第33話 【影の騎士】強襲の姉

 高級宿の花騎士の間にて。

 ベッドの上で夜会服を着たおねえちゃんが、花冠を眺めてニコニコしている。

 あれは前にアルテからプレゼントされた花冠だ。ガルト王国から帝国に移動したときの夜道で送られた奴かな。


「友達が増えたよ!」

「友達……かな」


 ひたすら、笑い転げていた気がするけど、俺にも魔樹の樹液を振る舞ったりして突拍子もない事もやるが、友好的ないいヤツだ。

 まさかドラゴンキラーだったとは。


「もう暗すぎて描きにくいから、折角の高級宿を楽しもうかしら?」


 魔樹の森の赤暗い夕方の窓を開けて、ローズが部屋に戻ってきた。

 彼女は胸の大きく開いた赤い夜会服を着ており、その上に透けるほど薄い赤のストールを羽織っている。纏めていた金糸の髪を開放した。

 俺達が寛いでいるベッドまで来るついでに、フルーツの入ったバスケットを持ってくる。ルームサービスで買ったやつだ。


「夕食まで時間もあるし、一緒に食べない?」


「ありがとう〜ローズ!」

「ありがとう」


 例のエリンの森が近いからか、バスケットにはフルーツ山盛りで取り合いするまでもない。

 おねえちゃんが小さな口にたくさん放り込むのを見て、俺も頂く。


 ……これは当たりだ!


「甘い!」


 つい声に出てしまう程に甘くて、二人から口に指を当てて羨ましそうに見られる。

 知られてしまった俺の甘露を守る方策は有る。


「おねえちゃんにも分けて〜?」

「持ってきたのは私よ?」


 手のひらを出す二人に渋々、生贄を捧げる。


「「甘い!」〜!」


 二人が生贄の捕食に夢中の間、残りを素早く口の中に放り込む。口の中が幸せだ。


「独り占めは駄目だよ〜?」


 おねえちゃんに後ろから羽交い締めにされて大きな胸を枕にベッドへ倒れ込むと、才女によって手から残りの甘露を奪われた。

 暖かく柔らかい枕に頭も幸せになってしまうが、眼前で繰り広げられる残酷な生贄の儀式に義憤を覚える。


「本当に甘いわ、チェルシー口を開けて?」

「んあ〜、甘い甘い!あ、丁度良いから練習しよう?」

「先にやって見せるわ」


 練習……? なんだ?


 何やら相談した後、容赦なく俺の甘露を全滅させた赤い目が、今度はニヤリと俺を見据え、ストールを放って俺の肩に伸し掛かり、大きく開き布が少ない夜会服越しの胸を密着させてくる。

 俺の目と鼻の先で胸が押し付けられ強調される。

 

 何事だ!?


 驚いた俺は顔にかかった金髪をはらうローズに、抗議の声をあげようとする。

 おねえちゃんの前で冗談じゃないぞ!?


「お手本を見せるわ。予習は本で完璧! んちゅ」

「何をする!? も!」


 ピンクの唇が俺の抗議のためと開いた唇を塞いできた。ブドウ味の甘くて小さな舌が侵入し俺の舌に絡んでくる。

 大胆な行いの自覚はあるのか顔は赤いが、本とやらの知識通りに成す術なく蹂躙されてしまう。

 満足したのか俺から甘露の残滓を奪い離れていくと、唾液の透明な橋が掛かり崩壊してお互いの口周りに付き、ローズはそれを一仕事したように手の甲で拭った。


「甘くて良し、本の通りね!」


 良しじゃないが……!

 おねえちゃんと結婚している俺に何故こんな事を?

 などと俺が現実逃避をしている間に事態は急変し、視界がおねえちゃんの逆様な顔でいっぱいになる。


「私もやるよ〜!」


 狙い澄ますように緑の目を細めたおねえちゃんは小さな口の唇をペロリと舐めてから俺の顔と互い違いに重ねてくる。

 逆様だが今の手順をトレースしたように舌を絡め蹂躙され、ついに鋼の相棒が膝をつく。

 ローズの真似をして一仕事したように口を拭うおねえちゃんは緑の目を細めて楽しそうだ。


「甘くて、良いね〜!」


 前から抱きつくように俺を拘束していたローズが俺の首に顔を近づけ小さな声で囁く。


「天井から監視されてる……二人共、戦闘用意」


 その声に鋼の相棒が再起動する。

 おねえちゃんの緑の瞳孔が一気に開き、俺の顔をまたいで馬乗りの体制に移行すると、スカートに隠れた太腿のベルトからナイフを二本抜き一本を俺に渡してくれる。

 俺達がナイフを持ったのを確認したローズは、スカート内の太腿のベルトから引き抜いた手の平大の機械筆と言うべき極小機械槍で天井を早撃ちする。


 それに対して、天井を切り抜き濡れガラスの黒髪が降って来て両手のナイフで俺の懐に飛び込み強襲してくる。

 俺がナイフ一本で二刀に対抗できるとは思わないので、防御中心に行動する。

 黒のマントから突き出た順手と逆手で振るわれるナイフを順手の方はナイフ同士で連続で弾き合い、逆手は腕自体を腕で抑え受け止める事に成功するが、相手の方が出力が強い。


 高レベルの戦士なのか!?


 二人の援護まで受け持つこと叶わず、強襲の勢いのまま連撃と腕の押し込みに部屋の隅へ押されていく。


「クロ!?」


 ピンチの俺を救ったのは、慣れない装備でも正確に敵だけを捉えたローズの牽制射撃だった。

 狙撃のように正確な射撃に俺から距離を取った相手は、おねえちゃんの無音追撃を大げさなくらい飛びのき回避すると、テラスの手すりに立ち会釈する。


 赤い夕焼けが差し込む様子を背景にした黒尽くめは、大変に不気味だ。

 おねえちゃんの追撃の後、相手の立って居た床には深い切り傷が無数に刻まれていた。


「夕べの男女交流見学は不躾だったかな? あたしは帝国からマダイジュの勇者への観戦武官として派遣されたシャドウナイトの一人だよ」

「シャドウナイト! 騎士たちの処刑人として同族殺しでレベルを集中された者よ! 気を抜かないで!」


 自己紹介に対して、懐から取り出した新たな機械筆を向けながら、注意を促す才女の言葉に場の緊張が高まる。


 自称観戦武官の切り抜いた穴からアルテが降ってくると、停戦を呼び掛けてくる。


「待った!こいつはベクター!僕の知り合いだよ!新勇者関連で面白い物が有るって見せに来たんだ!だけど、妻公認で不倫を始めるとは僕も思わなかったぞ!!新しいな!」


 不倫ではない。


「「違う」わ」「二人とも仲が良いよね?仲が良いことは~良いことだよね~?」

「チェルシー!?」

おねえちゃん!?


「こんな奴に付き纏われるのには同情モノだよ。でも……ガルトの風紀はどうなってるの?」

 俺と同じく黒髪のベクターは頬を赤くしながら、覗きの感想を伝えてくる。

 しかし知り合いに覗きを勧めるなんてドラゴンキラーのやる事か!?

 もうアルテは楽天エルフで十分な気がするぞ。


 この場は原因でもあるアルテの仲介で収められ、俺たちは観戦武官とやらの話を聞くことになった。

 アルテの奢りで高級料理を食べながら、だ!

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