渡来人の幽霊いたってよ!
染谷市太郎
幽霊談義
「お~い! 渡来人の幽霊いたってよ~!」
埼玉南部の大学。
陰気なホラーサークルの部室に、先輩の声が響く。
返答の代わりに、ズゾゾッ、とカップ麺をすする音。
「おい後輩!返事!!」
ズゾゾッ!
「まず食うのをやめい!」
「ゾゾゴクン……そうはいいましてもね、先輩」
後輩は部室を見渡した。
「今日はみんな出払ってるんすよ」
なので報告は別の日に、と言外に伝える。
「なんでよ!」
「テスト期間っすから」
「クソ!」
先輩は地団太を踏む。
先輩は四学年のため、授業数がそもそも少なくテスト期間は関係ない。
一方の後輩は、レポートがテスト代わりの授業を取っているため余裕だ。
「で、渡来人の幽霊ってナンスカ?」
後輩は塩対応がデフォルト。とはいえホラーサークルに所属しているのだ、興味はわかないわけでもない。
カップ麺の残り汁を飲みながら先輩に視線を向ける。
「ふっふっふ。やはり食いつくか、後輩よ」
「そっすね」
というか、と空の器をゴミ箱へ投げ捨てた。
「渡来人の幽霊とか初耳なんで」
『渡来人』なんて単語を聞いたのはいつぶりだろうか。
理系学部に所属している後輩は、下手をすれば小学校にさかのぼってしまうかもしれない。いや、中学か?
とりあえず後輩は、いわゆる、みずらの髪形をした姿を思いうかべる。頭の両サイドにわっかを作り結ぶ、あれだ。
「正確には新羅人だ。ちなみに、君が想像している姿ではないぞ」
「勝手に心読まないでくださいっす」
先輩は落書きだらけのホワイトボードを一掃し、『新羅』と書く。
「シンラ……じゃなくて、クダラ、シラギ、コウクリの新羅っすか」
百済、新羅、高句麗。奈良時代に朝鮮半島に存在していた国だ。
「そう。そして、渡来人とは古代日本への移民のこと。今回発見された幽霊はその中でも新羅人の幽霊である可能性が高い」
「へー」
「君が想像したみずら姿は、高貴な人間の姿だ。目撃された幽霊は長髪をお団子にした髪型。一般的な庶民の姿だな。いやはや、典型的な古代日本人でないあたり、これはかなり信ぴょう性が高いぞぅ!」
先輩は歴史系学部に所属している。なのでこんなにも興奮しているのだろう。
「そっすね」
放っておけば古代日本史の講義が始まりかねない。後輩は適度に調整を入れる。
「で、なんでその幽霊が、新羅だってわかったんっすか?」
「いい質問だ。実はその幽霊は、この大学近辺で目撃されたのだよ」
「あー、このへん新羅と関係ありましたっけ?」
新羅は朝鮮半島に存在していた国だ。それも奈良時代あたり。
そして、ここは日本の埼玉。海越え山越えやってこなければならない。
「む、我がサークルに所属していながら、ぴんとこないのかね?愚後輩め」
「すんませーん。歴史苦手なんで~」
「お前には後ほどレポートを課してやらんでもない」
「大目に見てくださいっす~」
「弱音を吐くな! レポートの内容は、『
キュッキュッキュ、と『新羅郡』がホワイトボードに板書される。
「新羅郡はこのあたり一帯に存在していたのだよ! さらにさらに、新羅郡だけでなく他の渡来人の自治区も作られた! 渡来人は大陸からの技術を持ち合わせた集団! 当時の埼玉南部は正に、日本国内において技術最先端をいっていたわけだ!」
「『郡』じゃ、村かなんかっすか?」
後輩は適度に軌道修正する。
「そのとーり。新羅郡は、奈良時代に時の政府により設置された、新羅の渡来人の集落だ」
「設置じゃ、なんか行政的な思惑があったんすか~?」
「もちろん。当時の日本と新羅は戦争状態のだ」
うんうんと先輩は一人腕を組む。
「敵国に所属していた人間を自由にさせることはできなかった」
「WW2のアメリカの日系人強制収容みたいなもんすね~」
「へんなところで勘がいいな、賢後輩」
「近代のことなんで~」
古代は専門外も専門外っす、と後輩は降参する。
「正直で謙虚な態度は、この先も役に立つはずだ、後輩よ」
