第2話
赤子の機嫌を損なわぬよう、この可愛らしい笑い声が鳴り止まぬように
まずはじめに赤子に近づいた者は空を飛ぶ者でした。この生き物は普段めったにおめにかかれる生き物ではなく、謎多き森の友でした。飛ぶといっても、私たちがよく知る方法で飛ぶのではありません。
羽ばたきもしなければ、滑空もしません。言うなれば海の中の海月のように空を浮遊し、しかし確固たる自身の意志で行きたい所へ ゆるらり ゆるらり と動いてゆけるのです。
リボンを幾重にも重ねた羽のような翼があり、しっぽがとても長く、その生き物が ゆるらり ゆるらり と羽ばたくたびに 長い尾もつられて ゆるらり ゆるらり と 空中に円を描くように なんともゆったりした所為で揺れ動きます。
どんな赤子も ひらりひらりと 空を動く美しい物は 目で追わずにはいられない物です。
花のように鮮やかな色をしたその生き物は
ゆるらり族とこの世界では呼ばれており、子育てにほとほと困りはてた際に どこからともなく来て助けてくれる(といっても、毎回毎回来るわけではなく、偶然なのか必然なのか、ゆるらり族がどうして他の種族の赤子にまで手を焼いてくれるのか、本当のところは誰にもわかっていません。ある物はこの世界を作っている母なる者の使いだというものもいれば、この生き物こそがこの世界の象徴なのだといいます。本当に困った時にだけ現れるという物もいれば、気まぐれなだけだという者もいますが、ただひとつ共通していることは、そうした存在があるというだけで、心穏やかに赤子とむきあえるような気持ちになるということでした。)といったこの神秘的な生き物が、赤子の上を
ゆるらり
ゆるらり と舞ってみせました。
赤子はその なんとも言えず美しい尾をつかもうと 自身の小さなふっくらした手を宙にむけ
まだまだぎこちない動きで、赤子もまた空に円を描くように ゆるらりゆるらりと小さなその手を動かしました。
次に赤子の側に来たものは りりんらら族と呼ばれる者達でした。すでにお気づきかもしれませんが、この世界での「名」は その者たちその物を素直にそしてなんとも忠実に現した物でした。まず名前があり、それに似せた姿形になったのか、それともそれぞれの姿形をなんとも巧妙に言いあてたのか、言い当てたとしたらば、それは誰が考えたのか、それを知る者はとても少なく ただそれぞれの種族は己の名にとても大きな誇りをいだいていました。
りりんらら族ははビー玉を5つ6つ並べたようないでたちで、歳をとるごとにビー球が1つ2つと増えて身体が成長をします。産まれたばかりの赤子はまんまるとした玉一つに小さな小さな足のような手のようなものがついており、なんともコロンと可愛らしいいでたちですが、長老ともなるとその姿形はなんともいえない威厳に満ちあふれてみえます。まるで小さなドラゴンのようでいて、青虫のように身体をうねらせてうごきます。
しかしそのスピードはこの森で最速の異名をとっており、ぐぐぐっとバネのようにその身体を折り曲げて飛び上がれば3000メートルはあるであろう木のてっぺんまでを一瞬にしてのぼりきることができました。
その際に鳴る鈴の音のような音(といってもクリスマスになるベルのような音ではなく、ときおり風になびいて揺れ響く風鈴のようにはかなげな音色が)が、りりんらら と これまたさまざまな音程で鳴り響くものですから、この森のどんな生き物も彼らが通りすぎる時には 己の時を一瞬とめついつい聞き入ってしまうのです。
りりりんらら族は正確にはこの森の住人ではなく、この世界の旅人でした。りりんらら族の大移動は、四季のないこの森の時の移り変わりを知らせるという、大切な役割をはたしていました。この森の住人たちは目に見えぬような小さなものから 天を仰ぐほど巨大な者まで、全てが己の役割を的確に理解し、心得ていました。りりんらら族の大移動はこの森の住人達の大切な楽しみの1つであり、どこからともなく聞こえるさわさわと木の葉のゆれるような心地よい話し声でさえ、ピタリととまりこの森を静寂へと誘いました。
いつも澄みきった空気の中、春のように花は咲き 夏のように緑はしげり 秋のように実が実り 冬のように神聖な雰囲気につつまれているこの森には、ときおり雨が 雪のようにふわりふわりと空から降ってきて、この大地を潤します。
木々はどれもこれも立派な大木で天をおおっているのに、薄いレースのカーテンからの木漏れ日のように、天からかかる天使のはしごの光のように、地面を明るく照らし、その地面は柔らかな青い草で覆われて、ところどころでお茶会をするように小さな花々が楽しげに咲きほころんでいましま。
草の上で赤子が寝転んでいると知るとこちらの世界で心配されること、アリにかまれるだとか、蚊にさされるというようなことはありません。この森では生きるために他者を犠牲にする必要がないためです。
この森の木々達はすべて、一本の母なる木(マザーツリー)の子供たちであり、彼や彼女たちはみな兄弟あるいは姉妹であり、家族でした。
産まれた木の坊やたちは木でできた子供のようないでたちで、2本のか細い足でしっかりと地面を踏み締めながら大地を駆け回り、これまた木の若枝を集めたようなしなやかに動く手をもっていました。顔はというと人の子のように目や口があり、ただし鼻は木の枝や棒のような長く美しい形をしています。
