第58話 『ゴジラ-1.0』を見て
今日書いたのは2000W。
このところ仕事が忙しくて創作日記の更新が滞っていたが、小説のほうは順調でまもなくクライマックスである。
ここが正念場。
昨日『ゴジラ-1.0』を見た。
自分はハリウッドの『ゴジラ・キング・オブ・モンスターズ』で大量の米軍戦闘機をバックに進撃するゴジラを見て「負けた」と思った人間だが、今回白昼堂々海や銀座で暴れ回るゴジラを見て、その無念がやっと晴れた。
神木隆之介演じる主人公敷島は戦闘機乗りだが戦争末期に特攻から逃げ、大戸島でも突然出現したゴジラにおびえて機銃を撃てず仲間を見殺しにする。
映画の冒頭で主人公の負の要素をこれでもかと見せつけられ、自分はとっさに
「おれが脚本家ならこのキャラを
と考えた。
そしてすぐ「無理だ」と思った。
しかし敷島は最後に見事にヒーローとして覚醒する。
よく練られた脚本と神木の演技力の賜物で賞賛に値する。
また最後の決戦で敷島が搭乗するのは大戦末期に作られた特攻機震電。
それに乗り込む敷島の凛々しい横顔が、ちばてつやの名作漫画『紫電改のタカ』の主人公にちょっと似ていて、そこも感動した。
もしかしたら山崎監督が神木を主役に選んだのは「これ」が理由かもしれない。
戦後の話だが、それらしい風俗は闇市や戦災孤児が少し出てくるぐらいで他はあまり描かれない。
これは主人公の敷島をはじめ多くの登場人物にとって「戦争がまだ終わっていない」からだ。
戦後日本の空気は現代の日本人にはほとんど理解不能で、その典型例が太宰治。
太宰はまさにゴジラマイナスワンが描いた時代のヒーローだが、この感覚は現代人にはまったくわからないだろう。
今や太宰は若者の罵倒の対象で、つい先日も太宰をモチーフにした舞台に出演した女優が「ほんとは太宰が大嫌い!」とスレッズで悪罵を浴びせていた。
だが戦後の疲弊した日本人はみんなむさぼるように太宰の小説を読んだ。
それも文学青年だけでなく、戦争帰りのマッチョ(ゴジラマイナスワンに出てくる橘みたいなマッチョ)も太宰の小説に熱狂したのだ。
たとえば田中英光はロサンジェルスオリンピックにボート日本代表で出場するほどのスーパーマッチョだが太宰に師事し、『オリンポスの果実』で流行作家になったのち、師である太宰の墓前で自殺する。
大体日本のコンテンツが戦後を描くと
「あしたを目指して明るく元気に」
あるいは
「敗戦の絶望を引きずって虚無的に」
描く。でも本当はそのどちらでもなく
「まだ自分の戦争は終わっていない」
という焦燥に近い感覚が多くの日本人の実感だったのではなかろうか。
この特異な時代感覚を太宰はもっとも濃厚に体現していたから人々は熱狂し、またゴジラマイナスワンは戦後の特異な時代感覚をかなり正確に描いていると思った。
これは実は邦画ではものすごく珍しいことなのだ。
「まだ自分の戦争は終わっていない」
そんな焦りに近い気分を敷島をはじめ多くの日本人は抱いていた。
そこに戦争を強引に終わらせる荒ぶる闘神としてゴジラがあらわれる。
今回のゴジラは戦争の象徴だから海でも銀座でも、あからさまに人間をねらって攻撃してくる。
熱線の威力は過去最強だ。
そのゴジラに米軍から下げ渡された軍艦と、戦争末期に作られた特攻機震電が立ち向かう。
乗組員は全員民間人で決戦の舞台は相模の海。
戦中の理念と戦後の理念が時空を超えて海=わだつみで交差する、そんな神話的な展開を見せるものすごいラストだった。
かくして今年の自分のベストワン映画はゴジラマイナスワンに決まった。
最後に一言。
ゴジラ-1.0について「よけいな人間ドラマはいらない」という評を見た。
これはまったく理解できない。
人間ドラマを丁寧に描いたからこそ最後の相模湾の決戦や、出陣する軍艦に合わせて重々しく流れるゴジラのテーマに燃えるのだ。
もしそういう演出でなかったら
「つまらない映画に突如流れるエンニオ・モリコーネの勇壮なスコア」
みたいに白けるのは確実だ。
困ったことにモリコーネ先生は仕事を選ばないからこういう珍現象がよく起こる。
今回のゴジラマイナスワンでは伊福部昭の重厚なテーマと、山崎監督の作る絵が完璧に合致して観客の気持ちを一気に高ぶらせる。
こういう映画監督と音楽家の幸福なシンクロは、めったに見られない。
そういった意味でもゴジラマイナスワンは貴重な映画といえる。
ともかく映画館で見るのをおすすします。
とくにゴジラの足音がやばいです!
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