第33話 後始末
「ふぅ……」
自室に入るとため息が漏れた。
もう会わないと思っていた人達との予想外の再開で、さすがに気分が滅入ってしまった。
まだ日も暮れていないというのに、一日中働いたみたいな疲労感だ。
「ちょっとだけ休もうかな」
ベッドに倒れこむとじんわりと眠気がやってきた。
本当ならリビングの掃除をしたいところだけど、今は部屋から出ない方が良い。なんとなくだけど、そんな気がした。
(大丈夫。クラウスとティルが全て片付けてくれるわ。もう考えちゃダメ……)
うとうとしながら自分に言い聞かせた。
――――――――――
気がつくと、外は真っ暗になっていた。ハッとして時計を見ると二十時を過ぎている。
「大変っ、寝すぎちゃった!」
飛び起きて廊下に出てみると、人の気配がなかった。
ひっそりとした廊下を進んで玄関ホールへと向かうと、そこにはいつもの風景が広がっているだけだった。
「誰もいない……あら?」
玄関ホールの床には、ボロボロになった布切れが何枚か落ちていた。
よく見ると血痕がいくつか確認できる。
「……汚れているわ。お掃除しなくちゃ」
血の跡は拭き取って綺麗にし、布切れもすべて拾って捨てておく。
数十分もかからず玄関は元通りに綺麗になった。
「よしっ、これで大丈夫でしょう」
クラウスやティルがここにいないということは、全て終わったのだろう。
あの人達がどうなったかは知らないけれど、おそらく……地獄にでも落ちたのかもしれない。
「もう夕飯の支度をしないと。今日は何にしようかしら」
食材ストックに何があったかを思い出しながらキッチンへと向かう。
私はクラウスと契約したのだ。やるべきことをしっかりとやらないとね。
「失礼します。夕飯の支度が出来ましたよ。……あ、お取込み中でしたか?」
急いで夕食を作り終えた後にクラウスの部屋に行くと、二人が真剣な顔をして何かを話し合っていた。
私が声をかけると、二人ともふっと穏やかな表情に戻った。
「いや、ちょうど終わったところだ」
「もうご飯の時間なんだねー。食べよ食べよ!」
二人は何事もなかったかのように、いつも通りに接してくれる。気を使ってくれているのだろう。
そんな二人の態度を見ていると、申し訳なくなってしまう。
「あの、お二人にはご迷惑をおかけしました。あの人達の対応をお任せしてしまい、申し訳ありません」
私が深々と頭を下げると、ティルが慌てたように私のそばに寄ってきた。
「なんで謝るの? 僕はカレンに感謝したいくらいだよ! 大体、あの三人は僕がわざと連れてきたんだよ?」
「え? そうなのですか?」
「うん! 水晶で眺めてたら、あの三人が脱走しているのが見えたから……もうちょっと食べたいなーって。ちょっとお話しするだけのつもりだったけどさ、あの人達しつこいんだもん。だから連れてきちゃったんだ!」
「そうでしたか……良かった」
(ティルが出かけていたのは、あの三人に接触するためだったのね)
あの三人がティルを見つけたのは、偶然ではなかったのだ。
てっきりあの三人が、ティルを無理矢理追い回したのだと思っていたので、ほっとした。
「大丈夫だよ。あの三人は僕たちがぜーんぶ食べちゃったからね。もうどこにもいないから安心して!」
全部食べたという意味がよく分からなかったが、「どこにもいない」ということは、やはりこの世にいないのだろう。
「ありがとうございます。本当に、ありがとう」
彼らがこの世にいない。本当の意味で安心できるのだと思うと、クラウスとティルに心から感謝した。
「いや、こちらこそ礼を言わねばな」
クラウスがそう言って立ち上がった。そうして私の前まで来ると、私の頬をハンカチで撫でた。
「へ?」
撫でられた頬を手で触れると、濡れた跡があった。
(私、泣いていたの……?)
クラウスを見ると、とても優しそうな目でこちらを見つめている。
「あの三人から膨大なエネルギーを摂取できた。ありがとう」
「それなら良かったです」
「……これで俺たちの計画が実行できそうだ」
「え?」
最期にクラウスが小さくつぶやいた言葉は、良く聞き取れなかった。
「いや、こちらの話だ。夕飯が冷めてしまう。そろそろ行こう」
この日の夕食の時間はいつも以上に穏やかだった。
ティルもクラウスもあの三人のことには触れず、食事の話をしたり、気になっているお店の話をしたりした。
それはまるで、一般的な家庭のようだった。
数週間後、とあるパーティーではこんな噂が流れていた。
「リドリー家のこと、ご存じ?」
「あぁ、あの貴族の面汚しのことか。あいつらがどうかしたのか?」
「キース鉱山から逃げ出したそうよ」
「でも、その後の行方が分からないらしいわ」
「随分前に王都で見かけたという人がいたな……」
「捕まっていないといことは、死んだんじゃないのか?」
リドリー家の三人がどうなったかは、誰も知らない。
誰も探そうとはしなかった。
しばらくの間、噂話が社交界を巡っていたけれど、だんだんと話も少なくなっていった。
そうして彼らは社交界から忘れられていった。
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