クロだ」クロくんも、あのとき結構追い詰めたから嫌じゃない?」


 強襲してきた割に気遣ってくれるなんて良い奴だな!

なんだか帝国のダンジョンを潰したのが申し訳なく思えてしまう。

 あの時は追い詰められたけど、実はそれほど怖くはなかったんだ。


 何故ならば……。


「おねえちゃんと一緒だから大丈夫だよ」

「…なんて?」

「おねえちゃんと一緒だから大丈夫!」

「聴こえなかった訳じゃないんだよ?……どういうことなの?」


 説明を求めるようにローズに困ったような深い青の目を向けるベクター、何が疑問点があったかな?


「チェルシーが居れば無敵なやつなの。問題無いわ」

「面白いだろ! しかも姉弟で結婚して、新婚旅行中さ! 勇者の証は新婚旅行の通行証扱い!!!」


 聞いていたのか俺達の話に加わってきたアルテが大げさに腕を振り回しつつ楽しげに暴露すると、ベクターの深い青の目がユラユラと俺たちを順番に見る。


「クロのおねえちゃんで妻のチェルシーです」


 おねえちゃんが胸を張って自己紹介するとついに指を噛んで痛みを確認し始める。


「夢じゃなくて現実だ……そちらの金髪の方は……?」

「チェルシーの親友で戦友のローズよ」


 ローズもおねえちゃんの肩に右手を置きながら、自己紹介をする。

 

「クロくんとアレな事をしてましたよね?アルテマの言う通り親友のおとう……夫と親友の前で不倫を……?」


 指を噛んだ痛みで冷静さを取り戻したらしいベクターは、疑い深そうな深い青の目でローズを覗き込んでいる。


「クロとは戦友ね。あれは監視を自然に伝える為の演技。本の通り、上手くやれたわ」


 ローズは堂々と胸を張っている。

 あの時は迫真の演技過ぎて混乱したけど

 流石はローズだ。

 余計なこともされた気がするが、おねえちゃんの見稽古込みだったんだろう。


 しばらく歩いてはこちらを気にして振り返る蒼の目に親しみを感じ始めていると、アルテが立ち止まった。


「ここが美味しい食事を出すところだよ!!!」


 アルテが連れてきたのは小さなお店で大樹に直接つけられたドアの上にちょこんと食事処と書かれている布が掲げられている。

 ドアを開けて開幕に楽天エルフが声を上げる。


「大将、やってるかい?」

「いらっしゃい! やってるよ何人だい!」


 店の奥から初老の男が聞いてくる。

 男は清潔そうな白い服を身にまとい、調理家具をいじっているので料理人だと思う。


「五人! 後から一人来るよ!!」

「今日はあんたらで店じまいだな! 座ってくれ」


 入口近くの机に椅子だけが有る単純な席を勧めてきた料理人は、さっと下がると大きなボウルに湯気の上がった青い枝の入った物を渡してくれる。


「魔樹の新芽を茹でた奴だ! 塩でやってくれ!」


 トンと塩の入った皿も置いていく。来たばかりなのに対応が早いな。予約でも入れていたかのような早さだ。

 奥から何かを調子よく炒める音が聞こえてくる。

 アルテが素手でボリボリ食らってるので真似してかじりつくとシャキシャキしていてほんのり甘い。塩を付けてみると、甘みが増して食が進んでしまう。

 隣のおねえちゃんとその奥のローズは行儀よくフォークで器用に食べてるが、あと一人……。

 ベクターはドアの前に立ってこちらを見ている。


「みんな切り替えが早すぎだよ……?」


 青い目は呆れているようにも見えるがアルテが勢いで押し通す。


「いいから座って!ここに座って!」


 ローズの向かい側の席にいるアルテの勢いに押されてベクターがその隣りに座ったすぐ後にドンと山盛りの炒め物が出される。


「魔樹の新芽の細切り炒めだ!熱いからな気をつけろ」


 これも同じく魔樹の新芽みたいだが、タレに絡めて炒められた新芽は先程とはまた別物だ。

 熱そうなので、冷ましがてらベクターの話を聞くことにする。


「帝国の観戦武官というのは?」


 青い枝に苦戦していたベクターが諦めて素手で掴み噛みつきながら教えてくれる。


「前回の硬貨の勇者がガルト王にカチコミをかけて負けて、そのまま手下になっちゃったから、そういう自爆を防ぐ為の情報提供が主だよ。友好的関係を作ってあわよくば仲間に、せめて敵対され辛くするのが目的だよ」


 硬貨の勇者というのは、双子の勇者リーブとセーラだ。

 銅貨が男のリーブでふてぶてしい顔をしていて、

 銀貨は女のセーラでニッコリしている。

 金貨は玉座に座るガルト王だ。


「生かして手下にする代わりにダンジョンという資源を押さえているガルトの発行する硬貨に顔と名前を入れられて、最も有名な勇者になったわね」

「この大陸中で使われる硬貨に勇者二人の顔を入れられたのは完全に帝国民の士気を挫いた。その反省にこの観戦武官だよ」


 炒め物に手を出すとピリリとした食感で楽しい、何が入っているんだろうか?

 おねえちゃんは気に入ったみたいで残像の見えるフォーク先で山を崩していく。

 全く零していなくて綺麗なものだ。


「おねえちゃんすごいよ」

「アルテマ、さっきから、ここの料理って全部が魔樹だよ……?」

「ここでしか食べられない高級魔樹料理だよ! 魔樹最高と言え!」


「魔樹最高!」キッチンの方から叫びが聞こえてくる。

 素早く両手に山盛りの皿を持った店主が皿を置いていく。


「魔樹を砕いて油で揚げた魔樹揚げだ! 熱いうちに食べてくれ」


 扉が開いて白鎧が入ってきた。


「襲撃を受けたと聞いたのだ。みんな無事?回復の奇跡は要る?」

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