第32話 【花が導く】勇者の姉

 赤いカーペットの敷かれた謁見の間にて。


『我らマダイジュはチェルシーを勇者に認定する』


 壇上に並ぶマダイジュの重鎮達が宣言する。


「私、勇者になります!」


 桃色ショートの麗人が顔を上げながら答えた。

 麗人は俺のおねえちゃんだ。

 何時になく乗り気な様子に、何でこんな事になったかを回想する。


 #####


 俺達が大きな階段を降りてくると、ロビーでは唯一出ている耳を垂れさせている白鎧のエルフと、ニヤニヤした楽天エルフが臨時に置かれた待合テーブルで従業員複数を侍らせて待っていた。

 俺達の到着を見て、残念そうに従業員達は下がって行く。


「済まないのだ。少し妙な事になったのだ」


 人払い後、申し訳無さそうな声音で白鎧エルフが謝る。


「良いね! 良いね! 楽しいぞ!! こうでないと!」


 楽天エルフが嬉しそうなので、あまり歓迎すべき事態では無さそうだ。


「妙な事って何がどうなったの?」

「どうしたの〜?手伝えるかな?」


 ローズとおねえちゃんがエテルナに詰め寄れば、妙なことの内容が開示される。


「チェルシー、君が勇者に認定されるのだ。私がドラゴンの剣を持つ君に偶然出合って、龍の巣窟へ導く事が皆の琴線に触れてしまったらしいのだ」


 おねえちゃんを勇者認定!


「なんてこと……! 所属を理解した上でなの?」

「この国はドラゴンの撃滅を全力で支援する。それに所属なんて関係ないのだ」


 見た目通り木ばかりを建材にした燃えやすい国、ドラゴンは天敵で民衆を安心させるためにあんな弩砲みたいな装備を見せつけてるんだ。


 しかし、おねえちゃんを勇者認定するとは、中々お目の高い国だな。


 勇者に選ばれたというのに平然としているおねえちゃん。

 流石だ。


「おねえちゃんすごいよ……! 」


 ローズの赤いジト目に睨まれる。


「のほほんとしない! 他国の人間をレベルも調べずに勇者認定なんて例がないわ。他の目的はあると思う?」

「私への罪滅ぼしだと思う。僧侶の目的は勇者を導く事。国民含め重鎮まで、この国の人々は結果的に死地に導いてしまった私の事を気遣ってくれるのだ」


 森を出た理由か。

 守りたかった者達を結果的に追い詰めた件を褒められて耐えれなかったと聴いている。


「悪い国と同盟を組んでいた自業自得! で済む話ジャン! エテルナは悪くないし、エルフ生は長い! 得したと思っとけ!!」


 楽天エルフが笑い飛ばす。

 本当にお気楽だ。彼女はエテルナの責任感を見習うくらいでちょうど良いと思う。


「勇者になると、どうなるの〜?」


 おねえちゃんの質問にローズが嬉しそうに答える。


「勇者は国境を無視出来るわ。勇者を制止出来るのは、それ以上の力だけ。ガルト王国以外では特権同然ね!」


 ローズの答えにおねえちゃんの周囲の暗さに深い色になった緑の目が輝く。


「隠れないで、新婚旅行出来るんだ?」

「ブフフ!! 新婚旅行のために勇者になる!!」


 アルテが綺麗に掃除された床で転がり、端正な顔を崩壊させて笑うのを最後に回想から帰ってくる。


 #####


 豪華なイスから立ち上がり前に出てきた豪華な冠の王様が膝をつき、顔を上げているおねえちゃんに薄紫の額当てを与える。


「我が国の勇者の証である勇者の額当てだ。その役割ゆえ例外的に引き継がれる遺産装備レガシーウェポン、その効果は単純にして強力な身体強化である。花の騎士様の本願成就の一助をお頼みする」



 勇者になる事、それ自体が試練ということか。遺産装備レガシーウェポンと言う名の通行証を手に入れた、更に強すぎるおねえちゃんとの旅は勇者の肩書と一緒に続行だ。


 #####


 まだ予定があるらしいエルフ二人とは別れて三人で宿に帰ってきた。

 花開く開き方のドアには慣れそうにないけど、今日一日の事なので開けたり閉めたりして楽しんでおく。


「楽しいドアだね~!」

「面白い知恵の使い方ね」

「そうだな」


 部屋に入った俺たちは、どこからかアルテが持ってきたレベル7用ギルド冊子を疑問の顔で覗きあう。


 ・『隊長』になったあなたは戦士としては小長5人分に当たります。

 ・『隊長』は7つ目のレベル、レベル7の事です。

 ・貴方は個人で中隊戦力級、他国の切り札である騎士25人と同等。

 ・収入面では従士からは日給、時価となります。これはあなたが戦士としてあるための収入となりますので更に戦士的にあれるように向上心を持ちましょう。


 戦力換算が5倍、5倍で跳ね上がりすぎ?


「強く想定され過ぎてるのか?」


 俺の疑問に眉を顰めたローズが答える。


「そうとも言えないのが大戦士達の領域よ。クルトの街で大戦士のスキル攻撃を見たわね?」

「街を襲おうとしてた人達が消えちゃったよね〜?」


 おねえちゃんの言う通り、旧文明の暴走機械と同じく残骸……死体が残るはずの敵が消えた。


「丈夫なはずのレベル持ちの体が残らないレベルの出力に、少しずつ近づいてるの。 大戦士になる残り3レベルで似た力を持つという事よ」


 あんな規模の攻撃を個人で……?


「ジャベリンレインは槍を使い捨てにする以外は威力、範囲共に文句なしのスキルよ。 思い出せば、何処かで聞いた戦い方ね? 最高のお手本は見たし覚えたら?」


 流石にあれほどでは無いだろうから、きっと眩しさも大丈夫だ。

 しかし槍を投げ捨て続けるには戦い続ける必要がある。

 いつか提示された地獄に踏み込むことになるなんて……。


 ――だけど!


「どうすれば覚えられる?」

「クロ〜勿体ないよ?」


 おねえちゃんから無駄遣いを咎める緑の目で見つめられるが、俺には他に道が無い。


「俺も弱いままでは居られない」

「チェルシー、男が意地を張ることがあるのは常識ね。行き過ぎない程度に制御すれば良いわ」

「そうなんだ~。ジョーシキなら仕方無いね!」


 ローズが俺を永遠なる戦いの地獄へと導くべく、おねえちゃんをジョーシキで説得してスキルについて語りだす。

 ……実は説明したかっただけじゃないよな?


「ジャベリンレインは……」


 二人して俺を生暖かい目で見つめてくるので座りが悪いが我慢する。

 今夜は俺の見つけた聖域で久しぶりに相棒が癒やされる予定だし、もうひと踏ん張りだ。

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