第37話 新しい朝
カーテンの隙間から差し込む光が眩しい。
もう朝だ。起きなければ。
(なんだか身体が重い……)
「んー……ん? クラウス?!」
伸びをして起きようと思ったら、動かせなかった。
クラウスが私を抱きしめていたからだ。
寝起きが悪いはずのクラウスはだいぶ前から起きていたようで、爽やかな顔をしながらこちらを眺めていた。
「お、おはようございぃ……けほっ」
声がかすれて上手く出せなかった。
とにかく腕を退かしてもらおうと身じろぎすると、「あぁ……」と言ってクラウスは起き上がる。
そしてサイドテーブルに置いてあった水をグラスに注ぎ、私に渡してくれた。
「ほら、ゆっくり飲め」
渡された水を飲むと乾いた身体に染み渡って、ようやく身体が起きた感じがした。
グラスを戻してもらいながらぼんやりとしていると、頭がだんだんと冴えてきて昨夜のことを思い出した。
(昨夜クラウスが部屋に来て、それから……)
「っ……!」
急に恥ずかしくなって布団を頭まで被る。
(私、あの後クラウスと一緒に寝たの?! 信じられない)
昨日、想いが通じ合ったばかりなのだ。それなのにもうベッドを共にしている。
その展開の早さに目が回りそうだった。
しばらくそのままで身悶えていると、クラウスが痺れを切らしたようだ。
「おい、いつまでそうしているつもりだ? ……腹が減ったな。カレンが食事を用意しないのなら、俺が作るとしよう」
「ダメですっ! それは私の仕事ですから!」
思わぬ言葉に飛び起きた。私の仕事をクラウスにさせるわけにはいかない。
「あ……」
顔を出した私にクラウスは満足そうだった。
「おはようカレン」
「お、おはようございます、クラウス……」
「朝食、手伝いくらいはさせてくれ」
「……お願いします」
分かっていたけれど、クラウスの方が一枚上手だ。
二人で朝食の支度をしていると、ティルが起きてきた。
「おはよー! あれ、クラウス様もいる!! 早起きなんてめっずらしー!」
ティルはキッチンに入るなり、クラウスの姿を見て目を丸くしていた。
クラウスの寝起きの悪さに苦労してきたティルには、信じがたい光景なのだろう。
「おはようございます、ティル。もう出来ますのでリビングで待っていてくださいね」
「はーい! やったー!」
三人でゆっくり朝食をとるのは久しぶりだ。
最近はクラウスとティルが朝から出かけることが多く、バタバタしていたから。
昨日ティルは「修行」をしていたと言っていたが、もう終わったらしいし、しばらくはゆっくり出来るのかもしれない。
(ゆっくり三人で過ごす時間、好きだなぁ)
朝食の支度が終わり、席に着くと、思わず笑みがこぼれた。
クラウスもなんだか今日は上機嫌だ。彼もゆっくり朝食をとれるのが嬉しいのかもしれない。
「なんか二人とも雰囲気ちがくない? もしかして、両思いになっちゃった?」
ティルは、私とクラウスの顔を交互に見ながら興味津々に聞いた。
「へ? えっと、あの」
「俺たちは夫婦なのだから、両思いに決まってるだろ?」
突然の質問に私は言葉を詰まらせたけれど、クラウスはしれっとした顔でそう答えた。
(りょ、両思いで良いのね?! クラウスがそう言うってことは、本当にそうなのよね?)
「ほぉーなるほどなるほど。僕はすべて理解したよ!」
ティルは何かを察して、わざとらしくそう言った。
そして私にだけ聞こえるように「上手くいって良かったね」と囁いた。
「あ、ありがとうございます」
私もティルに小声で返す。
ティルには背中を押してもらったからちゃんと報告をしてお礼を言いたかったけれど、今この場で言うのは気まず過ぎて微妙なお礼になってしまった。
それでもティルは満足そうに私にウインクをしてくれた。
(今度お礼に美味しいお菓子を作りますから……!)
食事が終わり片づけをしていると、クラウスに声をかけられた。
「家事が一区切りしたら部屋に来てくれ。明後日の大臣との会食について話したい」
「分かりました」
明後日クラウスが会食に出かけることは聞いていた。
(フランクなものだと聞いていたけれど、なにか問題でもあったのかしら? 私に話して解決するもの?)
少し、いやかなり気になったので、早めに掃除を切り上げてクラウスの部屋へと向かった。
「失礼します。先程のお話を伺いに来ました」
「あぁ、明後日の会合、カレンも参加してくれないか?」
突然の申し出だったが、誘われること自体は普通のことだ。
よく考えれば、今まで参加しなくて済んでいたのが不思議なくらいなのだから。
「奥様も是非とのことだ。向こうの奥方が君に興味があるらしい。嫌なら断るが」
「構いませんよ。参加します」
大臣クラスの人脈維持のためならば、断る理由もない。
(侯爵夫人なのだから、これくらいは対応できるようにならないと)
「そうか、後でティルに準備をさせておく」
「お願いします。あ、そろそろ昼食の支度をしないと。失礼しますね」
クラウスの役に立てることが増えるのは嬉しい。
(これを機にもう少し夫人らしい仕事も増やせると良いけど)
考え込みながら部屋を退出しようとした時、クラウスに呼び止められた。
「カレン」
「はい? ……っ!」
振り向くと目の前にクラウスの顔があった。
そして声を出すより前に、唇が触れ合った。
「顔、そこの薔薇より赤いな」
「ちょっ……もう、失礼しますっ」
満足そうに笑うクラウスに何も言い返せないまま部屋を後にする。
「こんなに……」
(こんなに幸せでいいの?)
契約結婚した当時は、クラウスとこんな関係になるなんて思わなかった。
愛することも知らずに人生が終わるのだと思っていた。
それが今やこんなにも愛されている。
幸せを感じない訳がなかった。
それから数週間が経った。
私は大臣との会食を皮切りに、様々な場へ顔を出すことになった。
クラウスが出席する場を選んでくれるおかげで、少しずつ学べたのが良かったのだろう。
社交界での振る舞いも板についてきた。
侯爵夫人として仕事と家政婦としての仕事、どちらも忙しくも幸せだった。
だから忘れかけていたのかもしれない。彼は人間とは違う、悪魔だということを―――
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