「先輩の評価に乗っかってもうひとつ~。争いごとが理由で設置された集落で、のんびり快適に過ごせるわけもなく、幽霊やら地縛霊やらが生まれた可能性があるってことっすね~」
「そういうことだ」
先輩は満足そうにうなずく。
「古代の出来事だ。食料も物資も現在より余裕がない時代、敵国となってしまった国でいったいどんな思いで生き、死んだのか」
先輩は固く拳を握る。
「しかも、新羅郡から約八キロという近距離に、同じく渡来人である高句麗人の高麗郡が作られている! こちらは戦争ではなく、高句麗人の意志もあり作られた集落だ。同じく海を渡り来た身でありながら、片や戦争を理由に強制収容、片や望んだ集落を与えられる。いわば収容所とシリコンバレー! この待遇の違いに、いったい彼らは何を思ったのか! ああ、想像するだけで胸が痛い!!!」
先輩は『※諸説あり』の赤字だらけになるであろう自説を叫ぶ。
心配することはない。大学は自説を主張する場だ。変人奇人の集まる場なのだ。
いや、むしろ変人奇人が世の公衆から隔離している場が、大学というのだろうか。と後輩は思った。
「渡来人の、新羅人の幽霊がいるのならば、その1300年越しの思いをぜひ、聞き出したいところ!」
わきわき、と先輩は興奮して指をうごめかす。
新羅人の幽霊と話したところで、そもそも言葉が通じるか不安なところだが。
「1300年ってすごいっすよね。幽霊の寿命って400年って言われてんじゃないっすか。ギネスっすね~」
だったら原始人の幽霊や恐竜の幽霊もいるのだろうか。後輩は新羅人の幽霊よりもそちらのほうが気になる。
「ふっふっふ、理系後輩よのんきだな。渡来人、つまり古代人の幽霊の存在。これは軽く扱える事実ではないのだよ」
「そっすか」
先輩は意味ありげに足を組む。
「考えてもみろ、後輩よ。死してなお霊体となり、1300年の時を過ごす。その恐怖を」
先輩はゆるやかに笑んだ。
「かつての同胞は死に絶え、刻々と世界は変わり、自らを知る者も存在した証拠も消え去る。そのような世界をただ漂い眺めることしかできない。永劫にして無痛の牢獄。古代人は気づいていたのかもしれない」
部室内に貼られていた、地獄の絵図を眺める。
「地獄の中でも最下層、最も重い罪で落ちる無間地獄。そこでは二千年落下しさらに絶え間ない苦痛を浴びるという。
死後、消えることもできずに存在し続けるという地獄。
誰にも気づかれず、ただ存在するしかないという地獄。
永遠に続く孤独という地獄。
古代人はこれを、死後の世界を、知っていたのかもしれない……」
きりっとした先輩に、後輩はあぐらをかく。
「っすね~。二千年も幽霊でいれるんなら、幽霊のまま宇宙に出て太陽系の外にいってみたいっすね~」
「真面目に受け取れ! この理系脳!」
「だって、行ってみたいじゃないですか。銀河の中心とか、宇宙のはしっことか~」
「せっかくホラーサークルらしく話をしめたのに!」
「え~」
後輩はキリッとする。
「しめちゃっていいんすか?」
「え?」
「これから、渡来人ならぬ新羅人の幽霊、捕まえにいかなくって、いいんすか?」
「はっ!」
「捕まえるまでが、ホラーサークルじゃないんすか?」
「そうだ!!」
「車出しますけど、いくっすよね?」
「絶対いくぅ!!!」
「っすよね~」
いそいそと支度をし始めた先輩。後輩は車のキーで手遊びする。
「ああ~どれを持っていこうかな。幽霊探知機は必須だし、捕獲網も。あとはあとは」
「車に乗せられる量にしてくださいっす」
さすがに檻は乗らないっす、と後輩はため息を吐く。
先輩の興奮っぷりでは、まる一日付き合う羽目になりそうだ。
やいのやいのと先輩は一人で十人分騒がしい。
さてはて二人は渡来人の幽霊を捕まえることができるのか。
賑やかな部室の窓を横切った、お団子頭の影に、賑やかな二人は気づくこともなく。
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