青年の頃には、自分たちの葉の色やら形やらを思い思いにしげらせ、大人になる頃には、自らの意志で実を実らせます。葉も実も色も自分たちの経験と想像力から形づくるため、この森の木はどれ一つとしてまったく同じものではありませんでした。
例えばりんごの木が一本あった(もちろんこの世界には私たちの知る世界と同じものは何一つありませんが、わかりやすくいうと)として、似たようや実を実らせ木があるとしても、梨とりんごぐらいには違うのです。
さて赤子のそばに双子の木の子供が近寄ってきました。この2人は後にこの赤子の大親友となる2人で、自分たちがなりたいなにかになれるように、成長した赤子が手を貸してやった2人でもあります。何かになりたいと思う時にそのイメージを具体的に持つというのはとても大切なことですが、この2人はこの森では珍しく、現実的な事を得意として、想像をするということが不得手でした。
そのために2人の話をよくよく聞き、どんな葉をつけ実を実らせたいのか、はたまたそれはどのような味で口触りなのかを、楽しいおしゃべりの中から導きだし(尋問のような固苦しい質問では、本心を聞き出せないことを赤子はよくよく承知をしていました)ました。
その話しによると、(もちろんこんなにはっきりと2人が話したわけではありませんが、私たちにわかりやすく言うと)真っ赤にうれたりんごの様な見た目で、食べるとメロンのように濃厚な甘さで、スイカのようにあふれんばかりの果汁がしたたり、桃のような食感なのに、舌触りは柔らかなブラマンジェのようにとろける果実を実らせたいと言いました。この2人は双子で、お互いに性格や考え方は違う物の、最終的な意見は一致するという、不思議な才能を持っていました。しかし先程も述べたとおり、この森には全く同じ木ははえないのです。
そこで悩んでいた双子によりそい、2人の夢を叶える手助けをしたのが成長をしたこの赤子でした。この話をしたいのですが、その話をするだけで、小さな物語が1つはかけてしまいそうなので、今は元の話に戻すことにします。しかし少しだけ未来の事をお見せするのなら、この双子の作るリーフアップルパイ(アップルパイのような見た目ですが、私たちの知るパイとは違います。彼女たちのしげらした葉を幾重にも重ねて作ったパイ生地(果たしてそれをパイ生地と読んでいいのかは別にして、横からパイを見ると葉の重なりが見事に美しい)に、熟した果実を中に詰め、葉で蓋をし 特別な方法で焼き上げたものを、青年になった赤子は毎日のように食べる事になります。2人の目指す味や見た目に少しでも近づけるため、この3人は研究を重ねたというわけです。この森では料理をするということじたいがありえないこと(工夫をしなくても、ありとあらゆる味の食材が豊富にあるわけですから。)でしたから、それはこの森の住人からすれば魔法そのものでした。
そうそう、ふしぎな国といいましたが、この国には魔法も魔法使いもありはしません。
私たちが人間であることと同じくらい当然に、ここの世界の生き物たちはそれぞれが特別で、ふしぎな生き物だからです。なので、赤子が一見何の変わり映えもしないものから何か別の物をつくりあげるということは、この世界の住人たちからするとそれはそれは驚くべき才能だったのです。そうしてこの森では珍しく、この双子は青年の作った服なる物を着て帽子なるものをかぶり、私たち流に言うとファッショナブルナな存在となるわけですが、それはすべて なりたい者 になるための彼等なりの科学だってたわけです。
さて話を戻しましょう。そうして成長をした木々は徐々に大きくなり、ついにはどっしりと自分の居場所を確保(それはまるで地面に根付いたようにみえます)するわけですが、年をとると周りの動きも自分の動作もゆっくりと動くようになるのと同じように、何千年も生きている木々の先人たちは、私たちからはとうていわからないぐらいの遅すぎる(というと大変失礼ですが)動きになるわけですが、さまざまな物を見て聞いて体験してきた彼等の頭脳はおそろしくきれました。
そんな木々が、今まさに人間の赤子をあやすように、己の葉を落ち葉にし、ひらりひらりと赤子の肌をくすぐりました。なんともくすぐったそうな赤子の笑い声に、りりんらら族の透き通った風鈴の音が森に木霊し、ゆるらり族が空を舞う美しさといったら…ここ数100年生きている住人たちでもめったにおめにかかれないほど貴重な体験(金星が月に重なり 月が地球の影に隠れるほど、自分たちではどうしようもできない大きな力の神秘的ななにかを)だと感じずにはいられません。
さらにはこの森のほぼ全ての住人たちが 少し遠巻きに赤子を取り囲み見守っているわけですから、何かの大切な儀式のようにさえ見えました。
そこで我こそがこの赤子の世話を引き受けようという種族が現れました。彼等は年老いた木々を敬っている一族で、他の種族からはなんとも耳心地の良い木の葉のこすれあう音にしか聞こえない 木の葉ずれの音を聞き分け、母なる木々(正確には性別はありませんが、どっしりと自分の居場所をみつけた年配の木々を 総称して母なる木 と よんでいました。)と、自在に話しをすることができました。
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