第34話 クラウスの気持ち

 私の家族問題が解決し、すっかり平穏な日々に慣れてしまったある日のこと。

 その日はいつも通りに過ぎていくはずだった。


 夕飯が終わった後、ティルがふと言い出した言葉が始まりだった。


「ねえねえ、カレン。最近、僕たち何か変わったと思わない?」

「え? えーっと、そうですね……そういえば、最近お二人とも顔色が良いですね?」


 突然の質問に対して無理矢理答えをひねり出したものの、ティルは不満げだ。


「惜しいっ! それはそうだけど、ちょっと違うー。僕たち少し雰囲気が変わったでしょう?」

「そう、でしょうか……。うーん、そうかも?」


 雰囲気が変わったかと言われても、微妙なところだ。二人ともいつも通り人外的な美しさを放っているが、変わったかどうかは正直分からなかった。

 二人を交互に見てもよく分からず、うーん……と唸っていると、クラウスが助け船を出してくれた。


「ティル、難題を出してカレンを困らせるな」


 クラウスが少し呆れたようにティルを諫めたけれど、ティルはめげなかった。


「えー! でもでもカレンなら見えるはずだよ? ほらほら、よく見て」


(見える? 一体何が……)


 言われた通りに二人の姿をじっと見つめてみた。

 すると奇妙なことに、二人の周囲がぼんやりと滲んできた。そしてそのまま見続けていると、不思議なものが見えてきたのだ。


「あ……お二人の周りで何かがキラキラと光っています」

「ピンポーン、大正解!」


 ティルがぴょんぴょんと跳ねると、金色に光るキラキラがさらに増えたように見えた。


「これは一体何なのですか?」

「えっとね、僕たちがパワーアップした証なの! えへへ、強そうでしょ?」

「そうですね。とっても強そうで頼もしいです」


 強そうと言うよりも綺麗な感じだったけれど、ティルが自慢げだったので否定はしないでおいた。

 

「あのね、カレンのおかげでエネルギーをいっぱい手に入れたから、クラウス様と一緒に修行してきたのー! そうしたらいっぱいキラキラが出たんだよ!」

「修行? 確かにお二人ともよく出かけていましたが……その時に?」


 リドリー家の問題が完全に片付いた後、二人は一日中家を空けることが多かった。

 そういう日は私が寝る時間頃に帰ってくることが多く、ティルはぐったりしていたし、クラウスにも疲労の色が滲んでいた。


「そうなの! 結構大変だったんだけど、やった甲斐があったよー。これで僕たちは無敵だよっ!」


 褒めてーと頭を差し出されたのでぽんぽんと撫でると、ティルは満足そうだった。

 ティルの天真爛漫さを浴びると、こちらも気持ちが満たされる。私はティルを撫でるのが結構心地良かった。


「でも修行ってすごく疲れたから、もうやりたくなーい! すぐお腹空くし……」

「もし必要なら、私の負の感情も遠慮なく食べてくださいね」


 ティルの言う「お腹が空く」は、普通の食事では補えない。

 多少なら吸われても大丈夫と言っていたし、少しくらいなら私から摂取したって問題ないはずだ。


(でも絶望しないとダメなのよね。それはちょっと嫌かも)


 何か良い方法はないものかと少しの間思案していると、クラウスが近づいてきた。


「以前にも言ったが、カレンの感情を食べたりはしない。お前は特別だからな」


 目の前できっぱりと言い切られた。


 そう言ってもらえるのはすごく嬉しい。

 けれど、「特別」という言葉を聞いた私は、突然どうしようもない欲が出てきてしまった。


(どんな風に特別なの? 知りたい。クラウスが私のことをどう思っているのかを)


 私は降って湧いたその欲望を、抑えることが出来なかった。

 気がついたら私は口を開いていたのだ。


「……クラウスにとって、私はどう特別なのですか?」

「どうとは?」


 さり気なく聞こうと思ったのに、緊張で声が震えていた。

 聞き返したクラウスの声は柔らかかったが、少し面白がっているようだった。まるで初めて会った時のようだ。


(もう、どうにでもなれっ……)


「わ、私はクラウスのことが好きなので、クラウスが私をどう思ってるのか気になるんですっ!」


 叫ぶようにそう言うと、部屋がシンとした静寂に包まれた。


「……あー、僕ちょっと用事を思い出しちゃったなー。 部屋に戻ってるね!」


 しばらく沈黙が続いた後、ティルがわざとらしくそう言って、出て行ってしまった。


「……」

「……」


 二人きりになったと同時に急に頭が冷静になって、この状況に耐えきれないほど恥ずかしくなってきた。


「……ごめんなさい。私も用事を思い出しました」


 とにかくこの場から去りたくて、私も出で行こうとすると、クラウスに腕をつかまれた。


「カレン、こちらへ」

「えっと……はい……」


 静かに名前を呼ばれ、向かい合うようにして腕の中におさめられる。

 おずおずと顔を上げると、楽しくて仕方がない様子のクラウスと目があった。


「カレンは俺のことが好きなんだな」

「ご迷惑なら忘れてください」


 ふいと顔を背けると、クラウスが小さく吹き出す声が聞こえてきた。


(もう……!)


 恥ずかしさで目をギュッとつぶると、クラウスが私の耳に口を寄せ、そっと囁いた。


「俺も好きだよ。愛してる」

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