お隣さんは才女

第12話 【起死回生】親友の姉

 おねえちゃんは緑の目に涙を貯めて、ローズにそのまま駆け寄った。


「こんな……痛くない? 大丈夫? どうしよう?」

「大丈夫よチェルシー、回復の奇跡で傷口は塞がっているの。戦士として痛みには慣れてるわ」


 ローズはおねえちゃんを左手で抑えると俺にも声をかけてくる。


「騒がせて悪かったわね、世話になるわクロ」


 おねえちゃんが取り乱すので、心配させまいと赤い目に力を取り戻してきたローズに俺も安心して返す。


「気にするなローズ。レベルを上げれば治る」


「覚えていたのね。話が早いわ」赤い眼を細めていう。


「足手まといにはならないわ、これでも元は学園1位の腕前なのだから」


 ローズは立ち上がると、テーブルに立てかけていた赤い装飾の金属棒を握って宣言した。


 あれは……機械槍だ。

 旧文明の魔導兵器に搭載されていた遠距離装備のコピー品で、弓より威力は高くて連射も効くが代わりにスキルは使えない武器。


 片手で扱えるというのか。


「曲芸として片手撃ちはマスターしてるわ。安心しなさい。」


 俺の表情変化を察してすぐに答えるローズ、これがあるから油断ならないお隣さんだ。


「どうじてごんな怪我したの~?」


 ローズに縋りつくおねえちゃんの涙がこぼれそうだ、何とかしてくれと目で訴えると、俺に赤いジト目を向けた彼女はおねえちゃんを落ち着かせる。


「チェルシー。私が居たのは開拓科なの。こんな怪我ありふれてるわ」

「でもローズ~!」


 おねえちゃんが駄々っ子になっちゃって、落ち着かせなければ。

 しかし居た?


「おねえちゃん、ローズも困るし家に行こう。片手で来てきっと疲れてる」


 #####


 マイホームのリビングにて。


 俺達は帰宅した後、けが人のローズにはダイニングの椅子に座ってもらい、俺はおねえちゃんの部屋から持ってきたドレッサー用の椅子に座る。


 おねえちゃんはローズに水を持ってきてあげている。


 ――何だかちょうどいいぞこの椅子!


 妙な座り心地の良さに感動していると、俺の様子を見たローズが水を飲みながらチクリと刺してくる。


「いつも通りマイペースなヤツね」


 そんなことはない、真面目な顔を作り今後の話をする。

 レベル上げを狙う前に聞いておかないと不味いことは多い。


「魔物と戦ったことは?」


「あるわ、私は戦士よ」


 ローズは胸ポケットから出した、戦士と書かれた銅板を誇らしげに見せてくる。


 おねえちゃんが止める。


「クロ~急ぎすぎだよ~! ローズ大怪我なんだよ~!」


「大丈夫よチェルシー。このまま放っておくと、完全に重心がズレて弱くなる」


「私でも調整は手間だわ」と、服に隠した重りを見せてまた隠す。


「急いで戦わないとダメなんだね! やるよ!」


 戦士が弱くなる事の意味を何となく感じ取っているおねえちゃんは持ち直した。


 傭兵に成ってから理解したけど、俺たち戦士は戦わないと生きていけない。


 莫大な報酬と莫大な消費、俺たちが普通に暮らしていたら絶対に関わらないような、報酬や費用に数日間で関わってきた。


 弱い戦士は魔物を倒せないので、金を稼げず、強くなれない。


 違うか、傭兵ギルドの言葉を借りれば、弱い戦士は戦士的に在れない。


 戦士として戦い、戦士として守り、戦士として生きるには強くなければならない。


 弱い戦士は、戦士ではない。


 開拓を志しているプライドの高いローズは、そんなことには耐えられないだろう。


「ダンジョンブレイクを狙うわ!」


 覚悟を決めたローズの赤い眼に貫かれる。


「いいのか? 聞いた話だと、ほぼ死ぬぞ」


 ダンジョンブレイクとは、ダンジョンの最奥にあるダンジョンコアを破壊し、ダンジョンを殺す難行だ。


 ダンジョンブレイクを成すためには、精鋭端末のBランクモンスターの関門と、ボス端末のAランクモンスターの守護者を倒す必要がある。


 オマケにダンジョン自体も死にたくはないのか、必死になってダンジョンブレイクを狙う戦士を排除しようとしてくる。


 俺も強くなるために情報を集めてるが、腕を失った戦士がダンジョンブレイクを狙って、生き残った例は少ない。


 わかりやすい穴である腕を失った戦士をダンジョンは執拗に狙ってくるからだ。


 だけど、生き残った者達は強者に返り咲いてる。


 ローズには、時間が無い。


 それだけハンデを背負ったまま生きてると、戦士としてマイナスが大きい。


 ローズが言っていた重心以外にも、体力や体裁きも落ちていくし、これが致命的だがハンデを背負った間の経験が、俺たち戦士の長い寿命で邪魔になる。


「親友を泣かせたままで過ごすのは、肩身が狭いわね。クロに殺されそうだわ」


 ニヤリと笑うローズに、俺もニヤリと返す。


「おねえちゃんを困らせる奴は、排除しないと」


 おねえちゃんの親友をおねえちゃんを困らせる奴にしない為に、集めていた情報を使う事にする。


 知り合いが居なくなるのも、少し寂しいから。


 写本しておいたダンジョンブレイク許可についての資料を机に置く。


「ブレイクが許可されてるダンジョンで、情報を集めてあるのは……ここだ」


 ダンジョンはどこでもブレイクして良い訳では無い。


 価値ある物が手に入るダンジョンは行政として保護されており、それを無視すれば法を破ることになる。


 その度合いによっては、殺してもいい犯罪者として扱われ、アレスの衛兵隊を筆頭とした魔軍や高レベルの戦士に、死ぬまで命を狙われる。


 ……絶対に犯罪者にはなれない。


「塩ダンジョン~? お塩なの?」


 おねえちゃんが俺の資料の写しを覗き込んで「もったいないんじゃ」と聞いてくる。

 だけどこういったものは相性が重要で、塩がドロップするこのダンジョンは地形が致命的だった。


「おねえちゃん、ここの床は濡れてて塩がダメになるんだ」

「そうなんだ~、じゃあやっつけようね!」

「行きましょうか? 準備は良い?」

「行こう!」


 おねえちゃんの装備は整え、強いスキルも確認した。

 手負いのローズも気力十分であり、元はエリートの揃う学園で一番の腕前だという。短期決戦なら十二分の力を発揮してくれるだろう。


 更にダンジョンブレイクのために必要な情報は全部そろっている。


 ここまでお膳立てされて上手く行かないなら、戦士は廃業した方が良さそうだ。

 

 あとは……。


「二人とも、戦士たちに栄えある戦いを!」

「「戦士たちに栄えある戦いを!」」


 祖霊の加護を祈り、栄えある戦いをするだけだ!

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