人魂談義
「後輩~! 人魂出たってよ~!」
と、興奮した先輩。
「そっすか」
後輩は塩対応。
とっぷりと日が暮れた夏の夜。
埼玉県。古利根川の土手。
捕獲網を振り回す、大学生二人。
二人は、人魂の目撃情報を得たため、ホラーサークルの活動として捕獲作業にあたっている。
今のところ虫しか取れないが。
しかし、先輩は有力情報を得たらしい。付近で人魂が目撃されたのだ。
「あっちで地元のオッサンが教えてくれた!」
と先輩は興奮気味に駆けてくる。
「オッサンいうなっす」
顔も知らぬオッサンに、後輩は先輩の失礼を心の中で謝る。
「そしてそしてなんと! 人魂の正体がわかったぞ!」
「っすか」
「人魂の正体は! これだ!」
と、ライトで照らされる石碑。
「『
「そうだ!」
先輩は自慢げに胸を張る。
「地元のオッサンが教えてくれた!」
「オッサンいうなっす」
「なんとここには、戦国時代の落ち武者が眠っているという……」
「話聞いてくださいっす」
後輩の注意に、先輩は気にせず語り続ける。
「落ち武者は、戦から逃げ延びたところを村の者に介抱されたが、命尽き亡くなってしまった。それを落ち武者が身に着けていた幌に包み埋葬したのが、この幌墓だ」
「じゃあ、人魂は落ち武者っすか。看病されて死んで化けて出て、はた迷惑っすね」
「言ってやるな! 後輩よ! これには深いわけがある!」
先輩は石碑をかばうように叫ぶ。うるさい。
「落ち武者が死んだのは戦国時代。そして戦国時代において『幌』は、精鋭の武士が身に着ける名誉の軍装!
つまり! 落ち武者は、主君からの期待を背負っているのにも関わらず、誉をあげることも、戦場で死ぬこともできなかった!
そして無名のまま石碑のみ残った!
落ち武者は未だ悔いているのである! 己の失態を! 不名誉な最期を!」
先輩は己の語りに酔いしれる。
「そっすか~」
受け流す後輩。
ところで、と後輩は捕獲網を取り出す。
「地元の人がいってた人魂って、これっすか?」
網の中でふわふわと点滅する光。
「それだ! よくやったぞ後輩!」
「まあこれ、ホタルっすけどね」
「ぎゃぁっ虫っっっ!!!」
ずいと目の前に見せられた中身。ホタルに、先輩は土手を転がる。
「ぎぃゃあああああ!!! 虫いぃぃぃぃぃいいい!!!」
草むらから飛び跳ねるバッタやらクモやらガやらに、先輩は叫び、後輩の元へひいひい言いながら逃げかえってきた。
「はぁ、はぁ……虫は、やめろと、あれほど……」
「残念っしたね。先輩は人魂は飼えても、虫は無理っすからね」
「くっ……しかし……!」
しかし、先輩はあきらめない。
「人魂が出現する真の理由が分かったぞ!」
「はあ、どうぞ」
止めても止まらないので、後輩はホタルを逃がしながらしゃべらせる。
「この辺りのホタルはゲンジボタル。すなわち『源氏』!
そして幌墓周辺は戦国時代、北条家の支配下だった。さらに、北条家は『源氏』と外戚関係だ!
落ち武者が北条家傘下に所属していた可能性は非常に高い!
つまり、飛び交うゲンジボタル、すなわち『源氏』を自身の仲間だと思い! 再び人魂として仲間の元へ飛び勇んだというわけだ!」
いまだ漂う魂、なんて悲しき運命なのか。先輩はよよよ、と幌墓に縋りつく。
「っすけど、先輩」
後輩はホタルを眺める。
「これ、ヘイケボタルっすよ」
「ェ……」
「あとここに『幌墓』の説明書きあるっすけど」
「ァ……」
「落ち武者成仏したらしいっすよ、どっかの坊さんが念仏唱えたおかげで」
「ソンナ……」
「仏になっちゃ、人魂にゃなれないっすね」
「ァゥ……」
先輩は三角座りで縮こまる。
「残念っすね」
「ウゥゥゥゥゥゥ……」
ぽん、と肩を叩く後輩の優しさが痛かった。
先輩の鳴き声が夜の土手に響く。
これはこれで、なにか別の怪談になるのではなかろうか。
それはそれで面白いので、後輩はほうっておいた。
「あ、めっちゃホタルいるっすよ」
「ホタルはもういい!」
拗ねる先輩の上空で飛び交うホタルたち。
そこに合流するひときわ大きな光に、二人は気づくことはなかった。
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