第23話 【地中飛行】飛翔の姉

 楽しげなローズが受付に金貨五枚を渡すと、飛行室と書かれた部屋に通される。


 通された部屋は巨大だった。

 巨大すぎて天井が見えないほどであり、辛うじて正面突き当たりの壁が遠くに見える。


「ここで何するの~?」

「飛行練習よ! この町は地下にあるから、飛行練習に最適なの」


 おねえちゃんの質問にローズが上機嫌に説明する。


「ドラゴン関係の法で、高さ10メトル以上を飛ぶと問答無用で撃墜されるのは常識ね。ここは地下だし、気にしないで練習できるわ! 最高の練習環境ね」


 説明しながらローズは魔導スラスターで空中に浮かぶ。


「遊んて覚えるわ! 魔導鎧で小鬼ごっこをする! 装甲部以外に触れたら交代ね! 最初の鬼はクロ!」


 小鬼ごっことは。

 小鬼役が小鬼役以外に触れると、小鬼役交代の遊びである。ローズはそれを空中でやろうと言っているのだ。


「望む所だ!」

「頑張ろ〜」

「面白そうだから見てるよ!」


 三人でカシャリと魔導鎧のバイザーを下ろす。


 俺は赤青と絡み飛ぶ。


 複雑に障害の柱が配置されたこの部屋は確かに飛行訓練に最適だ。

 俺を最初の小鬼役にご指名してくれた復讐をせんと、赤い魔導鎧のローズを射程に収め、装甲が無く狙い目の後ろ太腿を狙う。 


 俺は赤を追い詰めていく。


 観念しろ!


 もう少しの所で才女が回避しようと回転し、小さなお尻をこの手に掴んでしまう。

 鋼の相棒の司令で即座に手放すが、振り返ってバイザーを上げたローズは顔を赤くして怒ってる!?


「んぅあ!? やったわね~クロ!」

「ブハハ! お嫁さんの前でセクハラ! フリンだ!!!」


 自爆なのに逆恨みされた上、いつの間にか近くの梁上で見ていたエルフに冤罪をかけられた俺は逃げ出す。


「やるわよ、チェルシー!」

「いぃいぃよぉ〜?」


 バイザーを下ろしたまま喋るから声が響いているおねえちゃんも参戦して、俺を追い詰める。


 赤と体を張った青の連携で俺は壁の隅に追い詰められる。


 おねえちゃん!?

 空中で抱きつくのは危ないよ!

 思わずバイザーを上げる。

 おねえちゃんもバイザーを上げた。


「危ないよ、おねえちゃん!?」

「クロ〜、おしおきだよ〜!」

「追い詰めたわ! チェルシーやりなさい!」


 おねえちゃんのくすぐりが俺を襲う!


「辞めっ! っうはは! つっ?!」

「うひひひひひひ!! 空中でくすぐり!! お腹痛い!」


 おねえちゃんが優しく解放してくれた後、ローズに力強くタッチされた俺が体制を整えた頃には、二人共かなり距離を離していた。

 ローズを狙うと、コンパクトな才女は当たり判定が限られるので、思う所は無いのにエルフによる不倫冤罪が実証されてしまう。


 必然的に次に狙うはおねえちゃんだ!


 俺は青を狙い、赤は様子見している。

 青は柱をスラロームして飛んでいて俺を寄せ付けない。


 スラスターを翼の如く操り飛翔する青い鳥から、楽しそうに挑発される。


「小鬼さ〜ん、こっちだよ~! き〜て〜!」


 飛行歴は同じなはずなのに、既に技量の差が有る気がするぞ。

 これもウェポンマスターの力なのか!?

 スキルの適用範囲が広すぎる!


