第32話 招かれざる客 ※若干の暴力・残虐表現あり

「そうだよ? 僕はクラウス様に仕えているんだ。さっきそう言ったじゃん。だからこっそり僕についてきたんでしょ? お望み通り連れてきてあげたのにさー」


 お前、と指をさされたティルは、気分を害することもなくいつもの調子で答えた。


「さっきまで王都にいたはずだ……こんな森の中じゃなかった」


 三人は何が起きたか分からない様子で辺りを見回している。どうやら瞬間移動したことに気づいていないらしい。


「そんな事いちいち気にしないでよ。クラウス様とカレンに会いたかったんでしょ? 連れてきてあげたんだから感謝くらいしてよねー」


 どうやらこの三人は王都でティルに会い、こっそり後を追ってきたようだ。それに気がついていたティルが、彼らをこの屋敷まで連れてきたということらしい。


「キース鉱山にいるべきお前達がどうして王都に? 脱走は関心しないな」


 クラウスの口調は呆れていたが、目がギラついている。餌が自ら飛び込んできたのだから、楽しくてたまらないのだろう。


「あそこは俺達のいるべき場所じゃない! 元いた場所に戻って何が悪い?」

「そうよ。あんな所じゃ暮らせないわ!」

「お父様とお母様の言う通りです。私達は貴族なのよ? あんな汚いところで働けですって?! ふざけないでよ!」


 三人は青い顔をしながらも、私達に対して憎しみをぶつけてきた。


「カ、カレン。俺はお前にチャンスをやりに来たんだ! 俺達を助けろ! 爵位を戻して元の生活に戻せたら許してやる! だからっ……」

「私達の罪を取り消してくれたら、家に帰ってきてもいいのよ? あなたも本当は帰りたいのでしょう?」

「そうよ! あんたのせいで私達がこんなにも苦労してるんだから、さっさとどうにかしなさいよ!」


 最早三人とも支離滅裂だ。自分たちが何を言っているのか理解しているのだろうか?


(負の感情を吸われ過ぎた末路……。本当に自分が一番正しいと思い込んでいるのね)


 怒りも、悲しみも、憐みの気持ちも、湧かなかった。三人が本当に石ころに見える。


「……あなた方は罪を償う気持ちすらないのですね」


 私がポツリと呟くと、三人の顔色がカッと赤くなった。


「罪? 俺達に罪などない! お前が濡れ衣を着せただけだろ!」

「こちらが譲歩しているのにその態度は何なの?!」

「私は悪くないわ! カレンが悪いのよ!」


 狂ったように叫ぶ三人の眼には何も映っていないのだろう。

 これは私の手には負えない。


「クラウス、この人達の対応をお願いしてもよろしいですか?」


 クラウスに近づいて小声で耳打ちすると、「あぁ、勿論だ」と楽しそうな声が返ってきた。

 三人はまだ喚いている。この場はクラウスとティルに任せた方が良さそうだ。


 クラウスから少し離れて皆を眺めていると、クラウスがティルに目で何かを合図した。


「じゃあ、そろそろリドリー家の皆さんに本当の事を教えてあげるねっ」


 くすくすと笑いながら、ティルが彼らに近づく。

 ティルがピタリと足を止めた時、彼の背中から黒い翼が現れた。


「ひぃっ!」


 誰のか分からない悲鳴が上がる。ティルの姿を見て。、三人とも腰を抜かして座り込んでいた。


「お、お前は一体何者だ?! に、人間じゃないのか?!」

「僕はクラウス様に仕える使い魔。悪魔だよー」


 ティルがにっこりと笑うと、三人が急に立ち上がった……ように見えた。

 彼らは無理矢理立たされたのだ。ティルによって。


「あのね、カレンは悪魔と契約したんだよ。契約には対価が必要でしょう? だから、対価として君たちを好きにして良いってことになったんだー」

 

 嘘と真実を混ぜたティルの説明は、聞いている分には信じてしまいそうだった。ティルの掴みどころのない雰囲気がそうさせるのかもしれない。

 

「カレンを失ってから、リドリー家は不幸続きだったね。クラウス様がカレンと結婚してしまうし、君たちの信頼は地に落ちたし、挙句の果てには爵位剥奪でキース鉱山行き。偶然だと思う? ぜーんぶ僕らが仕組んだんだよ!」


 三人は直立不動で口も開けないらしい。ティルの楽しそうな演説をただ見ていることしか出来ないようだ。


「君たちが絶望するのが本当に楽しくて……美味しくて。とーってもお腹いっぱいになったよ! もう大満足ーって思ってたのに、また来てくれるなんて嬉しいなっ。最後まで美味しく食べてあげるね!」


 ティルの目がギラリと光る。その瞬間、三人は地面に頭から叩きつけられていた。


 その様子を静観していたクラウスがティルに近づき、肩に手を置いた。


「……ティル」

「えーもうおしまいですか? つまんないの」


 クラウスは一旦ティルの行動を止めると、私の方を見た。


「カレン、部屋に戻っていろ。こいつらの処理は任せろ」

「……分かりました」


 今から何をするか分からないが、見ていない方が良いのだろう。私はやることもないし、自室に戻ることにした。


「あ、カレン! ちょっと待って」


 私が歩き出すと、ティルに止められた。

 ティルは三人を再度立たせて私の方に向けた。彼らの口や鼻の周辺は、血が滲んでいた。


「ねえ、カレンに言うことがあるでしょ? ちゃんとごめんなさいが出来たら、少しは優しくしてあげるよ。ほら」


 ティルがそう言った途端、彼らの口が自由になったようだ。

 三人からは言葉にならないうめき声が聞こえてきた。

 彼らは喋れると気づいた途端、私の方を見てものすごい形相で苦しそうに叫んだ。

 

「お前! 今すぐこいつを止めろ!」

「は、早くしなさいっ!」

「カレン! 助けてよ! あんたこんなことして楽しいの?! 家族がどうなってもいいの?!」


 こんな状況でも出てくる言葉がコレなのだから、文字通り救いようがない。


「私は別に復讐なんてする気なんてありません。興味がないので。ですが……私の旦那様はそうではないのです。ご理解くださいね。それでは私は失礼します」


 クラウスとティルに一礼をして、自室へと向かった。後ろからは悲鳴のような怒号のような声が聞こえてきた。

 最後にチラリと横目で玄関ホールを見た時、クラウスの背中から翼が生えるのが見えた。

 その姿は今までで一番美しかった。

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