「ブフー! お嫁さん強すぎぃ! ムコ殿ガンバレ!」

「手を貸すわ」


 見かねたローズが手伝ってくれる。

 怒っても練習と言う目的を見失わない所は流石だ。


「追い付くのは無理ね。策を弄するわ。方法は〜」


 俺は赤を追いかけ始める。

 青は慌てて追ってくる。


「ウハハ! 僕は何を見せられてるんだ? フリン再開なの!?」

「仲間外れは寂しいよ? 待って〜」


 青い鳥が追い縋って来た所で、くるりと旋回して、おねえちゃんの頬に優しくタッチする。


「速くて楽しいね~?」


 その後も俺達は小鬼ごっこで飛行の練習をした。


 #####


 クルトの宿は大きなコンテナを貸してくれて、そこで好きにして良い形式だ。俺達は座卓用の小型コンテナを囲っていた。


 穴の中だからだろうか、夕方なのにもう暗い。街の中は灯火に照らされている。

 椅子まで凹凸のあるコンテナで座る感触が不思議だ。


「チェルシー、クルトの町はどうだった?」

「凄い町だった! マンマルも美味しいし、来て良かった〜」


 あの後、おねえちゃんは白い穀物と専用の調理器具やレシピ本を買っていて、旅の途中で食べる気満々だ。


「穴の中に町を作るなんて面白い!」

「ドラゴン避けだろうな」


 そんな事を話していたら、宿に調理を頼んだ分厚いドラゴン肉のステーキが来た。

 ステーキは一人一皿の金属皿に乗せられており、肉汁をジュウジュウさせている。

 おねえちゃんが待ち切れ無さそうなので素早く壮行の聖句を唱えた。


「新たな仲間とこれからの旅に! 戦士達に栄えある戦いを!」


「「「戦士達に栄えある戦いを!」」」


 早速、ナイフを入れると本当に焼いたのか不安になるほどナイフが通っていく。

 他も同じだったのか、左右を見回すと皆も同じ反応だ!?


「やっぱり面白いほど簡単にナイフが入る!」


 楽天エルフは楽しそうなセリフ付きだ。もしかしたら、ドラゴン肉を食べたことがあるのだろうか。


「常識外ね、ここまで柔らかい肉は!」


 ローズは得意の常識の外と評している。


「おいし~」


 おねえちゃんは凄い勢いで食べてしまって、もう残り半分だ!?


 俺もいただく事にする。


 #####


 あれだけの肉塊を4人共、すぐに平らげてしまった。

 柔らかいだけでなく美味しいから仕方が無い。


「ご馳走様~おいしかったね~」

「そうね!」

「おいしかったね。おねえちゃん」

「やっぱりドラゴン肉は最高だ!」


 空の鉄皿と山盛りの果物のバスケットを前に、次の目的地の話を始める。

 俺はブドウを一粒房から取って尋ねる。


「次はどこに行く?」

「魔導鎧があんなに早いから~。北東にあるっていう樹氷を見に行きたいよ~!」


「アルテマも早いし、予備のドラゴンマント貸して行こ~!」と気軽に長距離遠征を提案する愛しき青い鳥、心情的には賛成したいが一つ問題がある。

 取ったブドウを齧りつつ諫める。甘い。


「おねえちゃん。魔導鎧の魔力が持たないよ」

「ええ~! 残念だな~!」

「面白そうな話なのに! もったいない!」


「良い手が有るわ」と才女が懐から光る石ころを出す。


「この町の近くのダンジョンには魔力代わりになる魔石のドロップする場所もある。扱いは私が心得てるから安心して? この魔石をたくさん買い込んで樹氷まで遠征しましょう! 樹氷の森があるノースアップ帝国はガルト王国と敵対しているけど、国境が広すぎて警備が緩いのは常識よ。まだ見ぬ景色が待ってるわ!」

「じゃあ、マントは借りるね? これは……涼しい! 快適装備だ!!」


 ブドウを残りの房ごと抱え込んだ、おねえちゃんの願望機が機能を発揮している。まさか、魔法の品の扱いまで心得ているなんて。ローズは本当に多才だ。


 彼女の抱え込んだブドウを狙い攻防を繰り広げつつ、俺は感心する。


 俺たちの目的地は敵国の国境を突破しての北東、樹氷地帯に決定した。


 #####


 背中の状況は鋼の相棒の指令で無視して、桶の水で体を拭いている。


「二人とも大胆なんだね。男の子の近くで体を拭くなんて!」

「アルテマは普通にしてるね~? おねえちゃんは妻だからジョーシキだよ~」

「他のコンテナが無かったから、仕方ないわ。クロには事故で体を見られた事もあるし、色々有って慣れたわ」

「事故で見られた!? 慣れた!? 気になるね! 聞かせて!」

「クロったら、おねえちゃんという妻が居るのに~」

「わはははは! 何それ!?」

「それに~」

「~常識不足ね」

「ええ!?」


 女子三人集まってと言うが……無視だ!

 今日こそ床で寝ればいいだろう。


 #####


 何でこんな事に……。

 俺は今、大きなコンテナ改造ベッドの上で皆と寝ている。

 皆とだ!


「隣で寝ようね~?」


 俺の隣には、原因である羽を脱ぎ捨てた薄着のおねえちゃんが居て、俺の腕を両手で抱えているので逃げられない。

 腕が胸に押しつぶされる……!

 様々な圧力に鋼の相棒にはヒビが入っていく。

 更に、おねえちゃんの胸下から飛び出た俺の手先でローズが遊んでいる。


「本の通りの反応ね?」

「ローズぅ、クロは大丈夫?」


 手先に息を吹きかけられてゾワゾワしてみせると、追い打ちにおねえちゃんのふくらみに当てて俺の理性を砕きにかかる。


「やめっわ!?」

「ふ〜ん? 耐えるじゃない」

「んふふ〜。今日はローズと一緒にクロに勝つよ〜」


 何が面白いのか自分の指で擽ってみたりと、俺のことを面白いおもちゃの様に観察しながら飛行室の復讐を果たしている!?


 冷静ではあったけど、全然許されてなかった!?

 足元では楽天エルフが時々、俺の足の裏をくすぐりに来て、変な声が出る。


「面白い事してるね! もっと面白くするよ!」


 もう俺には、寝る他に道はない。


「うぐぅ……。おやすみ……」

「そうは行かないわ!」


 ローズがおねえちゃんを乗り越えて俺に手をつき体重をかけ、撤退の妨害をしてくる!?

 ダイナミックな妨害の代償に、薄着が緩み圧力から開放されたのか、自由に動く結構ある胸が強調され目で追ってしまう。


「ふ〜ん?」


 声に見上げると、此方を観察する赤い目と目が合う。

 相棒の警告虚しく、素早く才女にマウントされる。


 うすぎをこえて、あたたかさがつたわってくる。


 捨て身の暖かな追撃に眠気が吹き飛んだ。


「何をする!?」

「反省してないみたいだから。本で読んだマッサージの実験台になってもらうわ!」

「私も一緒にやる〜!」

「チェルシー、クロをうつ伏せにさせて」

「良いよぉ〜」


 ローズが立ち上がり離れると、逃げる間もなくおねえちゃんのパワーで凹凸の多いコンテナベッドでうつ伏せにされる。最初にも思ったけど、このベッド痛いぞ。

 そんなことを思っていると今度は背中に乗られてしまったらしく、おねえちゃんとローズは俺の背中に2人分の手のひらを当ててきている。


 相棒! 頼む限界を超えてくれ!


「正気に戻れローズぅ!? とんでもなく恥ずかしい事をしているぞ! 後、本だけの知識で実践はやめろ! ぐえっイダダダダ!? ぐう……」


 いつものジョーシキによる自己正当化を聞きながら、俺の意識は沈んでいった。


「あら? 間違ったかしら? 今思い出したけど、ドラゴン肉に興奮作用があるのは常識だし、これは事故ね?」

「事故を許すのはジョーシキだもんね! クロ〜? 寝ちゃったの?」

「寝ちゃったのなら仕方ないわね。今日の所はこのくらいで許すわ!」

「ドラゴン肉すごいな!!! 行け行け! ワハハ!」


 夢は見なかった。

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